ペネロープ・バジュー『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』を手にして

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いま、私の手もとに、フランスのバンド・デシネ(以下BD)作家ペネロープ・バジューによる新作『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2017年)という四色刷りの美しい本がある。それを何度も、私は読み返している。

ペネロープ・バジュー『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2017年)

なぜか。ページをめくるのが、楽しいからだ。読み返しのきく本なのである。もともとは、『ル・モンド』新聞の電子版に掲載されたものを単行本化したものなのだが、そこに収められた15人の女性たちは、時代的に言えば紀元前350年頃のギリシャの女性医師ハグノーディケーに始まり、2011年にノーベル平和賞を受けたリーマ・ボウイー(彼女のほかは、すべて故人)まで、ひとり3ページから7ページで語られる内容。こうした短いページのなかで、実に巧みに、彼女たちの生涯をとらえていることにまず、感心する。

各ページ9コマもしくはそれより少ないコマの連らなりのなかで、主人公たちは常に動いているという印象を受ける。まるで、カタカタと音をたてる(かつての)映写機のフィルムの回転のなかで、彼女たちをとりまく空間は自由にひろがっているようだ。例えば、ジョセフィン・ベイカーについては、名前としては知っているが、このマンガのような活動の展開は、あまり一般には知られていなかったのではないか。なお、彼女については、日本では『風と共に去りぬ』の岩波文庫版の新訳を手がけた荒このみ氏による優れた評伝『歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー』が出ていることを付記しておきたい。

ジョセフィン・ベイカー

「西洋列強から小さな自国を守ったアフリカ大陸最強のアンゴラの女王ンジンガ(アンゴラ)」や「アパッチ族の女戦士ローゼン(アメリカ南部)」のはなしなど、これまで私の知らなかった女性たちの活躍ぶりには、まさしく目からウロコの思いがする。

どのエピソードも興味深いが、個人的に思いがけなかった例のひとつに、映画『オズの魔法使』(1939年)のなかで悪役の西の魔女を演じたマーガレット・ハミルトンの物語がある。『オズの魔法使』は、子どもの頃から私の大好きな映画のひとつだ。一般的には、主演のドロシーを演じたジュディ・ガーランドが有名だが、傍役陣も個性的で印象に残っている。女優志望だったマーガレットは、オーディションを受けると、「鼻を直したまえ!」と言われるように、鼻の形が美女役にはふさわしくなかった。だが、悪女である魔女役にはぴったりだったのだ。そのうえ、魔女らしい笑い声も工夫して、彼女は「オズの魔法使」の役をつかむ。顔も魔女らしく、ミドリ色のメーキャップにされてしまうのだが、それが効果的だった。

マーガレット・ハミルトン

この映画には、ドロシーを助けるいい魔女も登場するが、観ていて印象に残るのは、西の魔女のほうなのだ。観客の小さな子どもたちは、この魔女を見てほんとうに恐かったのではないか。

彼女は事故で、撮影中に全治3か月のやけどをしてしまうのだが、回復するとすぐ撮影を再開する……。その後、彼女は魔女役で売りだす。

1950年代、チャールズ・アダムズという怪奇マンガ家が日本でも人気を呼び、私もその作品集を買い集めたものだ。彼が描く怪物一家をもとに『アダムズ・ファミリー』というテレビ番組ができたとき、私も見ていたのだが、怪物一家の母親を演じたのが、「オズの魔法使」に出ていたマーガレット・ハミルトンとは気がつかなかった。彼女の演じた西の魔女は、アメリカ映画の悪役ランキングでは、いまでも『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーに次ぐ第4位の人気だというのは、このマンガを見て初めて知ったのだった……。

ほかに例えば、クレモンティーヌ・ドゥレ(1865-1939)というフランス女性の物語もある。彼女は子どもの頃からヒゲが生えてくる体質だった。パン屋の男にひとめぼれして結婚してからも、彼女は決してヒゲをそらず、そのヒゲの写真によって有名になり、写真を売りだすとフランス全土に人気を呼ぶ。夫の死後は、故郷でバーを開き、その豊かなヒゲの顔で、人気を得て、楽しい余生を送った……。

クレモンティーヌ・ドゥレ

読みながら私は、主人公と同じように楽しい気分になってしまう。つまり、魔女にぴったりの顔をしていたり、ヒゲが生えてきてしまったり、一般的にはマイナスのイメージととらえられかねない女性としての自分の特徴を、むしろ他の女性には真似できない長所としてとらえ、それを武器にして成功していった、その生きる姿勢の明るさが、私の気持ちをつかんでしまうのである。

ほかに性同一性障害の女性も登場する。男性として育てられたが違和感を抱き、女性歌手として陽気な有名人となっていったアメリカのクリスティーン・ジョーゲンセン(1926-1989)の場合である。

また、日本でも広く知られている「ムーミン」の生みの親、フィンランドのトーベ・ヤンソン(1914-2001)の生涯も描かれる。

ついさきごろ、新しいアニメーション映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』を見たばかりだった。作者のトーベ・ヤンソンは、フィンランドで生涯、結婚することなく、仲良しの女性と共に生きたとこの本で知って、私は驚いた。そうだったのか。ヘルシンキ生まれで幼児のときから絵を描くのが好きだった彼女は、第二次世界大戦中には恐怖と絶望をこめた諷刺画を、フィンランドの風刺雑誌に発表していた(1938年)のだそうだ。トロール一家の物語「ムーミン」の誕生は1945年で、世界的な人気を得る。

私は「ムーミン」のなかでも、いつも皮肉な目つきで冷笑気味に仲間たちを見ている「変わり者のちびのミイ」をおもしろいと思っているのだが、それは「子ども時代のトーベそのもの」とあるのは、もっともだと納得した。

「好きなことや楽しいことってごまかせないのよね。無理強いされたことは、自分にも周りの人たちにも喜びをもたらさないのよ」という彼女のことばも紹介されており、その通りだなと自分自身をふり返ってみても納得する。そうした思いを貫いた女性たちの姿を、作者のペネロープ・バジューは描いてきたのである。

では、紹介されている15人の女性たちのなかで、だれがいちばんこころに残ったかというと、自分でも意外なのだが、それはジョージナ・リード(1908-2001)という「ニューヨーク州最古の灯台を守った老女」の物語であった。

ジョージナ・リード

イタリア移民の子どもだった彼女は、自分が住むロングアイランド島の最南端が大西洋の荒波に削られていき、灯台も倒れそうなのを、ひとりこつこつと止める方法を研究する。灯台は倒れるとあきらめていた沿岸警備隊も、やがて彼女に協力し、現在もその灯台は彼女の名とともに、歴史的建造物として残り、一般公開されている。

本書に選ばれた15人の女性たちのうち、おそらく最も地味な仕事をこつこつと続けた彼女の生涯が、私には結局、最もこころに残るのだった。そして、作者のペネロープ・バジューが、15人のなかにこの女性を含めたことに、私は感謝したい気持ちになる……。

この作者のBD単行本としては、すでに『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』『エロイーズ 本当のワタシを探して』の2冊がDU BOOKSより刊行されており、来日した折に私はインタビューをしている。一度も会社勤めの経験がない彼女が、『ジョゼフィーヌ!』を描いたことを私はおもしろく思った。主人公の心理を反映して、ページの色彩に工夫する―といったはなしも楽しかった。そしていま、ニューヨークに渡った彼女が、『キュロテ』を描いた。15人の女性を選ぶその視野の広さに私は感心する。

ペネロープ・バジュー『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2014年)

ペネロープ・バジュー&ブレ『エロイーズ 本当のワタシを探して』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2015年)

世界中で、女性のマンガ家とその読者が最も多い国は日本で、1972年に私が初めてパリを訪れたとき、著名な女性のBD作家といえば、ほとんどクレール・ブレテシェひとりだったことを思うと、『シャルリー・エブド』で活躍しているカトリーヌ・ムリスなど、新しく優れた女性のBD作家たちが次々と登場してきていることに、私は嬉しい驚きを感じている。

そういえば、これまでに私が知っている世界で最も過激なマンガ家は、日本人でもアメリカ人でもなく、あるスイスの女性マンガ家だった。彼女は十年のあいだをおいて、二度(二度目は夫とともに)来日し、そのつど私はインタビューしているが、穏やかな表情のやさしい人だ。彼女については、いつかじっくり書いてみたいと思っている。

優れた女性マンガ家たちの活躍には、時代の変化も感じる。ハリウッドの大物プロデューサーなどが、セクシュアル・ハラスメントで訴えられ、業界から事実上追放された。そうした時代の反映を、いま『キュロテ』を手もとに置きながら、私は感じている。

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About Author

小野 耕世

1939年生まれ。評論家、翻訳家。1960年代末以降、現在にいたるまで海外マンガを精力的に翻訳・紹介し続けている。主な著書に『バットマンになりたい―小野耕世のコミックス世界』(晶文社)、『長編マンガの先駆者たち―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店)、主な訳書にロバート・クラム『フリッツ・ザ・キャット コンプリート』(復刊ドットコム)、パコ・ロカ『家』(高木奈々との共訳、小学館集英社プロダクション)などがある。

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