海外マンガの人々―アトリエ・セントーインタビュー

Google+ Pinterest LinkedIn Tumblr +

海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、2017年10月に祥伝社から発売された邦訳バンド・デシネ『鬼火 フランス人ふたり組の日本妖怪紀行』の作者アトリエ・セントー(Atelier Sento)のお二人。『鬼火』は外務省主催の第11回日本国際漫画賞で優秀賞を受賞。2018年2月下旬に授賞式のためにコンビのおひとりセシル・ブランさんが来日する予定です。

アトリエ・セントー(Atelier Sento)の自画像

まずは第11回日本国際漫画賞優秀賞受賞おめでとうございます! 既に『鬼火』を読んで、アトリエ・セントーのお二人のことを知っている人もいるかと思いますが、改めて簡単に自己紹介していただけますか?

ありがとうございます。アトリエ・セントーは、セシル・ブラン(Cécile Brun)とオリヴィエ・ピシャール(Olivier Pichard)からなる二人組の作画ユニットです。私たちは10年ほど前に、フランスで行われた日本文化についての小さなイベントで出会いました。当時、私たちは、それぞれ個別に短編をいくつか描いて、ファンジン(同人誌)を作っていました。一緒に日本を旅行して、2009年から2010年にかけては、セシルが日本に留学することになり、1年間一緒に新潟に滞在しました。その後、フランスに帰国してから、アトリエ・セントーを結成したんです。このペンネームのもと、私たちは、日本を舞台にしたさまざまな企画に取りかかっています。バンド・デシネに版画、ゲームに短編アニメ……。通常、水彩などを使ったアナログの仕事をしていて、西洋ではまだあまり知られていない日本の側面―地方の暮らしとか、神秘的な森とか、民話とか―を知ってもらおうと奮闘しています。

オリヴィエ・ピシャール(Olivier Pichard)さん

セシル・ブラン(Cécile Brun)さん

アトリエ・セントー『鬼火 フランス人ふたり組の日本妖怪紀行』(駒形千夏訳、祥伝社、2017年)

「アトリエ・セントー」という名前はどこから…

私たちは大の銭湯好きなんです。銭湯ってステキな場所ですよね。一昔前と比べたら、数が減少しているそうですが……。京都に行ったときに、「CAFE SARASA(カフェ さらさ)」というところを訪れる機会がありました。元々銭湯だった建物をカフェに改装したものだそうで、私たちもこんなところにアトリエを構えたいと思いました。私たちのアトリエは、今のところまだ想像上のものですが、いつかきっと……。

銭湯にたたずむオリヴィエさん(左)とセシルさん(右)

『鬼火』の主人公もセシルとオリヴィエですね。この作品には、お二人の自伝的な要素も盛り込まれているのでしょうか?

そうですね。『鬼火』は私たちの体験をもとにした自伝的な物語だと言っていいと思います。でも、私たちの想像や印象も入っているので、ちょっと特殊かもしれません。日本の地方を旅したときに、民話的な想像力がまだとても強く残っていると感じました。私たちが感じたことをうまく語るには、幻想的な物語がぴったりだと思ったんです。この作品には、私たちの記憶が生々しく残っているんです。でっち上げたことは何ひとつありません。作品の中に取り上げられている場所は、私たちがこの足で訪れた場所で、登場する人物は、すべて私たちが実際に会った人たちです。びっくりする読者の方がいらっしゃるかもしれませんが、『鬼火』の中に描かれていることは、すべて本当のことなんです!

物語の舞台は主に新潟で、恐山も登場しますね。序文には、「2014年秋の出来事に着想を得ています」とありますが、これはどんな旅行だったのでしょう?

私たちは既に2009年から2010年にかけて、セシルが大学で日本語を学ぶ関係で、1年間新潟で暮らしたことがありました。その間にいろんな人たちと親交を結ぶことができました。その人たちは言ってみれば、日本の家族です。そのときに出会った人の中に志賀さんという人がいました。彼はすばらしいギャラリーのオーナーで、新潟で個展を開かないかと言ってくれたんです。友人のひとりが家を貸してくれることになり、私たちは2014年に新潟に戻ることができました。そのときの滞在の最初の1カ月を費やして、私たちは屋外で水彩画をたくさん描きました。そして、それをもとに大きな展覧会を、3つの会場で同時に開いたんです。志賀さんのギャラリー蔵織と町の中心にある喫茶そらや、それから大学の近くにあるカフェ、マルグッタ51です。3カ月目には、長岡市にあるギャラリーmu-anという美しいギャラリーでも展示を行ないました。これらの展覧会と志賀さんのおかげで、多くの芸術家や職人の方々とお会いすることができ、とてもいい経験になりました。こうしたすばらしい思い出が、『鬼火』の着想源になっているんです。

アトリエ・セントーによる水彩画1

アトリエ・セントーによる水彩画2

屋外でスケッチする様子

『鬼火』に登場する妖怪は、「幽(かそ)けき」という言葉がぴったりの、繊細な存在ですね。人を怖がらせたり、人に襲いかかったりするわけでもなく、本当にいるのかどうかすらはっきりしません…

妖怪の存在感を曖昧にしておくと、読者が「あれ?」と思ってくれます。そうすることでしか、この物語に真実味を与えられないと思ったんです。主人公たちと妖怪が実際に出会ったりしたら、「そんなの嘘だ」となってしまいますからね。物語の舞台も本物ですし、妖怪もいるのかいないのかはっきりしません。そのおかげで『鬼火』には、紀行と見なせるところが出たと思います。ドキュメンタリーみたいなものですね。読者の側でも、いろいろと想像を働かせてくれます。サイン会を開いたりすると、『鬼火』の何が本当で、何が嘘なのかと聞かれたりします。現代というのは、何もかもがわかってしまう時代ですが、そんな時代に人々の心に疑問の種を植えられるのは、おもしろいことです。

『鬼火』日本語版P103から

妖怪のことはどうやって知ったのですか?

妖怪は、私たちが幼いころから、版画や本、映画、アニメ、マンガの形で、私たちの身の回りに存在していたんです。たしかにあるときから、“妖怪”という言葉を意識して、日本の民話の中に登場するその存在に興味を持つようになったのですが、それがいつ頃だったのか、はっきりとは覚えていません……。何年か前にアングレームのフェスティバルで、水木しげる先生のすばらしい展覧会を見る機会がありました。その展覧会を見て、妖怪についてもっと知りたいと思ったんです。日本にいるときに、妖怪の版画を収めた本をいくつか買いました。『鬼火』を作っているときも、それらがとても役に立ちました。それらの本や水木しげる先生のお仕事が、私たちの主な資料です。水木先生の『妖怪事典』は何度も何度も読みましたよ。

お二人が参考にした妖怪本

おふたりにとって妖怪の魅力とは何でしょう?

とてもひと言では言い表せそうにありません! 妖怪とは、人間の心の奥底にある根源的な不安を表現したもので、時代時代によって姿を変えていくものだと思います。ちょっと怖いところもありますが、と同時に、人間がその恐怖から少し距離を取って、その状況をちょっと笑い飛ばそうとする工夫の産物でもあると思います。妖怪がすばらしいのは、優しくも意地悪でもなく、ちょっと頭が足りなくて、時に危険なところです! だから愛着がわくんです。何だかよくわからない存在ですが、人間の日々の営みに寄り添っています。だから、親しみがわくし、必要不可欠な存在なんです。絵を描く人間の立場からいうと、無限に新しい個体を生みだせる点もすばらしいですね。みんなが新しい妖怪を新しく作って、妖怪文化を豊かにしていくことができるんです。

参考にした妖怪本から

お気に入りの妖怪はいますか?

好きな妖怪はたくさんいますが、ひとつあげるとすれば、日常的に使っていた道具が妖怪化した付喪神でしょうか。100年経って、しゃもじなり、他の道具なりが魂を持つというアイディアは、考えるだにすばらしいです! どんな道具もいい加減には扱えませんね!

フランスにも妖怪のようなものは存在するのでしょうか?

私たちはフランスのブルターニュ地方が好きなんですが、ブルターニュ地方はさまざまな点で日本とよく似ているんです。ブルターニュには古い民話があって、いたずら好きの小鬼や妖精が登場したり、石や自然を始めとする万物に精霊が宿るという信仰があったりします。今でもそういった物語を語ってくれるお年寄りがいたりするのですが、残念ながら、誰もそれを本気にしてはいません。フランスの民話は過去の遺物で、現代に適応することはできていないんです。

『鬼火』は絵とカラーリングがとても魅力的です。デジタルではなく、アナログでお仕事をされているのですか?

ありがとうございます! 紙に手描きで絵を描いています。主線は8Bの鉛筆を使っていて、着色は水彩です。旅先でスケッチをするときも、同じ画材を用いています。『鬼火』は、日本をまだ旅行しているつもりで描いたんです。そういうこともあって、『鬼火』はクロッキー風のスタイルで描かれています。

『鬼火』日本語版P33から
一コマ一コマが美しい

『鬼火』日本語版P84から

原稿はアナログで作成

お仕事はどのように分担しているのですか?

企画によって分担を変えています。『鬼火』については、まず、コンセプトを一緒に話し合って、それからオリヴィエが脚本を書きました。次に、セシルがストーリーボードと下絵を手がけ、続いて、オリヴィエが8Bの鉛筆で主線を描き、彩色しました。最後に、第三者の立場で、私たちの異なるスタイルを統合して、統一感を出しました。そういうこともあって、アトリエ・セントーというペンネームを作者名として採用しています。

鉛筆の下描き

着色後の原稿

『鬼火』は最初にフランスで出版されたそうですね。出版社への持ち込みで特に苦労はされませんでしたか?

この本はちょっと特殊な経緯で生まれたんです。私たちはそれ以前に何年も、フランスのいろんな出版社に、日本を舞台にしたバンド・デシネを描きたいと持ち込みをしていたんですが、すべて断られていました。編集者からは決まって、「フランスの読者はそんなものに興味を持たないよ」と言われました。ところがある日、Issekinicho(イッセキニチョウ)という出版社から連絡をもらったんです。私たちの仕事をインターネット上で目にしたそうで、一緒に本を作らないかとのことでした。しかも、日本と関係のある本なら、好きなように作っていいというんです。飛び跳ねて喜びましたよ。というのも、私たちはその出版社のファンだったんです。イッセキニチョウ社はアレクサンドルとデルフィーヌという、かつて東京に住んだこともある若い夫婦が経営している出版社で、彼らはまさに、日本の正確なイメージをフランスに伝えたいと願っていました。私たちはいろいろ頭をひねって、『鬼火』の物語を思いつきました。出版社に企画を出すと、すぐにOKが出ました。彼らの側でも、妖怪をテーマにした本を出したいと、長らく考えていたんだそうです。

バンド・デシネや日本のマンガはお読みになりますか? 好きな作家や作品があれば教えてください。

私たちは毎週のように図書館に行って、そこにあるバンド・デシネやマンガを片っ端から読んでいるんです。いろんなジャンルのものが好きですよ。バンド・デシネでは、特にフレデリック・ペータース(Frederik Peeters)が好きですね(『アーマ(Aâma)』『リュプス(Lupus)』)。超現実主義的な世界をとてもリアルな絵柄で描いているところが魅力的です。

マンガでは、五十嵐大介先生のお仕事が好きです(『はなしっぱなし』『海獣の子供』)。そのしなやかで力強い描線は、確固とした観察に基づいているように思えますが、そこに描かれている現実は、登場人物の感情の起伏によって変形したり、自然のきまぐれに服従しているように思えます。本当にすばらしいです!

最後に、今現在取りかかっているお仕事や今後の予定を、差し支えのない範囲でお教えください。

今は『珊瑚の洞窟(The Coral Cave)』というビデオゲームの企画に取りかかっています。すべて水彩で描いているんですよ。オリヴィエがプログラムと背景と脚本を、セシルがキャラクターとアニメーションと音楽を担当しています。インタラクティブなアニメのようなもので、物語の舞台は、沖縄の架空の島です。謎を解きながら物語を進めていきます。『レイトン教授と不思議な町』みたいな感じでしょうか。この作品にも妖怪が登場します。ただ、今度は日本の南のほうなので、少し雰囲気が違うかもしれませんね。文字通り、ゼロからのスタートで、プログラムも音楽もアニメも、全部独学なんです。すごく時間がかかりますが、自分たちが描いた絵に命が宿るのは、まるで魔法みたいです!

準備中の企画『珊瑚の洞窟(The Coral Cave)』より


アトリエ・セントー出演イベント:

日時:2018年2月22日(木)18:30~20:30
会場:アンスティチュ・フランセ東京 メディアテーク
「幽霊と妖怪」バンド・デシネ『鬼火』の作家、セシル・ブランのトークショー

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

Leave A Reply