オルタナ精神あふれるコミックス・イベント「SPX:スモール・プレス・エキスポ」

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北米のコミックス界では、DCやマーベルといった大手のスーパーヒーロー・ジャンルの主流(メインストリーム)のコミックスに対して、「スモール・プレス」(または「インディペンデント・プレス」)と呼ばれる中小出版社が出す様々なジャンルのコミックスを「オルタナティブ・コミックス」と呼ぶことがあります。1960年代の「アンダーグラウンド・コミックス」で胚胎したラディカルな息吹は1980年代ごろからその姿を現しはじめ、さまざまなコミックス表現やアートとしても価値を認められた作品を生み出してきました。今回はそうした「オルタナ系コミックス」のイベントのひとつ「スモール・プレス・エキスポ」(Small Press Expo、以下SPX)の様子をお伝えしたいと思います。

SPXの入り口で行われていた(毎年恒例の)インタビュー

SPXのプログラムの表紙

SPXはワシントンDCから北西に車で30分ぐらいほど行ったメリーランド州のベセスダという小さな町で毎年9月に開かれています。SPXはアメリカン・コミックスの古典作品ジョージ・ヘリマンの『クレイジー・キャット』(Krazy Kat)に登場する、レンガを投げるネズミのキャラクターの名前から取られたコミックス賞「イグナッツ賞」を決定する場としても知られています。「イグナッツ賞」はアート・フォームとして、そして個人の表現として優れたコミックス作品に与えられる賞です。アメリカのコミックスの歴史において、コミックスが「個人の表現」として認識されるようになったのはそれほど長い歴史があるわけではありません。かつてアメリカのメインストリーム・コミックスでは作家やアーティストの名前はそれほど重要視されていませんした。ここにもオルタナ系コミックスの功績が認められるかもしれません。

今年のイグナッツ賞のアートは
ティリー・ウォルデンによるもの

ティリー・ウォルデンの新作『スピニング』

今年のSPXのゲストには『Girl(ガール)』という題名で日本語に翻訳されている『Skim』(2008)のアートを担当したジリアン・タマキ、『ラブ・アンド・ロケッツ』(Love and Rockets)シリーズのヒルベルト・エルナンデス(ギルバート・ヘルナンデス)、『アメリカ生まれの中国人』(American Born Chinese)のジーン・ヤン、若き才能ティリー・ウォルデン(Tillie Walden)、『私の好きなものはモンスター』(My Favorite Thing is Monster)のエミル・フェリス(Emil Ferris)をはじめとする20人ほどの面々が招待されていました。また、フランスやフィンランド、スペインといった国々の文化局が資金援助とアーティストの招待をサポートするなど、ローカルなイベントながらも国際色豊かなイベントになっています(日本の文化推進政策「クール・ジャパン」もこうした文化イベントを地道にサポートしてもいいかもしれませんね)。

SPX2017のゲスト(一部)

「サンディエゴ・コミコン」や「オタコン」といった大きな「コン・ベンション」とは異なり、SPXは小規模ですが、ユニークなコミックス・ファン層が集まる場となっています。前者のようなコン系イベントでは、コスプレイヤーや若いファンが多く、お祭り的な雰囲気ですが、SPXはやや年配層が高く、落ち着いた雰囲気の方々が多く来場していました(もちろん、若い人たちもいました。ただ、コスプレイヤーはあまりいませんでした)。また、前者はハリウッドや巨大企業、ゲーム会社などが集まり、広告媒体として「ショウ・アップ」されていますが、SPXはオーガナイザーたちの「手作り感」を残した、あたたかみのあるイベントになっています。

SPXの会場の様子

ホテルのイベント・ホールを使ったメイン会場

SPXの魅力は何と言っても、内容からスタイル、ジャンル、形式まで、既存の枠とは異なる多種多様な「オルタナ系」のコミックス作品に出会えることです。会場には様々な出版社(スモール・プレス)が出展(そして出店)していました。そのひとつ、ゲイリー・グロスとマイケル・カトロンが1976年に立ち上げたファンタグラフィクス社からは、『ナウ』(NOW)というショート・コミックスのアンソロジー・シリーズの第一弾が出ていました。序文には、「グラフィック・ノベルが台頭しているロング・コミックスの時代において、ショート・コミックスのアンソロジーを出すことにより、そのリバイバルを目指す」と宣言し、「生産性、実験性、そして創作的な自由」を作り手に与え、同時に、「読者にも挑戦(チャレンジ)する」作品を載せていく、と書かれており、作り手の意気込みが感じられます。128ページのムックに近い形式で、17人のアーティストの作品が収められています。紙質もよく、カラーが使われている作品もあり、4ヶ月ごとに出していくそうです。コミックスがロング・フォームのコミックス(つまり、「グラフィック・ノベル」)として社会的・文化的地位を認められてきた時代に、あえて「ショート・フォーム」のコミックスを出すというところに「オルタナ」精神を感じました。応援したいですね。

ファンタグラフィクス社の『ナウ』(NOW)

また、会場では、アマチュアからセミプロのクリエイターたちが自主制作のミニ・コミックスやコミック・ブック、イラストレーションなどを販売していました。こうした中小規模のローカルなコミックス・イベントでは、新たな表現者が生まれてくる瞬間に出会え、コミックス生産という文化生産の現場のダイナミズムを体験できます。また、アーティストたちに間近で会えるのもこうしたイベントの魅力です(昨年は『パレスチナ』で有名なジョー・サッコとちょっとした対話ができ、連絡先もゲットできました)。

自主制作のイラストレーションとコミックスを売るアーティスト

日本のマンガ(アニメ?)に影響を受けたアーティスト(本人談)

SPXはコミックス・クリエイターや評論家、コミックス研究者たちをフィーチャーしたパネル(講演)も用意しています。先述のゲストのパネルだけでなく、「心の病、母であること、メモワール」と題されたパネルや「SFと社会的な疎外」、「問題を抱えた10代の若者と近代」、「ジェンダー流動性、テクノロジー、フューチャリズム」といったパネルも用意されていました。日本のマンガに関係のあるパネルもあり、劇画や日本のマンガを英訳しているライアン・ホームバーグ氏が勝又進の「原発」マンガについてレクチャーしていました(勝又進の「深海魚」、「デビル・フィッシュ」と、新聞連載していた四コママンガを集めたアンソロジーの英訳が近日発売されます。)

国際色豊かなパネリストたち

ライアン・ホームバーグ氏による勝又進についてのパネル

全部で30ほどのパネルがありましたが、中でも、私が面白いと思ったのは先にもレビューで取り上げたジーン・ヤンが登壇したパネルです。ジーン・ヤンは2017年の1月に「アメリカ議会図書館」、「児童図書評議会」などから「若者文学の大使」(National Ambassador for Young People’s Literature)という役職を任命されており、その仕事内容や自身のコミックス作品について話していました。ジーン・ヤンはこの立場から「壁を越えて読む」(Reading without Walls)という、若者に対して読書を推進するプログラムを立ち上げています。これは自らが「心地よく思う領域」(comfort zone)から出て、未知の領域の本を読むことを勧めており、次の3つの「挑戦」を読者にむけて発信しています。

ジーン・ヤンのパネル

1. 自分とは見た目や生き方が異なる登場人物についての本を読む
2. 自分があまり詳しくない分野についての本を読む
3. 自分がふだん楽しんで読む本とは違う形式の本を読む(例えば、「グラフィック・ノベル」とか、詩の形式で書かれた物語、とか)

この挑戦でジーン・ヤンが目指すのは、読者自身が「心地よい」と思えるところから出て、自分とは異なる興味や存在、アイデアと新しく出会い、その喜びを発見することです。読書とダイバーシティ(多様性)というキーワードとともに促進されているこの挑戦は、自らとは異なる「他者」への関心と関係を回復することを意図していると思われます。このジーン・ヤンの「挑戦」に乗って、ふだん手に取らないような海外のマンガを読んでみるのもいいかもしれません。

「壁を越えて読む」のポスター

このプログラムのタイトルにある「壁を越えて読む」(Reading without Walls)には、「国境に壁を建てる」と排外主義的な発言を繰り返してきた候補が大統領になった現在、さらに重要な社会的・政治的な意味を持っていると言えるでしょう。このようにコミックス・アーティストが自らの作品を職業的・商業的に制作するだけでなく、教育的・社会的なタスク、もっと正確に言えば、「公共的・公衆的(パブリック)」な役目を自覚的に行うことは、非常に意味があることだと感じました。

エミル・フェリス『私の好きなものはモンスター』の表紙

SPXのレポートは以上です。

ちなみに、2017年の「イグナッツ賞」の「最優秀グラフィック・ノベル」と「最優秀アーティスト」部門は、エミル・フェリスの『私の好きなものはモンスター』が受賞しました。言葉の「壁をこえて」、日本語でもこの本が読めるときが来るといいですね。

About Author

CJ・スズキ

愛知県生まれ、現在アメリカのニューヨーク在住。メインストリームのアメコミ作家からオルタナ系のアーティストをはじめ、世界中からさまざまなジャンルやバックグラウンドのアーティストが集まる刺激的な都市、ニューヨークで、日本と北米のマンガを中心に研究しています。映像作家/大学講師であるジョージ・ツーリス(George Tsouris)とともに「Manga Research and Reading Network in NYC (MaRRN)」を主宰。

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