海外マンガの人々―トム・オールダムさんインタビュー

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2019年夏の大英博物館のMANGA展は10万人以上を集める勢いのようですが、イギリス人にとって漫画はフランス語圏(ベルギーやフランス)ほど馴染みがないとききました。私自身、英語圏の漫画出版といえば、北米の出版社(アメコミならDCやマーベル、グラフィックノベルならドローン&クオータリー〈 Drawn&Quarterly 〉やファンタグラフィックス〈 Fantagraphics 〉など)しか知らなかったので「イギリスは漫画不毛の地なのではないか」と思っていました。

2019年7月、ロンドンの漫画出版社ブレイクダウン・プレス(Breakdown Press)代表のトム・オールダム(Tom Oldham)氏にお会いしてイギリスの漫画事情をきいたのでご報告したいと思います。


トム・オールダム(Tom Oldham)さん。ブレイクダウン・プレス(Breakdown Press)の編集責任者兼経営者。漫画書店ゴッシュ!コミックス(Gosh! Comics)の地階にあるオフィスで

ブレイクダウン・プレス社は漫画書店の地下の一角にあるのですね。

会社の母体はこの漫画書店「Gosh! comics(ゴッシュ!コミックス)」 (ロンドンの老舗漫画店) です。この漫画書店は70年代から漫画界にいたジョシュ・パルマノ(Josh Palmano)が、1986年に開店しました(今はSOHOにあるが当時は大英博物館の対面にあった)。その頃ロンドンにコミック店はほぼ皆無でした。90年代になるとインデペンダント・コミック(D.クロウズ等の個性的なマンガの総称。オルタナティブコミックとも呼ばれる)のブームがロンドンにも来て、しかも同時に映画「バットマン」がヒットしてスーパーヒーロー系も人気が出たものですから、それまで子供が読むものだったイギリスのコミックは、大人の間でもちょっとしたブームになりました。先行して世界中のコミックを売っていたゴッシュはこの時から伝説の店になったのです。しかし、そのブームは一度終わります。ブームが去った後もJoshはずっと店を続け、2000年代になってから少しずつ復活してきたイギリスの漫画人気を支えています。

ロンドン中心部、SOHOにあるゴッシュ!コミックス(Gosh! Comics)外観(写真は午前に撮ったので人が少ないですが、午後は賑わってます)。1986年創業、今もロンドンを代表するコミック書店

ブレイクダウン・プレスとトムさんについて教えてください。

ブレイクダウンの創業は2013年。ジョシュが出資して経営面を見て、私が編集責任者、ジョー・ケスラー(Joe Kesseler)がデザイン責任者です。去年2018年は6冊でしたが、だいたい1年に10冊くらい本を出しています。初刷部数は本によりますが、2000部から3000部。出版の傾向はアート系が多く、アメリカにあったPictureBox(2000年から2014年までアメリカで営業したアート系コミック出版社。杉浦茂や林静一、手塚治虫の本も出していた)の影響をかなり受けています。

Gosh! Comicsの1階。ヨーロッパ系、子供向け、新作、注目作家、小出版社、などに分類された作品がずらっと並ぶ

私は昔は音楽業界の仕事をしていました。でもコミックが好きでオービタル・コミックス(Orbital Comics:2002年ロンドンに開店した漫画書店)等で働いた後、ゴッシュで働くようになり、今もゴッシュの店員として働きながら、ブレイクダウンの編集者・経営者としての仕事をやっています。今後は子供向けのコミックや日本のマンガも出していくつもりです。

イギリスでコミックは人気があるのですか。

もともと子供向けの漫画市場は大きかったんです。今も大きい。漫画家もたくさんいます。アラン・ムーアもニール・ゲイマンもイギリス人ですよ。実はマンガ出版社もたくさんあるんです。ただ、アメリカやヨーロッパのようにコミックが人々の話題になることはイギリスではありません。フランスの「ラッキー・ルーク」(フランス語圏では有名な西部劇漫画。TVアニメや実写映画にもなっている)のような作品がイギリスにはなく、共通知識としてのコミックがないのです。ですからフランスや北米のように大人向けの漫画市場は大きくはない。スーパーヒーローものや子供向けが増えてはいるけれど、それでもコミック市場は依然として小さいと言えるでしょう。先にマンガ出版社がたくさんあると言いましたが、ビジネスとして成立している会社はわずかだと思います。

スポットライト棚。LOVE AND ROCKETS(L&R)は80年代から続くアメリカの人気シリーズ。英語圏では鉄板の人気。タマキも人気なんですね~

イギリスの漫画出版社について教えてください。

最大手はジョナサン・ケープ(Jonathan Cape)。ここはランダムハウス(ペンギンブックス)の子会社で本によっては初刷1万部以上もあります。ヒーローものやノンフィクションのコミックを出しています。老舗という意味ではジョシュ(ブレイクダウンの経営者)のもうひとつの出版社=ノッカバウト(Knockabout)は1975年創業で、ロバート・クラムやアラン・ムーアといった大物の作品を出版しています。他にもミリアッド(Myriad)レベリオン(Rebellion)などが漫画も出している会社としては大手。面白いのはセルフメイドヒーロー(SelfMadeHero)という会社です。女性経営者のエマ・ヘイリー(Emma Hayley)が切れ者で、シェイクスピアやディケンズ等の古典小説を漫画化したり、「スタートレック」等の人気映画の漫画化、有名政治家やミュージシャンの自伝漫画など面白い方向性を打ち出しています。イギリスの漫画はこれからまだまだ面白くなるでしょう。

Gosh! Comicsの地下。こちらはアメコミが中心。この一角にブレイクダウン・プレスがある

About Author

吉田 朗 / Yoshida Row

(株)シュークリーム代表。58年長岡市生まれ。『FEEL Young』や『CUTiE comic』でたくさんの女性漫画を編集した後、世界中のマンガ展やマンガ書店を訪ね歩く。アングレームやサンディエゴ等欧米アジアのイベントをずいぶん訪ねたが、行ってみたいイベントや書店はまだ無数にある。「好きなことに熱中する人」に接するのが好き。

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