海外コミック読書ガイド:第4回「戦争編」レポート

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8月25日(土)、そごう千葉ジュンヌ館3Fの16の小さな専門書店内シアター駒鳥座で、2カ月に一度の海外マンガについてのトークイベント、海外コミック読書ガイド:第4回「戦争編」が行われました。

日時:2018年8月25日(土)15時~17時
会場:16の小さな専門書店内 シアター駒鳥座(そごう千葉ジュンヌ館3F)

第2回と第3回については、うしおだきょうじさんがレポートしてくださっていますので、今までどんなイベントが行われてきたのか興味がある方は、そちらも読んでみてください。

海外コミック読書ガイド:第2回「海外コミックで学ぶ世界の見方」レポート
海外コミック読書ガイド:第3回「政治編」レポート

ちなみに16の小さな専門書店さんのサイトでは今回のイベントのコンパクトにまとまったレポートを読むことができます。そちらもぜひご覧ください。
《海外コミック読書ガイド第四回 戦争編》イベントレポート

さて、第4回目となる今回のテーマは「戦争」。会場前の平台には戦争関連の海外マンガや日本のマンガがたくさん並べられています。

戦争関連の海外マンガ

戦争関連の日本のマンガ

トーク会場のシアター駒鳥座は普段ミニシアターとして使われていてさまざまな映画が上映されているのですが、終戦記念日を迎える8月は、8月5日(日)~8月19日(日)にかけて『ヒトラーの忘れもの』が上映され、8月18日(土)~9月2日(日)にかけては『この世界の片隅に』が上映されています。

トーク会場のシアター駒鳥座

会場に入ると、こんな資料が用意されていました。「トークイベント《海外コミック読書ガイド第4回》戦争編」と書かれた冊子の内側は、ブックリストになっています。このComic Streetでも、戦争関連の海外マンガを紹介するリストを作ってもいいかもしれませんね。

配布資料

イベントは15時少し過ぎにスタート。今回は、鈴木毅(店長)、下平尾直さん(出版者)、タダさん(ラジオビューグル)、椎名ゆかりさん(翻訳家)、山口侑紀さん(編集者)、そして原の総勢6名が登壇しました。

まずは16の小さな専門書店店長の鈴木さんから挨拶と今回のイベントの趣旨の説明。

左から鈴木さん、タダさん、山口さん、
下平尾さん、椎名さん、原

トークの先陣を切ってくれたのは、出版社共和国の下平尾さん。実は共和国は発足した2014年、『総統はヒップスター』という海外マンガを出版しています。ヒトラーをヒップスターに見立てたこの作品もある意味戦争海外マンガなのではということで、簡単に紹介してくださいました。まだ読んでないという方はこの機会にぜひ!

続いて、いよいよ今回のイベントの主役、フランスを代表するバンド・デシネ作家タルディの第一次世界大戦を描いた作品が2冊『塹壕の戦争 1914-1918』(2016年)と『汚れた戦争 塹壕の戦争 1914-1918』(2017年)の紹介です。

タルディ『塹壕の戦争 1914-1918』(藤原貞朗訳、共和国、2016年)

タルディ&ヴェルネ『汚れた戦争 塹壕の戦争 1914-1918』(藤原貞朗訳、共和国、2017年)

下平尾さんは、第一次世界大戦についての共同研究に関わっていたお知り合いからタルディの作品を薦められたとのこと。実際に作品を目にしてこれは傑作だと確信すると、日本では第一次世界大戦はあまり着目されず、タルディ自身もほとんど知られていないというハンデにも関わらず、翻訳出版を決意し、訳者の藤原貞朗さんに翻訳を依頼したのだとか。タルディの作品で特に下平尾さんが感心したのは、戦争を美談にしない点と、英雄を創り出さない点、そして味方であるフランス人だけでなく、敵であるドイツ人もよく見えている点。戦記マンガでは敵の姿が十分に描かれず、味方ばかり描かれがちですが、タルディの作品には敵も味方も同じ人間なのだという信念が貫かれています。さらにタルディには、フランスは第一次世界大戦において加害者なのだという批判意識も見られるとのこと。こうした理由から、下平尾さんにとってタルディは戦争とマンガの関係を考えるに当たって、絶対欠かすことのできない作家なのだとか。2013年、『はだしのゲン』を図書館で閉架扱いにするという騒動が発生し、2014年には『アンネの日記』の単行本が傷つけられるという事件が起きましたが、そうしたことも、タルディをどうしても日本で出版しないといけないというモチベーションにつながったそうです。

会場にはタルディ作品の翻訳者、藤原貞朗さんも来てくださいました。藤原さんは1995年のフランス留学時に『塹壕の戦争』を知って、いつか翻訳したいと思っていたそうです。藤原さんによれば、タルディは極めて政治的な作家だそうです。フランスにとって第二次世界大戦より第一次世界大戦のほうが重要だという話はよく知られていますが、その背景には第一次世界大戦がフランスがドイツに勝った戦争だという点があるのだとか。左翼的な作家であるタルディはそのことに危機感を抱き、批判意識を込めて『塹壕の戦争』や『汚れた戦争』のような作品を描いているのだそうです。タルディはバンド・デシネの巨匠であるにも関わらず、この2冊以前に翻訳されていないのですが、日本ではなかなか評価されにくいのには、そうした理由もあるのだろうということでした。

続いて原が、第二次世界大戦を描いたエマニュエル・ギベールのバンド・デシネ『アランの戦争―アラン・イングラム・コープの回想録』をご紹介。

エマニュエル・ギベール『アランの戦争―アラン・イングラム・コープの回想録』(野田謙介訳、国書刊行会、2011年)

『アランの戦争』は、国書刊行会のBDコレクションの3冊目として刊行された作品です。邦訳バンド・デシネの歴史は長いですが、現在にまでつながる小ブームは2010年頃に始まりました。BDコレクションはその先駆けとなった叢書です。

『アランの戦争』は、作者のエマニュエル・ギベールが「アラン」ことアラン・イングラム・コープと出会い、彼の回想をまとめることで成立した作品。フランスでは2000年に第1巻が刊行され、2008年に第3巻が刊行されて完結。なんと足かけ8年の大作です。フランスでは1990年代以降、自伝的なバンド・デシネのブームがあり、その流れの中で、作者自らの自伝ではなく、身近な人物の伝記として描かれました。本書は第二次世界大戦のまっただなか、カリフォルニアに住んでいたアランが徴兵されるところから始まります。出兵に備え、ケンタッキー州で訓練を積み、20歳のその日、アランは他の仲間たちとフランスのル・アーヴルに上陸。その後、パリ、ノルマンディー地方、ドイツ、チェコと転戦しますが、戦局は既に落ち着いていて、派手な戦闘が繰り広げられることはありません。チェコのプラハで終戦を迎えると、その後アランはチェコとドイツにしばらく駐留。やがてアメリカに戻り、牧師になるために勉強をしますが、ヨーロッパのことが忘れられず、フランスに戻り、戦争中に知り合ったフランス人女性と結婚。その後は青春時代を過ごしたフランスとドイツで生活することになります。『アランの戦争』というタイトルにも関わらず、戦争マンガに期待されるような事件はほとんど起こりません。この作品で描かれるのは、アランの日常を淡々と追った静かな戦争です。ドンパチだけが戦争ではないでしょうし、これもまた戦争の一面なのでしょう。戦争は概して恐ろしいもの、悲惨なものとして描かれがちですが、アランにとっては、ヨーロッパを知り、敵味方関係なくさまざまな人と出会い、人間として成長する契機に他ならなかったのです。

会場の雰囲気

原の話を受け、続いてラジオビューグルのタダさんが、史実と照らし合わせながら、アランの足取りを振り返ってくれました。アランはアメリカでの訓練中にパラシュート部隊を志願しますが、既に配置転換が決まっているという理由で受け入れられず、その後、通信兵に志願。成績がよかったため通信兵の教官を務めることになり、そのおかげでヨーロッパへの出発がだいぶ遅れることになります。『アランの戦争』で描かれるのは確かに静かな戦争ですが、タダさんによれば、それは偶然の賜物でしかなかったとのこと。その後、アランはヨーロッパ各地を転戦していきますが、アランが訪れる少し前には、それらの場所で激しい戦闘や演習が繰り広げられ、多くの兵士が犠牲になっているのだとか。また、ソ連軍によるプラハ攻勢のように、アランが意図的に言い落していると思われる個所もあるとのこと。本書の中では激しい戦闘はほとんど描かれていませんが、実際にそういうことがなかったとは断言できないのかも……。あるいは作者のエマニュエル・ギベールが編集している部分だってあるかもしれません。もっとも、史実と違う部分があったとしても、アランの回想を作者のエマニュエル・ギベールが描くことで、本書が傑作となったことは疑いようがありません。タダさんは、歴史と照らし合わせて読むことで、本書を立体的に、さらに面白く読むことができるという貴重な指摘をしてくださいました。

下平尾さんもタダさんのお話を受けて、『アランの戦争』における主人公アランの顔について興味深い指摘をしてくださいました。本書では、主人公アランの顔は最初はよくわからず、物語が進みアランが戦争を経験し年を取っていくことで徐々にその輪郭がはっきりしていく印象があります。ある種の幻想化と言うべきか、アランが語らないこと/語れないことがあるということが、そのような形で表れているのかもしれません。

10分ほどの休憩を挟んで、後半戦に突入。トークを再開する前に、会場に来てくださっていた北欧語の翻訳家である枇谷玲子さんが新しく翻訳されたばかりのノルウェーのグラフィックノベル『ムンク』についてご紹介してくださいました。ノルウェーでは非常に高く評価されている作品で、ムンクについては、10月には東京都美術館で「ムンク展―共鳴する魂の叫び」も開催されるとのこと。要注目の作品です。いずれComic Streetでも取り上げられるといいですね。

ステフン・グヴェーネラン『ムンク』(枇谷玲子訳、誠文堂新光社、2018年)

続いてアメリカのコミックスの翻訳家椎名ゆかりさんがマルジャン・サトラピの『ペルセポリス』を紹介してくださいました。この作品も必ずしも戦争の物語ではありませんが、背景にイラン革命(1979年)とイラン・イラク戦争(1980~1988年)があります。ウィーンに生まれ育ったマルジことマルジャン・サトラピが、イラン革命、イラン・イラク戦争という動乱をきっかけに、若い身の上でウィーンに留学、その後一度はイランに戻りますが、再び今度はフランスに留学するまでの様子を描いた自伝的なバンド・デシネです。タルディの『塹壕の戦争』と『汚れた戦争』が戦場における戦争の話、ギベールの『アランの戦争』が戦争の戦場以外の局面を描いた話だとすれば、『ペルセポリス』は、常に戦争状態であるような動乱の地に生まれた女性のアイデンティティ・生き方の話とのこと。

原書は2000年から2003年にかけてフランスで出版、邦訳は2005年に全2巻で刊行されました。同題の劇場版アニメも評価が高く、邦訳版の書籍は発売から10年以上経った現在でも新刊で購入することができます。マルジャン・サトラピは元々決して多作ではありませんが、『刺繍 イラン女性が語る恋愛と結婚』(山岸智子監訳、大野朗子訳、明石書店、2006年)と『鶏のプラム煮』(渋谷豊訳、小学館集英社プロダクション、2012年)も訳されていて、翻訳に恵まれた作家と言えそうです。

マルジャン・サトラピ『ペルセポリスⅠ イランの少女マルジ』( 園田恵子訳、バジリコ、2005年)

マルジャン・サトラピ『ペルセポリスⅡ マルジ、故郷に帰る』( 園田恵子訳、バジリコ、2005年)

『ペルセポリス』をより深く楽しむために、椎名さんは、ガージャール朝ペルシアからパフラヴィー朝ペルシア、イラン建国、イラン革命(1979年)、イラン・イスラーム共和国建国、そして翌年のイラン・イラク戦争(1980~1988年)勃発にいたるイランの複雑な歴史をわかりやすくまとめ、主人公マルジの家系についても図解してくれました。イラン革命以前、イランは西洋列強の影響下にあったこともあり、非常に西洋近代化された国でした。また、マルジの家系はなんとガージャール朝の皇帝の血筋を引いているのだそうですが、その一方で親戚に革命家がいるのだとか。そのことがマルジの誇り高く反抗的で独立心に富んだその後の冒険を決定づけているのかもしれません。一方、ペルシア帝国の首都に由来する『ペルセポリス』というタイトルからは、自分が属する民族・文化に対する作者の誇りがうかがえます。

椎名さんの話を受けて、花伝社の編集者でありビルギット・ヴァイエ『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』の翻訳者でもある山口侑紀さんが、『ペルセポリス』をめぐる個人的な体験を語ってくれました。大学生のときに『ペルセポリス』の原作を読み、映画を観て感銘を受けた山口さんは、2010年にドイツ留学した際に『ペルセポリス』を日本から持っていったのだとか。イランのために何かしたいと思っていた山口さんは、イラン人学生と知り合い、グリーン・ムーブメントという反体制運動を知り、そのイラン人学生とドイツ人の学生と一緒にフリー・フォー・イラン・イン・ハイデルベルクという団体を作り、さまざまな活動を行ったとのこと。ちょうど2009年にイラン大統領選挙が行われ、下馬評で不利とされたアフマディーネジャードが勝利。不正選挙であることを疑う反対派がデモを行っているさなかに、ネダーという若い女性が銃殺される事件が起こります。それに対して抗議の意を表するために、『ペルセポリス』の図版を用いたマンガが作られました。作者の許諾のもとに作られたこの作品は「ペルセポリス2.0」と名づけられ、ネット上で公開されています。作品がこのように政治的な目的に用いられることについては賛否両論あるでしょうが、とにもかくにも『ペルセポリス』は作者の意図を越え、イランの一部の人々に勇気を与え続けているのだと言えるでしょう。

まとめとして鈴木さんと下平尾さんから一言ずつお話がありました。

鈴木さんは毎年終戦記念日が来ると、自分の今の年齢で太平洋戦争の開戦を迎えていたらという想像をするのだとか。それによれば、19世紀末に生まれ、少年時代に日露戦争、青春時代に第一次世界大戦、そして今の年で太平洋戦争と、常に戦争を体験しながら生きてきたことになります。かつて私たちの祖父の世代が経験した戦争にあまりに鈍感にならないためにも、自分のスケールで戦争を考えてみるのはいいことなのかもしれません。

マンガが戦争を扱うことに意義があるとすれば、自分では経験できないことを経験させてくれ、今ここにある現実だけが唯一の現実ではないと教えてくれ、戦争という非日常を私たちの日常に結びつけ、それを絵を通じてわかりやすく共有させてくれることでしょう、と言って下平尾さんは話を閉じられました。

最後に原がその日発売されたばかりのジュリー・ダシェ&マドモワゼル・カロリーヌ『見えない違い』(原正人訳、花伝社、2018年)を紹介し、

会場に来てくださっていた大西愛子さんが、こちらも7月に発売されたばかりの『スターリンの葬送狂騒曲』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション、2018年)を紹介してくださいました(Comic Streetでは鈴木店長がレビューしてくださっています)。

次回第5回目を迎える海外コミック読書ガイドは、LGBTQをテーマに10月後半以降に開催される予定です。詳細が決まり次第、このComic Streetでもお知らせいたします。

タダさんが用意してくれたサム・ペキンパー『戦争のはらわた』を編集したエンドタイトル

アマゾンで購入:
『塹壕の戦争 1914-1918』
『汚れた戦争 塹壕の戦争 1914-1918』
『アランの戦争―アラン・イングラム・コープの回想録』
『ペルセポリスⅠ イランの少女マルジ』
『ペルセポリスⅡ マルジ、故郷に帰る』


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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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