街と融合する「9番目の芸術」― スイスのコミックフェスティバル「フメット」(1)

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中世の趣残る湖畔の観光地にコミック? 17世紀の市庁舎にコミック? 伝統ある五つ星ホテルにコミック? 洒落たカフェの一角にコミック? 冷戦時代の名残にコミック?

街中にコミックがちりばめられたアートイベント、それがルツェルンのコミックフェスティバル「フメット(FUMETTO)」 です。

ルツェルン駅前に設けられた
「フメット」特設スタンド

ルツェルンはスイス中部に位置するドイツ語圏の都市。頭端式ホームの鉄道駅から足を踏み出せば目の前にルツェルン湖とロイス川が広がり、その傍らに旧市街の古い建築物が並ぶ美しい観光地です。一見コミックとは縁がなさそうなヨーロッパらしい街ですが、そこで開催される「フメット」は実に27年もの歴史があります。開催期間は9日間に及び、今年の日程は4月14日(土)から22日(日)でした。4月にしては珍しく30度近い陽気に恵まれた中、最後の2日間に当イベントを訪問した所感をこのレポートではお届けします。

この街全体がフメットの舞台です。
Fumettoはイタリア語で「漫画」の意

コミックフェスティバルと言うと大きな展示場に多数の作家や出版社が集まる賑やかな空間を思い浮かべますが、フメットにはそのような場所がありません。11ヵ所のメイン会場と何十ヵ所ものサテライト会場が市内各所に点在します。そのロケーションも実にさまざま。美術館やギャラリーといった一般的な展示場もあれば、旧市街の歴史的建造物を利用した会場もありますし、多数のカフェ、レストラン、ショップがサテライト会場として小さな展示の場になっています。フェスティバル会場の枠を越え、街全体がイベントの舞台、そんな風にも言えるでしょう。一口にコミックと言ってもさまざまなジャンルがありますので、扱い方によってはこの趣深い街並みにそぐわないかと思うのですが、実際、コミックが異質な存在として街に押し寄せているという印象は全くありません。陽射しの降り注ぐ明るい水辺に一般観光客が溢れかえる中、フメットは自然とルツェルンに溶け込んでいます。

湖畔にそびえる17世紀建造の市庁舎。この中の展示スペース「コルンシュッテ」がフェスティバルの中心スポット

コルンシュッテの内部。チケットはここか、駅前の特設スタンド(冒頭写真参照)で購入します。チケットは各メイン会場の見学のみに必要

あちこちにあるFUMETTOの旗が目印です

ショップやカフェのショーウィンドウにも
展示があります

そのように感じられる理由は、フメット自体の方向性にもあるでしょう。フメットは芸術性の高い作品を紹介し、「商業」ではなく「芸術」に焦点を置くことを方針としています。何をもってコミックの芸術性を区別するのかには議論の余地があるでしょうが、展示方法やデザインを含めイベント全体の印象を見れば、フメットの目指す路線は明確に伝わってきます。また、コミックフェスティバルと謳うものの、絵画、イラスト、線画などその他の視覚芸術も取り入れているため、別ジャンルの展示に出会うことも少なくありません。言ってみれば、フメットは「9番目の芸術」と呼ばれるコミックを中心とした一つのアートイベントなのです。

会場地図。市内各所に散在しますが、
大部分は徒歩で回れます

こちらのギャラリーでは展示のほか、モーションコミックの制作者がデバイスで実演してくれたり、iPad Proを使った描き方を教えてくれたりします

例えば、ルツェルン湖畔の五つ星ホテル「シュヴァイツァーホーフ」では、ロビーにスイス人作家アナ・ゾマー (Anna Sommer)の展示スペースが設けられました。彼女はコミックだけでなく切り絵の作品も制作するアーティストです。その会場には「Artist in Residence」というタイトルが付けられ、文字通り本人が滞在して切り絵を実演していました。同じく2018年フメットの目玉に数えられる作家として、アメリカ人作家リチャード・マグワイア も挙げられます。その展示は小さな礼拝堂のようなスペースで行われました。これは邦訳も出版されている『HERE ヒア』をフィーチャーしたもので、作品と併せて関連するポラロイドの家族写真などが展示されています。開催初日には作家本人によるトークイベントも実施されました。独特な発想により時を超えた描写をした作品で、高い評価を得ている作家です。

ホテル・シュヴァイツァーホーフ。
アナ・ゾマーの「レジデンス」

もう一人の主要ゲスト、パリ在住のクロアチア人作家ミロスラフ・セクリッチ=ストゥルヤ (Miroslav Sekulic-Struja)は画家でもあります。開催期間にわたってライブペインティングを行い、カフェバーの壁一面を覆う巨大な絵画を描き上げました。今回、地下室のスペースに展示されたコミックPelote dans la fumée(『煙の中のプロト』)は豊かな色彩表現と重い陰が織り合わさった作品で、独特な人物描写は一コマずつが絵として強烈なインパクトを残します。

プログラム冊子(左)のカバーはセクリッチ =ストゥルヤの作品(右)から取ったものです

セクリッチ =ストゥルヤの展示スペース。
巨大な絵画もありました

街中を使って多彩な展示をするフメット。その中にはさらに、ルツェルンならではのスポットを活用した驚くべき会場もありました。次回のレポートではその内部に迫ります。


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About Author

大山 雅也

ドイツ語翻訳者。日本でドイツ文学を修め、ドイツで言語学科を卒業。十年来ドイツに住み、フリーランスとして活動中。産業翻訳から書籍の翻訳までさまざまな分野で実績を持つ。フランクフルトのブックメッセを機に海外のコミック/グラフィックノベルに関心を持つようになり、ドイツ語圏の市場を中心に積極的に関わっていきたいと考えている。

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