海外マンガの人々―モクタン・アンジェロさんインタビュー

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海外マンガの仕事に関わる人物を紹介する「海外マンガの人々」。今回ご紹介するのは、日本在住のブラジル人マンガ家モクタン・アンジェロさん。日本に長らくお住まいのモクタンさんは、今年6月、Jパブリッシングから『レオノーラの猛獣刑』というマンガを出版されました。

モクタン・アンジェロさん
(Angelo Mokutan)

モクタンさんのことをまだ知らない海外マンガファンもいるのではないかと思います。まずは簡単に自己紹介していただけますでしょうか?

簡単なプロフィールで自己紹介させていただきます。

ブラジル出身。14歳のとき日本の漫画に感銘を受け漫画家を志す。漫画と日本語を勉強し、2007年、東京造形大学大学院に日本政府国費留学生として留学。卒業後、IT企業に5年間勤務。その間、『Akazukin-chan』をはじめ、昔話を現代東京にアレンジしたシリーズで漫画家デビュー。2015年に独立し、「東京国際ブックフェア」開会式で漫画家代表を務める。代表的な連載にビジネス誌「President Next」 で『マイ禅ダイアリー』、「nippon.com」で『禅の言葉に耳を傾ける』、「コミックジンガイ」で古代ローマ哲学を基にした『レオノーラの猛獣刑』(2018年に単行本化)。その他にも日本昔話の作品を発表するなど、東西思想に熱心な漫画家としても活動中。作品は8か国語で出版されている。

『Akazukin-chan』

ブラジルご出身だそうですが、どういった経緯で来日されることになったのでしょう?

公式プロフィールには書いていませんが、実は高校生のとき初めて日本に留学しました。マンガ家を志していたので目的はマンガ関係の専門学校と大学を調べて訪れることでした。ロータリークラブの青少年交換留学制度で一年間東京に滞在してとても良い経験だったのですが、制度の関係で一旦帰国せざるを得ませんでした。

ブラジルの美大に通いながら日本の大学の奨学金制度に応募して日本に移住することを決めました。もちろん、マンガ家になるためです。

日本政府文部科学省の奨学金は大学入試のようでしたが、科目範囲はブラジルのカリキュラムとだいぶ違ったので大変でした。3回目でやっと合格できて2006年に来日が決まりました。

『Urashima』

来日されてから、『レオノーラの猛獣刑』を出されるまでの道のりを、差し支えない範囲でお教えください。外国の作家が日本でオリジナル作品を出版社から出すのは簡単なことではないと思いますが、特に障害もなく順調に出版までこぎつけたのでしょうか?

来日から出版までは色々ありました。

たとえばビザですが、マンガ家の場合は実績がある程度がないと降りません。それもあって大学院を出てからすぐマンガを本業に出来きず、日本企業に務めなければなりませんでした。5年後にやっとそのビザを取得できました。

合同展示会で作品を発表したらコミックジンガイの編集長に連載の話をいただきました。『レオノーラの猛獣刑』の月刊連載が決まり、嬉しい悲鳴をあげることになります。私はアートマンガにこだわって描くのが遅く、アシスタントを雇うこともあまりしなかったからです。自分の力で自分の限界を突破しなければなりませんでした。毎日がスケジュールと体力の激戦だったんですが、お陰様で締切を破ることなく単行本出版に至ることができました。

『レオノーラの猛獣刑』は描きおろしの単行本ではなく、連載だったのですね。雑誌の連載だったのでしょうか?

『レオノーラの猛獣刑』はコミックジンガイというレーベルで、2017年11月から2018年6月までウェブ連載しました。連載完結後、単行本化されました。
※コミックジンガイでは『レオノーラの猛獣刑』第1話が無料公開中です。

『レオノーラの猛獣刑』
コミックジンガイ連載時の表紙

古代ローマの哲学者セネカの『怒りについて』が原作だそうですね。どうしてこの作品をマンガ家しようと思ったのでしょう?

「落ち着いているね」とよく言われるほうですが、危機的状況に陥ると「怒り」が増す一方でした。

そこで怒りを克服する方法を調べ、ローマの哲人セネカによる「怒りについて」という本に出合いました。

約2000年前に書かれたのに現代でも驚くほど有効な作品で、「怒り」の原因をコントロールするのに非常に役に立ちました。

そこでこう考えました。「私のように困っている人がいるはず。でも本を読む時間がない、または古典より面白いマンガで学ぶのが好きかもしれない。そんな人のためにこの本にある貴重な知識を共有しないと!」

その結果、一年間をかけて約200ページの単行本を制作することになったのです。

モクタン・アンジェロ『レオノーラの猛獣刑』( Jパブリッシング、2018年)

ブラジル人であるモクタンさんが日本でマンガ家として仕事をすることの意義をどのようにお考えでしょうか?

双方に意義があると思います。私にとっては普段気にしないことを日本人読者のために大切にすることで技術を高めることができます。例えば登場人物の細かい感情表現です。

一方、常識を健全に破った発想を通じて、日本に貢献することもできるかもしれません。つまり海外での生活と教育、さらに多言語力をとおして学べる世界の様々な常識を活かして、斬新なマンガを制作することです。

様々な「当たり前」に触れると、普遍性とはどういうことかより客観的に見えてきます。良い作品には普遍性があると思うので、日本で仕事するのはとてもいい機会だと思います。

日本でマンガ家としてお仕事をするに当たって何か苦労していることがあれば教えてください。

まずは言葉の壁があります。文法的に正しい日本語ができても、これがマンガにとってふさわしいとは限りませんから。このようなときはネイティブの編集者とライターと話し合って調整します。

しかしこの言葉の壁にメリットもあると思います。それは「内容が良いマンガ作りに集中する」ということです。つまりシンプルな言葉でも物語が面白いかどうか確かめることができきるわけです。大げさに聞こえるかもしれませんが、普遍的な作品を作る道になると思います。

あとは「外国人だから」というステレオタイプですね。人間を国籍関係なく見るときが一番個々の本質が見えて美しいのではないでしょうか。作品も同じ目で見るべきだと思います。

子供の頃からマンガはお好きでしたか? 身の回りにあったのは日本のマンガだったのでしょうか? それともブラジルやその他の国のマンガだったのでしょうか?

はい、子供の頃からマンガが好きでした。父親は彫刻家ですからマンガを読む・描くことをいつも応援してくれました。

80年代に身の回りのマンガはアメコミがほとんどでしたが、ブラジルとヨーロッパのマンガもありました。日系人の友達をとおして日本マンガも手に入ったんですが、少しだけでした。ブラジルの文化の多様性の一端がお分かりいただけるのではないかと思います。

90年代に入ると日本マンガのブームが始まります。私はそのエンターテインメント性だけではなく、奥深い文化的な側面に感銘を受けて、日本マンガのマンガ家を志して、益々日本マンガ読書に集中していくことになります。

日本ではブラジルのマンガのことはほとんど知られていないと思います。簡単に説明するのは難しいと思いますが、どんな作家や作品が有名とか、日本のマンガとはここが違うとか、ブラジルのマンガの特徴をわかる範囲でお教えください。

ブラジルでは一コママンガの風刺画が新聞を中心にたくさんあります。カリカチュアがうまいアーティストがたくさんいます。ここではフランス文化的な影響が見えます。

しかしブラジルには文化的な多様性があり、マンガも同様です。そのため一概にこれという特徴を挙げるのが難しいと思います。日本よりはアートとして認められて、社会性が意識されていると思います。社会性とは社会への影響力、社会を映し出す表現力のことです。日本では規制運動のとき以外にこのような話が聞こえません。もったいないと思います。

これはぜひ知ってほしいというブラジル人作家や作品があれば教えてください。

①マウリシオ・デ・ソウザ
作品はブラジルの子供の日常を描く国人的な児童漫画です。日本で言えばサザエさんのようです。出版の他にライセンシング等の事業で国際的に活躍しています。日本ではブラジル人向け雑誌『Alternativa』で翻訳されています。この雑誌はブラジル食品店などで手に入ります。

②ガブリエル・バとファビオ・ムーン
こちらは青年マンガです。アメコミ系だと言われることもありますが、彼らの作品はジャンルのステレオタイプを超えています。代表作『デイトリッパー』は世界で高い評価を受けました。日本では小学館集英社プロダクションより出版され2014年にメディア芸術祭の審査委員会推薦作品を受賞しています。

アメコミ市場を中心に英語のペンネームを使って国際的に活躍しているブラジル人もいますが、言語の壁があるのでこれぐらいの紹介に留めておきます。

ブラジルのマンガに限らず、日本やその他の国のマンガを含めて、影響を受けた作家や作品、好きだという作家、作品があればお教えください。

日本では宮崎駿(『風の谷のナウシカ』のマンガ)、松本大洋、大友克洋です。3人ともエンタメ性と美術性のバランスが取れた、革命的な作品を作っています。フランスのメビウスから影響を受けているのも興味深いです。あとは原作者の小池一夫(『子連れ狼』)です。見習いたいことがたくさんありますが、真似はしません。

海外だとフランク・ミラー(『シン・シティ』)の白黒が素晴らしいです。

他に好きな作品とマンガ家がたくさんありますが、主に影響を受けているのは上記の5人です。

最後に今後の予定についてお教えください。

日本昔話の作品をもっと描いてほしいと様々なところから注文があるので現在はこの企画を進めています。私は日本民話の保存に貢献した小泉八雲を憧れているので、私も同じように日本文化の普及につながる作品の制作に努めていきたいです。

また、哲学に対する情熱も日々増していく一方なので、nippon.comの連載『禅の言葉に耳を傾ける』もこのまま継続していきたいです。

『禅の言葉に耳を傾ける』

About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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