ニューヨークのインディペンデント系コミックスの祭典「モカ・アーツ・フェスティバル」

Google+ Pinterest LinkedIn Tumblr +

毎年春先に、ニューヨークのマンハッタンの一角で開催されるモカ・アーツ・フェスティバル(MoCCA Arts Festival)、通称「モカ・フェスト」は、インディペンデント系のコミックス出版社とアーティストたちが集まるイベントです。コミックス文化の中心地であるニューヨークでは、こうしたローカルなレベルで、コミックス文化を後押しするイベントが年に数回開催されています。なかでもモカ・フェストはニューヨークの中心地であるマンハッタンで行われるため、インディー・コミックス界では注目を集めているイベントで、かつてはソーホー地区にあった「コミック&カートゥーン・アート美術館」(Museum of Comic and Cartoon Art)が主催していましたが、2013年からはマンハッタンのアッパー・ウェストにあるギャラリー「イラストレイターの会」(The Society of Illustrators)の運営に統合されました。

モカ・フェストの会場のひとつ
メトロポリタン・ウェスト

今年(2018年)のモカ・フェストは、いまだ冷たい風の吹く4月の第一週末に行われました。今回はその様子をレポートしたいと思います。

入り口の様子。入場料は7ドルで良心的

モカ・フェストはマンハッタン東側にあるヘルズ・キッチンという地区――アメリカン・コミックスのファンなら『デアデビル』のマット・マードックが育ったところ、と言えば分かるでしょうか――にある倉庫を改装した建物とそこから3分ほど離れたところにあるホテルの2会場で開催されました。インディー系コミックスのイベントは、ふだんは落ち着いた雰囲気がありますが、広々とした2階建ての建物にあるフロアには、テーブルがぎっしりと並べられ、会場には大勢の人が訪れていました。

壁にはモカ・フェストのサイン

会場の様子

今回のゲスト・オブ・オナーとして招待されたのは『何かもっと愉快な話ができないの?』(Can’t We Talk about Something More Pleasant?)で、知られているロズ・チャスト(Roz Chast)や、ジョン・ルイス下院議員の視点から公民権運動を描いた『マーチ』シリーズが日本語でも出版されたばかりのアンドリュー・アイディンとネイト・パウエル、アルゼンチンのマンガ家リニエール(Liniers)、そして『ヘルボーイ』で有名なマイク・ミニョーラらで、彼らの作品が会場の一角で展示されてました。

アンドリュー・アイディンの紹介

展示会の様子

こうしたローカルなコミックス・フェスティバルの最大の魅力は、なんといっても作家たちと読者・ファンの距離が近いことでしょう。それは単に物理的に距離が近いという意味だけでなく、心理的にも「読者・ファンと一緒にコミックス・アートを盛り上げていこう」といった雰囲気が会場にあふれており、出展しているアーティストたちと気軽に話ができることが楽しみのひとつです。以下、モカ・フェストで出会ったアーティストたちを紹介していきたいと思います。

今回、私が出会ったマンガ家のひとりコニー・サン(Connie Sun)は、ニューヨークを拠点に活動していて、ユニークな作品が日本語でも紹介されています。彼女の作品は、すべてが数コマのコミック・ストリップ形式で表現された自伝的なもので、忙しい都会の生活の中で感じる孤独や、日々の苛立ち、挫折感などを描きつつも、同時にそうしたネガティブな感情に対して、自らを相対化し、そんな自分を笑うような優しいユーモアや、やりどころのない感情から抜け出す(または癒す)ヒントを、マンガを通して描いています。

気さくに写真に応じてくれたコニー・サン

日本のマンガに関係するところでは、ワシントンDCとフィラデルフィアにベースを置いているレトロフィット・コミックスから、横山祐一の『アイスランド』とニューヨーク在住の近藤聡乃さんの作品が置かれていました。北米では、やはり、どちらもインディー・コミックスの文脈で捉えられているようですね。

どちらもライアン・ホームバーグの翻訳

 

台湾からは、台湾文化局がバックアップする左萱(サケン/ズオ・シュアン※インタビューはこちら)と阮光民(ルアン・グアン・ミン)が参加していました。左萱の『神之郷(かみのふるさと)』という作品は、英語の翻訳はまだ出ていませんが、日本語では読むことができますので、ぜひどうぞ!

左萱(サケン/ズオ・シュアン)

阮光民(ルアン・グアン・ミン)

この二人と一緒に参加していたのは、台湾マンガの編集・出版をしている李亜倫(アラン・リー)。日本に留学経験があるだけに、流暢な日本語でいろいろなお話をしていただきました。台湾のマンガ市場は日本に比べてまだまだ小さく、左萱ほどの作家でもまだ数千部売れる程度だそうです。台湾マンガを国外に知ってもらうために、台湾マンガのアンソロジーを作ったり、モカ・フェストのようなイベントに積極的に参加したりしているそうです。

台湾マンガの様子がわかる
ミニ・アンソロジー
(複数のマンガの抜粋)

他にも2005年にハリケーン・カトリーナに襲われたニューオリンズの様子を被災者のインタビューを通して描いた『A.D.―大洪水に見舞われたニューオリンズ』(A.D.: New Orleans After the Deluge)を描いたジョセフ・ニューフェルドや、『コンパス・サウス』(Compass South)のアートを担当したレベッカ・モック(Rebecca Mock)が出展しており、『ユーリ!!! on ICE』のBL作品を描いたコミック・ブックも展示していました。

コミックス・ジャーナリズムの台頭にも貢献したジョセフ・ニューフェルド

レベッカ・モックはBLモノも

もうひとつの会場となっている「INK48」というホテルでは、レクチャーやパネル形式のワークショップが企画されていました。最も知的好奇心をくすぐられたのは、コロンビア大学の教授マーシャ・ハーストが司会をしていた「身体を描くコミックス」というパネルで、ケイト・ラクール(Kate Lacour)、ローレン・ウェインステイン(Lauren Weinsten)、クリオータ・ウィルバーグ(Kriota Willberg)といった女性作家たちが自身の作品について語っていました。

パネルの様子

彼女たちの作品で興味深いのは、身体をリアリスティックに描いているだけでなく、マンガとして誇張と抽象化を通しても描かれている点です。特にケイト・ラクールの作品は、身体の一部を解剖学的で、生物学的な冷たい視点で描きつつ、ファンタスティックで抽象的なイメージも共存させており、両者の間のバランスと軋轢が、読者である私たち自身の「身体」に対する「異化効果」を作り上げています。

ケイト・ラクールの作品

彼女の描く皮膚を剥がしたような身体解剖図や身体構造図のようなた身体(内部)のイメージを見ると、読者である私たちは、(描かれた身体にもかかわらず)自らの身体に対してもある種の「違和感」、「不快感」または「ある種の混乱」を感じますが、それは、ふだんから見慣れた(自分の)身体を違った視線で見たり、感じたり、考えたりする契機になっていると思います。それはまるで、健康なときには気にもしなかったのに、病気になったりしたときに、自分の体(の一部)が「モノ」であると主張しているように感じるときのようです。こうした身体表象が、父権的・男性中心的な歴史や文化の中で(抑圧的に)モノ化された経験のある女性作家たちによって描かれているのは偶然ではないでしょう。

他にも、『ニューヨーカー』のアート担当者として知られているフランソワ・モウリー(Françoise Mouly)が2008年に設立したコミックス出版社「トゥーン・ブックス」(TOON BOOKS)の10周年を祝うトークや、トゥーン・ブックスから新作を出した『ラブ&ロケッツ』で有名なハイミー・エルナンデス(ジェイミー・ヘルナンデス)の『ドラゴン・スレイヤー―ラテンアメリカの民話』についてのパネルもありました。

トゥーン・ブックスのブース

モウリー自身が、子供向けのコミックス出版社「トゥーン・ブックス」を設立しようというアイデアを思いついたのは、自らの子供が小学校1年生の時に学校からもらってきた「読み物」がきっかけです。その学校が指定した「読み書き」を習うための教材があまりにもひどいものであったため、フランスのコミックスを使って自身の子供に読み書きを教えるようになったとのこと。その後、子供向けのコミックスを出版するというアイデアをいろいろな出版社に売り込むもうまくいかず、アート・スピーゲルマンとのアンダーグラウンド雑誌『ロウ』(Raw)の経験を生かして、自ら出版社を起こしました。今では「トゥーン・ブックス」が出版した作品は、学校の授業にも取り入られるようになり、クオリティーの高い作品が評価されています。

日本では学習マンガが数多く出されていますが、アメリカにおける子供とコミックスの歴史的な関係を踏まえると、「トゥーン・ブックス」の重要性がさらに理解できるでしょう。よく知られているように、アメリカでは1950年代に起こった「コミック・ブックス」に対するモラル・パニックと「コミックス・コード」以来、子供の教育や発育とコミックスの関係は長らくタブー視されてきました。もちろん、子供向けの優れたコミックスが全くなかったわけではありませんが、保守的な教育者の間ではコミックスに対する無関心が広まっていたのは確かでしょう。そうした歴史的・社会的な文脈を踏まえると、モウリーの出版社「トゥーン・ブックス」が出版してきた作品が、教育関係者だけでなく、図書館員や親たちに認められてきたのは大きな流れの変化と言えます。

トゥーン・ブックスのウェブサイトから

しばしばアンダーグラウンド・コミックやインディペンデント・コミックスは「大人向け」のコミックスの土台を作り上げることに成功したと言われますが、それとは別の文脈で「子供向けコミックス」への貢献もしてきたことが理解できるエピソードだと思います。

モカ・フェスはローカルなイベントですが、こうしたアメリカン・コミックスの展開の大きな流れも知ることができる貴重な機会となっています。もしタイミングよくニューヨークに来る機会があったら、こうしたイベントをのぞいてみてください。

About Author

CJ・スズキ

愛知県生まれ、現在アメリカのニューヨーク在住。メインストリームのアメコミ作家からオルタナ系のアーティストをはじめ、世界中からさまざまなジャンルやバックグラウンドのアーティストが集まる刺激的な都市、ニューヨークで、日本と北米のマンガを中心に研究しています。映像作家/大学講師であるジョージ・ツーリス(George Tsouris)とともに「Manga Research and Reading Network in NYC (MaRRN)」を主宰。

Leave A Reply