フランスで話題のアスピーの著者による自伝的バンド・デシネ―『見えない違い 私はアスペルガー』

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2018年8月25日(土)、花伝社からジュリー・ダシェ&マドモワゼル・カロリーヌ『見えない違い 私はアスペルガー』(拙訳)が刊行される。花伝社と言えば、昨2017年10月にビルギット・ヴァイエ『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』(山口侑紀訳)というドイツのコミックスを翻訳出版し、にわかに海外マンガ好きにとって要注目の存在となった出版社。その『マッドジャーマンズ』については、Comic Streetでも小野耕世さんがレビューしてくださっているので、まだ知らないという人は、まずはぜひレビューを読んでいただきたい。で、その花伝社が満を持して翻訳海外マンガ第2弾として送り出すのがこの『見えない違い 私はアスペルガー』である。なお、花伝社はこの本以後もいろいろと海外マンガを出版していくそうなので、ご期待いただきたい。

ジュリー・ダシェ&マドモワゼル・カロリーヌ『見えない違い 私はアスペルガー』(原正人訳、花伝社、2018年)

さて、本書『見えない違い 私はアスペルガー』は、海外マンガは海外マンガでも、元々フランス語圏で出版されたバンド・デシネ(以下、BD)である。原書はLa Différence invisibleというタイトルで、2016年にDelcourt(デルクール)社から刊行された。副題にある通り、アスペルガー症候群を扱った作品で、原作としてクレジットされているジュリー・ダシェという女性の個人的な体験を、産後鬱についての自伝的BDを出版したこともあるマドモワゼル・カロリーヌがBDに仕立てている。仕事や友情、恋愛…人生のあらゆる局面で生きづらさを抱えていたジュリー・ダシェをモデルにした20代後半の女性(作中の名前はマルグリットになっている)が、アスペルガー症候群だと診断されることになって、ようやく自分自身を肯定することができ、決して無理はせず、しかし前向きに生きることができるようになるというストーリーである。BDの情報サイトなどではあまり話題になっている様子は見られなかったのだが、フランスのアマゾンでは、筆者が本書を購入した2017年頭の時点でかなりの数のコメントが寄せられていて、今ではさらに多くのコメントがついている。テーマがテーマだけに、BD好きというより、このテーマに関心がある一般の読者に読まれているのだろう。

『見えない違い 私はアスペルガー』の原書版
Julie Dachez & Mademoiselle Caroline, La Différence invisible, Delcourt, 2016

日本では医療や病気、障害を扱ったマンガはものすごくたくさん出ていて、例えば本書とテーマが重なりそうなアスペルガー症候群や発達障害を扱ったものだけに絞っても、沖田×華『ニトロちゃん』、『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』(およびその続編)、野波ツナ『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』、モンズースー『生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした』、森島明子『おとなの発達障害かもしれない!?』などがすぐに見つかる。おそらく他にもいくつかあることだろう。

一方、BDに目を向けると、医療・病気・障害を扱った作品では、てんかんの兄との関係を描いたダビッド・ベー『大発作』(関澄かおる訳、フレデリック・ボワレ監修、明石書店、2007年)やエイズのパートナーとその息子との関係を描いたフレデリック・ペータース『青い薬』(拙訳、青土社、2013年)が既に日本語に翻訳されているが、未翻訳の作品も含め、日本のマンガに比べると、圧倒的に点数が少ない印象である。ところがここ数年、そういった作品が着実に増えてきているようなのだ。既に触れたように、『見えない違い 私はアスペルガー』の作画担当をしているマドモワゼル・カロリーヌにも、自身の産後鬱体験を語った『Chute libre(自由落下)』(2013年)というBDがある。それ以外では、筆者は未読だが、乳がんをテーマにしたリリ・ソーンの『La guerre des tétons(おっぱい戦争)』(2015年)も高く評価されているようだし、障害を持った子供が生まれた両親を描いた『Ce n’est pas toi que j’attendais(僕が待っていたのは君じゃない)』(2014年)、自閉症の子供とその父親の交流を描いたイヴォン・ロワの『Les Petites victoires(小さな勝利)』(2017年)などといった作品もある。おそらくこれらは一例に過ぎず、同種のBDは、日本のマンガほどではないだろうが他にもいくつもあることだろう。『見えない違い 私はアスペルガー』は、フランス語圏においてBDで医療・病気・障害を扱うことが増えてきた中で出版され、高い評価を得た作品なのだ。

ストーリーをもう少し詳しく紹介しておこう。

原作者ジュリー・ダシェの分身である主人公のマルグリットは27歳。不動産会社で働き、ペットに囲まれながら、彼氏と同棲生活を送っている。はたから見ると十分幸せそうな彼女だが、常に生きづらさに悩まされている。自分の決めた習慣を守れないと居心地が悪いし、予想外の出来事が起こるとパニックになってしまう。

マルグリットの日常。単調で精彩のない暮らしがグレーを基調にした暗めの色彩で描かれていく

感覚過敏の傾向があって、騒音に耐えることができず、身につける衣服にも細心の注意を払わなければならない。空気が読めず、相手に合わせるのが苦手だから、職場の人間関係や恋人との関係もギクシャクしがち。

職場の騒音に悩まされるマルグリット。
赤で描かれたさまざまな騒音が彼女を苛み次第に緊張が高まっていく様子がわかる

やがて、ある決定的な事件が起きたあと、マルグリットは自分の状態について、ふとインターネットで検索してみる。自分とよく似た症例が次々とヒットし、彼女は自分が自閉症かそれより症状の軽いアスペルガー症候群なのではないかと疑い始める。それまで自分が何らかの病気や障害を抱えているとまったく思わなかったわけではない。だが、主治医やその都度かかってきた精神科医の診立てを信じて、自分は神経質でストレスを感じやすいと思い込んできたのだ。信頼できる精神科医を見つけ、改めて診察を受けたマルグリットは、アスペルガー症候群の可能性が高いと診断される。その日から彼女の新しい人生が始まるのだった。

信頼できる精神科医の診察を受けるマルグリット

もちろん診断がおりたからといって、事態が180度変わるわけではない。マルグリットの苦難はそれからも続くのだが、それでも彼女は診断がおりることで、自分自身と仲直りすることに成功する。それまで心のどこかで自分が「おかしい」のではないかと思っていた彼女は、「おかしい」のではなく、自分は人とは「違う」のだと考えられるようになったのだった。

診断がおりたことを喜ぶマルグリット

マルグリットの具体的な冒険の数々については、ぜひ本書をお読みいただきたい。本書はアスペルガー症候群の人や自閉症スペクトラムの人にとってヒントになるだけではなく、日々生きづらさを感じながら生きているあらゆる人に気づきをもたらし、勇気を与えてくれる本である。

アスペルガー症候群と診断されて以降、 マルグリットの世界は鮮やかに色づき始める

アマゾンで購入:
『見えない違い 私はアスペルガー』

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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