モンスターをフィーチャーにした作品が席巻!―2018年のアイズナー賞発表

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2018年の「アイズナー賞」受賞作品が7月20日に発表されました。アイズナー賞の正式名称は「ウィル・アイズナー・コミック・インダストリー・アワード」(Will Eisner Comic Industry Awards)と言い、過去一年間で優れたコミック作品やクリエイターたちに与えられる数々の賞の総称です。投票できるのは、コミックス業界に関わる人や識者たちで、コミックス界ではとても名誉ある賞です。

毎年7月の後半にカリフォルニア州サンディエゴで開催されている「コミコン・インターナショナル」(Comic-Con, International)の会場で賞の発表・授与式があり、夏の恒例行事となっています。今年はどんな作品が受賞したのでしょうか。簡単にレポートしたいと思います。

アイズナー賞は1988年から始まり、今年で30周年目

2018年のアイズナー賞は、モンスターたちが(よい意味で)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)した選定になったと言えるでしょう。

まず受賞作品の中でも、最も目立っていたのはマージョリー・リュウ(作)/サナ・タケダ(画)の『モンストレス』―ちなみに、モンストレスとは、モンスターの女性形を示す言葉―で、「最優秀作家」部門(マージョリー・リュウ)、「最優秀ペインター/マルチメディア・アーティスト」(サナ・タケダ)、「最優秀カバー・アーティスト」部門(サナ・タケダ)、他2部門、あわせて5部門で受賞という快挙を成し遂げました。

『モンストレス Vol. 2』の表紙

『モンストレス』は、アメリカ人作家のリュウと日本人アーティストのタケダによる合作で、現在もシリーズが続いています。この作品は、女性主人公のマイカ・ハーフウルフが、異種族間の争いと支配と抑圧が渦巻くなかで、自らの出自の過去を探る冒険に出るハイ・ファンタジー作品。すでに、椎名ゆかりによる邦訳が、現在(2018年8月時点で)2巻まで出版されいて、このComic Streetのサイトでも(日本語翻訳版が出る直前に)レビュー で紹介しています。コアなアメリカン・コミックス・ファンではならずともタケダのアートの美しさには魅了されることでしょう。

もうひとつの「モンスター」はエミル・フェリス(Emil Ferris)の『私が大好きなものはモンスター』(My Favorite Thing is Monsters)で、こちらは「最優秀ライター/アーティスト」部門、「最優秀カラーリング」部門、「最優秀アルバム(新刊)」部門で受賞。1960年代後半のシカゴを舞台にした作品で、主人公のオオカミ少女カレン・レイズ(Karen Reyes)が、階上に住むホロコーストのサバイバーである隣人の死の謎を探求する物語。この作品のアートはボールペンとフェルトペンによる描線が印象的で、罫線の入ったリング・ノートブックのページに描かれた「少女の日記」として描かれています。

『私が大好きなものはモンスター』の表紙

エミル・フェリスはゴヤやドーミエ、印象派など歴史的に認知されているアートの伝統と、1950年代・60年代のホラー映画(のポスター)やホラー・コミックスとの要素を積極的に作品内に取り入れています。フェリスは長らくデザイナー兼イラストレイターとして活躍していましたが、55歳になってコミックス作家としてデビュー。この作品には、40歳になったときに感染症から身体麻痺の状態に陥り、そこからのリハビリを通して6年をかけて完成したという苦労話があります。 日本語翻訳を待ちたいところです。

他にも、複数受賞したのは、ケイティ・オニール(Katie O’Neill)の『ティー・ドラゴン・ソサイアティ』(The Tea Dragon Society)で、こちらも「モンスター」をフィーチャーしています。先の二作品が秘めた内なる凶暴性としての「モンスター性」を主題のひとつとするなら、こちらはかわいいドラゴンを中心とした話で、「最優秀ウェブ・コミック」部門と「子供向け最優秀作品」部門で受賞しています。

『ティー・ドラゴン・ソサイアティ』の表紙

『ティー・ドラゴン・ソサイアティ』の内容は、主人公の少女グレタ(Great)が、鍛冶の技術を学びながら、またドラゴンたちを育てることで、彼らが作り出す「お茶」―角のまわりに育つお茶―を収穫する技術を学ぶという設定で、全部で春・夏・秋・冬といった4部+エピローグから成る作品です。「カモミール・ドラゴン」や「ジャスミン・ドラゴン」といったお茶の名前がついたドラゴンが登場します。これらのミニ・ドラゴンを辛抱強く時間をかけてケアする技術を学ぶというテーマが、いろいろな技術(テクネー=アート)のメタファーとしても読める作品です。

オニールは黒の描線ではっきりと輪郭線を描くことはせず、パステルカラーの淡い色づかいで人物のパーツやモノの境界を描いていきます。それによって、この作品は、静かでやさしいトーンとクイアなセンシビリティが絶妙にマッチした作品になっています。

現在はオニ・プレス(Oni Press)から出版されていますが、もともとはウェブ・コミックスとしてオンラインで連載されたもので、いまでもこちらで読むことができます。とてもかわいいキャラクターたちと、ソフトな色使いが、魅力的な作品で、人にプレゼントとして渡したくなる作品です(本として出版されたのがうれしいですね)。

モンスターをテーマにした作品以外で目についたのは、ニック・ソーサニス(Nick Sousanis)が作った「コミックスの中の生」(“A Life in Comics”)という作品で、こちらは「最優秀短編部門」を受賞。ニック・ソーサニスと言えば、コロンビア大学の博士論文をコミックス形式で提出したことや、ハーバード大学出版局から出版されている『アンフラテニング』(Unflattening)で知られている作家/コミックス理論家で、現在はサンフランシスコ州立大学で教鞭をとっています。

「コミックスの中の生」はコロンビア大学の司書カレン・グリーンについてのコミックス

そんな彼の受賞作品は、コロンビア大学の図書館司書のカレン・グリーンの人生をコミックス形式で描いたもの。グリーンはコロンビア大学図書館で長らく中世文献専門の司書をしていたのですが、コミックスの価値を発見し、コレクションを作り始めました。『X-MEN』で知られるクリス・クレアモントが自らのコレクションを寄付したことで注目を集め、数年のうちに巨大なコレクションになり、他のアーティストたちも作品や資料を寄贈したことで、今やコロンビア大学の図書館は、コミックス研究にとって重要なハブのひとつになっています。

グリーン自身は、コミックスに関わる賞やイベント、コミックスの教育・収集などの促進運動に積極的に関わるなど、北米英語圏のコミックス界ではすでによく知られた存在です。アメリカにおいて長らく「ロウ・ブロウ」の文化と見なされてきたコミックス(コミック・ブックス)の社会的な価値を向上させたアクターとして、図書館司書の役割が大きいのですが、その代表的な人物をフィーチャーしたのがこの作品です。この作品もここからダウンロードでき、作品の全体がすべて読めます。作品中には、アメリカのコミックス・キャラクターやアイコン、イメージが数多く引用されています。それを見つけるのも、この作品の楽しみ方のひとつではないでしょうか。

日本のマンガ関連では、講談社コミックスから大友克洋の『AKIRA』の35周年記念版(ボックス・セット)が出版されており、「アーカイバル・コレクション/プロジェクト」賞を受賞したほか、高橋留美子が「コミックスの殿堂」(Hall of Fame)入りを果たしました。アメリカでは『らんま1/2』や『めぞん一刻』が1990年代初期からコミック・ブックスのフォーマットで出されており、2000年代に起きた(いわゆる)「マンガ・ブーム」よりも前から、北米において日本マンガのファンを開拓してきました。「投票者たちの決定」によるこの賞は、そうした長い時間をかけて開拓されてきたアメリカにおける日本のマンガ・ファンたちの力によって決定されたということができ、その点で大きな意味があると思います。

『AKIRA』がアメリカではじめて売り出されたのは1982年

また、田亀源五郎『弟の夫 Vol.1』が「国際作品(英語版)アジア」部門で受賞。田亀作品は2005年ごろからヨーロッパ、そして北米でも翻訳されてきましたが、ここにきて堂々の受賞。この受賞の影には、辛抱強く田亀作品を英語圏に紹介・翻訳してきた翻訳者・出版者のアン・イシイの活躍があります。

田亀源五郎『弟の夫』英語版
第1巻表紙

他にも、邦訳版が今年出版されたティリー・ウォルデンの『スピン』(原題:Spinning)が、「現実を基にしたコミックス作品」部門で受賞。また、コミックスの研究書でもあるフレデリック・ルイス・アルダーマ(Frederick Luis Aldama)の『メインストリーム・コミックスの中のラティーンエクス・スーパーヒーローズ』(Latinx Superheroes in Mainstream Comics)が「最優秀学術/研究書」部門で受賞しました。「ラティーンエクス」(LatinX)とは聞き慣れない英語かもしれませんが、ラティーノやラティーナといったジェンダーを示す英語の代わりに、ジェンダー・フリーの用語として使用されるようになったようです。著者のアルダーマに会ったときに聞いた話では、単にバイナリーに了解するジェンダーだけでなく、多様なセクシュアリティ(例えばLGBTQIA+など)を包括する用語、さらには、いわゆる「ハーフ」(と呼ばれている方々)や文化的に南米ラテン文化とつながっている人にも拡大使用できる用語として考えられる、とのことです。

アルダーマ『メインストリーム・コミックスの中のラティーンエクス・スーパーヒーローズ』

最後に紹介したいのはアメリカの黒人女性SF作家オクタヴィア・バトラーの作品『キンドレッド』をコミカライズしたダミアン・ダフィ(Damian Duffy)とジョン・ジェニングス(John Jennings)です。バトラーは、アメリカのSF界で非常に高く評価されている作家ですが、残念ながら、若くして2006年に亡くなられました。バトラーのSFは「モンスター」的なエイリアンと人間との共生と交渉、そしてエイリアンの子供を授かる話(「血をわけた子供」や異種発生三部作)で知られていますが、こちらもモンスターという「他者」をどう考えるか、というテーマが前景化されています。

『キンドレッド』(コミックス)の表紙』

他にもいろいろ言及したい作品があるのですが、今年のアイズナー賞受賞作を振り返ってみると、モンスターをテーマにした、女性作家・クリエイター・アーティストの作品が多く、彼女たちの活躍や過去の業績を(再)認識する選定になっていると言えます。彼女たちが「モンスター性」という概念の再考を促す作品を作り出してきたのは、いまだ男性中心主義的な因習がはびこる社会で、疎外された「他者」として追いやられることに対して声を上げ、単に一面的な社会的な主張としてではなく、しっかりと作品化して、さらにはアートとして昇華させてきたからでしょう。今後も、彼女たちや新しい女性コミックス・アーティストたちの活躍を期待したいです。

まとめ:
2018年アイズナー賞受賞リスト(公式)
ケイティ・オニール『ティー・ドラゴン・ソサイアティ』
ニック・ソーサニス「コミックスの中の生」
レビュー: マージョリー・リュウ(作)/サナ・タケダ(画)の『モンストレス Vol. 1』についてのレビュー


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About Author

CJ・スズキ

愛知県生まれ、現在アメリカのニューヨーク在住。メインストリームのアメコミ作家からオルタナ系のアーティストをはじめ、世界中からさまざまなジャンルやバックグラウンドのアーティストが集まる刺激的な都市、ニューヨークで、日本と北米のマンガを中心に研究しています。映像作家/大学講師であるジョージ・ツーリス(George Tsouris)とともに「Manga Research and Reading Network in NYC (MaRRN)」を主宰。

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