講演「チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-」レポート(2)

Google+ Pinterest LinkedIn Tumblr +

前の記事を読む:講演「チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-」レポート(1)
関連記事を読む:「チェコ・コミックの100年展―100 Years of Czech Comics」訪問レポート
関連記事を読む:【レポート】世界のマンガについてゆるーく考える会 出張版:チェコ・コミック編


第二次世界大戦後―1945年から1988年

第二次世界大戦が終わると、チェコ・コミックの復権が始まったそうです。「速い矢」や「ありのフェルダ」が再開される一方、ロマンティック・コメディのような新ジャンルの作品も生まれたのだとか。当時のチェコ・コミックは、フランス=ベルギーのバンド・デシネに近い雰囲気を持っていたとのこと。ところが、こうした状況も長くは続きませんでした。1948年に社会主義体制が始まり、コミックは規制の対象となったのです。ほとんどのコミックが刊行を禁止され、細々と命脈を保つのがやっとだったとのこと。

再びコミックが浮上するのは、1950年代末になってからのことでした。それ以前の時代からの連続性は失われ、新たに一から築き直すような状況だったそうです。コミックの中でフキダシを用いることは歓迎されず、テキストはもっぱら絵の下に置かれました。あるいは、フキダシを用いることを避けるために、セリフのないサイレント作品も生まれました。当時、チェコ・コミックの題材として好まれたのは、チェコ文学でした。

第二次世界大戦後から1988年までのこの時代の注目点は、雑誌『ABC』、作家カーヤ・サウデック、そして雑誌『四つ葉』です。

『ABC(アーベーツェー)』

教育的でありつつ、娯楽的な要素も持った総合誌。裏表紙にやや年長の少年向けコミックが掲載されたとのこと。コミックが復権するきっかけを作った雑誌。作家たちは、当初は穏当な表現に留まっていたそうですが、徐々に大胆な表現を用いるようになっていったそうです。この時代、政治的な理由で活躍の場が限られていた作家たちは、子供向けの雑誌で作品を発表していました。

『ABC』

カーヤ・サウデック(Kája Saudek)

カーヤ・サウデックは1966年にデビュー。アメリカン・コミックスに影響を受けた作家で、そのエロティシズムとアクション描写で、当時の読者に強烈な印象を残したそうです。その時代、「速い矢」が復活するなど、1968年の“プラハの春”で最高潮に達する自由化の波を背景に、必ずしもお行儀がいいだけではないコミックも台頭し始めていたのだとか。カーヤ・サウデックは、1966年公開の映画『ジェシーを狙うのは誰だ(Kdo chce zabít Jessii?)』の美術を担当するなど、新しい時代の注目作家でした。1969年には初の長編コミック『ミュリエルと天使たち(Muriel a andělé)』を発表。ただし、この作品は、当時、チェコがソ連の干渉を受けたこともあり、モノクロで一部発表されたのみに留まりました。カーヤ・サウデックの作品や「速い矢」は、ソ連の影響下にあったチェコにはふさわしくないと見なされたのでした。この作品が完全な形で世に出たのは、ようやく1991年になってから。コジーネクさんによれば、この作品が当時、完全な形で出版されていれば、チェコ・コミックの未来に大きな影響を与えていたはずとのこと。

『ミュリエルと天使たち』

『四つ葉(Čtyřlístek:チティジリーステック)』

その後、雑誌『ABC』は存続し続けるも、掲載されたのは、あたりさわりのない作品ばかりでした。1970年代から1980年代にかけても、比較的多くのコミックが出版されてはいましたが、それらは、さまざまな規則に拘束された、子供向けの作品ばかりでした。当時創刊された唯一のコミック誌が『四つ葉』です。創刊は1969年で、このタイトルは、作品名でもあり雑誌名でもあるそうです。この雑誌は今なお続いていて、2年後の2019年に50周年を迎えるチェコ・コミック界の最長寿雑誌とのこと。戦前の『プンチャ』同様、小さな子供を対象としており、一時出版部数25万部を誇りました。これは、人口の少ないチェコではとてつもない数字だそうです。

『四つ葉』

1989年から2000年

1989年春に『コメタ(Kometa)』という雑誌が創刊されます。表紙を飾るのはカーヤ・サウデック。チェコ初の青年向けの雑誌でした。それまでチェコ・コミックにはなかったサスペンスなどの新ジャンルのコミックも登場します。折しも1989年秋には“ビロード革命”が勃発。チェコスロバキアは民主化され、チェコ・コミックは一気に賑わいます。1989年時点では、チェコ・コミックの雑誌は、『四つ葉』と『コメタ』のみでした。ところが、その2年後には、40もの出版社がコミックを出版し始めます。チェコのオリジナルコミックだけではありません。海外から翻訳されたコミックも多くありました。増えたのはコミックだけではありませんでした。ポップカルチャーが洪水のようにチェコに押し寄せます。こうして過剰な競争にさらさると、一気に反動が起きました。1995年には一気に増えた雑誌の95%が廃刊になりました。『コメタ』の発行部数は22万部から3万部に激減。新興雑誌の中には1号でなくなったものもありました。翻訳ものも生き延びるのは難しく、『スパイダーマン』でさえその例外ではありませんでした。唯一生き延びることができたのは、昔ながらの『ミッキーマウス』だったとのこと。

『コメタ』

100年におよぶチェコ・コミックの歴史を締めくくる存在として、コジーネクさんが再び取り上げたのは、1960年代後半に彗星のように現れた作家カーヤ・サウデックでした。カーヤ・サウデックは、1968年以降、活躍の場を失い、やがて洞穴学協会の会報に辿り着きます。彼は、毎回必ずひとつ洞窟を描かなければならないという条件で、コミック作家にとって困難な時代に作品を描く場を勝ち取ったのです。興味深いことに、彼の作品のおかげで会報を求める人が増え、協会員の数も増えたのだとか。カーヤ・サウデックの1970~80年代の作品には、洞窟が多く登場することで有名だったそうですが、その裏にはこんな理由があったのだそうです。ここにもまた、20世紀のチェコ・コミックのキーワード“~にもかかわらず”と“~だから”がうかがえるのかもしれません。

カーヤ・サウデックがチェコの洞穴学協会のために描いたという作品

2000年以降、チェコ・コミックは新しい時代に突入したそうですが、そのチェコ・コミックの新章については、2018年1月にトマ-シュ・プロクーペックさんによって行われる講演「チェコ・コミックと出版、展示」でじっくり語られるそうです。

最後に質疑応答の時間が設けられ、会場からチェコ・コミックについての理解をより深めてくれる質問や、日本のマンガとチェコ・コミックの関係を考える上でもたいへん興味深い質問が投げかけられました。

会場からの質問に答えるコジーネクさん

本講演に関連した展覧会「チェコ・コミックの100年展」は米沢嘉博記念図書館で、2018年1月28日(日)まで行われています。2018年1月21日(日)には、同展のもうひとりの監修者であるトマーシュ・プロクーペックさんによる「チェコ・コミックと出版、展示」という講演が行われる予定です。また、同じ時期に、チェコセンターでも、チェコ・コミックに関するさまざまなイベントが行われる予定であるとのこと。興味を持たれた方はぜひ足を運んでみてください。


前の記事を読む:講演「チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-」レポート(1)
関連記事を読む:「チェコ・コミックの100年展―100 Years of Czech Comics」訪問レポート
関連記事を読む:【レポート】世界のマンガについてゆるーく考える会 出張版:チェコ・コミック編

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

Leave A Reply