海外マンガの人々―カトリーヌ・ムリスさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、フランスのバンド・デシネ作家・イラストレーターのカトリーヌ・ムリス(Catherine Meurisse)さん。カトリーヌさんは、あの『シャルリ・エブド』で長く仕事をし、偶然のおかげで、2015年1月7日の襲撃事件を免れるという稀有な経験をした作家さんです。やがて彼女は、事件とその後の日々を描いた作品『軽さ(La Légèreté)』を発表し、一躍注目を集めます。現在、カトリーヌさんは、京都にあるアーティスト・イン・レジデンス“ヴィラ九条山”に滞在中です。

カトリーヌ・ムリスさん
(Catherine Meurisse)
Photo by Rita Scaglia

今年の2月から京都のヴィラ九条山に滞在中とうかがいました。今回が初来日ですか? 既に1ヶ月過ごされているわけですが、どのような印象をお持ちでしょうか。

今回のヴィラ九条山の前に既に2回日本には来ています。前回来たのは3年前のことで、兵庫県西宮市にある大手前大学に招待されました。そこでわたしはバンド・デシネ(以下、BD)作家としての仕事について話しました。そしてフランス文学の先生たちでバルザックの専門家の方々とお目にかかりました。19世紀、バルザックの小説の挿絵はドーミエという、フランスのカリカチュアの父と言われている画家によって描かれていたのです。カリカチュアとBDはわずか一歩くらいしか離れていませんよね。文学、絵画、そしてカリカチュアはわたしのBDにもよく出てきます。

石毛弓、小林宣之、柏木隆雄編『日仏マンガの交流: ヒストリー・アダプテーション・クリエーション』(思文閣出版、2015年)
カトリーヌさんも参加した大手前大学でのシンポジウムの様子が収められている

今回の京都ヴィラ九条山での滞在では、少しカリカチュアから離れて、むしろ大きな意味での絵に関心をもっています。そのために夏目漱石の『草枕』を参考にしています。『草枕』の語り手は画家で、都会を離れ作品の着想を求めているわけですが、自分の創造について考えるという話ですよね。

残念ながらカトリーヌさんの作品はまだ日本語に訳されていません。そのため、BDファンたちの間でもまだあなたのことはよく知られていないのが現状です。簡単に自己紹介していただけますか?

15年前からフランスの新聞や雑誌に絵を描いています。掲載誌のジャンルは多種多様で、『ル・モンド』や『リベラシオン』のような一般紙、『レ・ゼコー(Les Échos)』のような経済紙、『フィロゾフィー・マガジン』のような文芸誌、あるいは『ロプス(L’Obs)』や『テレラマ(Télérama)』のような情報誌などがあります。また、アメリカやドイツの雑誌などにも描いています。でもいちばん密度の濃い仕事ができたのは、あの風刺雑誌『シャルリ・エブド』でした。作画家チームに、学校を卒業した25歳で入って、昨年辞めるまでかかわり続けました。『シャルリ・エブド』では、政治問題や社会問題を扱った絵を描いたり、ルポルタージュの挿絵、人物画、そしてBDも描いていました。あそこでの活動は素晴らしかったし、身になる経験をいっぱいしました。『シャルリ・エブド』での仕事の原動力は笑いで、笑いだけがだいじなことでした。2015年1月の襲撃事件で、わたしの『シャルリ・エブド』での仕事は終わったのです。

こういった活動と併行して、15年前から子供向けの本の挿絵を描いたり、BDを描いたりしています。わたしは自分の作品のシナリオも書きますし、カラーリングも自分でします。わたしの作品のテーマは多くの場合芸術にかかわるものです。わたしはさまざまな芸術(絵画、文学、ダンス、映画、舞台など)の間に架け橋を作るのが好きなのです。ユーモアたっぷりに作家や画家を描いて、わたしたちの生活に忍び込ませる、そういうのも好きです。わたしのいくつかの作品ではカビの生えたような古い文学や絵画の「お掃除をして、埃をはたいてあげ」たりしています。『ポン・デ・ザール―芸術橋(Le Pont des arts)』、『わたしの愛する文学者たち(Mes Hommes de lettres)』、『現代のオランピア(Moderne Olympia)』)。芸術という大仰なところにいたずら心と生意気な感じをぶち込みたいといつも思っているのです。

『ポン・デ・ザール―芸術橋』
(Le Ponts des arts, Editions Sarbacane, 2012)

2年前から、わたしの作品はより内省的になっています。2016年に『軽さ(La Légèreté)』を出版しました。そして今年フランスで出版される『壮大な空間(Les Grands Espaces)』は自伝的な作品です。

報道関係のイラストレーターとBD作家というのは仕事としてまったく違うものですか?

はい。まず仕事のリズムがまったく違います。

報道イラストはしっかりした一般教養(政治、文学、芸術)が求められます。ものごとをまとめる力も必要ですし、効率よく、スピーディーに仕事をする能力も必要です。それらは新聞の作られ方や流通システムによるところが大きいです。数時間、場合によっては5分で一枚の絵を描かなければならないときもあります。編集長や印刷所が急いでいるからです。こういう急ぎ仕事はとてもためになります。作画家の仕事をほとんど『シャルリ・エブド』のチームの中だけで始めたことで、わたしはとても効率的に、洞察力を鋭く働かせて仕事をすることを覚えました。

一方、BDはスピードを抑えることが求められます。物語を温めて熟させるのにより時間がかかりますし、作品に取り掛かってからも同様です。そしてそれが、わたしのようにふたつの仕事(報道イラストとBD)を同時にしていると、興味深いことなのです。BDを描くときはわたしの好きなテーマをじっくりと展開させることができます。また、自分の絵をみなおしたり、これでいいのかと自問したり、あるいは新しい描き方を模索したりもできます。

報道イラストはわたしのバンド・デシネの糧になっていますし、逆も同様です。

ルーヴル美術館とフュチュロポリス社が組んで一連のBDを刊行している「ルーヴル美術館BDプロジェクト」というものがあり、昨年はその関連で、日本でも巡回展が行われました。実はそのオルセー美術館版というのもあって、カトリーヌさんは第一作の『現代のオランピア(Moderne Olympia)』を描いてらっしゃいますね。この企画はどのようにして生まれたのですか?

オルセー美術館とフュチュロポリス社からこのシリーズの第一作を描かないかと、わたしに依頼してくれたんです。わたしが19世紀から20世紀始めの芸術が好きだということを知っていたんですね。彼らはドーミエ(彼の作品はオルセーに入っています)の遠い親戚みたいな作家で、美術館と遊べるようなひとを求めてもいました。こういう繋がりを聞いてとても光栄に思いました。そしてこのプロジェクトについてはまったく好きに描いていいと言われました。

『現代のオランピア』
(Moderne Olympia, Futuropolis, 2014)

パリに住むようになってから、何度もオルセーに通っていましたので、この美術館のことは本当によく知っていたのです。なじみの絵で遊ぶというのはとても簡単でした。ある日、わたしは何か作品のヒントにならないかなと思って、メイン・ギャラリーをふらふらと歩いていました。あのガラス屋根を見ていたのですが、あそこの枠組みは全部鉄骨なんですね。そこに人々の影が映っていました。そこで突然映画の『ウエスト・サイド物語』のポスターが目の前に現れたような気がしたのです。私の作品の中では、オルセー美術館で『ウエスト・サイド物語』が展開されるのですが、そのアイデアはこんな風にわいてきたのです。登場人物たちも既にそこにいました。左側にはアカデミーの画家たちで、「気取り屋」と呼ばれてます。右側には後の印象派たち。彼らは正式な画家のサロンから拒絶されているわけですね。一方にジェッツ、もう一方にシャークス。あるいはこっちにキャピュレット、向こうにはモンテギューと言ってもいい。だって、『ウエスト・サイド物語』はシェークスピアの『ロミオとジュリエット』の焼きなおしですからね。作品の主人公は女性にしたかった。ですから、自然にマネの「オランピア」になりました。「オランピア」はまさにオルセー美術館の「モナリザ」と言ってもいい作品で、西洋美術史においてとても重要です。1863年に描かれたこの絵が近代美術の道を開いたのです。

『現代のオランピア』中面
©Futuropolis

実際この作品の中には多くのミュージカル作品へ目配せ(『ロシュフォールの恋人たち』『ウエスト・サイド物語』)があると思うのですが、カトリーヌさんはミュージカルがお好きなのでしょうか?

わたしはジーン・ケリーとフレッド・アステアが踊っているミュージカルしか好きじゃありません。つまり40~50年代のアメリカのコメディです。『雨に歌えば』は完璧なコメディです。脚本も素晴らしいし、とても楽しい。2013年に『現代のオランピア』を描いたとき、わたしは作品の中でキャラクターが踊り、動き、ページから喜びが爆発するようなものを描きたいと思いました。偶然の生むおかしさやドタバタなども入れたかった。今でもこの本を読むと、笑い転げてしまいます。

次に『わたしの愛する文学者たち(Mes Hommes de lettres)』についてお聞かせください。フランスには、『ラガルドとミシャール(Lagarde et Michard)』という、長年定番だった中高生向けのフランス文学の教科書がありますね。そのBD版を描きたかったそうですが、どこからそのアイデアは生まれたのですか? 文学がお好きなんでしょうか?

『わたしの愛する文学者たち』はフランス文学のユーモア溢れるパノラマです。11世紀から20世紀まで網羅しています。そして偉大な作家たちで遊び、彼らに命を吹き込み、彼らを対立させたりしました。あの本はわたしが大好きな素晴らしい作家たちへの愛の告白です。彼らはずっとわたしの人生に寄り添ってきたのです。また文学そのものについても問題提起をしています。文学の運命、成功、成長など。わたしは常に面白い話の裏側にもっと深い意見を忍ばせるようにしています。もちろんわたしは文学が好きです。いわずもがなですが。文学はわたしの人生の一部ですし、わたしの作画家の仕事を導いてくれています。

『わたしの愛する文学者たち』
Mes hommes de lettres : Petit précis de littérature française, Editions Sarbacane, 2008

この本の見返しに、作家のサイン会の絵を描かれていますが、ヴィクトル・ユゴーとマルク・レヴィ(現在の大ベストセラー作家)を隣同士に座らせていますね。なぜこのふたりを選んだのですか? 特になぜマルク・レヴィなのでしょう?

この二人を選んだのは彼らが作家として正反対だからです。ヴィクトル・ユゴーは文章が巧い。マルク・レヴィは文章がヘタです。わたしはカリカチュアの作画家です。絵を使って人を笑わせるのが仕事です。この見返しのページでは、大ヒット作家であっても必ずしもいい作家ではないという皮肉を込めているのです。それはヴィクトル・ユゴーの時代でもそうでしたし、今でも同じです。

いよいよ『軽さ(La Légèreté)』について伺いたいと思います。なぜ、この作品を描いたのですか? 「生きる」ための必要のようなものを感じられたのでしょうか?

この本を描くことは必然でした。作品はある悲劇(2015年1月のシャルリ・エブド襲撃事件で、わたしは難を逃れたのです)から生まれたものです。けっして生まれて欲しくなかった本です。2015年は酷い一年でした。襲撃事件の数秒後、仲間たちが死んだことがわかったとき、わたしは自分の仕事も死んだと思い、二度と絵を描くことはできないだろう思いました。ショックがあまりにも大きくて、考えること、何かを思い浮かべること、記憶すること、何かを感じること、そういった能力一切を失いました。少なくとも一年くらいは自分の気持ちや身体に整理をつけるのに要しました。『軽さ』はそういうことを語っています。わたしは最初の1ページ目から最後のページまで、自分自身を描く必要があったのです。自分が死んでいないことの確信を得るために。自分が動いていて、ページの中で生きているわたしを見る、その確信が必要でした。もし歩いている自分を描くことができたら、それはわたしが生きていることを意味する。『軽さ』は次第に生きる喜びや、笑う喜び、絵を描くことの喜びをゆっくりとですがふたたび見出すことを描いています。回復の本ですし、自分が狂わないために描いた本です。この本はフランスで多くの読者を得ました。そのことでわたしも安堵し、深い感動を覚えました。わたしの物語はあまりにも辛いものですから、共感を呼ぶとは思いませんでしたし、読者の癒しになるとも思っていませんでした。

『軽さ』(La Légèreté, Dargaud, 2016)

あなたにとって、「軽さ」とはどういう意味で重要なものなのでしょうか?

軽さとは、喜びであり、傷つきやすさです。笑い、あれこれ気にしないこと、信頼です。また、絵を描くこともそうです。わたしの使う道具はみなとても軽いものです。鉛筆、ペン、墨汁、紙。軽さとは、シャルリ・エブド襲撃事件の日に失ったすべてのもの、そしてその後取り戻そうとしているものです。

『軽さ』中面
©Dargaud

『軽さ』の中で、ヴィラ・メディチでの滞在のことを描かれていますね。今あなたはヴィラ九条山にいらっしゃいます。これらの滞在はあなたにとってどんな意味を持つのでしょう?

ヴィラ・メディチはわたしを救ってくれました。襲撃事件の10カ月後にローマに滞在したのですが、それはあの街の美しさによって、わたしがふたたび生きることができるのではないかという直感があったからです。襲撃事件以来、わたしは美のことしか頭になかった。美しい風景、美しい自然、あるいは美しい絵の中で息を吹き返したかった。そしてパリから逃げ出したかった。パリはわたしにとって血みどろの街でした。ローマでは、西洋文明の誕生の痕跡を見ることができます。遺跡や石が語りかけてきます。わたしはそれらに耳を傾ける必要がありました。わたしは時を千年遡り、そこに自分のルーツを見つけ出したい、決して変わらない台座を確認して、自分がほんとうに存在するのだという実感を持ちたいと思いました。襲撃事件以来、時は止まりました。それがローマでまた動き出したのです。少しずつですが。

この美の探究はわたしのBD『軽さ』の中心にあります。日本に来て、今は漱石の小説を参考にしているわけですが、この小説も美について語っています。『軽さ』で提示した美についての疑問への答えを見つけたいと思っています。西洋の美を旅したので、今度は東洋の美を旅したいのです。そして何がわたしの内で起こるのか見てみたい。どのような影響がわたしの仕事に起きるのか。漱石の小説は『草枕』といいますが、フランス語版の副題は「詩の旅(le voyage poétique)」となっています。わたしはできれば京都で詩の旅を実現させたいのです。ヴィラ九条山がもたらす贅沢は京都やその周辺を探検していると、西洋人としての基準を失くすことができるということです。それでいて仕事まわりは保ったままでいられる。そこではすべてが普段どおり慣れ親しんだものなのです。

『軽さ』中面
©Dargaud

BDは子どもの頃からお好きだったのですか?

わたしはまず絵が好きなのです。ですからわたしのアイドルは西洋の偉大なイラストレーターたちです。ギュスターヴ・ドレ、ドーミエ、クェンティン・ブレイク、トミー・ウンゲラー、サンペ、ソール・スタインバーグなどです。そしてわたしはとても絵画が好きです。フラ・アンジェリコから始まって、マチス、ジョージ・グロス、カラヴァッジョ、北斎、ドラクロワ、サイ・トゥオンブリにいたるまで。BDからの影響はそのだいぶ後にきました。子供の頃は「アステリックス」シリーズをむさぼるように読んでいました。ルネ・ゴシニー、ゴットリブ、ブレテシェ、ペティヨン、レゼールなどは子供の頃大いに笑わせてくれましたし、今でも笑わせてくれます。BD作家では、常に、内容においても描き方においても丁寧な仕事をする人が好きです。あとは、文学的な語り口に敏感で、笑わせてくれる人が好きです。

わたしは最初報道イラストレーターになり、その後BD作家になりました。いまでは報道関係のほうをやめて、BDに専念しています。

フランスやベルギーで女性のBD作家が置かれている状況について教えてください。BDの世界では、圧倒的に男性作家のほうが女性作家よりも多い印象がありますが、そういう状況下で仕事するのは女性にとって苦労が多いでしょうか? あるいは、近年、状況が変わってきていたりするのでしょうか?

わたしはこの仕事をしてきて、一度もそういう困難にあったことがありません。おそらく『シャルリ・エブド』で育ったからだと思います。チームで唯一の女性だったので、みんなの好奇心の的でしたが、みんなとても礼儀正しく接してくれました。周りからいぶかしげに見られましたし、男性ばかりのチームの紅一点であることってどんな気分ですかと何度も聞かれました。そんなときはいつも同じように答えていました。扱いに差があるとは思いません。わたしは特別女性だということを意識するような形で描いてはいません、と。とはいえ、作品の中で自分の性別について自問することはあります。わたしの作品はほとんどフェミニスト的ですから。

実際、女性作家は日に日に多くなっています。そして、女性読者も増えてきています。

日本のマンガは読まれますか? 好きな作家、作品はありますか?

特に好きなのは水木しげるです。彼の妖怪についてのイラスト本(2017年にコルネリウスから刊行されたものです)は素晴らしいです。『劇画ヒットラー』にも心を揺さぶられました。そして『のんのんばあとオレ』には本当に笑いました。わたしは「古典」と言われる作家も好きです。谷口ジロー、手塚治虫。今なお活躍している作家では松本大洋が好きです。

最後になりますが、今後の予定を教えてください

今現在、日本にきて仕事をしていますが、これはプロジェクトとしてすぐ形になるわけではありません。寝かせて、熟成させてという時間が必要です。その間、秋にはバンド・デシネの新作がフランスで出ます。『壮大な空間(Les Grands Espaces)』(ダルゴー社より刊行予定)というタイトルで、田舎での子供時代を描いています。天国のような子供時代、そして常にわたしの味方だった自然、芸術と文学が、わたしがわたしでいるためにも、それまでのわたしを越えていくのにも役立つ、そういうことを描いています。『壮大な空間』は子供時代の思い出の場所とそこで自由に膨らむ空想を描いた物語なのです。

カトリーヌ・ムリスさん
Photo by Rita Scaglia


カトリーヌ・ムリスさん出演イベント:

日時:2018年3月24日(土) 14:00~16:00
会場:アンスティチュ・フランセ東京 – メディアテーク
カトリーヌ・ムリスによるライブドローイング

日時:2018年3月25日(日) 17:30~19:00
会場:アンスティチュ・フランセ九州5F多目的ホール
交流会・ライブドローイング:カトリーヌ・ムリス

日時:2018年4月22日(日) 13:30~15:30
会場:アンスティチュ・フランセ関西 稲畑ホール
カトリーヌ・ムリスを迎えて

About Author

大西 愛子

1953年、東京生まれ。フランス語翻訳・通訳。父親の仕事の都合でフランス及びフランス語圏で育つ。主な訳書にステファヌ・マルシャン『高級ブランド戦争 ヴィトンとグッチの華麗なる戦い』(駿台曜曜社)、カナレス&ガルニド「ブラックサッド」シリーズ(早川書房/飛鳥新社)、エマニュエル・ギベール、ディディエ・ルフェーヴル、フレデリック・ルメルシエ『フォトグラフ』(小学館集英社プロダクション)、エマニュエル・ルパージュ『チェルノブイリの春』(明石書店)など。

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