笑いがひきつるグロテスクなブラックコメディ—『スターリンの葬送狂騒曲』

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とても読解力を必要とするコミックである。事前に知っておくと物語の理解がより深まる知識としては、ソ連の歴史は基本として、スターリンが死んだあとの空白がどれほどのものだったかを知るためにも、この独裁者のことは知っておかなければならない。そしてネタバレではなく歴史的事実としてスターリン後のソ連がどのように歩んでいったのかを知ることで、ベリヤ、フルシチョフ、マレンコフなど、共産党最高幹部ら登場人物たちの物語内の行動がより理解できるものになる。

それでも、本作ファビアン・ニュリ&ティエリ・ロバン『スターリンの葬送狂騒曲』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション、2018年)は一筋縄でいかない。

ファビアン・ニュリ&ティエリ・ロバン『スターリンの葬送狂騒曲』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション、2018年)

なぜなら本作は、いわゆる「笑うポイント」がわかりにくいのだ。例えば危篤のスターリンがわずかに意識を取り戻した際に言葉を発せずになにかを指差したことを周囲が勝手に解釈するシーンや、スターリンという独裁者亡きあとの課題解決を(民主的な)多数決で決を取る皮肉なシーンなどに、コミック的な表現を使用した笑いの演出は皆無なのである。つまり“わかる人にはわかる”抑えられた表現なので本作はなかなかに敷居が高い。

スターリン危篤の報を受けて、今後の方策を協議する共産党最高幹部 ベリヤ、フルシチョフ、マレンコフら

著者のファビアン・ニュリは本作の構想の中で、スターリンが死んだ直後の混乱と権力闘争が重い政治スリラーになると考え、参考書を何冊も読み進めると、あまりのバカバカしさに恐ろしくなると同時に笑ってしまったという。実は本作のポイントはそこなのだ。巨大な実験国家であったソ連の寡頭体制による、人民より国家運営が優先される強引な国家運営のグロテクスさ。正しさはスターリンの言葉であり、それを聞いた当事者にとってはその言葉の解釈が生死を分ける。逆に言えばスターリン自らが自分の言葉の解釈を変えることで相手をいかようにもできるということである。言葉の“てにをは”だけで人が殺されるという時代が悲劇であったと同時に、現代から見れば喜劇になるということである。

一瞬意識を取り戻したスターリンが虚空を指さすと、ベリヤがその意味を解釈してみせる

ただしこれが理解できず笑えなくなった時、それは自分の置かれた社会が現実にそのようになっているという警告でもある。風刺とはとても大切なものなのだ。

スターリン亡きあとの大国ソ連の命運は、ごくわずかな共産党幹部らの手に委ねられる

また本作を原作とした同タイトルの映画が8月3日(金)に日本で公開になる。共産党幹部たちの右往左往ぶりと主導権争いへの腹の探り合い、そして権力闘争へと突き進むテンポの良さとその人間模様は、役者の演技がこれほどまで物語を色濃く彩るものなのかと感動する。そのためコメディ色が原作よりはとても強くなっており、笑いのポイントも明瞭である。しかし観客の笑いが次のシーンでは引きつっているというブラックなユーモアは健在で、原作者ファビアン・ニュリも製作に関わったというのもうなずける。原作と合わせてぜひ鑑賞してほしい映画である。

『スターリンの葬送狂騒曲』
8月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
© 2017 MITICO • MAIN JOURNEY • GAUMONT • FRANCE3 CINEMA•AFPI•PANACHE•PRODUCTIONS•LACIECINEMATOGRAPHIQUE• DEATH OF STALIN THE FILM LTD
配給:ギャガ

映画版の監督はアメリカのドラマ『Veep』を手がけたアーマンド・イヌアッチ。このドラマはアメリカ副大統領を主人公にしたもので、政治的立場を優先した本末転倒な為政者の滑稽な姿はアメリカとソ連という異なる政治体制の両国でありながら『スターリン葬送狂騒曲』と同じく通底するテーマであるのは興味深い。

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スターリンの葬送狂騒曲

About Author

鈴木 毅

1974年生まれ。千葉市の「16の小さな専門書店」店長。隔月で翻訳者を招き《海外コミック読書ガイド》という海外コミックを理解するためのトークイベントを開催中。『もういちど、本屋へようこそ』(PHP研究所)、『旅する本の雑誌』(本の雑誌社)『夢の本屋ガイド』(朝日出版)に寄稿。 海外コミックのほか、読書は外文、映画は洋画、釣りは洋式毛鉤の海外かぶれ。洋式毛鉤釣りの専門誌『FlyFisher』(つり人社)でもたまに寄稿。

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