モントリオールにマンガ旅行―第4回 初めてのフランス語版

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モントリオールにマンガ旅行―第1回 マンガのスタジオ訪問
モントリオールにマンガ旅行―第2回 マンガと図書館、マンガと大学
モントリオールにマンガ旅行―第3回 フェスティバルの作家たち
モントリオールにマンガ旅行―第5回 旅のカギを握る3人


はじめまして。山本美希と申します。これまで3冊(『爆弾にリボン』、『SunnySunny Ann!』、『ハウアーユー?』)のマンガを描いているマンガ家で、今は同時に大学でマンガや絵本創作の授業を担当しています。

わたしはこの5月末、カナダのケベック州で最大の都市モントリオールを訪れました。ズバリその目的はモントリオール・コミック・アート・フェスティバルに参加して、たくさんのマンガ家と交流すること! そこで触れたマンガ文化や作家たちについて、5回にわたってレポートします。第4回目はフェスティバルのクライマックス!


初めてのフランス語版

今回のフェスティバルがわたしにとって特別だったのは、今年5月にちょうどわたしのマンガ『Sunny Sunny Ann!』(講談社, 2012)が、フランスの出版社Pika editionからフランス語に翻訳出版されたためです。実は、わたしは昨年にも海外のコミックアートフェスティバルを訪問したのですが、その際には大きな課題を感じました。というのは、絵だけではなく物語内容も知ってもらいたいのに、自分のマンガの内容を口だけで(しかも外国語で)はうまく説明できず、あまり交流を深められなかったのです。しかし、今回は違います。仏語版を持って仏語圏のアーティストや読者と交流できる、まさに千載一遇のタイミングでした。

左が仏語版、右が日本語版。タイトルがもともと英語なのでわかりにくいですが、
判型、紙質、厚みが変わり、重さもかなり増えています。

仏語版の中身。翻訳はオレリアン・エスタジェ(Aurélien Estager)さん。
Miki Yamamoto, Sunny Sunny Ann!, Pika edition, 2018

わたしがフェスティバルの3日間にわたりサインをさせてもらったのはO-taku Manga Lounge(オタクマンガラウンジ)というブースです。モントリオール市内にある書店とカフェスペースが併設されている漫画喫茶で、日本語教室やドローイング教室なども開催しているようです。フェスティバルの期間中、この書店では特に日本から翻訳されたマンガを数多く扱っていて、日本から来たマンガ家ということでわたしにサインの場所を提供してくれました。

と、ウキウキとテーブルに座ったのですが、初日はとにかくヒマでした(笑)。翻訳が出たといっても、フランスの出版社から5月に発売された本なので、実はモントリオールに届くのは6月。サイン用の在庫になっているのは、このフェスティバルのためにわざわざ早めに送ってもらったもので、つまり完全に初売り。当然ですがわたしがどんな作品を描いているかを知っていて買う人は1人もいないわけです。どうにかして自分のスタイルをアピールしないといけないんだと感じて、2日目からはサインのテーブルに座ったら常に、お客さんに見える位置でスケッチを描いているようにしました。とにかく一発書きで、主人公のアンを描き続けました。

サイン会場で描いていたスケッチ。花柄のワンピースを着たこのおばさん(アン)が主人公で、
車上でくらす彼女の自由な人生を描いたマンガです。

そのうちに、少しずつ足を止めてくれる人が増えたり、前の日に通り過ぎたけれど次の日に買いにきてくれる人がいたり、通路を挟んで向かい側のブースの人が

「こっちから見てたけど、君のドローイングなかなかいいね」

と言ってくれたり。考えてみれば日本から来た名前も知らないマンガ家の本を買うなんてこと、普通に考えたらしませんよね…。買ってもらってサインをできる幸せをかみしめ、気に入ってもらえますようにと念を込めつつサインを入れました。

サインをさせてもらったコーナー。(写真撮影:久山友紀)

アンとアンヌ

サインをしながらお客さんに話しかけてみると、マンガ家さんやアニメーター、熱心なバンド・デシネファンの人、学校関係の人、それからゲーム会社のかたなどもいました。なかでも元気よく話しかけてくれたおばさんがいて、

「ハイ!わたしアンヌっていうの、あなたの本の主人公と名前が似てるでしょ。最後にeがついてアンヌ。」
「あなたの本のスタイルがとても気に入った。わたしもマンガ家で、向こうでサイン会があるんだけど、それが終わったら自分の本を持って戻ってくるから待ってて。わたしの本とあなたの本はちょっと近いところがあると思うの!」

しばらくして戻って来た彼女が持って来てくれたのは『Une longue canicule(直訳:長くて暑い夏)』。そして、わたしは名前をみて驚きました。

「わたしあなたのこと知ってます!あなた、アンヌ・ヴィルヌーヴなんですか!?」

この元気なおばさんは、アンヌ・ヴィルヌーヴ(Anne Villeneuve)という絵本作家・イラストレーター・マンガ家です。実はわたしは彼女の絵本『L’écharpe rouge(直訳:赤いスカーフ)』をすでに持っていて、しかも周りの人に好きな絵本としていつも紹介しているくらいお気に入りの一冊でした。フランス人だと思い込んでいたのですが、彼女はケベック在住の作家だったんです!アンヌさんは特に児童書やイラストレーションで沢山の仕事をされてきたキャリアのあるアーティストで、マンガを描いたのは2017年に刊行したこの本が初めてとのこと。

モントリオールの夏を描いた物語。今年は記録的な暑さだそうです。
Anne Villeneuve, Une Longue Canicule, Mécanique Générale, 2017

この作品は、モントリオールに移住して来た女の子が主人公で、新たな街での新しい暮らしを描いていく物語です。新生活は希望や新鮮なことがある一方で、危険や辛いこともあって、旅行者としてモントリオールを訪れたわたしとしても共感できるところがありました。主にモントリオールの真夏の期間を描いていて、それぞれの章にその日の気温が書いてあるのも面白いポイント。主人公の女の子は、天気のいいときにはベランダで裸になって日光浴を楽しむのが好きで(もちろん目隠しの布団を干しますが)、この辺がわたしの『Sunny Sunny Ann!』との共通点かも! フランス語は読めなくても、彼女の絵はとても明快な構図で意味が読み取りやすいので、ストーリーが自然にイメージできます。なんと言っても、筆で描いたような軽やかなタッチが本当に素晴らしい! 1日も早く翻訳されることを願います。

フェスティバルもカード社会

このフェスティバルでいろいろなブースを回りながら、1つすごく気になったことがありました。モントリオールは本当に「カード社会」で、ほぼ現金を持つ必要がありません。コーヒー1杯でもカード払い、チップだってカードで金額を入れて払う、という具合です。日本ではほとんどカードを持ち歩かないわたしとしてはそれだけで驚きだったのですが、もっと驚いたのはフェスティバルで自費出版の本やイラストレーションを売っている作家のおよそ半数が、「カード支払いOK」と書いていること。日本のコミケやコミティアで、カード支払いOKって聞いたことないと思いますが…!? わたしが遅れているだけ? 毎回、一生懸命、両替してましたよ?

モントリオールで使われていたのは「Square」というサービスでした。この旅の案内人ヌヌミさんによると、スマートフォンに取り付けられるカード読み取り機を購入して、サービスに登録、そしてお客さんのカードを通すと、作家の口座に購入金額が振り込まれるんだそうです。これがあれば、もう毎回お釣りをジャラジャラ用意しなくてもいいの!? 同人誌の販売の際に活用できたら、とても便利なのでは…。日本でもサービスを提供しているようですので、近いうちに早速試してみたいと思っています。

3日間、わたしたちの作品を置いたブース。晴れた日の開放感は最高です。

永遠に死なないウェイター

もう1人、わたしのブースを訪れてくれた人の中で、忘れられない人がいます。第2回のレポートで触れたレストランで働いているマンガファンのウェイターを覚えていますでしょうか(いまいちど第2回をご参照ください)。彼もフェスティバルに遊びに来ていて、一度会っただけのわたしのことを見つけて、声をかけてくれました。こちらも、あのサービス精神旺盛だったウェイターのおじさんのことを覚えていたので、嬉しくなって

「あなたに見せたいものがあるんです!」

と言いました。わたしは彼のレストランで食事をした日の夜、モントリオールで出会った素敵な人たちを忘れないようにしようと思って、似顔絵を描いていました。その中にウェイターさんの姿も描きとめてあったのを思い出して、その絵を見せようと思いついたんです。

スケッチブックのページをめくって、そのページを開いた途端。おじさんの目に涙がみるみる溜まって…。これもまたウソのようなんですが、じっと似顔絵を眺めながらポロポロ涙を流して、喜んでくれたんです。

「マンガ家に自分の絵を描いてもらったのは初めてだよ。もうこの絵があるから、ぼくは永遠に死なないね。」

絵を描くということが、ときどきこんな風に他の方法では決して得られない瞬間をもたらしてくれることが、とても好きです。自分の絵が誰かを喜ばせたり勇気付けたりできるということを目の当たりにして、家にこもって絵を描くだけのわたしの人生にとって、もしかしたら一番意義深い瞬間だったかもしれません。大げさなんですが「絵を描く」ということの意味とパワーを、この瞬間に味わったように思います。絵がきっかけとなって生じるいろいろな人との出会いや交流そのものが、本当のところ自分にとってすごく大事なことなんじゃないか。本当にこの旅はわたしにとって、とてもとても意味のある旅でした。

さて、次が最後のレポートになります。この旅のそもそもの始まりとなっている3人のキーパーソンのマンガ家たちに触れますので、このマンガ旅行にどうか最後までお付き合いください。

それではまた!

第4回のおさらい
Sunny Sunny Ann!
O-taku Manga Lounge
Anne Villeneuve
Square


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About Author

山本 美希

マンガ作家、イラストレーター、筑波大学芸術系助教。単行本としては『ハウアーユー?』(祥伝社2014、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品)、『Sunny Sunny Ann!』(講談社2012、第17回手塚治虫文化賞新生賞、第29回MANGA OPEN大賞)、『爆弾にリボン』(三才ブックス2011)の3冊がある。フリーで活動後、2016年から筑波大学で勤務し、主に絵本とマンガの創作に関する授業を担当している。秋に向けて、4冊目を執筆中!

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