イチオシ海外マンガ―原正人さん

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海外マンガ好きにおすすめの海外マンガを聞く「イチオシ海外マンガ」。今回おすすめしてくれるのは、バンド・デシネの翻訳者で、このComic Streetの編集長を務める原正人(はら・まさと)さんです。


今回は、海外マンガ入門の意味合いを込めて、現時点で購入しやすい邦訳の中から、まずはこんなところから読んでみてはいかがでしょうという海外マンガを3点おすすめしています。内訳は、アメリカン・コミックスが1点、韓国のマンガが1点、バンド・デシネが1点。他にもおすすめしたい新刊作品はたくさんありますし 、もう絶版になってしまった作品の中にも名作は多いのですが、それはまた別の機会に。

エイドリアン・トミネ『キリング・アンド・ダイング』(長澤あかね訳、国書刊行会、2017年)

エイドリアン・トミネ『キリング・アンド・ダイング』(長澤あかね訳、国書刊行会、2017年)

オルタナ系アメリカン・コミックス作家エイドリアン・トミネの最新翻訳。どこにでもいそうな、どこかうまくいっていない人たちの、悲哀漂う日常を描いた短編集。

この物語の登場人物たちは、幸せになりたいと願っているからこそ、虚勢を張ったり、調子に乗ったり、意固地になったり……、空回りしながら、さまざまにあがいてみせる。その姿は、滑稽で、痛ましく、だからなおさら愛おしい。何をやってもうまくいかない少女が、一念発起してスタンダップ・コメディアンを目指す顛末とそれを見守る家族の姿を描いた表題作が、最高に切ない。

白黒があったり、カラーがあったり、コマ数が多い作品があったり、セリフのないナレーションだけの作品があったり……。作風は作品によって微妙に変わっていて、さまざまな表現を楽しむことができる。整理された描線と落ち着いたカラーリングが生み出すどんよりしてるけど、どこか乾いた空気。虚無的とも爽快とも言えそうな、不思議な読後感が魅力。

チェ・ギュソク『沸点―ソウル・オン・ザ・ストリート』(加藤直樹訳、クォン・ヨンソク監訳・解説、ころから、2016年)

チェ・ギュソク『沸点―ソウル・オン・ザ・ストリート』(加藤直樹訳、クォン・ヨンソク監訳・解説、ころから、2016年)

1987年6月、韓国では、大学生が中心になり、知識人やサラリーマン、主婦など幅広い民衆を巻き込んだ民主化運動「6月民主抗争」が起きた。

本書はヨンホという大学生とその母親の活動を通じて、「6月民主抗争」の一部始終を描いた力作。反共教育を受けたヨンホ少年は、大学生になり、当時の韓国政府の横暴を知ると、それに憤り、大学の仲間たちとともに民主化運動に身を投じていく。後半、ヨンホが後景に退き、その母親が中心になることで、民主化運動が大学生から一般市民の間に広がっていった様子を体感することができる。

あとがきによると、本書は2009年に韓国で刊行され、2015年、わが国で安保法案をめぐる攻防が起きていた最中に翻訳企画が成立したとのこと。海外マンガの邦訳はさまざまな巡り合わせがあって世に出るのである。このタイミングでこの本が出なかったら、お隣の国のこの傑作のことは知らないままだった。世界にはきっとこのような巡り合わせを待っている知られざる傑作がまだまだたくさん存在しているんだと思う。

バスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(原正人訳、小学館集英社プロダクション、2014年)

バスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(原正人訳、小学館集英社プロダクション、2014年)

日本にはたくさんのバレエマンガがあるが、本書の作者であるバンド・デシネ作家バスティアン・ヴィヴェスは、そのことを知らずに、スポーツものがほとんどないフランスで、白黒200ページの長編バレエ・バンド・デシネに挑戦した。バレエの本場フランスの男性作家が、この素材とどう向き合っているのか、ぜひ注目していただきたい。

この作品はまた、あるひとりの女性ダンサーの成長譚であり、ある師弟(妹?)の長きにわたる信頼・愛情の物語でもある。もっとページを費やして丹念に描くこともできたはずだが、作者は大胆に省略しながら、テンポよく物語を語っていく選択をした。長編と言いながら、たった200ページでこれだけ厚みのある物語を仕上げ、読者をしっかり余韻に浸らせてくれる作者のセンスに脱帽。拙訳なので手前味噌だが、本書は筆者が最も感動したバンド・デシネのひとつである。

2017年10月末には、本書の映画化『ポリーナ、私を踊る』が日本でも公開される。映画版は、原作バンド・デシネとはかなり異なる仕上がりになっているので、ぜひ見比べてみていただきたい。

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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