海外マンガの人々―ゼイナ・アビラシェドさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、2016年10月に河出書房新社から『オリエンタルピアノ』(関口涼子訳)の日本語版が出版されたレバノン出身のバンド・デシネ作家ゼイナ・アビラシェドさんです。ゼイナ・アビラシェドさんは、今年2017年10月末に来日し、さまざまなイベントに出演されるそうです。

ゼイナ・アビラシェドさん(Zeina Abirached)

ゼイナさん、日本のバンド・デシネ・ファンのためにあなたのキャリアを簡単にご紹介ください。どういう経緯でバンド・デシネ作家になられたのでしょう?

皆さん、はじめまして! 私は1981年にレバノンのベイルートに生まれました(1975年から1990年にかけて祖国を引き裂いた内戦の真っ最中でした)。レバノンでグラフィックデザインの勉強をし、その後、パリにやってきました。当時、私は自分で物語を考え、絵を描き始めていて、それを出してくれる出版社を探すためです。並行して、パリの国立高等装飾美術学校に入学し、アニメーションを学びました。その過程でできたのが、「羊(Mouton)」という作品で、このアニメーションはYouTubeでご覧いただけます。その数年後には、これを元に、子供向けの本を作りました。

ゼイナ・アビラシェドさんの自画像

ゼイナ・アビラシェド『オリエンタルピアノ』(関口涼子訳、河出書房新社、2016年)

ベイルートにお住まいだった頃からバンド・デシネに興味がおありだったのでしょうか? アメリカのコミックスや日本のマンガも読んでいましたか?

幼い頃から身の回りに本や絵本がたくさんありました。私はフランス=ベルギーのバンド・デシネ(特にエルジェの大ファンなんです)で育ったと言っても過言ではありません。当時、レバノンで読めたマンガといえば、それだけでした。高校生の頃には、仲間内でアメリカのコミックスを回し読みすることもありました。もう少し経って、内戦が終わると、レバノンでも書店が営業を再開し、フランス語で“ロマン・グラフィック(roman graphique:英語ではグラフィックノベル)”と呼ばれているものの存在を知りました。そうした作品の作家たち(メビウスにゴットリブ、タルディ、マルク=アントワーヌ・マチュー、ダヴィッド・B……)のおかげで、私は自分でも作品を作りたいと思うようになったんです。

ベイルートの家屋

『オリエンタルピアノ』に描かれたベイルートの家屋
©Casterman, 2015

今まで読んだバンド・デシネ、コミックス、マンガで印象に残っている作品、あるいは影響を受けた作品があれば教えてください。

『タンタンの冒険』全作品と『アステリックス』全作品(暗記してるんじゃないかしら!)が私のバンド・デシネについての教養の基礎を形成しています。それに比べるとアメリカのコミックスはあまり知りません。日本のマンガを知ったのは、2004年にフランスに来てからでした。谷口ジローさんの作品は大好きで、たくさん読んでいます。

『オリエンタルピアノ』には、ゼイナさん自身、それからゼイナさんのひいおじいさんと思しいキャラクターが登場します。この作品はゼイナさんの自伝と言ってもいいのでしょうか?

その通りです! 『オリエンタルピアノ』は、私の曽祖父の声と私の声が奏でる二重唱なんです。
あいにく私は曽祖父のことを直接は知らないのですが、彼の生涯や性格、癖…そして彼の発明について、ずいぶん調べました! 家族の中で曽祖父を知っている人に取材したんです(曽祖父の息子、つまり私の祖父がずいぶんと手助けしてくれました)。この物語の中で、曽祖父はベイルートの街のあちこちを動き回っていますが、実は私自身、同じ場所を知っているわけではありません。なぜなら曽祖父の時代は内戦で街が破壊される“以前”だからです。
一人称単数で語られている箇所については、いわゆる自伝と言っていいと思います。語り手は私自身で、ごく私的なやり方で、私の二つの母語と二重のアイデンティティを掘り下げています。
この本で私がやろうとしたことは、私と曽祖父、二人の人生を反響させることでした。私は書く/描くことによって、私の人生と家族の過去との間に橋を渡したかったのです。

表紙に大きく描かれているのがゼイナさんの曽祖父アブダッラー・シャヒーンをモデルにしたアブダッラー・カマンジャ。オリエンタルピアノの発明家だった。右下はゼイナさんご本人

※ゼイナさんの曽祖父アブダッラー・シャヒーンの貴重な演奏を収めた音源。

Abdallah Chahine, El nagham El Khaled “Voix de l’orient”

 

レバノンという国とフランスの関係について教えてください。おじいさんがフランス語の通訳をなさっていたということから、ゼイナさんが個人的に幼い頃からフランス語となじんでいたこといたことは想像できますが、それだけでなく、「フランジクークー(フランスのカッコウ鳥)」という言葉があることに代表されるように、フランス語そのものがレバノンに深く根を下ろしている印象を受けました。

レバノンは、第一次世界大戦後、フランスの委任統治領だったことがあります(1920~46年)。でも、レバノンのフランス語を話す伝統、フランス語びいきの伝統はそのとき始まったわけではありません。ずっと昔に遡るのです! その地理的条件から、レバノンは常にさまざまな文明や言語、文化の要衝でした。現在のレバノンの公用語はもちろんアラビア語ですが、子供たちは小さい頃から、第一外国語と第二外国語(フランス語と英語)を学びます。ご参考までに、レバノンでは、すべての交通標識と道路名が、アラビア語/フランス語(アラビア語/英語であることもあります)の二言語表記になっています。
わが家では、常にフランス語のほうへと向かう傾向がありました。それは、とりわけ、アラビア語とフランス語という2つの言語の間で、人生と職業を築きあげた祖父から始まった伝統です。私はアラビア語とフランス語をいつもごっちゃにしていました。2つの言語は私の中であまりに絡まり合っていて、フランス語は私の母語(より正確には父語と言うべきでしょうか)となっているのです!

フランジクークー
(フランスのカッコウ鳥)
©Casterman, 2015

この作品には、随所に言語に対する深い洞察が散りばめられています。ゼイナさんの中でフランス語とアラビア語は複雑に絡み合っているそうですが、そもそもフランス語とアラビア語には似ているところがあるのでしょうか?

まったく似ていません! 音声的にも、読みの方向(アラビア語は日本語と同じように右から左に読むのです)に関しても、まったく別の言語です。
もちろん“アラビア語化”したフランス語もあって、そういう言葉は、日常的に使われています(日本でも同じですよね? ある種のフランス語や英語が日常的に使われているはずです)。逆にフランス語でも、“フランス語化”したアラビア語の言葉があって、それらはもはやフランス語の一部になっています。
でも、そういった例外を除けば、2つの言語はまったく異なるのです。響きも、リズムも……。それぞれの言語には、それぞれの息吹がある……。だったら合唱させてみたらどうだろう、と考えてみたわけです。

ゼイナさんの中で密接に絡み合っているアラビア語とフランス語
©Casterman, 2015

フランスに滞在するようになってから、フランス語とアラビア語の間のさまざまな差異を実感したことが描かれていますが、そのような違いを視覚言語について感じたことはおありでしょうか? つまり、あなたがベイルートで身につけた絵とフランスで学ばれた絵、あるいはバンド・デシネの絵の間に文化差を感じることはありますか?

私は絵を「学んだ」わけではありません。文字を書けるようになってから、文字を通じて、ひとりでに絵に辿りついたのです。文字が書けるようになるとすぐに、絵も使って書かなければならないと思うようになりました。絵と文字を組み合わせるのです。これは、バンド・デシネの中で、私が最も気に入っていることです。絵と言葉の間には微妙な関係存在します。この2つの間では何かが起きている。絵と言葉を使って、どうやって物語を組み立て、語ればいいのでしょう。バンド・デシネの絵は、もちろん文章の挿絵ではありません。私がバンド・デシネというメディアの中で特に面白いと感じているのは、絵と言葉の対話の可能性なのです。文章に書かれていることを取捨選択して絵として提示することもできますし、逆に、絵を通じて文章の内容を再び読ませることも、絵と文章の間にズレを生じさせることもできる……。このような可能性が、私たちを物語の単なる理解のその先へ、感動へと導いてくれるのです。
私の絵は“オリエンタル(東洋風)”だとよく言われます。言葉はフランス語で綴りつつ、絵はアラブ語で描いているってことかしらと考えて、自分ではとても気に入っています。

『オリエンタルピアノ』には非常に多くの擬音が登場します。これほど擬音が登場するバンド・デシネは他にないのではないでしょうか? バンド・デシネにおける擬音の可能性をどのようにお考えですか?

実は、『オリエンタルピアノ』の主人公は音なんです! この作品を書き始めた頃に、最初に私が自問した問いは、「音楽をどう描こうかしら?」というものでした。
視覚に訴えかけつつ、音も聞こえる、私はそんな本を作りたいと思っていました。リズムの概念について、ずいぶんと研究しました。絵やページ構成のリズム感はどうか。見開きページがどのように分節されるのか……。そして、もちろん擬音です。擬音は、絵に“語らせる”際には、とてもすばらしい道具になってくれます。
私はジャック・タチの映画『プレイタイム』のことをずいぶんと考えました。あの“ラジカルな”音の使い方についてです(音がセリフに取って代わられることさえあります!)。
私にとって、擬音は音響環境を整えるのに役立つものでもあります。擬音はナレーションに寄り添い、そこで描写された雰囲気に、ある次元、ある層をつけ加えるのです。それはいわば、宇宙を創り直すようなものです。
擬音のいくつかはアラブ語で書かれています。擬音は、言語によって、必ずしも同じではありません。この物語の通奏低音をなしているのは、2つの言語ですが、それらの擬音を、そしらぬふりして、混ぜてしまったら面白そうだと思ったのです。

『オリエンタルピアノ』の主人公は音
©Casterman, 2015

最後に『オリエンタルピアノ』以降、取りかかっている仕事についてお教えください。

実は今、ある人と共作を準備中です(物語の原案には私のアイディアも入っていますが、原作を手がけるのはその人です。原作を他の人に委ねるのは、私にとって初めての体験です)。今回はフィクションで、これも私にとって初めてなのですが、物語の舞台がレバノンではないのも初めてと、初めて尽くしの作品です。物語的には、ある愛のゆくえを描いた作品になる予定です。

ゼイナさんの作業机

ゼイナ・アビラシェドさん出演イベント:

2017年10月29日(日)
東京:アンスティチュ・フランセ東京
ディスカッション:ゼイナ・アビラシェド&関口涼 子&小沼純一
東洋と西洋の間を奏でるピアノ演奏とライブペインティング

2017年10月30日(月)
東京:赤城神社
『オリエンタルピアノ』朗読ライブペインティング

2017年11月1日(水)
札幌:北海道立文学館
日仏文化交流の夕べ「オリエンタルピアノ LE PIANO ORIENTAL」を語る
[対談]ゼイナ・アビラシェド × 池澤夏樹

2017年11月3日(金・祝)
北九州:北九州市漫画ミュージアム
BD作家 ゼイナ・アビラシェッドさんのトークショー開催!

2017年11月5日(日)
京都:京都国際マンガミュージアム
ゼイナ・アビラシェド×ヤマザキマリ対談〜オリエンタリズムとオクシデンタリズムを超えて:マンガの想像力〜

2017年11月7日(火)
名古屋:Gallery feel art zero
『オリエンタルピアノ』朗読ライブペインティング

2017年11月8日(水)
京都:アンスティチュ・フランセ関西
ライブペインティング『オリエンタルピアノ』

上記のイベント一覧でも一部紹介していますが、10月下旬から11月上旬にかけて、日本の各地で『オリエンタルピアノ』をめぐるコンサートとライブペインティングが行われます。一連のイベントの詳細はこちらでご覧ください。これらのコンサートでピアノを演奏するジャズピアニスト、ステファン・ツァピスさんによるオリエンタルピアノの演奏の様子を以下の動画でご覧いただけます。

(翻訳:原正人)

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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