海外マンガの人々―パヴェル・コジーネクさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、チェコ・コミック研究の第一人者、パヴェル・コジーネク(Pavel Kořínek)さん。トマーシュ・プロクーペクさんと同様に2017年9月29日から2018年1月28日にかけて明治大学 米沢嘉博記念図書館で開催された「~日本におけるチェコ文化年2017~チェコ・コミックの100年展」の監修者を務め、2017年10月に来日し、「チェコ・コミック通史-20世紀を生き抜いたチェコ・コミック-」という講演も行いました。

パヴェル・コジーネクさん(Pavel Kořínek)

コミック界では、どのようなお仕事をされているのですか。

コミックについての研究や意見が人類科学の一端として捉えてもらえるよう努力しています。この方面の研究者は、まだまだ少ないですが、批判的思考として意義のあるコミック研究を確立させたいですね。私一人では、到底、できない仕事ですから、他のコミック研究者と連携していくことが大切です。この基本的な立場をはっきりとさせたことで、具体的な目標を見据えることができました。まず、チェコ・コミックの歴史を深く掘り下げて研究すること。そして、コミックに興味を持つすべてのチェコ人が基本的な参考資料として使えるように、コミック理論の手引きとなるものを作ることです。つい最近まで、チェコにおいてコミックの歴史やコミック理論に関する詳しい書籍は殆ど存在しませんでした。この分野の知識と言えば、有名なコミック作家や作品の名前が、偶然、誰かの回想録に登場する程度のものでした。

まず、第一目標だったコミック研究ですが、数年前に『20世紀におけるチェコスロヴァキアのコミックの歴史(Dějiny československého komiksu 20. století )』と『コマとフキダシ。コミック理論に関する幾つかの章(V panelech a bublinách. Kapitoly z teorie komiksu)』の出版をすることができました。これからはチェコ・コミックの新しい研究分野にチャレンジしたり、突っ込んだ専門的な研究に取り掛かろうと思っています。個人的に興味があるのは、「語り手」としてのコミックの役割です。私は、元々、チェコの、いわゆる、純文学の研究者でした。チェコ国立科学アカデミーのチェコ文学学院の研究員ですから。コミックがどのようにストーリーを語るのか、その何が特別なのか、どういった効果や影響を与えるのかを知りたいです。

パヴェル・コジーネク、トマーシュ・プロクーペク、マルティン・フォレト、ミハル・ヤレシュ『20世紀におけるチェコスロヴァキアのコミックの歴史』(Pavel Kořínek, Tomáš Prokůpek, Martin Foret, Michal Jareš, Dějiny československého komiksu 20. století,Akropolis, 2015)
パヴェル・コジーネク、マルティン・フォレト、ミハル・ヤレシュ『コマとフキダシ。コミック理論に関する幾つかの章』(Pavel Kořínek, Martin Foret, Michal Jareš, V panelech a bublinách. Kapitoly z teorie komiksu, Akropolis, 2015)

コミックを研究するようになったのはなぜですか。いつ頃からなのでしょうか。

子供の頃からコミックが好きでした。けれども大学に入るころには、コミックを読まなくなっていたんです。大学を卒業して何年も経ったころ、学生の時から研究し続けてきた「古典的」な「純」文学とは真逆な文学を研究してみろと、ある人に言われました。そこで、「コミックだ」と、ピンときた。コミックがどのように人の心に訴えかけ、どんな物語を語るのか研究しようと決意しました。チェコにおいて、コミックの研究は誰もしたことがない。手付かずの分野でした。そして、その頃、いわゆる王道のコミックではない、「毛色の変わった」コミックが翻訳されてチェコにも入手できるようになってきました。 フランスのラソシアシオン社(L’Association)のコミックだとか。2003年になろうかという時だったと思います。自分は何を描きたいのか、そのために何をしているのか。そういったことが分っている作者であれば、コミックでも純文学に負けないほどの大きな可能性があるのだと、目を開かされました。

チェコ・コミックの魅力とは何でしょうか。他の国のマンガとは、何が違うのでしょう。

この質問にはっきりとお答えするには、チェコ・コミックと「近付きすぎた」という気がします。あえて一つ挙げるとすれば、昔のチェコ・コミック作家が従来のコミックの型に囚われず、新しいコミックの在り方を探る、その実験的探究心です。成功ばかりとは言えませんが。

現在のチェコ・コミックでは、代表的な作品に限って言えば、視覚効果でストーリーを語っていく、作家の特別な才能に惹かれます。作者自身にとっての大切な何かを、この方法以外では伝えられなかったんだと感じられる才能です。それがチェコ・コミック最大の魅力、作風の豊かさにつながっています。作家一人一人が全く違う絵を描きます。「チェコ・コミックと言ったらこれ」というような、一つのイメージに収めることはできません。

日本に短期滞在されたことがあると聞いたのですが。きっかけは何だったのでしょうか。また、何をされていたのですか。

日本文化に魅了された月日は、コミックに興味を持ったのと同じくらい長いと言っても良いと思います。日本語の基礎だけでも学べたらと、日本に語学留学したのです。2007年に、愛知の岡崎市にあるYAMASA言語文化学院で3ヶ月の強化コースを受けました。一生涯忘れることのない、特別な体験でした。私にとって、日本語は、まだまだ複雑ですが、「生麦、生米、生卵」をもの凄いスピードで言う自信はあります。その他の日本語レベルはお披露目できるようなレベルではないです…。すみません。

でも、日本は大好きです。マンガの国だからというだけではなく、現代日本文学も読みますし、日本の歴史も大好きです。日本に行くチャンスがあれば、すぐにでも飛んで行きます。

好きな日本のマンガはありますか。

選ばないといけないのは困りますね。沢山あるから。何と言っても、手塚治虫、水木しげる、それから宮崎駿かな。ナウシカは強烈でした。意外性がないでしょうか。やはり、王道のマンガには王道なりの良さがあって、マイナーなマンガを好きになった今でも、情報は集めるようにしています。私は英訳されたマンガを読むことが殆どなので、個性派のマンガに親しむ機会は多くないんです。でも、浦沢直樹作品は常にチェックしています。浅野いにおさんも。よしながふみさんの『大奥』も好きです。もう少し最近の作品では、『ゴールデンカムイ』の新しい単行本が出るのを心待ちにしています。

日本の皆さんにチェコ・コミックを推薦するとすれば、どの作品を推薦しますか。

また難しい質問を……。日本の皆さんに読んでいただけるのを待ってる、凄い可能性を秘めた作品は沢山あります。チェコ人の僕が日本のマンガを好きなように、日本の人にもチェコ・コミックを読んでもらえたら良いのですけど。一作品だけ選ぶとしたら、ここ数年に絞るとして、作品の話の構成や、チェコの文化背景を知らない人にも読みやすいかどうかも考えると、『ドラゴンは絶対に眠らない(Drak nikdy nespí)』でしょうか。ボイチェフ・マシェク(Vojtěch Mašek)とジャン・ババン(Džian Baban)の共同原作、イジー・グルス(Jiří Grus)原画の作品です。ファンタジーの世界だから、時代設定は中世風というだけではっきりとはしていないのですが、タイトルからも想像が付くようにドラゴンと戦う話です。ドラゴンはヒーローの心の葛藤の表われでもあります。ボヘミアの北方の土地がドラゴンに襲われる。その時、普段、心の奥底に閉じ込めている負の感情、不安や猜疑心といったものが別のドラゴンとなって現れる。ヒーローはそれとも対峙しなければならなくなるのです。深く考え込まれた作品なので、他の国の読者にも知ってもらえるように願っています。嬉しいことに、ベルギーの有名な出版社、カステルマン(Casterman)からフランス語訳が出る予定です。是非、日本でも出版してください! お願いします。

ボイチェフ・マシェク&ジャン・ババン作、イジー・グルス画『ドラゴンは絶対に眠らない』(Vojtěch Mašek, Džian Baban & Vojtěch Mašek, Drak nikdy nespí, Trutnov, 2015)
『ドラゴンは絶対に眠らない』中面その1
『ドラゴンは絶対に眠らない』中面その2

今、何の研究をされているのですか。どういったことを予定されていますか。

私と妻のルツィエとで、『プンチャ(Punťa )』という漫画雑誌の研究論文を出版したところです。『プンチャ』はチェコで一番最初に出版された子供向けの漫画雑誌で、1935年から1942年まで発売されていました。チェコ版のウォルト・ディズニーとでも言いましょうか。チェコでは非常に人気がありました。主人公の「プンチャ」という犬が余りにも人気で、絵本として出版されるだけでなく、子供用の劇として上演されたりもしました。当時のチェコスロヴァキアで大流行と言えば海外のキャラクターでしたが、それにも勝る勢いだったキャラです。

『プンチャ:チェコ・コミックの忘れられた人気者(1934-1942)』
Punťa: Zapomenutý hrdina českého komiksu (1934-1942), Akropolis, 2018
かつて出版されていた『プンチャ』の表紙
『プンチャ』中面

これからの研究の予定は……。チェコ・コミックは、日本の漫画や他のコミックスと同じように、まだまだ研究されていない面白いテーマが沢山ありますからね。作品が描かれた時代と、その当時の読者についての検証でしょうか。もちろん、現代のコミックスも分析・検証しなければいけません。具体的に言うと、今の時点では、チェコの漫画雑誌として一番長い歴史を持つ『チティジィリーステク(Čtyřlístek)』が、今年、創刊50周年を迎えるのですが、このコミック誌について本を書いています。今、このインタビューを受ける直前に665号が発売されました。凄いですよね。しかも、この番号に、今までの特別号は入っていないのです。半世紀にも及ぶ連載は、ずっと変わらず、ヤロスラフ・ニェメチェク(Jaroslav Němeček)という方が描いています。その他には、日本の漫画に使われたチェコのモチーフと、チェコ・コミックに使われた日本のモチーフの比較も、近年中に研究したいですね。

1969年に出版された『チティジィリーステク(Čtyřlístek)』の第1号
2019年に出版された『チティジィリーステク(Čtyřlístek)』の第665号

(翻訳:髙松美織)


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About Author

ジャン・ガスパール・ パーレニーチェク

Jean-Gaspard Páleníček。1978年プラハ生まれ。詩人、キュレーター。元チェコセンター・パリ・プログラムディレクター(2004~2017年)。音楽家ミロス・ボック(Miloš Bok)に師事し、その音楽の日本での紹介に尽力している(カメラータ・トウキョウからCD『クレド』が発売中)。フランス語とチェコ語で創作を行い、詩、散文、戯曲、音楽などさまざまな作品を発表。2017年に明治大学 米沢嘉博記念図書館で行われた「~日本におけるチェコ文化年2017~チェコ・コミックの100年展」のコーディネーターを務めた。

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