海外マンガの人々―セバスチャン・リュドマンさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、日本で生活しながら、日本のマンガをフランス語に翻訳する翻訳家として活躍中のセバスチャン・リュドマンさん。2018年、フランス語に翻訳された日本マンガを対象に小西財団漫画翻訳賞が新たに創設されましたが、リュドマンさんはその記念すべき第1回グランプリに輝きました。

セバスチャン・リュドマンさん
(Sébastien Ludmann)

リュドマンさんは今までマンガをどれくらい翻訳されているのでしょうか?

45作品訳しています。だいたい250巻分ですね。

リュドマンさんが訳したマンガの一部

250巻!? すごいですね! そもそもリュドマンさんは、どんなふうに日本や日本文化と出会ったのでしょう? マンガは小さい頃から読んでいたんでしょうか?

実は、日本文化を知ったのは、大学生になってからなんです。

大学1年のときは、主にドイツ語と英語を学び、それ以外に中国語を選択していたんですが、その後、なんとなく日本語を学ぶことになりました。

僕はもういい年なんですが、僕の小さい頃には日本のマンガはまだフランスの書店に並んでいませんでした。大学生になって、日本語を勉強するようになって、語学学習の一環として、マンガを原書で読み始めたんです。当時、輸入された日本語版は、割と簡単に見つかりました。普段は文学作品ばかり読んでいましたから、マンガを読むのはいい気分転換になりました。もっともバンド・デシネはずっと読んでいましたけどね。

アニメにはなじみがあったんですよね?

アニメは僕が小さい頃から放映されていましたね。同じ世代の他のみんなと同じように、僕も『UFOロボグレンダイザー(Goldorak)』や『キャンディ・キャンディ(Candy)』を見て育ちました。特に気に入っていたのは(とにもかくにも懐かしい思い出があるのは)、『宇宙伝説ユリシーズ31(Ulysse 31)』と『太陽の子エステバン(Les Mystérieuses cités d’or)』(たしかどちらも日仏共同制作のアニメだったと思います)、『スペースコブラ(Cobra)』、『めぞん一刻(Juliette je t’aime)』でした。ただ、当時は特に背景の説明もなくて、あまり「日本的」な側面を意識してなかったんです。これらのアニメがどこで生まれたのか意識したのは、ずっと後になってから、『ドラゴンボール』を観たときだったと思います。

『宇宙伝説ユリシーズ31(Ulysse 31)』

日本語はどんなふうに勉強されたんですか?

既にお話ししたように、大学で日本語を勉強し始めました。その後、勉強を続けて、日本語と日本文学、日本文化の専門研究課程(DEA)にまで進んだんですが、途中でやめてしまって論文を書くところまではいきませんでした。

フランスにおける日本マンガの受容は1990年代初頭くらいに始まって、それから翻訳が徐々に増えていき、2000年代に入ってから爆発的に増加したと聞きました。当時、そのことを肌で感じましたか?

実はそうでもないんです。90年代というと、僕は青春真っ只中で、音楽やバスケットボールといった、マンガ以外のことに夢中でした……。その頃は、マンガとはあまりゆかりがなかったんです。当時、ウチの近くで手に入ったのは、『ドラゴンボール』や『らんま1/2』くらいのもので(そもそもそれくらいしか出ていなかったのかもしれません)、それらを手に取ることがあったとしても、本当に興味があってというよりは、好奇心からでした。さきほども言いましたが、大学のときに輸入版を見つけて、当時、日本語を勉強していたということもあって、その延長で初めてマンガに興味を持ったんです。ちょうどトンカム(Tonkam)社が、『電影少女』を出した頃で、フランス語版と日本語版を対照させながら読んだ記憶があります。『銃夢』も同じようにして読みました。

翻訳を始めたのはいつ頃ですか?

10年前ですね。三家本礼先生の『ゾンビ屋れい子』が最初に訳した作品です。僕の趣味をよく知っている友人が、訳してみないかと誘ってくれたんです。当時は本業が別にあったのですが、とにかくチャレンジしてみることにしました。

リュドマンさんの翻訳家デビュー作
三家本礼『ゾンビ屋れい子』

今やプロの翻訳家としてお仕事をしているわけですが、どれくらいのペースでお仕事をされているのですか?

月に2~4冊という感じですね。作品の難易度に応じてペースは変わります。

お仕事はどんなふうに作られるのですか? 出版社のほうから提案されるのでしょうか? それともリュドマンさんご自身で持ち込みをされるのでしょうか?

フランスの出版社から提案されることが多いですね。時には、僕のほうから、自分が面白いと思う作品や出版社のカラーに合っていると思う作品を薦めることもあります。ただ、あまりそこに力を入れすぎることはしません。日本とフランスという2つの市場を注意深く観察し、いろんな作品に目をつけ、分析するというのは、とても片手間ではできませんからね。

今現在日本で連載中・刊行中のマンガはたくさん読まれますか?

ええ。少しでも気になる作品があれば、必ず第1巻は読むようにしています。僕自身が訳しているマンガは当然読み続けています。それら以外で、現在連載中で読んでいるものが1ダースはあります。

リュドマンさんが読み続けているシリーズや
最近読んで面白かった完結作品

今年始まった小西財団漫画翻訳賞では、見事グランプリを受賞されました。栄えある第1回グランプリですね!

何しろ受賞作は野田サトル先生の『ゴールデンカムイ』ですからね。作品がすばらしいんです。

漫画翻訳賞の発表は1月だったんですが、この賞はこの作品が2018年に受賞する賞の最初のひとつであったにすぎません……。実際、今、日本では乗りに乗っている作品ですよね。

リュドマンさんが翻訳を担当した
野田サトル『ゴールデンカムイ』の仏語版
小西財団漫画翻訳賞のトロフィーとともに

そもそも日本マンガのフランス語訳を対象にした賞があることが驚きですよね。フランスではそんなに多くのマンガが翻訳出版されているのでしょうか? そして、それだけ多くのマンガの翻訳家が存在しているのでしょうか?

2017年には、300タイトルのマンガが新たに翻訳され(既刊も含めた仏訳日本マンガ全体の1年間の刊行点数は1500点ほどです)、1500万冊もの売り上げを上げたと聞きました。

翻訳者については、どれだけいるのか想像もつきません。僕は業界からちょっと離れたところにいるんです。割と頻繁に会う同業者は2、3人といったところでしょうか。その他に、顔見知りや評判で知っているも何人かいます。

『ゴールデンカムイ』のフランス語訳は、アイヌ語の部分が特に難しかったんじゃないですか?

アイヌ語については、日本側の出版社の監修のもとで、 まずは用語集を作成し、アルファベットに置き換えていきました。

アイヌ語をフランス語に翻訳するに当たっては、想定される困難が2つありました。

まずは、何かを描写するアイヌ語についてです。多くの場合、作者はまずアイヌ語を提示し、それから対応する日本語を置き、その後に記述/説明が続きます。そのような場合、読者がイメージを容易に浮かべ、言葉をたよりに絵をうまく解読できるように、なるべく口語的なフランス語に置き換えることを心がけました。当然、作者が採用したアイヌ語の日本語訳をベースにするわけですが、並行して、イギリス人宣教師ジョン・バチェラーが作った『アイヌ・英・和辭典』を参照しました。ジョン・バチェラーは、人生の大半を北海道のアイヌたちのもとで過ごした人物です。フランス語訳として選ばれる用語は、正確であると同時に、理解しやすいものでなければなりませんからね 。

一方、繰り返し出てくる、おかしみを伴ったアイヌ語もあって、それはフランス語に翻訳してしまうのではなくそのまま使いたいわけです。「ヒンナヒンナ!」とか「オソマ」、「チタタプ」といった言葉ですね。その場合、作者の説明があれば、初出時にはそれをそのまま訳して、二度目以降はアイヌ語のままにしておきました(原則的にそうしましたが、状況によっては二度目以降も補足をしている個所があったかもしれません) 。

問題は、その言葉のおかしみをフランス語でうまく伝えるということです。そのため、慎重に言葉選びを行いました。例えば、「オソマ」という言葉を訳すに当たっては、よく使われる「caca(カカ)」という言葉を使わずに、子供が使う、かわいげのある表現である「popo(ポポ) 」という言葉を使いました。アシリパはしょっちゅうオソマと味噌を混同するわけですが、「popo」なら「miso」とうまく韻を踏むこともできます……。

『ゴールデンカムイ』で厄介なのは、植物や動物の名前で、それらのいくつかは北海道の固有種で、現在使われているフランス語には同等のものがありません。そういう場合は、ラテン語の学名を探すようにしています。モデルにできそうな名前が見つかれば、そのまま使ったり、必要に応じて、補足説明をつけるなどして、微修正しています。

日本のマンガを翻訳するに当たって、特に難しいのはどういったところでしょう?

マンガ翻訳全般で僕が難しいと思うのは、作品のトーンをしっかり把握し、作者がキャラクターたちに吹きこんだ個性を保ちつつ、キャラクターたちに自然に会話をさせることでしょうか。

日本語ではかなり自然に人の話し言葉を書き言葉に置き換えることが可能だと思いますが、フランス語では必ずしもそうではありません。

例えば、日常会話の中で母音を省略するように話すことがありますが、これを書き言葉で再現しようとすると、読みにくいものになってしまいます。日本語ではごく普通に使われるある種の言葉が、そのままフランス語にしようとすると、下品な印象になってしまうこともありますね。例えば、「クソ」だったら「merde(メルド)」、「この野郎」だったら「connard(コナール)」。こういのは、個人的にすごく気になります……。

こうした問題の対策として、できるだけ多様な使用域の言葉を採取するよう心がけています。キャラクターの性格を露わにするのに役立つようなら、隠語をちょっと散りばめてみたり、口癖のようなものをもぐり込ませてみたり。

作者が意図した作品のトーンを守り、なめらかな読書を提供し、読者の邪魔にならないようにすること、それこそ僕にとって最優先事項です。僕の仕事で一番時間がかかる部分でもありますね。

それ以外では、翻訳に昔からついて回る問題ですが、語られているのが男性なのか女性なのか、単数なのか複数なのか、はっきりと明示されていない場合に、何時間も悩むということもあります……。3巻後になって、男の子だと思っていたキャラクターが実は女の子だったと判明するとなると、ちょっとまずいですからね……。それから、ギャグとか言葉遊び(時には絵つきのヤツ)も難しいですね。

翻訳者というのは縁の下の力持ち的なところがあるかと思いますが、日本の財団が、今回こうして翻訳者の努力に報いる賞を創設してくれたのはすばらしいことですよね。

賞をもらうというのはやっぱりうれしいものですしね。

フランスのマンガ翻訳においては、翻訳者の名前は、たいていの場合、奥付のコピーライト表記と印刷地表記の間にささやかに記されている程度なんです。

この賞がきっかけになって、翻訳家の仕事が知られ、その地位が向上し、翻訳家にとってより働きやすい環境ができたら、すばらしいですね。

ご自身の翻訳の中で特に愛着のあるものはなんでしょう?

藤田和日郎先生の『月光条例』ですね。

大好きな作家さんですし、もう10年も翻訳し続けているシリーズでもあります。フランスでは残念ながらまだ大ヒットしていなくて、だから刊行ペースがゆったりしているんです。

花沢健吾先生の『ルサンチマン』もすごく愛着のある作品です。当時としては、とても先見性のある幻視的な作品だったんじゃないかと思います。

今現在翻訳中の作品だと『花田少年史』、『ダンジョン飯』、『累―かさね―』、それからもちろん『ゴールデンカムイ』は、訳していてすごく楽しい作品ですね。どの作品も、僕自身の中にいる読者の声に耳を傾け、翻訳しようと決断した作品です……。これはもしかしたら翻訳のプロとしては間違いなのかもしれません。というのも、これらのどの作品に対しても、もらえるお金以上の膨大な時間をかけてしまうことになるからです。

リュドマンさんが特に愛着を抱いている作品

これからフランス語に訳して紹介したい作品や作家さんはありますか?

長くなりますよ(笑)。思いつくままに名前をあげると…、すぎむらしんいち先生、とよ田みのる先生、日本橋ヨヲコ先生、下吉田本郷先生、おくやまゆか先生、須藤真澄先生、森泉岳土先生……。まだまだいますが、ひとまずこれくらいにしておきましょう。

フランス語圏のバンド・デシネも読まれますか?

もちろん。 さっき の質問に対する答えでおわかりかと思いますが、僕は作品よりも作家に興味を持つタイプなんです。やっぱり思いつくままに、今活躍中の作家の名前をあげると、マニュ・ラルスネ(Manu Larcenet)、ブルッチ(Blutch)、ジョアン・スファール(Joann Sfar)、ジャン=イヴ・フェッリ(Jean-Yves Ferri)、ルイス・トロンダイム(Lewis Trondheim)、ニコラ・ケラミダス(Nicolas Keramidas)、マティアス・レマン(Matthias Lehmann)といったところでしょうか……。

リュドマンさんが好きなバンド・デシネの数々

マンガやバンド・デシネ以外に何かお好きなものはありますか?

音楽が好きですね。特にジャズドラム、ラテンパーカションに興味があります。パンデイロ(ブラジル風のタンバリン)などを演奏していて、仲間と一緒にライブをやったりもしています 。

リュドマンさん愛用のパンデイロ

最後に今なさっているお仕事や今後の予定について、差し支えのない範囲でお教えください。

まだフランスの出版社のほうで発表していないので、これから出る本についてはお話しすることができませんが、大好きな作家さんたちの作品を翻訳中です。

今後の予定は…いつか翻訳したシリーズ作品が大ヒットして、量をたくさんこなさずに済み、だからこそじっくりいい仕事ができる、というようになるといいなと思っています!

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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