ドイツ・コミック界の今がここに―エアランゲン国際コミックサロン(2)

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2018年5月31日から6月3日にドイツのエアランゲンで開催された「コミックサロン」は、ドイツで読まれている様々な系統のコミックが一堂に会したイベントでした。レポートの後編となる本稿では、その中から私が特に注目していたテーマ、コミック・ジャーナリズムについてお伝えしたいと思います。

今を描くコミックの数々

当イベントと併せて開催された約20の展覧会のうち、市立博物館ではコミックによるルポルタージュをテーマにした広範な展示が行われました。題して「Zeich(n)en der Zeit – Comic-Reporter unterwegs」。言葉遊びが入っているのでそのまま日本語にすることはできませんが、訳すなら「時代のしるし – コミック記者が行く」といった感じでしょうか。「時代の象徴」と「時代を描くこと」、二つの意味を持たせた標題です。

エアランゲン市立博物館

取り扱われた主な作家を挙げると、コミック・ジャーナリズムの第一人者と言えるジョー・サッコをはじめ、ギィ・ドゥリールカルロス・スポットルノ(Carlos Spottorno)とギレルモ・アブリル(Guillermo Abril)パトリック・シャパット(Patrick Chappatte)サラ・グリデン(Sarah Glidden)など、近年この分野で話題を集めた著者たちが名を連ねます。これらの作家は先日スイスで行われたフメットでも特集展示が組まれていましたので見事に重複するのですが、それだけ注目されているという証なのかもしれません。前回2016年のコミックサロンでも難民をテーマとした展示やディスカッションがあったそうなので、社会的な題材が多く見られるというのは近年特に難民問題に揺れるドイツにおいて当然の成り行きとも言えるでしょう。

同じくフメットとコミックサロンの双方で紹介された作家にオリヴィエ・クーグラー(Olivier Kugler)というドイツ人がいます。その最新作は2017年出版のDem Krieg entronnen(『戦火を逃れて』)。ロンドン在住でイラストレーターでもあるクーグラーは、国境なき医師団の委託を受けて様々な地でシリア難民を訪ね、インタビューをしてきました。それを記録したのがこの作品です。2018年7月には英語版Escaping Wars and Waves(『戦火と波を逃れて』)も発売されます。出版社サイトの試し読みをご覧いただくと分かりますが、彼の作品はページ全体を使ってイラストの周りにびっしりと文章が書き込まれており、一般的なコミックの範疇を超えたスタイルです。

ウリ・ルスト(Ulli Lust)はこのたびマックス&モーリッツ賞2018で最優秀ドイツ語コミック賞に輝きましたが、彼女もコミックによるルポルタージュを描いてきた作家です。展示ではベルリンを舞台にした作品が紹介されましたが、本人のウェブサイトでもルポルタージュ作品の一部を読むことができます。

同じく展示に含まれたスイスのドイツ語コミック季刊誌Strapazin(『シュトラパツィン』)は6月の最新号をルポルタージュ特集とし、5人の短い作品を掲載しました。ウリ・ルストもその一人です。出版社のウェブサイトで試し読み ができますので、ざっとご覧いただくと雰囲気がつかめると思います。私が冊子を読んだ感想としては、正直なところ作品によっては「これはルポルタージュなのか?」「これはコミックなのか?」「この作風は現実を伝えるという目的に適っているのか?」と疑問が浮かぶところがありました。

『シュトラパツィン』2018年6月号

コミック・ジャーナリズムをめぐる議論

そもそもコミックという形態で社会の姿を描くことには、どのような意義があるのでしょうか。コミック・ジャーナリズムにはどのような可能性があるのでしょうか。この展覧会に関連するパネルディスカッションでは、そんな問いを考える手掛かりとなる議論が展開されました。その題目は「コミック・ジャーナリズム:芸術と情報のはざまで」。この分野に精通した政治学者や日刊紙編集者に加え、『シュトラパツィン』編集者、そして上述の作家オリヴィエ・クーグラーが登壇しました。

トークイベント会場となった宮殿庭園内の「オランジェリー」。晴天下の芝生は憩いの場

オランジェリー内でのパネルディスカッション

この討論では主観性と客観性の問題など、いくつかの観点から意見が交わされましたが、一部では手法として効果的でない作品に対する批判的な意見もありました。それでもコミックならではの特性を活かして社会問題をうまく伝える作品は生まれてきているわけですから、この場のように作家以外の意見者を交えた議論や批評を経ながらコミック・ジャーナリズムというものがさらに成長していければよいのではないかと感じています。

デジタル媒体とコミック・ジャーナリズム

では、コミックの特性とは何にあるのでしょうか。もう一つのパネルディスカッションに登壇したパトリック・シャパットは、ウェブ、印刷物、テレビなど多媒体に適用できる汎用性がコミックの特長だと話していました。また、同氏がInside Death Row(『死刑囚監房の内側』) でアメリカの死刑囚に迫ったように、カメラが入れない世界を伝えられることも強みだと言っています。このディスカッションは「デジタルのコミック・ジャーナリズム:スケッチブックからインターネットへ」と題し、シャパットのほかコミック・ジャーナリズムのオンラインプロジェクトに携わる人や作家らがコミック・ジャーナリズムとインターネットの親和性や課題について英語で議論を繰り広げました。

もう一つのトークイベント会場となった
「コレーギエンハウス」。
宮殿庭園にある1889年建造の大学施設です

コレーギエンハウスでのパネルディスカッション

上述の展覧会でもオンラインでのジャーナリズム作品が紹介されており、以下のサイトについては手軽に英語でも読めますのでご関心のある方はぜひのぞいてみてください。

Alphabet des Ankommens (到着のアルファベット):Deutscher Comicverein(ドイツコミック協会)によるプロジェクトで、移民・難民をテーマにした12本の短編を公開
Drawing the Times :登壇者Eva Hilhorstが立ち上げたポータル
The Nib :登壇者Emil Friis Ernstも作品を寄せているポータル

また、本稿の展覧会に限っては2018年8月26日までエアランゲン市立博物館(Stadtmuseum Erlangen)で開催されています。もしこの夏、近くの都市まで観光の予定がある方がいれば半日ほど足を延ばしてみてはいかがでしょう。エアランゲンはニュルンベルクからローカル線で20分ほど。主要空港のあるフランクフルトからは電車で2時間半、ミュンヘンからは1時間半ほどの距離にあります。

以上、2回にわたり2018年の第18回エアランゲン国際コミックサロンについてご紹介しました。次回2020年までの2年間にドイツでまたどんな作品が発表され注目を集めていくのか、今から楽しみにしています。


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About Author

大山 雅也

ドイツ語翻訳者。日本でドイツ文学を修め、ドイツで言語学科を卒業。十年来ドイツに住み、フリーランスとして活動中。産業翻訳から書籍の翻訳までさまざまな分野で実績を持つ。フランクフルトのブックメッセを機に海外のコミック/グラフィックノベルに関心を持つようになり、ドイツ語圏の市場を中心に積極的に関わっていきたいと考えている。

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