レッド・ケチャップ、日本へ―レアル・ゴドゥブ&ピエール・フルニエ『レッド・ケチャップ』

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2017年12月9日(土) から京都国際マンガミュージアムで「〈ケベック・バンド・デシネ〉を知っていますか? ――25の足跡と7人の作家から」展(レポートはこちら)が絶賛開催中である。当初、会期は2月13日(火)までの予定だったが、好評につき2月20日(水)まで延長されたらしい。京都近郊にお住まいでまだ展示をご覧になっていない方は、ぜひ訪れてみていただきたい。さて、同展の一環として、ケベックのバンド・デシネ(以下、BD)の大御所レアル・ゴドゥブが、ちょうど今来日している。2月4日(日)には同ミュージアムでワークショップが行われ、2月6日(火)には、カナダ大使館のE.H.ノーマン図書館で、トークイベントも行われる。ということで、レアル・ゴドゥブの代表作『レッド・ケチャップ(Red Ketchup)』をご紹介したい。

レアル・ゴドゥブ、ピエール・フルニエ『レッド・ケチャップ』全集第1巻(Réal Godbout, Pierre Fournier, Red Ketchup Intégrale, vol.I, La Pastèque, 2012)

レアル・ゴドゥブ、ピエール・フルニエ『レッド・ケチャップ』全集第2巻(Réal Godbout, Pierre Fournier, Red Ketchup Intégrale, vol.II, La Pastèque, 2015)

レッド・ケチャップ、本名スティーブ・ケチャップは、ポーランド移民の息子として、アメリカのデトロイトに生を享けた。生まれつきアルビノで瞳が赤く、太陽の光に弱いため、幼い頃からサングラスを常用する。“レッド”というあだ名は、彼の赤い瞳に由来する。長じてベトナム戦争に参戦。ベトナムでは、仲間が殺された復讐として、200人近い市民を血祭りにあげた。復員後はデトロイト警察に勤務。加減を知らない仕事ぶりで顰蹙を買うも、タフな部分を評価され、FBI捜査官に引き上げられた。その後、コロンビアの麻薬王ラウル・エスコバルを追う過程でコカイン常習者となり、それ以外にもありとあらゆる薬や麻薬を飲みまくり、無敵の体を手に入れる。敵はもちろん味方からも怖れられるFBI一の危険人物である。

レッド・ケチャップはいかに誕生したか?
「レッド・ケチャップの生い立ち(La Première Vie de Red Ketchup)」
(Pierre Fournier, Réal Godbout, Miche Risque, L’Intégrale, T1, La Pastèque, 2014, P9)

元々、レッド・ケチャップは、レアル・ゴドゥブとピエール・フルニエ作のケベックBD『ミシェル・リスク(Michel Risque)』の脇役だった。初出は1982年の『クロ(CROC)』誌。ミシェル・リスクが関わりを持ったコロンビアの麻薬王ラウル・エスコバルを追うFBI捜査官という役どころである。気のいい好人物といった趣のミシェル・リスクとは正反対の人物で、登場するや、大人気を獲得する。たちまちレッド・ケチャップを主人公に据えた新シリーズのスタートが決まったのだとか(レアル・ゴドゥブのインタビュー参照)。

『ミシェル・リスク(Michel Risque)』全集第1巻(Pierre Fournier, Réal Godbout, Miche Risque, L’Intégrale, T1, La Pastèque, 2014)

レッド・ケチャップの初登場シーン。右のコマのサングラスをかけているのがレッド・ケチャップ
左のコマがミシェル・リスク。
(Pierre Fournier, Réal Godbout, Miche Risque, L’Intégrale, T1, La Pastèque, 2014, P175)

『レッド・ケチャップ』は、『ティタニック(Titanic)』、『クロ(CROC)』といった雑誌で連載されたのち、何冊か単行本にまとめられている。2007年以降は、ケベックのBD出版社ラ・パステーク(La Pastèque)から新たに出版された。既刊は9巻。最初のほうの巻はもちろん古い作品だが、最新の9巻は、雑誌の休刊で中断したものに描き足しをし、2017年に刊行されたばかりである。ちなみに初期作品は、現在全集にもまとまっている。

筆者が先に紹介したレッド・ケチャップのプロフィールは、実は、全集第1巻所収の、レッド・ケチャップのオリジンを語った4ページの短編「レッド・ケチャップの生い立ち(La Première Vie de Red Ketchup)」の要約である。父親の素行といい、ほとんどしゃべらないレッド・ケチャップの様子といい、この短編は若干ヒリヒリした印象があるが、シリーズの基本的なトーンは、アクションあり、お笑いありのドタバタ活劇。パッと見、『タンタンの冒険』を連想させる絵柄で(作者はインタビューの中で、「エルジェとロバート・クラムを足したみたい」なスタイルだとよく言われると答えている)、時にずいぶんと乱暴なシーンを描いているのが、BDとして痛快なのである。

生まれたばかりの我が子を見て、「目が赤いじゃねえか!!」と妻を張り倒すレッド・ケチャップの父
(Pierre Fournier, Réal Godbout, Miche Risque, L’Intégrale, T1, La Pastèque, 2014, P9)

シリーズ第6巻の『七面鳥(L’oiseau aux sept surfaces)』では、レッド・ケチャップは日本を訪問している。作者は当時、日本に惹かれ、日本を訪れることなく、少ない資料を駆使して(当時はインターネットもまだ普及していなかったとのこと)、本書を描いたそうだ。作者の来日が適った今こそこの作品を取り上げておきたい。物語の筋はだいたい以下の通りである。

『レッド・ケチャップ』第6巻「七面鳥」(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013)

FBI本部では、あまりに破天荒なレッド・ケチャップの扱いに手を焼いていた。新人育成の教官を任せれば、本物の銃で生徒を負傷させ、押収したゴミを仕分けする仕事に追いやれば、FBI本部をゴミまみれにする。更生のきっかけになればと、カウンセリングを受けさせれば、カウンセラーのほうが頭がおかしくなってしまう始末。

地獄の新人研修
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P1)

レッド・ケチャップの生い立ちを聞いて発狂したカウンセラー
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P3)

困り果てたレッド・ケチャップの上司は、彼に架空の任務を与えることにした。それは、アメリカの象徴である七面鳥が謎の犯罪組織によって危機にさらされている、犯人を探せというものだった。万が一七面鳥が絶滅するようなことがあれば、感謝祭に何を食べればいいのか? これはアメリカどころか、民主主義の危機である! かくして、レッド・ケチャップは、犯罪組織の尻尾をつかむべく、あらゆる面から七面鳥を検討することになる。有力な情報も得られず、捜査が完全に行き詰った数カ月後、レッド・ケチャップは、たまたまテレビを見ていて、日本の静岡県の三島(どーでもいいが、筆者の故郷の近くである)で、巨大生物が次々と発見されたというニュースを知る。巨大生物の中には七面鳥も含まれていた。ついに手がかりを得たと思い込んだレッド・ケチャップは、一路日本へ向かう。日本に到着したレッド・ケチャップは、各所で騒動を巻き起こしつつ、やがて、事件の背後で、彼の宿敵クンツ博士が糸を引いていることを知る――。

巨大な七面鳥を求め、一路日本へ向かうレッド・ケチャップ (Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P11)

レッド・ケチャップの宿敵クンツ博士の、いかにもマンガ的なマッドサイエンティストの造形が最高なので、ぜひ見ていただきたい。そして、クンツ博士を招聘し、彼が開発した巨大化遺伝子を利用して、最強の力士を生み出そうとするKAIJU社(笑)のヒルツ(Hirutsu)も、絵に描いたような見事な悪役日本人の戯画となっている。BDにおける悪役日本人と言えば、なんと言っても『タンタンの冒険』シリーズ『青い蓮』に登場するミツヒラト(Mitsuhirato)だが、字面の感じといい、ちょっとした目配せがあったりするのだろうか。とにかく、そういう古典的なお約束が、本作には絶妙に散りばめられている。ちなみにタイトルになっている『七面鳥』は、フランス語では普通、dindon(オス)またはdinde(メス)というのだが、その言葉を使わずに、敢えて日本語の「七面鳥」を直訳し、「7つの面を持つ鳥(L’oiseau aux sept surfaces)」という言い回しにしている。もちろん日本語風の異国趣味を狙っているのだろうが、これももしかしたら、『タンタン』シリーズの『ななつの水晶球(Les sept boules de cristal)』をほのめかしたりしているのかいないのか……。

クンツ博士。かつてレッド・ケチャップと繰り広げた死闘の末に顎を砕かれ、左腕を失った。一緒にいるのは愛しのダッチワイフ(?)“バンドラ”
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P8)

KAIJU社のヒルツ。
ミツヒラトの末裔?
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P12)

日本が舞台になっているということもあって、本作には、日本のマンガやサブカルチャーへの、さまざまな目配せも見受けられる。レッド・ケチャップを助けるオエイ(漢字は織栄)という若い日本人女性がいるのだが、彼女の職業はなんとマンガ家のアシスタントで、彼女の部屋には、『ブラック・ジャック』のポスターや鉄腕アトムの人形が置かれ、アシスタント先のケンジというマンガ家の壁面には、手塚治虫その人の写真らしきものがかけられている。作者のレアル・ゴドゥブは、この作品を発表する2、3年前にモントリオールで手塚治虫に会っているのだという(TezukaOsamu.netの年表によれば、手塚がモントリオールを訪れたのは、1987年9月)。当時まだ日本のマンガは、欧米ではそこまでの知名度を誇っていなかったはずだが、日本からの客人との交流の思い出を、こんなふうに作品の中に刻印してくれているのは、一マンガファンとしてうれしい。ちなみにオエイは、この物語の中で、レッド・ケチャップをモデルにした『メガマン』というマンガを描いていて、物語は最終的に、その『メガマン』の結末をなぞるという気の利いた終わり方になっている。

オエイとその父親。父親は元日本一の名探偵。視力を失い、今は引退しているという設定。どこか座頭市っぽい?
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P19)

自室でマンガを描くオエイ。『ブラック・ジャック』のポスターや鉄腕アトム、ゴジラの人形がある
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P20)

オエイが描いたマンガ『メガマン』
(Red Ketchup, T6, L’Oiseau aux sept surfaces, La Pastèque, 2013, P25)

あいにく邦訳されていないので、気軽に読むことはできないが、ケベック・バンド・デシネを代表するレアル・ゴドゥブの代表作として、心の片隅になんとなくでも留めておいていただけたら幸いである。実際、それに値するチャーミングな作品だと思う。

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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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