海外マンガの人々―森泉岳土さんインタビュー

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今回ご紹介するのはマンガ家の森泉岳土(もりいずみ・たけひと)さん(@moriizumii)。今年2018年9月に新作『セリー』を出版されました。独特な作風と描き方で日本のマンガ界で異彩を放つ森泉さんですが、実は海外のマンガもお好きとのこと。森泉さんに海外マンガのことやご自身の作品のことを伺います。

森泉岳土(もりいずみ・たけひと)さん

この9月に「セリー」が発売されましたが、単行本はこれで何作目でしょうか?

9冊目ですね。

2010年にコミックビームでデビューして、はじめての単行本「祈りと署名」が2013年。ビームでは「夜よる傍に」「耳は忘れない」「ハルはめぐりて」「報いは報い、罰は罰」(上・下)、「セリー」といちばん多く出してもらってます。コミカライズの「カフカの『城』他三篇」は河出書房新社から、鉛筆で描いた「うとそうそう」は光文社。

じつは松本弦人さん主催のBCCKSに天然文庫というラインナップがあって、商業誌デビュー前にそこで「夜のほどろ」という文庫本を一冊出させてもらってます。BCCKSのサイトでまだ買えるんじゃないかな。書店で売られるものではないので位置づけは微妙なんですけど、それを含めるとぜんぶで10冊になりますね。

森泉さんの最新作「セリー」(KADOKAWA、2018年)

どういった経緯でマンガ家になられたのでしょう? 

大学を卒業してふつうに新卒で社会人をやっていたんです。ところがあるとき「ああ、子供のころ絵を描くの好きだったな」と思い出したんですよね。それで描きはじめたら、だんだん一枚絵では収まらなくなってきた。じゃあマンガの形式がいいのかなと思って描きはじめたのが最初です。このころは物語というより詩に近いものを描いてました。イメージの連続という感じです。たぶん26、27歳くらい。

「絵を描いて暮らしたい」と思って会社を辞めたのが32、3歳くらいですね。もちろん辞めても絵では食えない。だってなんの約束も展望もないまま辞めてしまいましたから(笑)。結局コミックビームでデビューしたのが35歳のときなので、絵を再開して10年目くらいですね。僕はなんとなく「10年やればなんとかなるだろう」と考えていたので、ぎりぎりなんとかなりました。基本的に楽観的な人間です。

「セリー」以前に刊行された
森泉さんの単行本

森泉さんと言えば、水で絵を描き、そこに墨をたらすという独特な描き方で知られていますが、この技法はどのようにして編み出されたのですか?

はじめは鉛筆で描いていたんです。ところがあるときぜんぜん描けなくなった。どうして描けないんだろうと考えたら、目鼻口を描きたくないということが分かったんですよ。さっき言ったとおり「詩」に近いものを描こうと思っているのに、悲しいときに悲しい顔を描かなくてはいけないのがいやで。だって、「病気の少女がベッドで寝たきり。ずっと窓の外を眺めている」というのは、そのシチュエーションだけでそれぞれの頭にイメージが湧くじゃないですか。そこで表情を描いてしまうと想像してもらう「行間」が生まれない。

そこで墨を使ってシルエットで描くのがいいんじゃないかと。最初の作品はだから、半紙に墨で描きました。それが思いのほか僕の描きたいものにぴったりだったんですよ。その直後、散歩していたら近くの古本屋に1970年代の古い雑誌が売られていたんです。そのうちの一冊が「はじめての墨絵」みたいな特集で、買って読んでみたら「水で描いて墨を落とす」という技法が紹介されていて、試してみたところ「これだ!」と思いました。曖昧で溶けるようで、人を描いてもそこにいるような、いないような……。以来試行錯誤を重ねていまのスタイルになりました。

※森泉さんが実際に水と墨で描いている動画はこちらから。
※併せてこちらも参照のこと。「水と墨と爪楊枝。森泉岳土『報いは報い、罰は罰』の制作過程をまとめました。

バンド・デシネの作家エマニュエル・ギベールが同じような描き方をしているようです。水で描き始めた当時、この作家のことはご存じでしたか?

水で描きはじめたのが2009年か2010年ですから、そのときは知りませんでした。「アランの戦争」は2012年に読んでますね。読んだとき「ひょっとして似たような描きかたをしているのでは?」と思って、あえてつっこんで調べずにいました(笑)。とはいえ水だけでは描けないと思われるようなタッチも使っているので、なにかしら「プラス・アルファ」があるのだろうなあと思ってましたね。いまだに謎なので、ご存知だったら教えてほしいです。

海外マンガがお好きだと伺いました。海外マンガと一口に言っても、アメコミやバンド・デシネなどいろいろありますが、どんなマンガがお好きなのでしょう? また、どうやって出会われたのでしょう?

e.o.プラウエンの「おとうさんとぼく」は子供のころ読んで、日本のマンガを含めてもいちばんはじめに夢中になったマンガかもしれません。原点ですね。ドイツのマンガなんですけどサイレントなのでほぼそのままで話が理解できる。話というより、新聞マンガなのでコントですね。あたたかい世界でおとうさんとぼくが泣いて笑ってにぎやかで、でも切なくて。解説にあるんですけど、作者のかたはナチスに投獄されて獄中で自殺しています。そんな重く、息苦しい時代にこれだけあたたかな世界を描けたプラウエンには尊敬しかありません。長らく絶版でしたけど最近復刊されたそうです。時代を越えて読まれてうれしいですね。

時代は流れて大人になってはじめての衝撃は、卒業旅行、バックパッカーでフランスに行ったとき書店で見たボードアンの「ピエロ」ですね。20年以上前です。ボードアンというと墨を使った作画が有名ですが「ピエロ」はペン画です。その画力とセンス、そして日本のマンガにはない自由さを感じて、心臓に矢を討たれたように一目ぼれです。貧乏旅行でしたけど、どうしても欲しくて買って、いっしょにフランス、スペイン、モロッコを旅をしました。

ボードアン「ピエロ」
(Baudoin, Piero, Seuil, 1998)

ボードアン「ピエロ」中面

たとえば旅行者でも「見たことのないもの」を見たときに感動するタイプと、「写真で見たのとおなじ」と安心してよろこぶタイプがいると思うのですけど、僕は完全に前者です。それとおなじようにおそらくはじめて「日本のマンガって、日本のマンガのルールのなかで発展したのだな」と意識したのだと思います。当時はまさか僕が将来マンガ家になるとは思ってもみませんでしたけど。

特にお好きな作家・作品はありますか?

国書刊行会のシリーズ「アランの戦争」「イビクス」「ひとりぼっち」はいずれもマスターピースですし、「闇の国々」「パリ再訪」のペータースとスクイテンのコンビの「BDの教科書」のようなたたずまいも好きですね。トッピの「シェヘラザード」、ムーアの「フロム・ヘル」、ヴァイエの「マッドジャーマンズ」、ウォルデンの「スピン」、Drookerの「BLOOD SONG」……。好きなものを列挙していったらいくらでも(笑)。

森泉さんがお好きだという作品の数々

ただやっぱり最初の衝撃であるボードアンは特別で、数年前フランスからまとめて何冊か取り寄せたんです。そうしたらさきほど言ったとおり、ボードアンの作品の持ち味はペン画ではなくて墨絵だったんですよね。入手したものはすべて墨絵で驚きました。現地の言葉なので物語の詳細はまったく分からないんですけど、絵から伝わる躍動感には「そこに人物がいる」という生命力を感じてまた夢中になりました。いつかお目にかかりたい師のような人だと一方的に尊敬しています。

ボードアンの墨絵1

ボードアンの墨絵2

最近ですとヴィヴェスの「塩素の味」「ポリーナ」は何度も読み返してます。詩的でありつつ、動的で、描かれる「間」が美しくて心の深いところで共鳴します。絵も自由で、線の緩急が息を飲むほど素晴らしい。

バスティアン・ヴィヴェス
「塩素の味」と「ポリーナ」

森泉さんにとって、その作家・作品、ひいては海外マンガの魅力はどこにあるのでしょう?

やっぱり自由さでしょう。

僕は「マンガを描きたい」と思ったわけじゃないんですよ。「この頭にあるものを取り出すには一枚絵ではなくマンガという方法を使うのがいいのでは」という順序だったんです。それとおなじで海外マンガにも「マンガという方法を使ってやりたいことをやる」というベクトルを感じるのでとてもシンパシーがあります。

森泉さんご自身の作品は既に海外で翻訳出版されていますか?

今年ですけど、フランスのカステルマン社から発行されている「パンドラ」誌にポーの『盗まれた手紙』が掲載されました。

ポー作、森泉さん画『盗まれた手紙』フランス語版が掲載された「パンドラ(Pandora)」4号

「パンドラ」4号に掲載されたポー作、森泉さん画『盗まれた手紙』フランス語版

あとは柴崎友香さんの「寝ても覚めても」という小説の増補新版で小説とマンガのコラボをやらせてもらって、それの台湾版が出ているらしいです。

Titleで行われた個展「水で描くということ」を拝見してびっくりしたんですが、水と墨で描くという一見アナログな技法のようでいて、パーツごとに描いた絵をデータ化し、それをパソコン上で組みあわせていくという手の込んだ制作方法を取られているのですね。このような手法はいつ頃、どういった理由で採用されるようになったのでしょうか?

水で描くと線と線がべたっとくっついて溶けてしまうんですよね。なので交わってほしくない線はバラバラに分解して描きます。たとえば建物のまえに人が立っている絵でしたら、建物と人物はバラバラに描きます。

それと水で描くとどうしても線が太くなるんですね。墨が走るくらいの量がないといけないので。なので4倍のサイズで描いて、パソコン上で1/4に縮小して組み立てます。

Titleで行われた個展
「水で描くということ」の様子1

Titleで行われた個展
「水で描くということ」の様子2

10月4日(木)に行われたトークイベント「マンガのブックデザイン」では、森泉さんと「セリー」のデザイナーの吉岡秀典さん、雑誌「ビーム」の編集長でもあり、「セリー」の担当編集でもある岩井好典に貴重なお話をいろいろとうかがうことができました。そのときのお話では、前作の「報いは報い、罰は罰」は森泉さんにとっての集大成でもあり、新しい挑戦でもある作品だったということですが、それはどういうことなのでしょうか?

いままで「水で描いて墨を落とし、細かいところは爪楊枝や割りばしで」という手法で描きつづけてきて、ある程度そのやりかたは完成してきたんですよね。技法として集大成の作品を描けたらと思ったんですけど、岩井さんから「新しいことをしましょう」と言われ、ではと思い「よりマンガっぽくしよう」と決意して挑戦したんです。

なにをいまさらと思われるかもしれませんが、じつはマンガっぽく描くことより絵の完成度のほうを優先してきたところもあるんです。そうすると絵としてはいいけれど、マンガとしてはすこし分かりにくかったりすることもあるんです。BDなどはまさにそういったハードルを越えて楽しむものだと思うのですが、それよりは「マンガ」にしたいな、と。なかなかむずかしいですけど、やってみて面白い挑戦でした。まだまだ続けたいと思います。

「報いは報い、罰は罰」(上巻、KADOKAWA、2017年)

「報いは報い、罰は罰」(下巻、KADOKAWA、2017年)

「報いは報い、罰は罰」を経て、本作「セリー」でも何か新しい挑戦をなさっていますか?

岩井さんからは「SFを」というお題をいただいたんですよね。僕としてはSFというジャンルそのものがチャレンジングでした。だってSFって広いじゃないですか。タイムリープ、パラレルワールド、宇宙戦争、フランケンシュタイン、なんでもありですから。なので僕のフェチズムを全開して描かせてもらいました。結果ですけど、いままでの作品のなかでももっとも僕自身が出た作品になったと思います。

「セリー」(KADOKAWA、2018年)

森泉さんはご自身の作品を描き続ける一方で、マンガ家の安永知澄さん、おくやまゆかさんらと「ランバーロール」というマンガと小説が同居したリトルプレスも作られていますね。どういった経緯で「ランバーロール」を始められることになったのでしょう?

もともとは安永さんが同人誌をつくりたいとおっしゃっていて、それにおくやまさんと僕が交ぜてもらったというかたちです。僕も商業誌ではできないかもということに挑戦してみたかったので、ありがたかったです。

そこにおくやまさんが「小説も入れたい」と言って小説家さんたちを連れてきてくれて、いまのかたちになりました。あとは0号に書いてくださった滝口悠生さんが「この人、ランバーロールにいいと思うんですよ」って小説家さんを連れてきてくださったり、ほんと多くのかたに支えられてつくっています。縁が連なっていくというか。

編集の谷口愛さんも、デザインのセキネシンイチさんもおくやまさんが連れてきてくれました。おくやまさん、たぶん無自覚なんでしょうけど人を巻きこんでいく才能がある(笑)。3人でいるとバランスがいいんですよね。自分たちでもよく分からないんですけどふわっとものごとが決まっていくんです。

「ランバーロール」0号と1号

影響を受けた日本のマンガ家やマンガ、今注目しているマンガ家やマンガはおありでしょうか?

影響を受けたということでいうと僕は読んだ作品すべてから影響を受けていると思っているので挙げたらきりがないんですけど、幼いころは水木しげるさんが大好きでした。塾の本棚にあったんで、はやく終わると「墓場の鬼太郎」「鬼太郎夜話」「河童の三平」の文庫なんかを何度も読んでました。マンガじゃないんですけど佐藤さとるさんの本が好きで、村上勉さんの挿絵からは影響を受けていると思います。

最後に今後の予定や挑戦してみたいことについてお教えください。

ランバーロールの次号の準備をしています。たぶん来年2月くらいに出せるんじゃないでしょうか。今回もメンバーすごいですよ。まだ内緒ですけど自慢です(笑)。僕はいままでエッセイっぽいものを描いていたんですけど、心機一転読み切り作品を描きました。タイトルは「毒」です。楽しみにしていてください。

いまはもうひとつ読み切りも描いてますし、それも年内には発表できるのかな。

描きたいものはいくらでもあるんですよね。短篇も、長篇も、コミカライズも、いろいろと。ぜひTwitterなどでチェックしてみてください。


森泉岳土さん関連イベント:

水で描くということ 森泉岳土『セリー』刊行記念原画展in京都
会期:10月19日(金)~11月25日(日)
会場:ホホホ座浄土寺店(1F)ふたば書房ゼスト御池店出町座CAVA BOOKS
※「セリー」刊行を記念して、表題作「セリー」をはじめ、収録短篇から厳選した原画の展示を上記3店舗にて同時開催。ホホホ座では「報いは報い、罰は罰」のてぬぐい、描きおろしの原画を販売。10月19日(金)17時~20時にかけて森泉さんが出町座CAVA BOOKSに在廊されるとのこと。

「セリー」刊行記念森泉岳土原画展
会期:10月31日(水)~11月13日(火)
会場:青山ブックセンター本店
※「セリー」刊行を記念して「セリー」をはじめ、過去の作品「報いは報い、罰は罰」「夜よる傍に」などから厳選した原画を展示。森泉さんの在廊予定もあるとのこと。詳細は森泉さんのtwitterにて。

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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