海外マンガの人々―トマーシュ・プロクーペクさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、チェコのコミック界を担う編集者、トマーシュ・プロクーペク(Tomáš Prokůpek)さん。トマーシュさんは、2017年9月29日から2018年1月28日にかけて明治大学 米沢嘉博記念図書館で開催された「~日本におけるチェコ文化年2017~チェコ・コミックの100年展」の監修者のひとりで、2018年1月21日には来日して「チェコ・コミックと出版、展示」という講演も行いました。

トマーシュ・プロクーペクさん (Tomáš Prokůpek)

プロクーペクさんはチェコ・コミック界のキーパーソンとも言われていますが、どのような活動をしていらっしゃるのでしょうか。

編集者として、アナルファベット・ブックス社(Analphabet Books)でトマーシュ・クチェロフスキー(Tomáš Kučerovský) 、イージー・ミターチェク(Jiří Mitáček)と コミック誌「AARGH!」を担当しています。他には、スロヴァキアとチェコのコミック史を研究をしています。他の出版社から頼まれて、スロヴァキアとチェコ・コミックを含む国内外のコミックのアンソロジー制作に協力もしました。現在出版されているチェコとスロヴァキアのコミックのアンソロジーの殆どは私が手掛けました。学術的なコミック史の本も執筆しています。新聞や雑誌からコミック史について原稿を依頼されることもあります。

(Viktor Svoboda)が表紙を担当した「AARGH!」第17号(2018年)

展覧会も、頻繁に企画していて、最近開催したものに「その間、…では」があります。外務省の文化広報機関のチェコセンターから要請を請け、パヴェル・コジーネクと企画を制作しました。現在、世界中のチェコセンターを回っているところです。チェコのコミックでは、原作と原画と、作者が複数いるスタイルが主流です。コミックの原作の方は何作か書いたのですが、原画としての漫画は、ここ数年、描いていないですね。

「その間、…では」(MEANWHILE, ELSEWHERE) 展カタログ

大学では建築を専攻されていますが、いつ頃からコミックの世界に携わられるようになったのでしょうか。

建築専門大学に在学中に、同じく学生だったトマーシュ・クチェロフスキーに出会えたことが大きいです。二人とも最初はただのコミック・ファンでしたが、話し込むうちに二人で企画を立ち上げるようになりました。その中の一つが、雑誌『AARGH!』です。それまで、チェコにはコミック誌がありませんでした。ですから、2000年に創刊号を出した時は嬉しかったです。チェコにコミック誌が存在しなかったことからも分ると思いますが、チェコではコミックに文化的な価値がないと思われていて、コミックの歴史は大学で研究すらされていませんでした。そこで、チェコ・コミックの歴史について独学で研究し、今まで全く知られていなかった古いチェコ・コミック作品を調べ進めていく中、チェコ史と関わる重要な作品を何作も発見しました。実に奥が深い、面白い分野だったんです。そのうちに、私が書いた記事が雑誌に載るようになると、2009年にチェコの研究機関としては最高峰の国立科学アカデミーに務める歴史学者、パヴェル・コジーネク(Pavel Kořínek )とマルティン・フォレイト(Martin Forejt)がコンタクトを取ってきたのです。二人とも、チェコ・コミックの分野をアカデミックな立場から研究しようと試みる、チェコでは初めての研究者でした。スロヴァキアとチェコのコミックの歴史研究書を一緒に編集してほしいとの要請でした。もちろん、引き受けました! パヴェルとマルティンが政府に助成金を受けるため、研究書の企画を申請しました。無事に通って出版に漕ぎつけました。この研究書は数巻もある、大きな本です。この時から、私もアカデミックな世界に引っ張り込まれて今に至ります。

パヴェル・コジーネクさんたちとの共著『20世紀チェコスロバキア・コミックス史』(Tomáš Prokůpek, Pavel Kořínek, Martin Foret, Michal Jareš, Dějiny československého komiksu 20. Století, Akropolis, 2014)
プロクーペクさんが手がけた研究書『コミックス以前―19世紀後半チェコ国内における絵物語の形成』(Tomáš Prokůpek, Martin Foret, Před komiksem – Formování domácího obrázkového seriálu ve 2. polovině XIX. století, Akropolis, 2016)

トマーシュさんにとって、チェコ・コミックの魅力とは何でしょうか。他の国のコミックとは何か違うところがあるのでしょうか。

チェコは小さい国です。それだけに、チェコもチェコ・コミックは何度も消滅の危機に陥りました。これは世界でも稀な例でしょう。ナチスに統合された時代は、チェコ文化の活動自体が禁止され、コミックも壊滅状態に陥りました。大戦後、ほどなくして共産党独裁政権時代に入ったチェコスロヴァキアでは、政権は漫画は「帝国主義の属物」だと否定的で、表立った活動は抑制されました。そのことから、チェコ・コミックを他のマンガ、特に日本のマンガやベルギー・フランスのバンド・デシネと量や質で比べることは難しい。コミックにとって厳しい時代も長かったけれども、それでも存在し続けようと闘ってきたチェコ・コミックのエネルギーと独自の観点を探求し続けたことに驚かされます。現在は、チェコ・コミック史において一番自由な時代でしょう。だからこそ、外からの刺激にどのような反応をし、精神エネルギーがどのような形を取るのか、非常に気になります。

アナルファベット・ブックス社は地方都市のブルノに拠点を置いています。なぜ首都のプラハではないのでしょうか。プラハよりもコミック文化が根付いているのですか。ブルノのほうがコミックに向く、何かがあるのでしょうか。

いや、特に理由もないのです。私たち創立者3人がブルノに住んでいるからというだけでして。ブルノはプラハに次ぐチェコ第二の都市ですから、プラハっ子が考えるほど、そんなに辺鄙な場所でもないですよ。ジョークでブルノは(オーケストラで言うところの永遠の)ヴァイオリン 2番奏者だと言うくらいですから、プラハの人が「なぜプラハに来ないのだ」と言うのも分ります。確かにプラハは首都だけに才能のある人が集まっています。才能は才能を呼び込みます。しかし、裏を返せば、分野を問わず、創作活動をする人は産業的な依頼ばかり受けるようになるとも言える。いつでも臨戦状態で、注目を集めるために、実力でなく地位を高めなければならない。チェコ・コミックは、まだ、チェコでは注目されていない分野なので、給与や社会的な地位よりは情熱で成り立っています。その意味において、良くも悪くも、首都のプラハだろうが、地方都市のブルノであろうが同じような条件で仕事ができる。『AARGH!』を刊行するにあたって、ブルノのほうが出版費を抑えやすい利点もあります。編集だけで言えば、ネット社会の現在において、どこで仕事をしようと同じですしね。

(Jozef Gertli Danglár)が表紙を担当した「AARGH!」第18号(2019年)

トマーシュさんお気に入りのコミックを伺いたいのですが。

大きい枠で言うと、フランスやベルギーのバンド・デシネですかね。その中でも大衆的になり過ぎず、かといってインディーズにもなり過ぎない中道の作品が好きなんです。ジャンルに囚われず、作者自身が楽しんで描いているもの。固定観念を払拭しつつも、話の筋道はきちんと通している作品が好きですね。編集者として良いことか分らないけど、個人的な趣味としてはヴィジュアルの美しさに弱いです。話に不可解なところや完全に突き詰めていないところがあっても、絵が細かいところまで描き込んであったり、構図が良ければ許しちゃいますね。

日本の方が親しみやすいチェコ・コミック作品はありますか。どんなところがお勧めなのか、ポイントもお聞かせください。

パヴェル・チェフの『ペピーク・ストジェハの大冒険』。かなりの大作です。人前で話すことが苦手な思春期の男の子が、どうやって自分を見つめてゆくかという話です。不思議な女の子が登場する、ファンタジーで個性的な作品です。まず、絵が美しい。国内作品としてミュリエル賞を受賞しています。コミックとしては初めて、チェコの文学コンクールとして有名なマグネジア・リテラ(Magnesia litera)の児童書の部で最優秀賞を受賞しました。チェコのアニメーション映画の監督のイージー・トルンカの作風に近いものがあるかと思います。トルンカ作品は日本にもファンが多いので、気に入っていただけるのではないでしょうか。日本の出版社に興味を持っていただけたら、嬉しいですね。

パヴェル・チェフ『ペピーク・ストジェハの大冒険』
(Pavel Čech, Velké dobrodružství Pepíka Střechy, Petrkov, 2012)

現在、準備中の企画はありますか。

2019年末に向けて、チェコの国民的コミック作家、オンドジェイ・セコラの大きい展覧会を準備中です。日本でも何冊か本が訳されましたから、日本でも展覧会が出来ればと思っております。

邦訳されたオンドジェイ・セコラ作品。
『ありのフェルダ』(関沢明子訳、福音館書店、2008年)

(翻訳:髙松美織)

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『ありづかのフェルダ』
『とらわれのフェルダ』


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About Author

ジャン・ガスパール・ パーレニーチェク

Jean-Gaspard Páleníček。1978年プラハ生まれ。詩人、キュレーター。元チェコセンター・パリ・プログラムディレクター(2004~2017年)。音楽家ミロス・ボック(Miloš Bok)に師事し、その音楽の日本での紹介に尽力している(カメラータ・トウキョウからCD『クレド』が発売中)。フランス語とチェコ語で創作を行い、詩、散文、戯曲、音楽などさまざまな作品を発表。2017年に明治大学 米沢嘉博記念図書館で行われた「~日本におけるチェコ文化年2017~チェコ・コミックの100年展」のコーディネーターを務めた。

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