海外マンガの人々―左萱さんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、台湾漫画家 左萱(さけん)さんです。代表作の『神之郷(かみのふるさと)』は、台北から車で1時間ほど離れた郊外の街「大溪(ダーシー)」を舞台にしたヒューマンドラマで、外務省が主催する第10回日本国際漫画賞でも入賞(Bronze Award)した素晴らしい作品です。創作秘話に迫ります!

左萱(さけん)さん

『神之郷』について、どんな作品か、簡単に説明していただけますか?

「大渓(ダーシー)」という実在する台湾の田舎町を舞台に、旧暦の六月二十四日に行われる伝統的な「関帝誕生祭」をめぐる物語です。大渓で生まれ育ち現在は都会の台北で暮らす青年、いまも大渓で暮らし続ける地元の幼馴染、大渓のことを何も知らない台北育ちの女子大生の3人から見えるそれぞれの大渓を描きました。神を祭祀する廟会をきっかけに、家族や地域、町中の人々の感情と思い出があふれ出す作品です。

『神之郷』上・下巻
日本語版試し読みはこちら

『神之郷』を描き始めたきっかけを教えてください。

『CCC創作集』の企画「跟著神明看鬧熱(神様と一緒にさわいでみよう)」に参加したのがきっかけでした。この企画は台湾の廟会を紹介するコラムで、編集の方たちと打ち合わせをしている最中に、「あっ!これ大渓にもある!」と思いました。そのあとは、台湾各地の廟会の資料を読みながら、「こういうストーリーはどうかな? 現実的かな?」と考えをめぐらせ、その日の帰宅途中、バスの中で、話の大枠はほぼ決まりました。

『神之郷』は、「大溪」で行われている「六月廿四(ろくがつにじゅうよん)」のお祭りが、ストーリーの中心にありますが、大溪の人々にとって、このお祭りはどのような存在、意味があるのでしょうか?

大渓の人々にとって、「六月廿四(ろくがつにじゅうよん)」は、関帝という神様の誕生祭であること以上に、お互いの感情をつなぎ、絆を深める貴重な時間だと言えます。年越しのように、「そろそろ家に帰りましょう」というサインのようなものを大渓の人々に発信しています。神様は、現地の信仰であるだけでなく、人と人を結びつける無形の力でもあると思います。作品の中でも「大溪人にとって第二のお正月」とありますが、そのように言われるのは、こうした背景からです。

「六月廿四(ろくがつにじゅうよん)」の様子

作中「六月廿四(ろくがつにじゅうよん)」の
シーン

台湾には各地にこのようなお祭りが残っているのでしょうか?

各地の風土や伝統によって異なる、大小様々なお祭りが、台湾各地に沢山あると思います。この作品が台湾で出版された直後、大渓の読者から「このシーンは知ってる!◯◯にあるよね!」というコメントが多く寄せられました。やはり大渓で生活した人々にとって、共通する記憶が蘇るようです。大渓以外の読者も作中に描かれた廟会の場面や背景を見て、自分たちの故鄉で行われていた廟会を思い出すでしょう。

『神之郷』の中には、ご自身の経験も反映されているのでしょうか?

自分の思い出そのものというよりも、私が小さい頃、大渓に住んでいた時に、心の中で想像していても実行に至らなかったことが、物語の発想につながっています。例えば、「公園の銅像が高い、もし登って馬乗りができたら…」とか、「川沿いにずっと歩き続けていくと、どこに辿り着くのだろう?」とか。また、取材の時は、家族であろうと赤の他人であろうと、会話を漏らさず聞くようにして、ひとつひとつ取材を積み重ねながら物語を考えました。

大溪中正公園内の銅像

作品中の銅像

作品の冒頭、バスの振動音が、台北から大渓に近づくと「カタンカタン」から「ドドンドドン」(原語では「喀啦喀啦」から「咚隆咚隆」)へ音が変わります。音で故郷に近づいたことを感じるのは、ご自身の実体験ですか?

はい。このシーンは、私自身の記憶が原型になっています。子供の頃、一家で台北から大渓へ車で帰る時、私はいつも後部座席で寝ていました。車が高速道路にある減速エリアを通過時、私はいつも「ドドンドドン」の振動音に起こされてしまいます。そしてお母さんが「そろそろ着くよ!」と声をかけてくれます。この音は私にとって「そろそろ家に着く」の象徴です。そこで、作品の中にもこっそりと、この小さな思い出を入れました。

台北から出発したバスの振動音

大溪に到着した社内の振動音

ほかにも、「家」に関係のあるシーンで、ところどころに「魚型の風鈴」を描きました。これは、私の祖母の家にあるもので、私にとって「故郷に帰る」シンボルです。

魚型の風鈴

私は『神之郷』を読んだ後、すぐに「大溪」に行きたくなり、本当に行ってしまいました。するとマンガに出てくる景色がそのままあってびっくりしました。すごく丁寧に取材をされたように思いますが、どのような取材をされたのですか?

初回の取材はいたってシンプルで、大渓の町をぶらぶらするだけでした。自分にとって心に触れる場所や、多くの大渓人が共通の思い出を積み重ねる場所、大渓を代表する名所を探りながら歩きました。私の祖父が『神之郷』の中で一番気に入っているシーンは「吊橋の見開き」です。この吊橋で、大渓を思い出すと言います。

吊橋の見開き

取材はもっぱら、真面目なインタビューというよりも、雑談とぶらぶら街歩きでした。作品名を何にしようか悩んでいた時は、このぶらぶら街歩きが予想外の収穫をもたらしてくれました。雨上がりの午後、空気がとても澄んでいて、お寺から町までの帰り道を川沿いに歩いていたら、ふと「神之郷」という三文字が頭の中に浮かんできました。

この写真を撮った後しばらくして作品名が
思いついた

『神之郷』に出てきた豆干がとても美味しそうでした。ほかにも日本に紹介したい台湾の名物料理はありますか?

大渓のグルメといったら、豆干よりも「切仔麵(チェザイメン)」をオススメします!
切仔麵は肉片、スープと油麵だけのシンプルの組み合わせでできた庶民的な美味しい料理。食べたことのある日本の友人によると、日本の醤油ラーメンに似ていると言われています。切仔麵は台湾のどこに行っても食べられますから、もちろん地域差はありますが、機会があれば、ぜひ台湾にいらっしゃる時に召し上がってみてくださいね!

左萱さんがおすすめする「切仔麵(チェザイメン)」

「大溪」のなかで、とっておきの場所、お気に入りの場所はありますか?


作中に出てきたシーン以外に、大渓の山中には、たくさんの古道があります。古い石畳に沿って林の中を歩いていると、どこまで続けているか分からなくなるような楽しみがあります。空気もきれいで心地よく、思うままに遊べるところが魅力です。(もちろん老街のグルメもお気に入りです)

大溪でのお気に入りの場所

また、「大溪」以外でおすすめの旅行先(台湾内)があれば、教えてください。

実は、このインタビューを受けた時は、海外旅行で台湾から1ヶ月ほど離れていました。いまは、台湾の食べ物が恋しく、懐かしさの頂点にいますので、新北市にある臭豆腐が美味しい「深坑老街」という場所をオススメします。(参考資料:台北ナビ「深坑老街」
加えて、台湾中部の南投県にある肉団子が美味しい「埔里鎮(ほりちん)」もオススメします。

今年のフランクフルト・ブックフェアでは、ライブドローイングイベントをされていましたが、いかがでしたか? 三太子が普段持っている楽器をドイツ名物プレッツェルに持ち替えていたのは、面白かったです。あのアイディアはどこで思いついたのですか?

海外のイベントでは、座ってゆっくりと一つの絵を完成させるパフォーマンスを、よくやりますね。人に見られている状態で画を描くのはあまり慣れていないので、いつも緊張します。でもいざステージに座り、作画に集中すると、周りの気配を感じなくなります。

フランクフルト・ブックフェア(2017)でのパフォーマンス(1)

フランクフルトでは、ドイツの読者たちはおそらく三太子が分からないので、現地でよく知られている要素も絵の中に入れようと考えました。言語が通じない時は絵でコミュニケーションを図ります。そのため、ドイツをイメージした「プレッツェル」、「サッカーボール」、「ロールケーキ」を三人の太子に持たせました。

フランクフルト・ブックフェア(2017)でのパフォーマンス(2)

日本にはよく来られますか?

2017年11月の海外マンガフェスタ、台湾文化センター、Brave&Boldの参加が、8回目の来日になります! でもまだまだ新鮮さを感じています。毎回、新しい場所や新しい料理を体験します。一番行きたかったのは、日本の大型文具屋ですね。画材や雑貨の種類が豊富で、しかもみんな巧緻で可愛いです。新しい画材を買いにいきたいです!

左萱さんが来日時にやりたいこと(2017年11月東京でのイベントで
紹介)

台湾漫画がもっと盛り上がるためには、これからどんなことが必要だと思いますか?

読者とのコミュニケーションが最も大事だと思います。頑張って自分の中で考えている概念を全面的に読者に伝えることも、この作品をきっかけにいろんな方々からフィードバックをもらうことも、この作品が読者の心に何かを残せるかも、作者と読者の間により多く、より深くコミュニケーションを取ることで、作品を広める大事な方法だと思います。

個人的には、これからどんな作品、どんな展開をしたいですか?

今年はアングレーム国際漫画祭とフランクフルト・ブックフェアに参加させていただきました。たくさんの漫画や本の違う形を見てきました。これからフルカラーの作品にも挑戦し、書籍のデザインやパッケージにもこだわっていきたいです。そしてストーリーもフルカラー作品に相応しい内容を創っていきたいです。

ライバル、注目している台湾アーティストはいますか?
同様に日本や台湾以外で、気になる方はいますか?

漫画を描きはじめてから、多くの優秀な台湾アーティストに出会って、とても幸せに感じています。これから復刊される『CCC創作集』にも注目し続けたいと思います!
最近は海外のイベントで、欧米アーティストの作品を目に触れるチャンスも増えました。フランクフルトでDavid Salaというアーティストの作品を拝読し、彼の色彩とコマ割りがとても好きで、私の中では大事な新しい発見です。

最後に日本の読者の方にメッセージをお願いします。

まずは私の作品を受け入れていただき、ありがとうございます。漫画を通じた異文化交流に貢献できて、とても光栄に思います。美味しい日本料理をいっぱい食べて、日本のイベントに参加することで、将来の創作に役に立つエネルギーを吸収できるといいなと思います。これからもよろしくお願いします!

左萱さん『神之郷(かみのふるさと)』日本語版試し読みはこちら


左萱さん出演イベント:

日時:1月14日(日)14:00~17:00
会場:北九州市漫画ミュージアム 企画展示室
台湾作家によるトークと作画実演
出演:李隆杰[リ・ロンジェ]、KINONO[キノノ]、左萱[サケン]
http://www.ktqmm.jp/kikaku_info/9085

About Author

平柳竜樹(TK)

1977年東京都豊島区生まれ。テレビ番組のナレーション、システム企業での新規事業立ち上げ、ベンチャー企業のスタートアップや事業再生のサポート業務を経て、2009年よりデジタルカタパルト株式会社に参加、2012年取締役就任。現在は、海外のブックフェアや出版社を巡る仕事が中心。一度、海外出張に出ると、なかなか日本に帰ってこないため、「マグロ漁船にでも乗ってるようですね。」と言われる。

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