海外マンガの人々―ブノワ・ペータースさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、フランソワ・スクイテンとの共著『闇の国々』(関澄かおる、古永真一、原正人訳、全4巻、小学館集英社プロダクション、2011~2013年)で知られ、2016年11月から2017年9月にかけて『ビッグコミックオリジナル増刊号』に『パリ再訪』が掲載されたフランスのバンド・デシネ原作者ブノワ・ペータースさんです。ブノワ・ペータースさんは、今年2017年10月後半に来日し、さまざまなイベントに出演されるそうです。

ブノワ・ペータースさん
(Benoît Peeters)
Photo by Camille Gabarra

ブノワ・ペータースさん、あなたのお仕事の中心はバンド・デシネの原作者だと思いますが、それ以外にも、バンド・デシネ研究者、批評家などさまざまな顔をお持ちです。今までどんなお仕事をされてきたのか、その一端を教えてください。

元々は哲学の勉強をしていました。その後、幸運なことに、フランスの著名な哲学者・批評家ロラン・バルトの最後の教え子のひとりになることができました。幼い頃からずっと抱いてきた夢は、文章を書くことです。幸いその夢を若い頃に実現することができました。その後、さまざまなジャンルのさまざまな本を出版しています。

私はいろんなことをするのが好きなんです。もしバンド・デシネの原作しかしていなかったら、身動きができず、息苦しく思っていたことでしょう。創作をするのと同じくらいじっくり考えることも好きですし、文学やバンド・デシネと同じくらい映画も好きなのです。柔軟性さえあれば、これらの異なるジャンルの間にあると見なされる違いやヒエラルキーなど関係なく、互いを行き来できると未だに信じています。

常に変化し、進化したい。常に新たな領域に近づきたいのです。定型的な物語と形式的な革新、分析と神秘、幻想的な物語とドキュメンタリー映画、私はこれらの一見矛盾するものが、どれも好きなのです。脚本や原作を書くのも好きなら、じっくり考えることも、分析することも好きです。物語を一から創作することにも、誰かの伝記を書くことにもワクワクします。これらの雑多なものが私の一部をなしていて、私はそのことに飽きることがないのです。

バンド・デシネには子供の頃から興味がおありだったのですか? バンド・デシネの原作者というキャリアを選択するに当たって決定的な役割を果たした作品があれば教えてください。

私は幼少期をベルギーのブリュッセルで過ごしました。当時からバンド・デシネは私の周りにたくさんありました。当時から大好きで、未だに変わらぬ情熱を注いでいるのは、『タンタンの冒険』の作者エルジェです。エルジェには直接会ったこともありますし、彼について本をいくつも書き、展覧会をいくつか企画し、ドキュメンタリーもいくつか撮影しています。未だに彼の作品には驚かされます。当時、他にも大好きなベルギーのバンド・デシネ作家がいました。エドガール・ジャコブス(『ブレイクとモーティマーBlake et Mortimer)やアンドレ・フランカン(『スピルーSpirou『ガストン・ラガフGaston Lagaffe)です。私の少年期から青春期には、まだアメリカン・コミックスや日本のマンガのことはほとんど知りませんでした。それらについては、その後、勉強することになります。

『闇の国々』の共著者であるフランソワ・スクイテンとは、子供の頃からの友人でした。知り合ったのは12歳のときです。中学では、一緒に小さな新聞を作りました。日曜日には、彼の父親のロベール・スクイテンの指導のもと、一緒に絵画を学んだものです。ロベール・スクイテンは建築家でしたが、絵画もものしたのです。その後、21歳のときにフランソワと再会しました。彼は既に雑誌『メタル・ユルランMétal hurlant』に短編をいくつも掲載していました。私のほうは最初の小説を出版したところでした。一緒に作品を作ろうということになりました。すぐに子供の頃の楽しい思い出が戻ってきました。プロとしての仕事ぶりと同じくらい友情が私たち二人にとって大事なものです。私たちはあらゆる局面―テーマ、キャラクター、背景、演出、コマ割など―で議論し合いながら、作品を作っています。

1983年のブノワ・ペータースさん(左)
とフランソワ・スクイテンさん(右)
Photo by MF.Plissart

現在のブノワ・ペータースさん(左)
とフランソワ・スクイテンさん(右)
Photo by Vladimir Peeters

ブノワ・ペータースさんとフランソワ・スクイテンさんの最新の仕事「描画機械(Machines à dessiner)」展(2016年10月25日~2017年2月26日)のポスターができあがる様子を撮影した動画。

代表作『闇の国々』はその大部分が日本語に訳されています。さまざまな作品がありますが、特に思い入れのある作品やこれを読んでほしいという作品があったら教えてください。

私が一番気に入っているのは、『闇の国々』日本語版の第1巻に収録されている「傾いた少女」です。人間という要素が一番大きな比重を占めている物語で、私の個人的な体験を最も反映している物語でもあります。「塔」にも強い思い入れがありますね。作品にとりかかった頃、私たちはまだ二人とも若者でした。この作品は、バベルの塔の神話の変奏のようなものです。

ただ、大事なことは、読者の皆さんが、自分の気持ちの赴くままに読んでくださることです。中には大昔に作られた物語もありますし、この作品の良し悪しを判断するのに、私たちは適任ではないでしょう。作者としては、翻訳のおかげで、こうして作品が今でも、日本や中国、アメリカなど、いろんな国で生き延びていてくれるだけでうれしいのです。『闇の国々』を作り始めた当初、こんなことになろうとは思ってもみませんでした。

『闇の国々』日本語版全4巻

『闇の国々』シリーズは、『砂粒の理論』(原書版2007~2008年刊)を最後に出版されていませんが、今後、新たな作品が作られることはありそうでしょうか?

どうでしょう……。私たちはかつて一度も、全体の構想というものを考えたことはありませんでした。そもそも『闇の国々』は、厳密な意味では、いわゆる“シリーズ”ではないのです。同一の主人公がすべての巻に登場するわけでもありませんし、舞台となる都市が常に同じというわけでもありません。私たちは、冒険家よろしく、手探りでこの世界を歩き回ってきたのでした。全体でどれくらいの巻数になるかだとか、どんな形式になるかだとか、そんなことは考えもしませんでした。オールカラーの作品もあれば、白黒の作品もあります。正真正銘のバンド・デシネもあれば、どちらかというと挿絵付きの物語というべき作品もあります。この世界を掘り下げた小さな映像作品まであるんです。

もしかしたら『闇の国々』は、『砂粒の理論』で完結を見たのかもしれません。もしかしたら新しい本が生まれるかもしれません。本当にまったくわからないのです。未来はあらゆることに開かれています。私たちは今でもまだ一緒に仕事をしたいと考えていますが、私たちの協力関係がどの方向に向かうのかについては、見当もつきません。

新作の『パリ再訪』が2016年11月から2017年9月にかけて、『ビッグコミックオリジナル増刊』に連載されました。この作品はどんな作品なのでしょう?

『パリ再訪』は、(「闇の国々」ではなく)私たちの世界に属し、ただし22世紀半ばを舞台に展開します。ヒロインのカリンは日本人とフランス人のハーフという設定です。彼女は、地球から遠く離れたスペースコロニーで育ちました。閉鎖的で窮屈な、未来の村とでも言うべき社会で、彼女はそこでの生活に満足していません。幼い頃から、彼女はパリに憧れ、パリの図像資料を集められるだけ集め、その歴史的な事実とユートピア的相貌をごちゃまぜにしてきました。そんなとき、カリンに地球行きのチャンスが巡ってきます。彼女は二つ返事で承諾します。しかし、実際に訪れた2156年のパリは、彼女にとって驚くべきものでした……。

『パリ再訪』は、破滅を描いた物語というわけではありませんが、一方で、ポジティブな世界像を提示しているわけでもありません。その未来の世界で、私たちが現在直面している、環境問題、社会問題、経済問題などが解決されているわけではない。私たちが描いた未来は、やはり矛盾する要素の混淆なのです。私たちはアポカリプスを描いているわけでも、理想の都市を描いているわけでもありません。それは、現代においてそうであるように、しばしば人を脅かし、しばしば人を惹きつける、そういう都市なのです。

『パリ再訪』の連載が始まった『ビッグコミックオリジナル増刊』2016年11月号

日本語版オリジナルのタイトルロゴが載った第1ページ目

『パリ再訪』の第1巻が刊行されたのは2014年秋、第2巻が刊行されたのは2016年秋と、2年間の間が空いています。この間、ペータースさんが住んでいらっしゃるフランスのパリと、スクイテンさんが住んでいらっしゃるベルギーのブリュッセルでは、それぞれテロが起きました(パリの同時多発テロ:2015年11月13日、ブリュッセルの連続テロ:2016年3月22日)。さらに、ペータースさんご自身も個人的に災害に遭われたと聞きました。それらのことは作品に影響を与えたのでしょうか?

完結までに4年を要しましたから、その意味でも、必然的にその間に起きた出来事の影響を受けています。とりわけあの怖ろしいテロです。パリは何度もその標的になりました。しかし、私たちはそのことを直接物語に持ち込みたくはありませんでした。それは私たちのテーマに似つかわしくありません。

また、私が住んでいたアパルトマンで火災が起き、建物が全壊してしまうということがありました。そのせいで、私の持物もすべて失われてしまいました。蔵書に、進行中の仕事の資料や草稿、所有していたバンド・デシネの原画(その中には友人の谷口ジローさんが贈ってくれた美しい2枚も含まれていました)……。『パリ再訪』の最後の部分には、かつて私が住んでいた建物が描かれています。

2016年4月1日の火事で全焼したブノワ・ペータースさんのアパルトマン

『ビッグコミックオリジナル増刊号』に連載された作品は、冒頭を除けば白黒で、しかも右開きの作品でした。これは原書からそのような作りなのでしょうか?

いいえ。もちろん日本の読者が読んでくれるかもしれないということは考えていましたし、かなり初期の段階で『ビッグコミックオリジナル増刊』の編集部からコンタクトはありましたが、この作品は私たちのそれまでの作品と同様、左開きのオールカラー作品でした。ですが、私たちは今回の体験を大いに楽しんでいます。グラフィック・アダプテーションは翻訳者でもある関澄かおるさんが手がけてくれ、見事にやってのけてくれました。
※訳者註:開きが逆になっているだけでなく、コマの位置を入れ替え、場合によっては絵を反転させている。

『パリ再訪』フランス語版の部分

同じページの日本語版

この作品は今後、日本で単行本として刊行される予定がおありですか? その場合、やはり白黒、右開きで出版されるのでしょうか?

単行本は2018年にカラーで出版される予定です。カラーはこの作品でとても重要な特徴を担っていますからね。作画のフランソワ・スクイテンは、このすばらしい仕事を、手描きで、アシスタントを使わずに、たった一人でなし遂げました。着色は原稿に直に行っています。開きについてはまだ何とも言えません。今回の訪日中に編集者と打ち合わせをしなくてはなりませんね……。右開き、左開き、どちらの可能性もあると思います。

『パリ再訪』フランス語版第1巻

『パリ再訪』フランス語版第2巻

10月末に日本に来日されると聞きました。今回の主な目的は何でしょう? 合わせて、他のイベントにも出演されると聞きましたが、どのようなイベントに出演されるのでしょう?

まず最初に言っておきたいのですが、私は日本が大好きで、日本を旅することが大好きなんです。初めて日本に来たのは1979年で、当時まだ学生でした。たちまちこの国に魅了されてしまいました。それ以来、8回か9回は来ていると思います。必ずしも一人でというわけではなく、フランソワ・スクイテンと一緒だったり、やはりバンド・デシネ作家のフレデリック・ボワレと一緒だったり(私たちは日本を舞台にした物語を2つ作っています。『ラブホテルLove Hotel』と『東京は僕の庭』[関澄かおる訳、光琳社出版、1998年]です)。

何度も来るうちに、マンガ家の友人もできました。谷口ジローさんとはずいぶん親しくさせてもらい、一緒にインタビュー本も作りました(『描くひとL’homme qui dessine)。もしかしたらいずれ日本で出版できることになるかもしれません。尊敬してやまない大友克洋さんにも何度となくお会いしています。『闇の国々』が日本で出版されたときには、さまざまな面でサポートしてくださり、とても感謝しています。それから魚喃キリコさんや高浜寛さんといった才能溢れる女性作家たち。ですから、何度でも来日したくなるのです。

今回の滞在は短いものですが、その短い間にさまざまな予定が詰まっています。まず、フランスの偉大な作家ポール・ヴァレリーについてのシンポジウムが日仏会館で行われ、それに参加します。バンド・デシネ(=マンガ)についての講演も行う予定で、ロドルフ・テプフェールからウィンザー・マッケイにいたるまでのバンド・デシネ(=マンガ)の誕生について話します。それから、ジャック・デリダという哲学者についての講演も行います。私は彼について伝記を書きました。それから、“現実と想像の狭間で”というテーマで、望月ミネタロウさんとトークを行ないます。

最後に今後の予定についてお教えください。

2018年1月にフランスで新刊のバンド・デシネが刊行されます。これは私にとって今まで挑戦したことがないまったく新しいジャンルの作品です。オレリア・オリタ(『苺とチョコレートFraise et Chocolatという作品を描いた若い女性作家で、この作品はもうすぐ日本語になるはずです)が、作画を担当してくれました。タイトルは、『シェフのようにComme un chef』です。私は若い頃、“ヌーベルキュイジーヌ”に夢中になり、ずいぶんと料理を作ったものですが、その頃のことが語られています。私自身楽しみながら原作を書き、オレリアの作画にもとても満足しています。

『シェフのようにComme un chef』の1ページ

ブノワ・ペータースさんの出演イベント:

2017年10月22日(日)
芸術照応の魅惑 III ── ヴァレリーにおける詩と芸術──

2017年10月24日(火)
ロドルフ・テプフェールからウィンザー・マッケイへ――ストーリーマンガの誕生

2017年10月25日(水)
ドキュメンタリー上映会&講演会 ジャック・デリダ、その記録と秘密

2017年10月26日(木)
対談: ブノワ・ペータース & 望月ミネタロウ

(翻訳:原正人)

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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