「海外マンガ読書会第1回:アリソン・ベクダル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』を読む」レポート

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10月13日(土)、神保町にある専修大学神田校舎で「海外マンガ読書会第1回:アリソン・ベクダル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』を読む」が行われました。

日時:2018年10月13日(土)15時~18時
会場:東京都千代田区神田神保町3-8 専修大学 神田校舎 7号館 771教室
参加者:19名

今回第1回目を迎えたこの「海外マンガ読書会」は、日本マンガ学会海外マンガ交流部会の運営に携わっている中垣恒太郎さん主導のもと、アメリカのコミックスの翻訳者椎名ゆかりさんと原がお手伝いする形で発足しました。毎回海外マンガの1作品を取り上げ、その作品についてじっくり語り合いましょうというイベントです。記念すべき第1回で取り上げた作品はアリソン・ベクダル作のグラフィック・メモワールの傑作『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』

アリソン・ベクダル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』(椎名ゆかり訳、小学館集英社プロダクション、2017年)

特に事前予約も受け付けなかったのでどれくらいの方にご参加いただけるのかまったくわかりませんでしたが、蓋を開けてみたら、主催側も含めて19名の方にご参加いただけました。参加者の立場も学生さんから編集者、翻訳者、大学教授まで実にさまざま。『ファン・ホーム』という作品との出会いも多様で、ビブリオバトルを通じて知ったという人もいれば、ミュージカル版をきっかけにという人も、はたまたまだ読んではいないけど興味があってという人もいらっしゃいました。

会の冒頭で、中垣さんがこの読書会のコンセプトを説明。その流れで作者のアリソン・ベクダルその人と今回取り扱う『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』という作品、さらには彼女のその他の仕事についてご紹介くださいました。

「海外マンガ読書会」のコンセプトを説明する中垣さん

ごく簡単な情報だけまとめておくと、作者のアリソン・ベクダルは1960年生まれのアメリカのコミックス作家。『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』は、Fun Home:A Family Tragicomicというタイトルで2006年にアメリカで出版され、その後、2011年に最初の日本語版が小学館集英社プロダクションから刊行。2015年にはブロードウェイでミュージカル化され、トニー賞の5部門を受賞するなど高い評価を獲得。2018年にはミュージカルの日本語版も上演され、それに先んじて2017年末に邦訳新装版も刊行されました。『ファン・ホーム』以外では、Dykes to Watch Out For(『レズビアンに気をつけて』)(未邦訳、1983~2008年)や『ファン・ホーム』の続編的な作品で、作者と母親の関係を描いたAre You My Mother?(『あなたはわたしのお母さん?』)(未邦訳、2012年)があります。

『レズビアンに気をつけて』(Alison Bechdel, The Essential Dykes to Watch Out For, Houghton Mifflin Harcourt, 2008)

『あなたはわたしのお母さん?』(Alison Bechdel, Are You My Mother?, Houghton Mifflin Harcourt, 2012)

中垣さんによれば、『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』は、追憶、喪失、家族、家、アイデンティティ、セクシャル・マイノリティなど、さまざまなテーマが盛り込まれている豊かな作品で、それらのテーマに沿って深読みするだけでなく、表現技法に着目したり、取り上げられている文学作品と比較をしたり、どのように読まれているのか(アメリカでは教育素材としても使われているのだとか)考えてみるのも面白いのではないかとのこと。

考えるための材料として、当日は以下のような資料も出力してご用意いただきました。WEB上で読めるものなのでリンクを貼っておきます。

原正人「虚飾のディレッタントとしての父親の肖像―アリソン・ベクダル『ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇』」
CJ・スズキ「失われた家を求めて―アリソン・ベクダル『ファン・ホーム』」
『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇《新装版》』刊行特設ホームページ

続いて原が『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』の簡単なあらすじと改めて読み直した感想をご紹介。

『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』のあらすじを紹介する原

その後、自己紹介がてらご参加いただいた皆さんに、『ファン・ホーム』という作品とどのように出会ったか、どんな印象を抱いているか、どこが好きかなどお話しいただきました。娘と父親の関係性に共感ができる、当時のゲイ・コミュニティの描写にグッときた、第5章の最後の夕焼けの場面がエモい、LGBT当事者のアイデンティティの物語を期待して読み始めたが、むしろ父娘の関係の物語なのではないか、父娘ともにLGBT当事者だというのが面白い、物語の冒頭と結末で円環を描いているのではないか、アリソンの父ブルースがアリソンから塗り絵を奪い仕上げてしまう場面では背景に描かれているテレビ番組が『バットマン』から別のアニメに変わっているからおそらく30分以上は塗り絵をしていたに違いない、ミュージカル版は時系列が整理されていてコミックス版よりもとっつきやすい、逆にコミックス版にはミュージカル版に採用されていない豊かな細部がある、ブルースの死が自殺だったとしてどうしてアリソンとわかり合えた(ように思える)あとでそのような選択をしたのかなどなど、実にさまざまな意見が飛び交いました。

参加者の皆さんにコメントをいただきました

今回は「海外マンガ読書会」の初回だったということもあり、進行の仕方も手探りで、これらのさまざまな意見を取りまとめたり、深く掘り下げてある結論に到達するということもしなかったのですが、今後回を重ねていくなかで、よりよいやり方を見つけることができればと思っています。

『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』の翻訳者である椎名ゆかりさんと担当編集者さんにもご参加いただいていたので、邦訳出版の裏話もお聞きすることができました。例えば、邦訳に当たって作者のアリソン・ベクダル本人にいくつか質問もされているそうで、「ベクデル」と慣例的に表記されてきた作者の姓を「ベクダル」としたのは、作者に直接聞いた上での決定だそうです。

翻訳者の椎名さんにはさまざまな質問も向けられました。全編を通じて淡い青色で描かれているのはなぜか、原書では太字で書かれた文字があるが邦訳版ではどのように処理しているのか、ミュージカル化されているが映画化の話はないのか、続編のAre You My Mother?(『あなたはわたしのお母さん?』)はどういう作品なのか、特に難しかった個所・工夫をした個所はどこか……。最後の質問に対しては、椎名さん自ら原文と訳文を照らし合わせつつ、具体的に工夫した個所を説明してくださる一幕もありました。

会の終盤では、椎名さんがさまざまな資料を紹介してくださいました。まずはミュージカルの英語版の動画(数分の抜粋)。続いて、アリソン・ベクダルが『ファン・ホーム』の刊行後に物語の舞台となった父が改修した家を訪れたときの写真。父の死後、この家は何人かの人の手に渡ったそうですが、外観も内装も当時のまま残っていたのだとか(すべてそのままというわけではないでしょうが…)。『ファン・ホーム』の装丁には葉っぱの模様が描かれていますが、これはその家の壁紙を模したものだそうで、数十年の歳月を経て改めてそれを目の当たりにしたアリソンはさぞ驚いたことでしょう。最後にアリソン・ベクダルは『ファン・ホーム』のミュージカルが上演されたあとに、Fun Home! The Musical!(「ファン・ホーム! ミュージカル!」)という描きおろしの16コマのコミックスを新聞に寄せているそうで、これについても椎名さんが自ら口頭で内容を説明してくれました。

質問に答える椎名さん

予定を30分オーバーして、18時に終会。3時間という長丁場になりましたが、『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』の魅力はまだまだ汲み尽くせそうにありません。半年後か1年後に改めて取り上げてみてもいいのではないかと思います。

次回については日程も取り上げる作品もまだ決まっていませんが、決まり次第改めてお知らせしたいと思います。

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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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