海外マンガの人々―ジャック・ゴールドスティンさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、2019年3月末に来日し、アンスティチュ・フランセ東京などでトークを行うカナダはケベックのイラストレーター・バンド・デシネ作家ジャック・ゴールドスティン(Jacques Goldstyn)さん。ゴールドスティンさんにご自身の作品のことやケベックのバンド・デシネについてうかがいました。

ジャック・ゴールドスティンさん(Jacques Goldstyn)

Comic Streetでは今まで3人ケベックのバンド・デシネ作家さんにインタビューしていて、ゴールドスティンさんで4人目です。まずは簡単に自己紹介していただけますか?

1958年生まれで、もうすぐ61歳になります。元々は地質学者でした。数年間その仕事を続けていたある日、技術者だった友人が編集者になったということで、科学実験についての本に挿絵を入れないかと言ってきたんです。そうしてできあがった本が『やりくり上手な子供(Le Petit Débrouillard)』でした。この本が大ヒットして、私はフルタイムのイラストレーターになることにしたんです。その後、『やりくり上手たち(Les Débrouillards)』という雑誌も誕生しました。そこでバンド・デシネ(以下BD)も描き始めました。参考にしたのは『タンタンの冒険』や『スピルー(Spirou)』といったベルギーのBD、そしてとりわけ『カルビンとホッブス』で知られるビル・ワターソンでした。

『やりくり上手な子供たち』(Le Petit Débrouillard : 66 expériences faciles à réaliser ! par le professeur Scientifix, Québec Science Editeur, 1982)

BDは子供の頃からお好きだったのですか? 強く影響を受けた作品などあれば教えてください。

ずっと好きでした。子供の頃には本棚のBDを全部読みつくしてしまったものです。『スマーフ』、『ボブ・モラーヌ(Bob Morane)』、『ダン・クーパー(Dan Cooper)』、『バック・ダニー(Buck Danny)』、『タンタンの冒険』、そしてゴットリブ(Gotlib)の『ガラクタ新報(Rubrique-à-brac)』……。雑誌では『ピロット(Pilote)』が好きでした。エルジェの純粋なスタイルとフランカンの名人芸に影響を受けましたね。フランカンの『ガストン(Gaston)』は何度も読み返していますし、『黒い想念(Les Idées noires)』は傑作です。もう少し大きくなってからはレゼール(Reiser)という作家のことも知りました。紛れもない天才です。にじんだ絵で面白おかしいことを意地悪に語る、そんなスタイルです。繊細な人は心構えが必要かもしれません。

ケベックのBD作家の皆さんにうかがっているのですが、ケベックのBDは、いくつかの例外(イザベル・アルスノー絵、ファニー・ブリット文『ジェーンとキツネとわたし』、ジュヌヴィエーヴ・カストレイ『少女ゴーグル』など)を除いて、日本ではほとんど知られていません。ケベックのBDについて、簡単に教えてください。

ケベックはほとんど国家と言っていいような地域です。カナダに属してはいますが、カナダの他の地域の人たちとは異なるフランス語という言語を話します。一方で同じフランス語を話すフランスやベルギーといった他の国の人たちとも感受性が違っています。どの国だってそうですが、私たちの国の文学も、ある固有の歴史や文化、地理によってできています。それらがケベックのBDにも反映されています。フランスやベルギーの読者が私のBDを読んでくれることだってもちろんあるわけですが、彼らはそこにケベックに特有の日常や環境の描写を認めることでしょう。ケベックの特徴に惹かれる人たちがいてくれるのは幸せなことです。もちろん逆にケベックの読者だってヨーロッパの文化に魅了されていますしね。ケベックのBDを読むということは、私たちの国へと通ずる扉を開くということだと思います。

先ほど『やりくり上手たち(Les Débrouillards)』という雑誌をご紹介くださいましたが、これはゴールドスティンさんの作品のタイトルでもあるのですか?

『やりくり上手たち』というのは元々9歳から14歳向けの月刊誌でした。私はその中でふたつ連載をしていて、ひとつは2ページの連載で、雑誌とまったく同じ『やりくり上手たち』というタイトルでした。もうひとつが1ページの連載『発明家ヴァン(Van l’inventeur)』です。

『やりくり上手たち』は8人の子供たちの物語です。男の子4人に女の子4人ですね。スポーツが好きなロベールに自然が好きなキム、アートが好きなシモン、お金にうるさいマチュー、大食漢のカロ、映画好きのナディア、人道主義者のカトリーヌ。それからヴァン。

『やりくり上手たち』第1巻 (Les Débrouillards, T1, Bayard, 2004)

これらの子供たちを主役に据えて、環境から消費、ファッション、愛、電子機器などあらゆることをユーモアたっぷりに取り上げました。そうそう、子供たちの他にマスコットのベッポ(Beppo)がいたっけ。カエルのキャラクターで、思ったことはなんでも口にしてしまうヤツです。現代の“ポリティカル・コレクトネス”の時代には、こういうヤツがかえって好都合かもしれませんね。トランプのジョーカーみたいなものです。

先ほども言いましたが、ヴァンには専用のページが割かれていて、彼は毎回風変わりな新しい機械を発明します。ゴミを出してくれるロボットとか勝手にベッドメイクしてくれるベッドとか……。その後、ヴァンの発明には特許が与えられていきます。

『発明家ヴァン 』(Van l’Inventeur, Bayard, 2005)

『やりくり上手たち』は子供向けの作品ということでいいのでしょうか?

ええ、子供向けのBDだと言っていいと思います。ただ、子供の親たちもたくさん読んでいます。大人の読者向けの参考情報のようなものもいろいろと滑り込ませているんです。フランスの古典的BD『アステリックス』のような感じだと考えてもらえるといいかもしれませんね。

子供向けのBDはケベックではとても活気がありますよ。要注目の作家として、例えば、ガブリー(Gaboury)、レイモン・パラン(Raymond Parent)、アレックス・A(Alex A)などがいます。

『アルブラガン(L’Arbragan)』、『アザダー(Azadah)』、『ジュールとジム―戦友(Jules et Jim – frères d’armes)』といった最近の作品は、子供向けの作品とはまた趣が異なり、どちらかというとカートゥーンを想起させる印象です。

たしかにそれらの作品はコマを割ったBDではありませんからね。もっとも、シナリオ作りの原則はBDとかなりよく似ています。これらの作品をBDとして描くことも難なくできるでしょう。これらは絵本の部類に入りますが、BDがしばしばファストフードに例えられることを考えると、絵本はずっといいものとして世間的に認知されています。優れた絵本は芸術作品同然に見なされますからね。

『アザダー』(Azadah, La Pastèque, 2016)
『ジュールとジム―戦友』(Jules et Jim – frères d’armes, Bayard Jeunesse, 2018)

不思議なことに、私の作品の中では『やりくり上手たち』や『発明家ヴァン』のようなBDはとてもよく読まれてはいるのですが、賞を伴う評価や海外への翻訳ということになると、絵本ばかりなのです。

ご自身の作品の中で、日本人読者に薦めるならこれというのはありますか?

『ジュールとジム―戦友(Jules et Jim – frères d’armes)』という作品がとても気に入っています。ふたりのカナダ人の若者が戦争に行くという話です。彼らは最初のうちこそ意気揚々としているのですが、塹壕の泥沼につかって幻想を捨てざるをえなくなる。この物語の中には、戦うことの不条理や名誉の狂気、そして栄光が隣り合っています。実は、子供の頃に私はこうした話こそ聞きたいと思っていました。戦争のような深刻なテーマだって子供たちに話せばいいんです。やり方次第なんです。

偶然、ちょうど今週、あるドキュメンタリーを観たんです。それは日本のドキュメンタリーで硫黄島の戦いの生き残りの人々を描いたものでした。90歳の老人たち(当時は17歳でした)がどうやってその地獄を生き残ったか語っていました。彼らの過去や死んでいった仲間たちへのまなざしがとても感動的でした。『ジュールとジム―戦友』にも、どこか共通するところがあるのではないかと思います。

最後に今後の予定を教えてください。

つい最近『星(Les Étoiles)』という作品を完成させたところです。舞台はモントリオールで、ユダヤ系超正統派のハシディズムの少年とムスリムの少女の友情を描いた作品です。 一種の『ロミオとジュリエット』で、天文学と恋心がふたりを結びつけます。幸い物語はハッピーエンドで終わります。

私の作品はたいていどれも熟して実を結ぶのに何年もかかります。ところが、ひとたび描き始めると、スラスラ描けてしまう。スランプに陥ったり、壁にぶち当たったりすることはありません。

ひとつ進行中のBDもあります。大人向けの作品で、私の父のことを描いたグラフィックノベルです。父は1931年にパリで生まれ、どうにかナチスの手を逃れ、1952年にカナダに移住しました。父を通して、ケベックの70年の歴史を描けたらなと思っています。

ゴールドスティンさんの作業机

ジャック・ゴールドスティンさん出演イベント:

ケベック出身のBD作家、ジャック・ゴールドスティンを囲んで
日時:3月22日(金) 18:30~20:00
会場:アリアンス・フランセーズ仙台
※入場無料、3月20日(水)までに要予約(定員15名)

ケベックのBD作家ジャック・ゴールドスティンのトークショー
日時:3月23日(土) 18:00~19:30
会場:アンスティチュ・フランセ東京 メディアテーク
※入場無料、要予約(定員20名)

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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