「カトリーヌ・ムリスによるライブドローイング」レポート

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去る3月24日(土)、東京の飯田橋にあるアンスティチュ・フランセ東京のメディアテークで、フランス人バンド・デシネ(以下、BD)作家カトリーヌ・ムリスさんのライブドローイング・イベントが行われました。今回はそのレポートをお届けします。

カトリーヌ・ムリスさんは、あの『シャルリ・エブド』で長く働き、2015年1月7日の襲撃事件のときも現場にいるはずでしたが、たまたま遅れていったために難を免れたという特異な体験をされています。事件とその後の日々を描いたBD『軽さ(La Légèreté)』を発表し、フランスで一躍注目を集めました。現在、カトリーヌさんは、京都にあるアーティスト・イン・レジデンス“ヴィラ九条山”に滞在中。滞在は今年2018年2月から5月末にかけての4カ月間で、その滞在を利用し、東京を皮切りに、福岡、京都でもイベントが行われる予定です。こちらでインタビューもしていますので、併せて読んでみてください。

カトリーヌ・ムリスさん
Photo by Rita Scaglia

さて、イベント当日の3月24日(土)は、「フランコフォニーのお祭り2018」で、飯田橋のアンスティチュ・フランセ東京では、朝から夜までさまざまな催しが行われました。そもそも「フランコフォニー(francophonie)」というのは、「フランス語圏」を意味する言葉で、毎年3月20日には、国際フランコフォニー機構の加盟70国によって、「フランス語というお互いの共通点を称えるとともに、それぞれの文化的多様性を表現する機会」である「国際フランコフォニーの日(Journée internationale de la francophonie)」が祝われているそうです。日本でも、アンスティチュ・フランセを中心に、毎年この時期にさまざまな催しが行われ、今年は、「フランコフォニー月間2018」と銘打って、3月13日(火)から4月13日(金)にかけて、日本全国のアンスティチュ・フランセ系施設で、さまざまなイベントが行われていくとのこと。3月24日(土)の「フランコフォニーのお祭り2018」は、その中心に据えられたイベントです。

アンスティチュ・フランセ東京の敷地内。
右に芝生広場、正面奥が校舎

芝生広場には仮設ライブステージが設置され、
さまざまなライブが行われていました

校舎入口前ではチャリティー古本市も

校庭のあちこちに、フランス語圏のさまざまな国・地域のスタンドがあり、食べ物や飲み物を販売していたりしました。これはカナダのケベック州

こちらはブルキナファソ

カトリーヌ・ムリスさんのライブドローイング・イベントは、この「フランコフォニーのお祭り2018」の一環として行われました。

イベントは14時にスタート。会場はアンスティチュ・フランセ東京のメディアテーク。普段は静かな図書館ですが(ちなみにこの図書館には、BDの原書がたくさん置いてあるので、BDの原書をまとめて見たい人には訪れてみることをオススメします)、折り畳み椅子が並べられ、仮設のイベントスペースがしつらえられていました。客席は25席ほどでしょうか。お客さんの入りは、最初こそまばらでしたが、イベントが始まるとすぐにいっぱいになり、しばらくすると、立ち見のお客さんもかなり出るほどの盛況でした。

まずは、ローラン・ピック駐日フランス大使から挨拶があり、カトリーヌ・ムリスさんのキャリアが紹介され、カトリーヌさんと関係が深かった『シャルリ・エブド』襲撃事件が思いおこされます。

続いで、カトリーヌさんが挨拶。イベントの本編がスタートしました。ライブドローイングという話だったので、てっきりカトリーヌさんが延々と絵を描くのかと思いきや、全体の三分の二がカトリーヌさんの講演で、残り三分の一がライブドローイングという構成でした。ヴィラ九条山での取り組みや(なんと夏目漱石の『草枕』をもとに、自身の新たな創作の可能性を探っているのだとか)、ご自身の代表作4点(『わたしの愛する文学者たちMes hommes de lettres』、『ポン・デ・ザール―芸術橋Le Pont des arts』、『現代のオランピアModerne Olympia』、『軽さLa Légèreté』)の解説、それから今取りかかっている新作(『壮大な空間Les Grands Espaces』)の紹介が行われました。

『わたしの愛する文学者たち』
Mes hommes de lettres : Petit précis de littérature française, Editions Sarbacane, 2008

『ポン・デ・ザール―芸術橋』
(Le Ponts des arts, Editions Sarbacane, 2012)

『現代のオランピア』
(Moderne Olympia, Futuropolis, 2014)

『軽さ』(La Légèreté, Dargaud, 2016)

印象的だったのは、カトリーヌさんの文学や美術、映画といった芸術との向き合い方。元々大学で文学を勉強していたというカトリーヌさんは、作品の随所にこれらの芸術を散りばめています。BDによる文学史を目指したという『わたしの愛する文学者たち』や、文学と美術の交流を描いた『ポン・デ・ザール―芸術橋』では、史実に基づきつつ、ときに茶化しも入れて、文学や美術と向き合っていますが、『現代のオランピア』では、それらの知識を融通無碍に組み合わせ、『ロミオとジュリエット』と『ウエスト・サイド物語』を換骨奪胎し、文学と美術と映画にオマージュを捧げつつ、最高にキュートかつ軽やかなオルセー美術館賛歌をものしてみせ、『軽さ』では、トラウマ的な事件から自己回復していく過程で、癒しとして、改めて芸術を発見していくことになります。

自作を解説するカトリーヌさん

筆者は今のところ、カトリーヌさんの作品では、『現代のオランピア』しか読んでいませんが、今回お話をうかがって、気になったのは、『軽さ』と、それから『ポン・デ・ザール―芸術橋』。『ポン・デ・ザール―芸術橋』の表紙(上を参照)には、パブロ・ピカソとマルセル・プルーストが描かれていますが、右にいるプルーストがピカソの筆をとり、表題を描いているのに対し、左にいるピカソはプルーストの代名詞となっているマドレーヌと紅茶を手に、ちょこんとしています。この皮肉をはらんだかわいい感じが、カトリーヌさんの真骨頂でしょう。「モナリザ盗難事件」の詩人アポリネールとピカソとか、ドラクロワとジョルジュ・サンドとか(ドラクロワはアングルが気に入らなかったそうですが、ドラクロワ対アングルの対立が、色彩対線という対立として、BDに直結しうるという話は刺激的でした)、美術と文学が交わる10のエピソードが取り上げられているそうで、すごく面白そうでした。

カトリーヌさんは、『現代のオランピア』を通じて、美術を模写するという体験を改めてしたそうで、その過程で、それまで以上に絵画から強いインスピレーションを受けた創作スタイルへと向かっていきます。『シャルリ・エブド』襲撃事件が起きたのは、その『現代のオランピア』が出版された後で、あまりの衝撃に、一時は何も手につかないどころか、一部の記憶を失ったり、生きる気力まで失ったりしたとのこと。そんなとき、彼女を救ってくれたのが、芸術を通じて現出する「美」だったのだそうです。こうして、カトリーヌさんは、なお一層「絵」というものに自覚的に向き合うことになりました。

『軽さ』に描かれた、圧倒的感情としてのマーク・ロスコ的表現

目下創作中の新作『壮大な空間』も少し見せていただきましたが、さらに絵に力が入った作品で、発売が楽しみです。今のところ、カトリーヌ・ムリス作品はひとつも邦訳がないのですが、いずれぜひ日本語で読めることを願ってやみません。

と、カトリーヌさんの講演が終わったところで、ライブドローイングに移行。

ライブドローイングに挑戦するカトリーヌさん

さらさらと線画を描き、水彩で着色。あっという間に作品が完成しました。

見る見る絵ができあがっていきます

最終的な完成作。「日本のモナリザ」?

サービスで、某国民的キャラクターも描いてくれました。

イベント終了後には、会場で原書を購入してくれた方を対象にサイン会も開催。充実の2時間でした。

4月22日(日)には、京都でもイベントが行われるそうですので、ご関心がある方は、ぜひ訪れてみてください。

日時:2018年4月22日(日) 13:30~15:30
会場:アンスティチュ・フランセ関西 稲畑ホール
カトリーヌ・ムリスを迎えて


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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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