「幸せな時」が積もる場所―パコ・ロカ『家』

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スペインのコミックス作家パコ・ロカが原作と脚本を務めたアニメ『パジャマを着た男の記憶』が、2018年3月9日(金)、東京アニメアワードフェスティバル2018のオープニング作品として公開される。それに合わせて、パコ・ロカ本人も来日し、3月13日(火)には、インスティトゥト・セルバンテス東京で講演も行われるのだとか。

スペイン・コミック講演『パコ・ロカ氏を迎えて』
日時:3月13日(火)18:30~
会場:インスティトゥト・セルバンテス東京 地下1階オーディトリアム

パコ・ロカといえば、アルツハイマー病を患った老人エミリオを主人公に据えた名作『皺』(小野耕世、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2011年)が、既に邦訳されている。主人公エミリオや他の老人たちの、養護老人施設での無為な生活の日々に垣間見える、あまりに人間的な姿が胸を打つ作品だ。ちなみにこの邦訳は、2011年の第15回文化庁メディア芸術祭でマンガ部門優秀賞を受賞し、同作を原作にしイグナシオ・フェレーラスが監督したアニメ版『しわ』も2013年に日本で公開され、ソフト化もされている。今回、『皺』を改めて読み直そうとして買い直すハメになったのだが(こういうときに限って、人に貸したまま行方がわからなくなり、アマゾンですら新刊在庫が見つからないのは、マジでなぜなのか……)、ようやくとある新刊書店で見つけた最新版は、昨年12月に発行された第4刷だった。2011年の発売以来、地味ながら、ロングセラー(つったってまだ10年も経ってないわけだが)として売れ続けているわけだ。いい作品がちゃんと長く売れているのは、海外マンガ翻訳者のはしくれとして、すごくうれしい。

パコ・ロカ『皺』(小野耕世、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2011年)

さて、そのパコ・ロカの久しぶりの新作が今年1月に発売された。『家』(小野耕世監訳、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2018年)である。3月13日(火)にインスティトゥト・セルバンテス東京で講演も行われることだし、その前にこの作品を簡単に紹介しておきたい。

パコ・ロカ『家』(小野耕世監訳、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2018年)。
ご覧の通り、本の形は横長

物語の主人公は、ビセンテ、ホセ、カルラの3兄妹。3人とも主役と言って差し支えないと思うが、特に中心的な人物をあげるとすれば、次男で作家のホセである。彼らの父親アントニオが亡くなって一年が経過した。アントニオは生前、郊外にある別邸で週末を過ごすのを楽しみにしていた。それは、大して金持ちであったわけでもないアントニオが、一から自力で建てた一軒家で、ビセンテ、ホセ、カルラの3兄妹も、幼い頃、むりやりさまざまな作業を手伝わされたものだった。やがて、彼らが成人すると、手伝う機会もめっきり減り、アントニオの妻であり、ビセンテ、ホセ、カルラの母であるアンパロが亡くなると、もっぱらアントニオが手入れし、ごくたまに3兄妹とその家族が、不満たらたらで集まる場所となっていった。

主を失ったアントニオの別邸(上のコマ)。
下はかつて家族が不平を言いつつも集まっている様子

父の死後、ビセンテ、ホセ、カルラの3兄妹は、残されたこの家をもてあましていた。3人で話し合い、彼らはこの家を売却することに決める。役割分担を決め、彼らは、それぞれの忙しい生活のかたわら、週末を利用して、アントニオの別邸を片づけることにする。

こうして、3人は、家の片づけと残された者同士の交流を通じて、改めて父の家と向き合い、そうすることで、幼い日、まだ元気だった父と幸せだった自分たちの子供時代を思い出し、最晩年、生きる気力を失った父とそのときの自分たちの行動を振り返ることになる。

久しぶりに父の家を訪れ、残された品々から、ありし日の父のバイタリティを思い出したホセが、印象的なセリフをつぶやく。「父さん/なんで闘うのをやめてしまったんだい?」。しかし、この問いに対する答えが、本書の中に明確な形で提示されることはない。そもそもホセにわからないのは、父が闘うのをやめてしまった理由だけではない。家族の中で一番早く独り立ちした彼には、父について、この家について、知らないことがたくさんあった。

「父さん/なんで闘うのをやめてしまったんだい?」

剪定した木の枝をゴミ捨て場に捨てようとしたホセは、そこで、近隣に住む老人マノロに再会する。マノロは、片づけを手伝いながら、庭に植えられたイチジクの木について、父アントニオの幼少期にまつわる、ホセの知らない話をする。「わしらはみんなそれぞれに幸せな時があっていつもそれを思い出してるんだと思う。きみの父さんにとっては、それがイチジクだったんだよ」。

父アントニオの「幸せな時」

ホセ、ビセンテ、カルラの3兄妹の父アントニオの家とは、おそらくこうしたいくつもの「幸せな時」が積み重なってできているものなのだろう。主を失った家に、残された家族や友人が集まることで、そうした「幸せな時」が少しずつ明かされ、共有されていく。庭に植えられたイチジクの木、アーモンドの木、海まで見とおせる窓、ガレージ、プール、洗車、日陰棚……。

兄ビセンテの「幸せな時」

家とは、まず第一に、一家の大黒柱を中心に家族が集い、暮らす場所なのだろう。だが、それは家族の家族や友人が訪れる場所でもあり、住む人がいなくなれば、いずれ別の誰かに譲られていく場所でもある。取り壊されてしまうことだってあるかもしれない。主を失い、うらぶれたアントニオの家は、再び家族や友人が集い、かつての「幸せな時」を思い、新たに「幸せな時」を生み出すことで、生気を取り戻していく。やがてその家は誰かに買われてしまうのかもしれない。だが、それはそれで構わないのだろう。家とはそういうものなのだ。

再び生気を取り戻した父アントニオの家

巻末のインタビューで、作者パコ・ロカは、本書『家』について、「あまり作りこまないさりげない構成にして、描画も彩色でも、無駄なものをそぎ落とし、ボールペンで筆入れし、単純な色あいにしました」と語っている。まさに彼は、「無駄なものをそぎ落とし」、野暮な説明を入れることなく、絵と絵の、セリフとセリフの、コマとコマの連なりを通じて、自らを仮託したホセの上述の問いに答え、残された者たちの悔恨と彼らへの赦しを描いてみせたのだ。作中のホセの言葉を使うなら、「クオリティ・オブ・ライフ」について考えさせる、多くの人に読んでほしい傑作である。

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パコ・ロカ関連イベント:

日時:2018年3月9日(金)19時20分~
会場:シネマサンシャイン池袋 シネマ3
TAAF2018オープニング作品「パジャマを着た男の記憶」上映

日時:3月13日(火)18:30~
会場:インスティトゥト・セルバンテス東京 地下1階オーディトリアム
スペイン・コミック講演『パコ・ロカ氏を迎えて』

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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