バスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』~さすらうダンサーの帰還~

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「芸術家とは常に満たされぬものだ。なぜなら芸術家は完璧を求めるからだ」
「自分の成し遂げたことの本当の価値に気づく頃には、彼はもうこの世にはいない」

バンド・デシネ『ポリーナ』(バスティアン・ヴィヴェス著)を原作とした映画『ポリーナ、私を踊る』が日本でも先日公開(2017年10月28日)された。評者ホクサイの地方では現時点未公開だが、これを機に原作バンド・デシネを読み返してみたので是非紹介したい。

バスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(原正人訳、小学館集英社プロダクション、2014年)

バレエの本場フランスで、バレエを主題にしたバンド・デシネはどれほどあるのだろうか?日本では、主に少女漫画のジャンルで数多くのバレエ漫画が描かれてきたが、本作はそれら諸作とは全くテイストの異なったユニークな物語である。

詳しい背景の説明がないものの(おそらく舞台はロシアと推測される)、主人公ポリーナは幼少の頃からプロを目指したクラッシック・バレエのアカデミーでレッスンを受け、才能を発揮し始める。

そのアカデミーの教師であるボジンスキーは、ポリーナの才能に注目し、彼女を厳しく指導し、一流のバレエダンサーに育てようとする。ボジンスキーはその学校でも、厳格なことで有名で、畏れられつつも、指導を受けられることは名誉なことだと受け止められている。

ボジンスキーは、生徒達に宣言する。
「ダンスは芸術だ。学ぶものではない」「まずは芸術が君たちの血管の中に流れていなければならない。訓練はそれからだ」

また、ポリーナに対しても次のようにアドバイスを与える。
「観客には、君が表現しようとする感情以外のものは見えないんだ」
「私はね、見せようとしないものは、人には伝わらないと言ったんだ」
「感情を込めろ、そしてそれを制御するんだ。私は感情をコントロールできない者には興味がない」

当初、彼の指導に反発を覚えることもあったポリーナだが、時間とともにその指導を受け入れ、バレエダンサーとして才能を開花させてゆく。また生徒とその師といった絆が緩やかに結ばれていく。

ポリーナとボジンスキー先生

ポリーナは、その才能を買われて、歴史ある劇場に招かれ、その付属学校で訓練を続ける。だが数年を経てもこの劇場の方針になじめない。付属学校の教師が求めるものと、ポリーナ自身のダンスや考えが一致せず、彼女は壁に突き当たる。

そんな時、古巣のアカデミーを訪ねたポリーナは師であるボジンスキーから申し出を受ける。
「ずいぶん前から私は密かにプロジェクトを温めてきた。実は私自身が振り付けをしたソロがあるんだ」
「私は君にその役をやってもらいたいと思っている」

劇場の年度末テストに向けた練習と、ボジンスキーのプロジェクトの二足のわらじを履く彼女。年度末のテストでは、教師から今のままでは学校に残れないと宣言されてしまう。またボジンスキーのプロジェクトも彼女から中途で放棄してしまう。彼女は劇場と師のもとから離れ、友人達とヨーロッパに向かうことにする。

ヨーロッパにたどり着いた彼女は、そこで公演していたあるカンパニーの誘いを受け、オーディションを経てダンサーとして所属する。実験的なコンテンポラリーダンスの劇団だが、ここでポリーナは恋人達と一緒に踊ることになる。ダンスの種類が変わっても彼女は実績を積んでいく。

ある公演の日、客席に師であるボジンスキーが遠方から来ているのを発見する。二人は幕間にぎこちなく短い言葉を交わす。

ポリーナの所属するカンパニーでは、創立者の二人が対立し、内紛を抱える。また彼女自身が、仕事、カンパニー、恋人、全てに嫌気がさし、一人で別の道に進むことを決心する。

一旦、実家に戻ろうとした彼女だったが、途中で行き先をドイツ・ベルリンに変える。知り合いのつてを頼り、新しい仕事を見つける予定であったがすげなく断られる。途方にくれる彼女であったが、たまたま入ったバーで、バーテンから演劇をしている若者四人組を紹介される。彼女は自身がクラシックとコンテンポラリーのダンサーであることを知らせると、ダンスを披露し、彼らに感銘を与える。彼らの書く演劇と、ポリーナのダンス、二つを組み合わせることで新しい試みができるのではないかと意気投合する。

物語はそこから三年が経過し、彼らの劇団が世界的な成功を納めたことが示される。ダンスと演劇を融合させた舞台構成で、観客の心を掴み、批評家からも高い期待を寄せられていることが分かる。ポリーナ自身も、花形ダンサー兼振付師となりそのパフォーマンスで高い評価を獲得している。ある日、ポリーナがかつて所属した劇場から150周年記念行事の「名誉招待者」として招待される。

招待に応じた彼女は、劇場で、かつての劇場の教師、友人、元恋人らと再会する。だが、ポリーナが本当に会いたかったのは、師であるボジンスキーだった。約10年振りに再会した二人は、旧交を温める。ポリーナは、ボジンスキーがかつて公演に来てくれた際の非礼を詫び、彼がかつて彼女のために書いてくれたソロをもう一度踊りたいと伝える。その申し出を聞いた際のボジンスキーは、初めて自分の感情を露わにし涙を流す。二人の間に暖かい空気が流れる。

この作品で特徴的なのは、ポリーナがダンスに対する訓練や情熱は決して放棄しないものの、その所属や居場所は流動的であり、一つの組織や場所に執着しないこと。日本ならば、一カ所で一つのことを努力するのが当たり前と思いがちであるが、ポリーナのそういった見切りの良さはやはり文化的な違いなのかもしれない。もしくはポリーナ自身が流転する境遇をものともしない強さの持ち主であることの反映かもしれない。この一種の身軽さが、新鮮なヒロイン像を提示している。

バンド・デシネでは、原作と作画が別々の人間により分業されることが多いが、本作はバスティアン・ヴィヴェスが両者を担当していることで作品の一体感に良い結果を与えている。画のタッチは、ペンと筆による白黒の画面で描かれた描線と、スクリーントーンを思わせる背景および服への着色で構成されている。

描線も緻密にかっちりと描かれたものでなく、画力のある人が余力を持った軽いタッチで描いた印象を受ける。特徴的なのは、ダンスシーンで、日本の漫画なら見開きの2ページを使い、集中線や動作を示す線をふんだんに使った派手な演出になることが多いが、本作では静的な動きの各段階の画を並べること、もしくは1コマで1動作のみを表現する手法が使われている。印象派アンリ・マティスの描いたダンスの絵を連想させる。

印象的なダンスシーン

本作で一番、読者の琴線に触れるのはやはり、ポリーナとボジンスキーの師弟愛である。感情をめったに表に出さない師ボジンスキーが、ポリーナのためにオリジナル作品を書き、弟子の彼女がそれを受け入れるということは、どの国でも通じる師弟の美しい関係だと言える。

ダンスもバレエも、縁のなかった評者であるが、本作を通じてヨーロッパ流のダンサー(そして一人の女性)の成長譚と師弟愛を知ることができたのは幸福な機会であった。またダンサーという、芸術家とアスリートの両面を持った独自の存在を、良質なバンド・デシネを通じて追体験できたことも貴重な機会であった。

ダンスに感心がある人、優れたバンド・デシネ(軽妙・洒脱な画と、先の読めない物語)に感心がある人には、両者に訴えかける傑作である『ポリーナ』を手にとって欲しいと願う。映画を観た人も、鑑賞後に原作に挑戦し、細部の違いなどを思い出しながら楽しんでもらいたいと期待している。

About Author

漫画狂人ホクサイ

74年山口県生まれ、日本の辺境に住む重度の漫画好き。大友克洋先生の『AKIRA』マーベル版の出版や、美術雑誌でメビウスらの記事に触発され、海外コミックに興味を抱く。最初に買った海外コミックは「HEAVY METAL」誌。バンド・デシネ、アメリカのオルタナティブ寄りの作品や、主流からやや外れた作品を好みます。週末には遠出して映画館か大型書店に出没中。Comic Streetでは、未知の海外作品やコミック好きの人たちと出会える機会を期待しています!

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