講演「チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-」レポート(1)

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チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-
日時:2017年10月14日(土)16:00-17:30
場所:米沢嘉博記念図書館
出演:パヴェル・コジーネク(チェコ国立科学アカデミー・チェコ文学研究所研究員)

「~日本におけるチェコ文化年2017~チェコ・コミックの100年展」を開催している米沢嘉博記念図書館で、10月14日(土)、同展に関連した講演「チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-」が行われました。

講師を務めるのはパヴェル・コジーネクさん。チェコ共和国科学アカデミー・チェコ文学研究所研究員で、トマーシュ・プロクーペックさんとともに「チェコ・コミックの100年展」の監修も務めておられます。通訳を務めてくださったのはチェコセンター東京所長の高嶺エヴァさんです。

講師のパヴェル・コジーネクさん(左)
通訳の高嶺エヴァさん(右)

20世紀のチェコ・コミック―“~にもかかわらず”と“~だから”

「チェコ・コミックの100年展」展開催についての謝辞と簡単な挨拶に続き、さっそくコジーネクさんの講演がスタート。今回の講演は、20世紀のチェコ・コミックの変遷とその政治的背景をめぐるものになるとのこと。この講演を準備するに当たって、2つのキーワードが思い浮かんだそうです。①“~にもかかわらず”と②“~だから(ゆえに)”。この2つの言葉は、チェコ・コミックの歴史を体現するものだそうで、チェコでとても人気が高い「速い矢(Rychlé šípy:リフレー・シーペ)」がその典型なんだとか。1938年に生まれ、爆発的な人気を博したこの作品は、たった4年で読めなくなってしまいます。その背景にあったのは、ナチスドイツの侵攻で、チェコ文化だからという理由で、「速い矢」は発売禁止の憂き目を見ます。第二次世界大戦後、「速い矢」は復活を果たしますが、3年後に再び禁止。今度の背景は共産主義政権の樹立で、コミックは当時の体制にふさわしくないというのが、発売禁止の理由でした。「速い矢」は、1967年に三度復活。1968年1月の“プラハの春”で、チェコは自由を謳歌し、コミックは復権を果たしますが、同年8月にソ連が侵攻。「速い矢」は三度禁止されてしまいます。今回は、チェコの文化だからとか、コミック全体が当時の体制にふさわしくないからということではなく、作家が反体制的だと判断されたからというのが、その理由でした。この「速い矢」に典型的に見られるように、チェコ・コミックは、20世紀を通じて、祖国の政治的動乱「ゆえに」たいへんな状況にさらされてきましたが、「にもかかわらず」その苦難の時代を生き延びたのだそうです。

「速い矢」

チェコ・コミック黎明期―第二次世界大戦まで

他の多くの国のマンガと同じように、チェコ・コミックも風刺画から発展的に生まれたそうです。第一次世界大戦後の1918年、チェコスロバキア共和国の建国を契機に、雑誌が増加。それに付随してコミックも数を増やしていったとのこと。

この時代の注目点として、作家としてはヨゼフ・ラダオンドジェイ・セコラが、雑誌としては『プンチャ』があげられました。

ヨゼフ・ラダ(Josef Lada)

1922年に初めて少年とヤギを描いたコミックを連載。当時、コミックは “絵によるシリーズ”という呼ばれ方をしていたそうです。ヨゼフ・ラダはイラストレーターとしても高名で、ヤロスラフ・ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』(岩波文庫)の挿絵などで日本でも知られているとのこと。ヨゼフ・ラダは、チェコ・コミックの最初の作家のひとりですが、テキストを①絵(コマ)の下に収めるか、②フキダシの中に収めるかという、その後チェコ・コミックを規定することになる2つの特徴が、既に彼の作品の中に現れているそうです。

『兵士シュヴェイクの冒険』日本語版

ヨゼフ・ラダの少年とヤギを描いたコミック

オンドジェイ・セコラ(Ondřej Sekora)

『ありのフェルダ』シリーズの絵本版(福音館書店)が邦訳されていて、日本でも知られている作家。1933年に元々はコミックとしてスタートした作品とのこと。

オンドジェイ・セコラ『ありのフェルダ』日本語版

『ありのフェルダ』コミック版

1918年から1938年にかけての時代は、チェコ・コミックがいろいろな可能性を模索した時代だそうです。当時のチェコ・コミックは、必ずしも子供向けだけでなく、大人向けの作品もあったとのこと。さまざまなテーマが扱われていて、その多様性は、ヨーロッパの他の国と比べても遜色のないものだったそうです。コミック専用の雑誌やコミック単行本が誕生したのもこの時代でした。

『プンチャ(Punťa)』

当時、ディズニーのアニメやコミックが世界のさまざまな地域で人気を博しますが、その影響も取り込みつつ、チェコスロバキア国内で絶大な人気を誇ったのが雑誌『プンチャ』でした。これは犬のキャラクター名でもあります。この雑誌はポップカルチャーを意欲的に取り込み、キャラクタービジネスやメディアミックスにも積極的に乗り出していたとのこと。一方で、この雑誌では、テキストは絵の下に入れられ、フキダシの採用は避けられました。同じ頃世に出た、上述の「速い矢」(1938年)がフキダシを使用したのとは対照的です。やがて第二次世界大戦の影響で、チェコスロバキア国内の出版物は規制を受けるようになり、『プンチャ』も1942年には休刊してしまいます。もっとも、この時期、すべてのコミックが市場から消えたわけではなく、戦時にもかかわらず発売されていたコミックもあったそうです。

『プンチャ』

次回に続きます。


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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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