虚飾のディレッタントとしての父親の肖像―アリソン・ベクダル『ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇』

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2011年に小学館集英社プロダクションから一度邦訳出版されるも、一度品切れになり、長らく入手困難だったアリソン・ベクダルの傑作コミックス『ファン・ホーム』。2018年新春のミュージカル版日本初上陸を控え、その傑作が、2017年12月に装いも新たに再び小学館集英社プロダクションから刊行されることになった。新装版刊行を祝して、かつて雑誌『IKKI』の海外マンガ紹介コーナー「Comix Around the World!―海外マンガなんか怖くない!―」掲載された『ファン・ホーム』レビューを、関係者の許諾のもと、Comic Streetに掲載する。
※文章は若干手直してしてあります。


俗にアメコミと言えば、『スーパーマン』や『バットマン』に代表されるスーパーヒーローものを指す。それらの中にも傑作は多いが、このほどそれらのスーパーヒーローものとは趣を異にするアメリカのコミックスが刊行された。アリソン・ベクダルの『ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇』(椎名ゆかり訳、小学館集英社プロダクション)である。

アリソン・ベクダル『ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇』(椎名ゆかり訳、小学館集英社プロダクション、2011年刊の旧版)

『ファン・ホーム』は、作者アリソン・ベクダルが父の死をきっかけに描いた自伝的コミックスである。幸福な父娘関係を築くことができなかった作者は、その代償を求めるかのように本作で父と向き合う。愛憎半ばする思いを抱きつつも、作者が心の内に秘めていた共感を露わにし、自分が今置かれている状況と重ねあわせつつ、父の存在を肯定していく過程が感動的だ。

自伝と言ったが、この物語の主役はむしろアリソンの父親である。まったくの無名人ではあったが、その人となりは非常に興味深い。軍人としてヨーロッパに駐留した後、アメリカに戻り、高校教師をするかたわら家業の葬儀屋を営む。彼は外見を美しく装うことに全身全霊を注いだ。死化粧師を生業とし、自ら家の改築をしてしまうほど建築に凝り、文学に傾倒し、趣味の良い服を身にまとい、それを家族にも強要した。彼は立派な夫と父を演じつつ、一方でゲイであったが、そのこともうまく隠しおおした。

その建築への耽溺ぶりから、作者は彼をギリシア神話に登場する天才的な工匠、あのクレタ島の迷宮(ラビリュントス)の建造者にして人工の翼の発明家ダイダロスになぞらえる。だが、それだけではこの父親を描き出すのに十分ではない。彼はダイダロスであると同時に迷宮に潜む怪物ミノタウロス、さらに人工の翼で身を滅ぼすイカロスでもあった。

事実、まるで怪物のように身勝手で理不尽なほど家族に厳しかった彼は、ゲイであることに引け目を感じ、妻から離婚を迫られ、家族の崩壊を目前にして、イカロスが墜落するかのように、突然事故死してしまう。

作者はこの父親の物語を描くに当たって、ダイダロス‐イカロスの神話からジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』まで、おびただしい文学遺産を引用し、親子関係の変奏を積み重ねていくが、これはある意味当然の選択だ。このような表現法を通じてしか韜晦癖の強いこの複雑な父親と、同じく複雑な娘(彼女自身、父と同じく後に同性愛者への道を辿る)との関係性を描くことはできなかっただろう。その一筋縄ではいかない様子はタイトルにも現れている。Fun Homeとは作者が少女時代を過ごした「楽しい我が家」であると同時に、父親が営むFuneral Home(葬儀場)の意でもあるのだ。

ここまで徹底的に文学の富を取り入れつつマンガとしても成功している例はそうは存在しないだろう。これは文学的なマンガの極北である。

©河井克夫

イラスト=河井克夫
漫画家、イラストレーター。1995年、『ガロ』にてデビュー。著書に『日本の実話』、『出会いK』、『猫と負け犬』、『女神たちと』、『久生十蘭漫画集 予言・姦』など。共著も多数。

初出:『IKKI』2011年5月号、第9巻第5号、通巻98号

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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