世界一怖がりな少年の“闇の王国”めぐり―ラウラ・イョーリオ&ロベルト・リッチ『闇の心』

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少し前に、このComic Streetで、フランス語圏で活躍するイタリア人バンド・デシネ作家ラウラ・イョーリオとロベルト・リッチのインタビューを公開した。ふたりは4月12日から22日にかけて来日し、日本各地でトークやワークショップなどのイベントが行われた。

ラウラ・イョーリオさん(右)
とロベルト・リッチさん(左)

それぞれのインタビューはこちら:
海外マンガの人々―ラウラ・イョーリオさんインタビュー
海外マンガの人々―ロベルト・リッチさんインタビュー

ふたりは個別の活動もしているが、最近では、2016年に『闇の心(Le Cœur de l’ombre)』という作品で共作を果たしている。厳密には、彼らの友人であるマルコ・ダミコ(ダミーコのほうがイタリア語っぽいか)も交え、ロベルト・リッチの原案をもとに、マルコ・ダミコとラウラ・イョーリオが脚本を、ロベルト・リッチがストーリーボードを担当し、それに基づいて、ラウラ・イョーリオがペン入れをし、彩色はラウラ・イョーリオとロベルト・リッチで分担したという作品である(Marco d’Amico, Laura Iorio & Roberto Ricci, Le Cœur de l’ombre, Dargaud, 2016)。

マルコ・ダミコ、ラウラ・イョーリオ&ロベルト・リッチ『闇の心』(Marco d’Amico, Laura Iorio & Roberto Ricci, Le Cœur de l’ombre, Dargaud, 2016)

今回の来日に合わせ、ラウラ・イョーリオとロベルト・リッチが用意した動画があるので、作品の全体的な雰囲気については、まずはそちらをご覧いただきたい。

本書は、公式的な邦訳こそまだないのだが、実は2017年に第10回日本国際漫画賞の優秀賞を受賞している。おそらく審査に当たって、仮の邦訳がなされたのではないかと思う。ただ、それは、あいにく一般には公開されていない。せっかくなので、この機会にどんな作品なのか紹介しておこう。

物語の主人公はリュック。パリに住むフランス人の少年という設定だが、祖母がイタリア人なのだろうか、彼は幼い頃から祖母のイタリア語の子守唄を聞かされて育った。こんな歌である。

ニンナ・ナンナ・ニンナ
この子を誰に預けよう?
魔女のベファーナに頼めば、1週間は預かってくれる。
ウオモ・ネロ(黒い人)に頼めば、1年間ずっと預かってくれる…

リュックの母親は、リュックの祖母がこの子守唄を歌うのを好ましく思っていない。実は10年前、リュックの姉クレールが、神隠しに遭ったように姿を消してしまったことがあったのだ。子守唄の歌詞にあるように、クレールはウオモ・ネロのところに行ってしまったのだろうか? それ以来、リュックの母親は、リュックを過保護に育て、おかげでリュックは過度の怖がりになってしまった。

怖がりなリュックは友達とも仲良くできず、隣の犬にも怯えている

実際、リュックは、毎晩のように、自室のベッドにもぐりこむと、ウオモ・ネロに脅かされていた。ある晩、いつものように、ウオモ・ネロが、リュックを怖がらせにやってくる。ところが、その晩、クローゼットから飛び出したウオモ・ネロは、勢い余って、自分の頭をリュックの頭にぶつけてしまう。ウオモ・ネロは、「覚えておけよ」と言い残すと、クローゼットの奥に消えていった。

クローゼットから飛び出し、リュックを怖がらせるウオモ・ネロ

リュックと頭をぶつけてクローゼットに退散するウオモ・ネロ

それは決して夢ではなかった。その証拠に、リュックのおでこには、大きなたんこぶができあがっていた。翌日、日中にもかかわらず、リュックはウオモ・ネロの姿に怯え、あらゆる物陰を避けようとする。事実、ウオモ・ネロはあらゆる物陰から、リュックの様子を監視している様子である。

暗闇からリュックを監視するウオモ・ネロ。彼はあらゆる暗がりを行き来できる

その晩、リュックはひとりで眠ることをためらうが、母に促され、しぶしぶベッドにもぐりこむ。しばらくして、母が水を枕元に置きにいくと、リュックはベッドから忽然と姿を消していた。

不思議な感覚を覚えながらも、恐怖から目をつぶり続けるリュック。ずいぶん時間が経ち、ようやく目を開けると、彼は見たこともない薄暗い場所にいた。それは“闇の王国”と呼ばれる場所だった。

目を開けると、リュックは”闇の王国”にいた

“闇の王国”とは、ウオモ・ネロのような妖怪たちの住処だった。彼らが人間たちを幼い頃から脅かすのは、自分たちの住処を守り、決して人間がそこに足を踏み入れないようにするためだった。本来であれば、“闇の王国”の住人は、闇の住人によってしか触れられえないはずだった。ところが、前日、どういった理由からか、リュックはウオモ・ネロに触れてみせた。これは“闇の王国”にとって前代未聞の一大事である。こうして、その原因を解明し、二度と同じようなことが起きないように手をうつべく、ウオモ・ネロはリュックをさらってきたのだ。はたしてその原因とはなんなのか? リュックは再び現実の世界に戻ることができるのか? リュックの長い冒険の旅が始まる――。

手始めにウオモ・ネロはリュックをチベットで修行に励む高僧”浄化者”のところへ連れていく。彼女はやがて、リュックの冒険で重要な役割を果たす

本書の巻頭に「ウオモ・ネロとは何者なのか?」という説明がついている。それによれば、“ウオモ・ネロ(黒い人)”とは、不定形で不吉で茫漠とした存在で、人間の形をした、幽霊のような妖怪である。脚がなく、まるで影のように辺りを漂う。イタリアでは、なかなか寝ようとしない子供たちを寝かしつけるのに、ウオモ・ネロがさらいに来るよと脅かすのだとか。ウオモ・ネロはイタリアにだけ存在しているわけではなく、世界中に同類がいる。アメリカのブギーマン、メキシコのエル・ククイ、フランスのクロックミテーヌ、オーストラリアのバニップ……。これらの妖怪たちの一部は、“闇の王国”の住人として、本書にも登場している。

ウオモ・ネロ

エル・ククイ

左の牙を生やしたのがクロックミテーヌ

本来であれば、パリに住むフランス人のリュックを怖がらせる担当は、フランスの妖怪クロックミテーヌなのだが、リュックの祖母のイタリア語の子守唄に導かれるように、イタリアの妖怪ウオモ・ネロがリュックを訪れるのが面白い。闇の住人同士の利権争いは、物語を推進するうえで、重要な役割を果たすことになる。

物語の構成は、「闇(L’Ombre)」の章と「光(La Lumière)」の章の二章仕立てで、各章がだいたい50ページずつ、全体では100ページとなっている。100ページとはいえ、大判でコマもかなり密に入っているから、相当な読み応えである。章題からも明らかなように、主人公リュックは、日常と非日常とを往還し、物語を通じて成長を遂げる。宮崎駿のアニメ『千と千尋の神隠し』やその原作となった柏葉幸子の児童文学『霧のむこうのふしぎな町』などの系譜に位置づけてもいいかもしれない。

作者のインタビューによれば、この作品の企画が立ち上がったのが2008年で、実際に出版されたのは2016年。完成までに実に8年もの年月を要したとのこと。マンガ1冊に8年というのは尋常ではないが、ページを開けば、さもありなんというクオリティである。絵本作家のレベッカ・ドートルメール(レベッカ・ドートゥルメール名義で邦訳もいくつかあり)の作品にインスピレーションを受けたという作風は、日本のマンガにはなかなかない、絵本もかくやという質感と味わいと上品さを醸し出すことに成功している。ページのいたるところに見える、ひっかいた跡なのか、細い筆で描いているのか、無数の線のようなものが走っている技法も面白い。

厚塗りの技法という点では、同じイタリアの作家で、かつて『モーニング』で連載され、単行本にもなっているイゴルトの『ユーリ』(講談社、1996年)や、あいにく邦訳はないが、ロレンツォ・マットッティのカラー作品を連想させるところもある。また、『スカイ・ドール』の作者としても知られるイタリア人バンド・デシネ作家バルバラ・カネパが監修している叢書Venusdea(ヴェヌスデア)の一作ようなどこか耽美な雰囲気も感じられる。そういったテイストが好きな人には強くおすすめしたい。

イゴルト『ユーリ』(講談社、1996年)

ジェリー・クラムスキー&ロレンツォ・マットッティ『ジキル博士とハイド氏』(Jerry Kramsky & Lorenzo Mattotti, Docteur Jekyll & Mister Hde, Casteman, 2002)

それにしても、もし日本国際漫画賞の審査に当たって、仮の邦訳があるのであれば、海外のマンガに興味のある一般のファンが閲覧できないのが、返す返すも残念である。この海外マンガ砂漠の日本で、海外のマンガを対象にした賞が毎年行われ、11回を数えているだけでも奇跡なのかもしれないが、第12回の募集も始まったようだし、今後に期待したい。

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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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