ドイツ・コミック界の今がここに―エアランゲン国際コミックサロン(1)

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「アナタハ ニホンジンデスカ?」
入場券売場に並ぶ私に声を掛けるドイツ人男性。日本学を専攻する学生が近くにいるので、もしよかったら彼らの話し相手になってほしいとのことでした。コミックサロンにはドイツのコミックファンが集います。その中には日本のMangaを通して私たちの国に興味を持つ人も少なくありません。そこにいたコスプレ姿の学生たちも、そんなドイツ人の一部なのでしょう。

コミックサロンとは

2018年5月31日(木)から6月3日(日)までの4日間、第18回エアランゲン国際コミックサロン が開催されました。このコミックフェスティバルはドイツ南東部、バイエルン州の十万都市エアランゲンで1984年より隔年開催されてきたイベントです。日程は「聖体の祝日」(移動祝日)にあたる木曜日から始まるよう設定されているため、私が現地入りした金曜日も休みを取る人が多いのか、平日にもかかわらず賑わいを見せていました。

コミックサロンの旗がなびくエアランゲン駅。
会場までは歩いてすぐ

コミックサロンはドイツ語圏のコミックフェスティバルとして最も大きく重要な催しです。出展者は約200、来場者として登録されている作家・制作者は約500人にのぼります。中心会場はドイツ語で「Comic-Messe」というコミック見本市。ここでは出版社やコミック店による書籍の展示販売が行われます。そのほか、パネルディスカッション、レクチャー、対談、朗読、ワークショップ、子供向けプログラム、映画上映といった各種催しが4日間びっしりと組まれており、2日間の滞在でも気になるものすべてを訪れることはとてもできませんでした。中でもコミックサロン期間中に授賞式が行われる「マックス&モーリッツ賞」はドイツのコミック界において極めて重要な賞です。これに関しては『マッドジャーマンズ』翻訳者の山口侑紀さんが詳しく紹介してくださっていますので、まだお読みでない方はぜひ併せてご覧ください

コミックサロンでは周辺各所で約20の展覧会も開催されます。歴史深い市内の様々な会場で展示を行うという点では、先日ご紹介したスイスのコミックフェスティバル「フメット 」とも似ていると言えるでしょう。本レポートではそのあたりの比較も適宜交えたいと思います。なお、今年の来場者数は約3万人を数え、記録を更新したそうです。この数字だけを見るとやや物足りない感じもあるのですが、現地はそんな印象とは裏腹に大盛況で、人を掻き分けてブースを見て回るのは一苦労でした。

会場近くの様子。人通りが多い市内中心部です

3ヵ所に分かれたメイン会場

ではまず、メイン会場のコミックメッセからご紹介します。今回のコミックサロンに立ちはだかった問題、それは従来の会場だったホールが改修中につき使用できないということでした。そこでどうしたかと言うと、市内ど真ん中に3つのテントを立て、大学の建物も借りて会場を分散させることにしたのです。一番大きなテント「ホールA」は荘厳な辺境伯宮殿の前にある宮殿広場に設営されました。しかし、もともと広場の真ん中には辺境伯像という立派な銅像が立っています。邪魔ですね。どうしたと思いますか?

宮殿広場の辺境伯像

そう、銅像の上からそのままテントを立ててしまったのです。19世紀からエアランゲンの歴史を見てきた辺境伯も、突如コミックファンの群に完全包囲されビックリでしょう。心なしか、途方に暮れて空を仰いでいるように見えます。今回の会場設営方法は臨時的な対応策ですが、来場者からは実に好評だったそうです。市内片隅のホールとは違い往来の多い中心地はそれだけで活気があり良いアピールにもなりますし、一方ですぐ裏手にある宮殿庭園が憩いの場にもなったため、私も非常に雰囲気が良かったと思います。

ホールAの外観。背後は辺境伯宮殿、
正面はマーケット広場です

ホールAのテントには、ドイツでのグラフィックノベルを語る上で欠かせないレプロドゥクト(Reprodukt)アヴァント・フェアラーク(avant-verlag)をはじめ、スイスのエディション・モデルネ(Edition Moderne)が入口付近にブースを構え、作家のサイン会も催されていました。日本の漫画も多数刊行する大手のカールセン はひときわ大きなブースを持ち、ここでも人気作家のサイン会が頻繁に行われていたりと、人の波が絶えません。その他に大きなブースを構えていたのはパニーニ、エグモント・コミックコレクション(Egmont Comic Collection)シュプリッター(Splitter)などです。パニーニはDCコミックスやマーベルといったアメコミを取り扱い、エグモントはアステリックスのほかディズニー系のドナルドダックなど古くから親しまれている作品を取り扱う出版社。シュプリッターはファンタジー、SFといった系統が主力です。

レプロドゥクトのブース。
フランス語などからの訳書も多数

スイスのエディション・モデルネ

大手カールセンのブースは特に大規模

マックス&モーリッツ賞にノミネートされた『ちいさこべえ』(望月ミネタロウ)のドイツ語版も

遠目ですが、エグモントとシュプリッターも常に盛況

随所でサイン会が行われ混雑します

このホールAとホールBに出展しているのは「メッセ出展者」というカテゴリーにあたります。両ホールで明確なカテゴリー分けはないようですが、ホールAが上記のような著名出版社とその他のインディペンデント系出版社、大きめの販売業者を擁するのに対し、ホールBはグッズ、コスプレ衣装などが目立ちました。一方、ホールCでは「小出展者」というカテゴリーで参加している個人作家やイラストレーターに加え、ドイツ全土の大学の芸術専攻やデザイン科など、コミックを扱う学生のブースがひしめきあっています。所狭しとテーブルと作品が並ぶ賑やかな様子は学園祭さながらです。

ホールBの外観。各ホールと展覧会に有効な一日入場券は9ユーロでした

ホールBの内部。ホールAより小さめ

街路標識もそのままテントに

ホールCのテントは宮殿裏手の庭園内

ホールC入口。こちらは入場券不要でした

ホールC内部

周辺各所での展示

メイン会場に次ぐ見どころは、約20件に及ぶ大小の展覧会です。今回のコミックサロンではどのような作家に注目をしたのでしょうか。ホールAの正面にあるKunstpalais(クンストパレ=芸術宮殿)では、マルク=アントワーヌ・マチューの展覧会が行われました。『3秒』など和訳も複数出版されている独創的なフランス人作家。原画のほかに映像やバーチャルリアリティを用いた展示もあり、本人もゲストとして来場しています。一方、宮殿近くの辺境伯劇場に隣接するホールではカナダ人作家ジェフ・レミア(Jeff Lemire)の作品が幅広く紹介されました。もちろんドイツ人作家の特集も忘れてはいません。マックス&モーリッツ賞受賞歴のあるフリックス(Flix)や、長年の実績を持つ風刺漫画家グレーザー&レンツ(Greser & Lenz)をはじめ、大小様々な展示がありました。展覧会内部の写真は控えたいと思いますが、ターゲスシュピーゲル紙のコミック用Facebookページで展示を含め色々な写真が公開されていますので、雰囲気の参考としてご覧ください。

マルク=アントワーヌ・マチューの展覧会場「Kunstpalais」

展覧会の隣では原画のオークションも

グレーザー&レンツの展示が催された美術館

上記の一例に見られるように、コミックサロンには多種多様な系統のコミックが集まっています。それとは対照的にスイスのフメットはアート寄りの内容を中心とし、上記のようなブースがなく商業的側面を意図的に排除したイベントでした。その違いはイベントのプレゼンスにも如実に表れており、フメットがミニマリスティックなスイス的デザインを採り入れているのに対し、コミックサロンはジャンルの多彩さや賑やかさが配色ひとつからもよく伝わってきます。

プログラム冊子とフライヤー

そのような幅広いコンテンツの一つとして、今回のコミックサロンでは「コミック・ジャーナリズム」というテーマにも焦点が当てられました。イベントレポートの後編ではこれに関する催しをご紹介しようと思います。どうぞご期待ください。


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About Author

大山 雅也

ドイツ語翻訳者。日本でドイツ文学を修め、ドイツで言語学科を卒業。十年来ドイツに住み、フリーランスとして活動中。産業翻訳から書籍の翻訳までさまざまな分野で実績を持つ。フランクフルトのブックメッセを機に海外のコミック/グラフィックノベルに関心を持つようになり、ドイツ語圏の市場を中心に積極的に関わっていきたいと考えている。

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