海外マンガの人々―細萱敦さんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、元川崎市市民ミュージアム学芸員として、「フランスコミック・アート展」(2003年)、「スイスコミック・アート展」(2005年)などを手がけ、海外マンガを展覧会の形で紹介してこられた細萱敦さんです。細萱さんは現在、東京工芸大学芸術学部マンガ学科教授として、「外国マンガ論」などの講義も担当されています。

細萱敦さん

細萱さんはいつ頃、どんな形で海外マンガに関心を持たれたのでしょう?

きっかけは大学生の頃でしょうか。早稲田大学で漫画研究会に所属していたんですが、その頃、マンガの歴史に興味を持ち、清水勲さんの本などを読み始めました。その後、1988年から川崎市市民ミュージアムで学芸員として働き始め、本格的に海外のマンガにも興味を持ち始めました。基本的には、海外マンガの日本語訳や日本語で読める情報を頼りにしていましたね。当時まだ晶文社から出ていたマレーシアの作家ラットの『カンポンのガキ大将』(荻島早苗、末吉美栄子訳、1984年)や韓国の作家房学基の『李朝水滸伝』(全9巻、金容権訳、JICC出版局、1985年~86年)が普通に買えた時代で、ああ、世界にはこんなマンガもあるのか、面白いな、と興味をかきたてられました。ジェラール・ブランシャールの『劇画の歴史』(窪田般弥訳、河出書房新社、1974年)という、バンド・デシネの歴史を通時的に紹介する本も参考になりましたね。幸い、川崎市市民ミュージアムには、さまざまな資料があって、英語はそこそこ読めたので、モーリス・ホーン(Maurice Horn)の『コミックスの世界百科事典(The World Encyclopedia of Comics)』や『カートゥーンの世界大百科事典(The World Encyclopedia of Cartoons)』などにも目を通したりしました。

房学基『李朝水滸伝』(全9巻、金容権訳、JICC出版局、1985年~86年)

ジェラール・ブランシャール『劇画の歴史』(窪田般弥訳、河出書房新社、1974年)

モーリス・ホーン『コミックスの世界百科事典』(Maurice Horn, The World Encyclopedia of Comics)

僕自身、バンド・デシネ(以下BD)に関心を持ち始めた頃に「フランスコミック・アート展」のカタログを大いに参照したこともあって、細萱さんと言えば同展というイメージがあるのですが、バンド・デシネに関心を持つようになったきっかけは何だったのでしょう?

1989年に川崎市市民ミュージアムのヨーロッパ研修があったんです。当時、同年代の若い学芸員が3人いたんですが、10日間くらい、ヨーロッパのさまざまな都市を訪れました。もちろんミュージアムの視察が主な目的です。川崎市市民ミュージアムは近代以降の複製芸術を主に扱う美術館ですから、パリでは例えば、オルセー美術館を訪れたりしたわけです。マンガについては、フランスのアングレーム市博物館にBDのコレクションがあると聞いていました。よし、ということで、勇んでアングレームを訪れたのですが、BDを専門とした美術館のオープンを翌年に控え、あいにく見ることができませんでした。はるばるやってきたのに、町を観光しておしまいです(笑)。そのときにベルギーのブリュッセルにも行っていて、ベルギー・BDセンター(Centre belge de la bande dessinée)のほうは、無事に訪れることができました。

個人的に細萱さんには一時期、BDの単行本をずいぶんお借りしてお世話になったのですが、それらのBDはその研修旅行のときに?

それが、そのときはまだ、どこに行けばBDが買えるのか、といった知識は持ち合わせていなかったんです。何しろ初めてのヨーロッパで、その頃、インターネットが普及していたわけでもないですからね。蚤の市に古本がいっぱい出るという情報を聞きつけて、パリのクリニャンクールだったか、ブリュッセルだったか、とにかく行ってみました。そのときは、結局、絵を見て面白そうなものを5冊程度購入しました。ユーモア系のカートゥーンっぽい作品に、水木しげるのキャラクターっぽい作品、メビウスの亜流っぽい作品、それから、ちょっとグロテスクな作品。当時は、こんな作品がカラーで出ていることに驚きました。おそらく日本語版の情報をどこかで目にしていたのでしょうね。リベラトーレの『ランゼロックス』(邦訳:横山研二訳、講談社、1986年)の小さな判も購入しました。

水木しげる的なキャラクターが描かれたルフレッド・トゥーロン(Lefred Thouron)の作品集

なるほど。いずれにせよ、BDとの出会いは、「フランスコミック・アート展」の10年以上前に遡るのですね。

90年代になると、もともと好きで読んでいたマンガ誌の『モーニング』に海外作家の作品が掲載されるようになりました。さまざまなBD作家が『モーニング』上で作品を発表しましたが、当時、一番心の琴線に触れたのは、ボードァンでした。白黒なんですが、筆を使って、日本人のマンガ家にはとても描けそうにない絵を描く。西洋絵画のバックグラウンドがはっきりと感じられます。『モーニング』には、韓国を中心にアジアの作家も作品を発表していて、アジアの作家では、特に黄美那(ファン・ミナ)に興味を覚えました。日本のマンガと非常に似ているんですが、家父長制や徴兵といった問題を描いていて、似て非なるものなんです。

ボードァン『旅』(Takako Hasegawa訳、講談社、1995年)

黄美那『李さんちの物語』(戸田郁子訳、講談社、1998年~2000年)

90年代半ばあたりからは、アジアの映画祭によく行くようになりました。川崎市市民ミュージアムに映画部門があって、アジアの映画に力を入れていたことも大きかったですね。マンガのほうでも、東アジアMANAGAサミットが始まったりと、アジアに接する機会が増えていったんです。一時期、韓国は毎年のように行っていました。例えば、釜山映画祭に行くと、そのついでに韓国のマンガのことも調べるんです。当時、韓国では、マンガは購入するというより、貸本屋で借りて読むという感じでした。マンガの単行本をどうにか手に入れたくて、貸本専門の問屋街を訪れ、分けてもらったこともありました(笑)。韓国でマンガが書店に並び始めるのは、2000年代に入ってからという印象があります。

細萱さんがお持ちの韓国マンガの一部

それで韓国のマンガにもお詳しいのですね。2001年には「アジアIN コミック展」という展示も担当されたようですが、これはどういう展示だったのでしょう?

2001年1月13日(土)から2月10日(土)にかけて、国際交流基金の主催のもと、東京の国際交流基金フォーラムで行われた展示です。国際交流基金は、1990年代に「アセアン漫画家展」と「アジア漫画展」という一コママンガを中心にしたアジアの国際的なマンガ展を主催していて、そちらは清水勲さんがコーディネーターを務めておられました。当時、日本のストーリーマンガの海外での評価も定着してきた頃で、そろそろ一コママンガだけでなく、ストーリーマンガについても、海外のものを日本で展示を通じて紹介したいねという話になり、私がコーディネーターを仰せつかりました。中国、韓国、香港の若手マンガ家と日本の若手マンガ家、計11名に参加していただき、展示と交流を行うというものでしたね。展示用に新作の描きおろしもお願いしました。中国からは、胡蓉(フーロン)、趙佳(チャオ・ジャ)、姚非拉(ヤオ・フェイラ)が、香港からは、黎達達榮(ライ・タッタッウィン)、利志達(リー・チータッ)が、韓国からは、金辰(キム・ジン)、李彬(イー・ビン)、梁榮淳(ヤン・ヨンスン) が、そして、日本からは、五十嵐大介、黒田硫黄、みぎわパンの各作家さんが、参加してくださいました。

「アジアIN コミック展」カタログ

その頃、BDからはしばらく離れていた?

たしかにBDについては少し間が空いて、二度目のフランス行きは、1999年でした。その年、パリの日本文化会館で「MANGA展(MANGA, une plongée dans un choix d’histoires courtes)」が行われ(1999年10月12日~12月18日)、夏目房之介さんとその企画コーディネートをしたんです。当時、日本のマンガは既にフランスで人気を博していたのですが、マンガは子供向けの読み物で、にもかかわらず暴力的でエロティックだと批判を受けていた時代でした。この展示では、そういったフランスにおける固定観念とは異なるマンガ観を提示しようとしました。マンガの展示には、常に全体の一部を切り取らなければならないという問題点がつきまといます。ですが、短編だったら、全ページを展示してしまうことも可能です。そこで、この展示では、複数の作品を選び、その全ページを展示するという手法を採用しました。そうして作品を選んでいくと、女性作家が多くなり、奇しくも、その当時まだフランスではあまり紹介されていなかった、日本の女性マンガ家の仕事を紹介する格好の機会になりました。

「MANGA展(MANGA, une plongée dans un choix d’histoires courtes)」カタログ

ちょうどその頃、フランスと日本にまたがってお仕事をしている重要な人たちに何人もお会いすることができました。まずは、当時日本に住んでいたBD作家のフレデリック・ボワレさん。それから、雑誌『ふらんす』で「9番目のアート バンド・デシネ案内」を連載したり(1998年6月号~1999年3月号)、エンキ・ビラルの作品を翻訳していた貴田奈津子さん。そして、当時、フランスで日本のマンガを精力的に翻訳出版していたトンカム(Tonkam)で働いていた鵜野孝紀さんです。

1999年のフランス滞在時には、アングレームを再び訪れました。フェスティバルの時期ではなかったのですが、前回のリベンジです(笑)。10年越しでやっとBDミュージアムを訪れることができました。何冊か著作が邦訳されているティエリ・グルンステンさんが、当時館長をしていて、彼にも会うことができました。そのとき、いろんな方に会い、今どんな作家が面白いかといった情報も教えてもらった記憶があります。

実は、既にそのとき、日本でBDの展覧会を開こうというアイディアがあったんです。同じ1999年には、日本橋三越で「フランスコミックの世界展」という展示がありました。それを見て、もう少しできることがあるんじゃないかと思ったんです。なかなか翻訳出版が成立しづらいBDだからこそ、美術館が果たせる役割があるだろうと。

いよいよ「フランスコミック・アート展」ですね。

それまでに、川崎市市民ミュージアムで働きながら、マンガにまつわるさまざまな展示に携わってきました。「昭和のマンガ展」(1990年4月28日~6月10日)、「鳥山明の世界展」(1993年12月4日~1994年1月30日)、「日本の漫画300年展」(1996年7月20日~9月8日)。学芸員として、自分が中心になって作った展示としては、「ガロ30展」(1994年9月15日~10月30日)と「畑中純の挑戦展」(1997年6月14日~8月24日)があります。そろそろ外国のマンガ展をやってもいいだろうと思いました。さっきお話しした通り、韓国ともゆかりがあったのですが、韓国のマンガでは日本に近すぎるという印象がありました。それに、美術館での展示ということを考えると、どうしてもアートという側面は外せません。そこで、BDのアート的な部分に照明を当てようということになったんです。そんな矢先にパリでの「MANGA展」と、それに関連した渡仏があり、まさに機が熟したという感じでした。当時、「バンド・デシネ(BD)」という言葉はまだ日本ではよく知られておらず、そういうこともあって、タイトルは「フランスコミック・アート展」となりました。2003年7月5日から8月31日にかけて川崎市市民ミュージアムで展示が行われ、その後は、滋賀県立近代美術館、高知県の横山隆一記念まんが館に巡回しました。川崎での展示と連動するような形で、東京の印刷博物館で、2003年4月26日から7月6日にかけ、「色彩のアルバムBD フレンチ・コミック展」という、BDのカラーリングに焦点を当てた展示も行われました。

「フランスコミック・アート展」カタログ

「色彩のアルバムBD フレンチ・コミック展」カタログ

大きな展覧会を作るときには企画会社の協力が必要不可欠です。最終的におつきあいいただいたのが、株式会社イデッフさん。同社の柴田勢津子さんがバイタリティのある方で、作家との交渉などで、獅子奮迅の働きをしてくれました。企画の初期に、『モーニング』でコーディネーター的な働きをしていたピエール=アラン・スジェティさんにいろいろアドバイスをいただくこともできました。エンキ・ビラルを始め、当時BDの翻訳紹介をなさっていた貴田奈津子さんにはコーディネートの一部をお手伝いいただくと同時に、カタログにも文章を書いていただきました。カタログには小野耕世さんにもご執筆いただきましたね。

展示作品・作家はどのようにして決めたのですか?

「フランスコミック・アート展」では、15人の作家を紹介しました。ジャン=クロード・メジエール、メビウス、エンキ・ビラル、フランソワ・スクイテン、マックス・カバンヌ、ロレンツォ・マットッティ、ジャック・ド・ルスタル、フィリップ・ヴィユマン、デュピュイ&ベルベリアン、ルイス・トロンダイム、ニコラ・ド・クレシー、ダヴィッド・ベー、エマニュエル・ギベール、クリストフ・ブラン、ジョアン・スファー(スファール)。BDを展示紹介するわけですから、『タンタンの冒険』からという考え方もあったわけですが、『タンタン』ともなると、それだけでひとつ展示を作ったほうがいいかもしれない。実際、『タンタン』については、2002年にBunkamuraザ・ミュージアムで、「タンタンの冒険」展が開催されましたね。当時の日本での知名度からすると、メビウスとエンキ・ビラルは外せない。SFの重要作家ということで、ジャン=クロード・メジエールとフランソワ・スクイテンも入れました。2人とも、BD作家としては、日本ではまだあまり知られていなかったのですが、そのクオリティには疑いの余地がありません。メジエールのほうは、『スター・ウォーズ』にも影響を与えたと言われる『ヴァレリアン』の作家ということと、リュック・ベッソンの映画『フィフス・エレメント』のデザインに関わったということもありました。スクイテンのほうは、ベルギーのアニメーション作家ラウル・セルヴェの『タクサンドリア』にも関わったということもあって、ぜひ紹介しておきたいと思いました。後は、当時の注目作家ということで、ラソシアシオンの中心だったルイス・トロンダイムとダヴィッド・ベー、それから、その周辺にいたジョアン・スファー、クリストフ・ブラン、エマニュエル・ギベールら。その他の作家も含め、すべてすばらしい作家たちですが、ちょっと意外性があるのは、フィリップ・ヴィユマンでしょうか。1960年代から70年代にかけて、BDが第9芸術として認められていく過程で活躍したのは、ストーリーマンガの作家だけではありません。カートゥーンの作家たちも多く存在していました。そんな作家をひとり選びたいと思ったんです。ヴィユマンの絵は、下世話だけど、とにかく美しい。カタログでも確認できますが、原画の余白をパレット的に用いて、色を試しているんです。すばらしい色彩感覚の持ち主ですよ。

「フランスコミック・アート展」の様子1
写真提供:川崎市市民ミュージアム

「フランスコミック・アート展」の様子2
写真提供:川崎市市民ミュージアム

「フランスコミック・アート展」の様子3
写真提供:川崎市市民ミュージアム

「フランスコミック・アート展」の様子4
写真提供:川崎市市民ミュージアム

改めて当時を振り返っていかがですか? ここが大変だったとか、もっとこうすればよかったとか…

何を投げてもなしのつぶてという作家がいて、それには困りましたね(笑)。今になって思えば、白黒で描く作家さんはひとりくらい紹介しておいてもよかったのかもしれません。タルディとかね。先ほどもボードァンの話をしましたが、それこそボードァンは、当初取り上げようと思っていたんです。ところが、当時、ボードァンはフランス国外に移住したとかで、連絡の取りようがなく、泣く泣く諦めました。それから、女性作家も取り上げられませんでしたね。女性作家は今ほど多くはありませんでしたから、仕方なかったのかもしれません。

展示点数は作家によりまちまちでしたが、スクイテンの大きな原稿やビラルのタブローのような原稿を展示することで、日仏のマンガ制作の違いを提示することができて、よかったと思います。

「フランスコミック・アート展」では、原画の展示だけでなく、「BDカフェ」という原書を読めるコーナーも設置しました。ごく一部でしたが、原書のページに透明のフィルムを重ねて、フキダシの部分を翻訳して、フランス語がわからない人にも読んでもらえるような工夫をしました。また、週末を利用して、レクチャーのようなものも行いました。原稿の展示と原書、それからレクチャーとで、立体的にBDを理解することができたと言ってくれる人たちもいました。

BDカフェ
写真提供:川崎市市民ミュージアム

会期中に作家を招待することもできました。川崎市市民ミュージアムに来てもらったのは、デュピュイ&ベルベリアンのベルベリアンとエマニュエル・ギベール。ギベールはパフォーマンスが印象的でしたね。サイン会をやったんですが、まず、筆に水をつけ、それで絵を描き、そこにスポイトで墨を垂らす。最初は水だから何も見えないんですが、たちまち絵が現れるわけです。その後、邦訳も出ましたが、当時制作中だった『フォトグラフ』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション、2014年)について、いろいろお話もしてくれました。巡回先の滋賀県立近代美術館には、ルイス・トロンダイムとクリストフ・ブランが来てくれました。2人は東京の日仏学院でもトークをしてくれました。

エマニュエル・ギベールのサイン会
写真提供:川崎市市民ミュージアム

※エマニュエル・ギベールのパフォーマンスはこちらからご覧いただけます。

今、改めて思うと、学芸員としてマンガに関わるようになって、ヨーロッパに研修旅行に行ってBDを発見して、世界のさまざまなマンガについて知識を深めていく過程で『モーニング』の刺激的な試みを同時代につぶさに見ることができて、それが途切れてしまったから、今度は自分が、ミュージアムにしかできない形で世界のマンガを紹介しようというところもあった気がしますね。自分もそのひとりに他なりませんが、日本のマンガファンも、世界のマンガを知ることで、成熟していかなければいけないという思いもあったと思います。

2005年には「スイスコミック・アート展」も手がけられています。この展示はどういったものだったのでしょう?

2005年9月16日(金)から12月25日(日)にかけて、川崎市市民ミュージアムで行われた展示です。元々スイス側であるキュレーターが用意していた企画で、スイス大使館経由で打診がありました。フランスコミック・アート展とは違って、こちらは原画を並べない展示でしたね。マティアス・グネーム、ゼップ、ワゼム、ノワイヨ、ナディア・ラヴィショーニ、トーマス・オット、アナ・ゾマー、ミックス&レミックス、トム・ティラボスコ、ヘルゲ・ロイマン、フレデリック・ペータース、コゼイの総勢12名の作家の作品を通じて、スイスBDを紹介しようというものです。「時間」というお題がついていて、日本からも、五十嵐大介、近藤聡乃、逆柱いみり、佐野絵里子、しりあがり寿の4人のマンガ家が参加してくれました。当時、私は、川崎市市民ミュージアムから離れることは決まっていて、新しい職場である東京工芸大学でも、ワークショップなどで協力してもらいました。

東京工芸大学での「スイスコミック・アート展」の様子1
写真提供:東京工芸大学

 

東京工芸大学での「スイスコミック・アート展」の様子2
写真提供:東京工芸大学

東京工芸大学での「スイスコミック・アート展」の様子3
写真提供:東京工芸大学

東京工芸大学での「スイスコミック・アート展」の様子4
写真提供:東京工芸大学

「スイスコミック・アート展」に参加したスイスのBD作家たちの作品

川崎市市民ミュージアムの学芸員の職をやめられたのが2006年で、東京工芸大学で教鞭を執られるようになったのは2007年からということでしたね。どういった経緯で転職されたのでしょう?

やりたいことはだいたいやったという思いがありました(笑)。日本のマンガでは、「ガロ30展」、「畑中純の挑戦展」、パリで「MANGA 展」、その後、「CLAMP 四展」に「谷岡ヤスジの世界展」、アニメ関係では、「アニメ黄金時代展」、海外マンガに関しては、「アジアIN コミック展」、「フランスコミック・アート展」、「スイスコミック・アート展」。これだけの展示を作ることができましたからね。20年近く在籍して、そろそろ若い人に道を譲ってもいいのかなとも思いました。そんなときに大学から誘っていただいたんです。

「フランスコミック・アート展」からはや15年が経とうとしています。当時と比べると、多くのバンド・デシネの翻訳が出版されるようになりました。この変化をどう思われますか?

ずいぶん多くの翻訳が出るようになって、隔世の感がありますね(笑)。展示やイベントなどの数も増える一方で、うれしい限りです。BDにしろ、その他の海外マンガにしろ、海外で大判で出版されたものは、日本で翻訳出版すると、サイズを小さくしたり、複数巻を合本する傾向があるかと思いますが、日本市場向けのローカライズの工夫がなされていて興味深いですね。その最たるものは、ジョアン・スファールの『星の王子様』(池澤夏樹訳、サンクチュアリ出版、2011年)でしょう。一方、ダヴィッド・ベーの『大発作』(フレデリック・ボワレ監修、関澄かおる訳、明石書店、2007年)などがそうですが、マンガ出版社でない出版社が、ある種の専門分野の入門書や概説書といった体でBDの翻訳を刊行するというケースも散見されます。どういう形であれ、さまざまなBDが翻訳され、日本語で気軽に読めるというのはすばらしいことですね。

東京工芸大学で教えられるようなってから、海外マンガとはどういった関わり方をなさっているのでしょう?

東京工芸大学で教えるようになってからですと、文化庁メディア芸術祭の活動の一環で、2013年にマンガ家の岩岡ヒサエさんとアングレーム国際漫画フェスティバルを訪れ、ペネロープ・バジューも交えて、3人でトークをしたこともありました。毎年定期的にというわけではありませんが、BD作家が来日した折に、東京工芸大学でワークショップを開催してもらうこともあります。今まで、スイスのBD作家ワゼムとトーマス・オット、フランスのBD作家ダヴィッド・ベー、クレマン・ウブルリ、エマニュエル・ルパージュ、スペインのコミックス作家ミゲル・ガジャルドなどをお招きしています。私自身は、毎年大学で「外国マンガ論」の講義を担当し、学生たちにBDを始めとする海外マンガについて教えています。東京工芸大学芸術学部マンガ学科は、マンガ家を目指す日本人の学生たちが中心ですが、日本でマンガを学ぼうと来日する留学生も、各学年に何名かいるんですね。彼ら彼女らとともに、ささやかながら、マンガを通じた国際交流を続けていければと思っています。

海外のマンガや研究書がずらりと並んだ細萱さんの書庫

こちらはアジアのマンガ中心の棚

中には他ではなかなかお目にかかれない貴重なマンガも。これはアルジェリアのバンド・デシネだとか

ロドルフ・テプフェール『ペンシル氏』の古いヴァージョン

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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