「ファン・ホーム」は豊かに拡がる過去の漂流記

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「小野さん、なに読んでるの?」

私の左うしろから、女性の声がした。10月18日の午後、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「華氏119」のプレミア上映が行われる試写会場の席にすわっていたときのことだ。私は彼女に読みかけの本を見せた。

「あら、アリソン・ベクダルの『ファン・ホーム』ね。翻訳が出てたのね。日本版は見てないけど、ブロードウェイでそのミュージカルは見たわ。登場人物を数人にしぼってるんだけど、すばらしかった」。彼女は映画評論もしているが、ミュージカルなど舞台を欧米で見ているこの分野では第一人者、萩尾瞳さんである。彼女に会うのは何年ぶりだろうか。

アリソン・ベクダル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇〈新装版〉』(椎名ゆかり訳、小学館集英社プロダクション、2017年)

「ぼくは昨日、マシュー・ボーン演出の『シンデレラ』のバレエの舞台を映画にしたのを見たけど、驚いたよ。1940年の空襲下のロンドンにシンデレラの物語が展開されて、息をのむすばらしさだった」と言うと、彼女はもちろん、その日本公演の舞台をすでに見ているのだった。

そして、上映が始まった。「華氏119」は、トランプ大統領弾劾の映画なのは当然として、驚いたのは、ミシガン州知事が、鉛が混入した水道水をアフリカ系アメリカ人など貧困層に供給していた問題について、当時のオバマ大統領が現地にやってくる場面だ。オバマは、なんと州知事の肩を持って「問題ない」と言っているではないか。つまり、オバマも大企業に支援された州知事の味方をしていたのを、マイケル・ムーアは撮影していたのである。この映画は必見ですね。

それはそれとして、椎名ゆかり氏翻訳の「ファン・ホーム」新装版は(グラフィック・ノヴェルでも、コミックスでもマンガでも、どう呼ぼうと自由だが)コマ割りがはっきりしていて、私にとってはたいへん読みやすいマンガである。とりわけ、182~3ページにかけての作者たちが住む家をななめに大きく描き、さらにそれを空から見降ろした画面。「たのしい川べ」の場面に自分の住む地域を対比させた150ページの絵などは、楽しい空想を誘うし、逆に224~5ページの父と自分が自動車のなかで語る12コマ構成の2ページも見事というほかない。この作者は、日本のマンガを超えて、コマ割りの手法を、ごく自然に習得している、と言っていいだろう。

『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇〈新装版〉』P150

もちろん読みにくい部分はあるが、作者の責任ではない。主人公の日記のページを示す部分は、原画の手描き英文字を生かす必要があり、その上に極小文字で日本語訳が重なるのは、虫メガネを使ったほうが読みやすいかも、と思われるほどだが、そうせざるを得なかった訳者の胸の内を察して、同情を禁じ得ない。

物語の時間や場面が前後する構成は、そのなかに言及される多くの文学作品とあいまって、読者に知的にかつ感覚的にここちよい刺激を与えて、内容にひきこまれてしまう。個人的に私は、「アダムズ・ファミリー」のマンガに夢中になった時期があるし(もちろん、その本を持っている)、ギリシア神話、ホメロスの(とりわけ)「イリアード(イリアス)」が好きな私には嬉しく、フィッツジェラルドも愛読して成長してきた。「クルージング」という映画も見ていて、人びとの性的傾向については自由であるべきだと思ってきたから、いろいろな状況から刺激を受けて人間関係をひろげ、育ってきた主人公の成長の物語は、ごく自然に私のなかにはいってきた。実は私も、スポック博士の健康についての本(日本語訳)を読んで、食事のしかたでは、いまでも(良い意味で)影響を受け、その食事法を続けている。

ひとつ気になったこと。157ページの左下の画面で、「『ニューヨーカー』のカートゥーンに近づいた気がして」と、父との会話を作者が喜んでいる場面がある。訳者はその巻末の注では、この場面の意味ではなく、「ニューヨーカー」誌の歴史を記している。作者アリソン・ベクダルの気持としては、「ニューヨーカー」のマンガには、精神分析医が患者と話すテーマのひとこまマンガが多く載っているので、父を問い詰めている自分を、「ニューヨーカー」のマンガの精神分析医みたいだと、嬉しがっているのである。

『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇〈新装版〉』P157

昨年の11月に新潮文庫で出た星新一「進化した猿たち The Best」につけた私の解説をお読みくだされば、よくわかるように、「ニューヨーカー」など、アメリカのひとこまマンガには、精神分析医とその患者を描いた作品が少なくないのである。なお私は、1980年に「ニューヨーカー」編集部を訪ね、当時のウィリアム・ショーン編集長に「週刊朝日」のニューヨーク特集のためインタビューをしている。

それにしても、椎名ゆかり氏のこころをこめた苦心の翻訳には、ただ感服するばかりだ。こんな手間のかかる翻訳は私にはとても無理だろう。

ついでながら「ファン・ホーム」読者には、2012年に出た「出版と政治の戦後史 アンドレ・シフリン自伝」(アンドレ・シフリン著、高村幸治訳、トランスビュー刊、2012年)という私の座右の書も、なにかの参考になるかもしれない。この本には(思いがけなくも)アート・スピーゲルマンの「マウス」が、どのような状況のもとにニューヨークで刊行され、すぐにミリオン・セラーとなったかが(さりげなく、ちょっと)記されているのである。「マウス」刊行からほぼ15年後にマサチューセッツの出版社から「ファン・ホーム」が出て、やはりミリオン・セラーとなったことになる。この作者の「ファン・ホーム」以前の作品も、マンガらしくて楽しい。その日本版も椎名さんの訳で読みたいものだ。

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About Author

小野 耕世

1939年生まれ。評論家、翻訳家。1960年代末以降、現在にいたるまで海外マンガを精力的に翻訳・紹介し続けている。主な著書に『バットマンになりたい―小野耕世のコミックス世界』(晶文社)、『長編マンガの先駆者たち―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店)、主な訳書にロバート・クラム『フリッツ・ザ・キャット コンプリート』(復刊ドットコム)、パコ・ロカ『家』(高木奈々との共訳、小学館集英社プロダクション)などがある。

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