香港漫画入門 – 第5回 なぜ、武侠小説コミカライズが多いの?

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香港漫画もうひとつの特徴。それは「武侠小説」のコミカライズがたいへん多いということです。

漫画「神鵰侠侶」第19巻(2000年 玉皇朝出版公司)より

「武侠」とは?それは中華圏の人々なら誰もが知るジャンル。歴史的中華世界を舞台に、武術や刀剣の達人が江湖で活躍するヒーローアクションです。って、そもそも「江湖」ってなあに? 私たちの暮らす社会は法律や社会規範をもとに秩序正しく組み上げられていますが、そうではなく、殴り合いや斬り合いをして「勝ったほうが強い」という世界が昔から存在します。その総称が「江湖」。現代日本では「極道」もそのひとつですし、若いエンタメファンの皆さんには「HIGH&LOW THE MOVIE的世界観」と言えばおわかりいただけるでしょうか。

古くから中国には剣豪や武術達人が登場する演義・通俗小説がありましたが、現代武侠小説の礎を築いたのは金庸・古龍・梁羽生の三大巨匠作家といわれています。1950~60年代に大活躍したこの三作家、金庸は徳間書店から主要長編全作の和訳が出ていますし、古龍も「マーベラス・ツインズ(絶代双驕)」、梁羽生は映画化もされた「セブンソード(七剣下天山)」など、散発的に和訳本が出るのでご存知の方もおいでかもしれません。

金庸「碧血剣」小説第1巻(徳間文庫)

最近は中国産ドラマで武侠に親しんでいる方も多いでしょう。CS「チャンネルNECO」が「射鵰英雄伝」「雪山飛狐」など金庸作品ドラマを次々に放送したのを皮切りに、「四大名捕」(温瑞安/原作)、オリジナル作品「琅琊榜」など盛んにオンエアされ、熱心なファンを獲得しています。

テレビオンエア後にDVDも発売された。MAXAM社の武侠DVD宣伝パンフより、金庸原作ドラマ「射鵰英雄伝」「神鵰侠侶」「笑傲江湖」

恵まれない境遇にいた少年が、生まれながらの身体能力、または伝説の達人の手ほどき、偶然手に入れた秘笈による独学、伝来の秘剣にこめられた武人の魂、その他エトセトラによってたぐいまれなる武術の腕を獲得する。それは往々にして重力の法則や人体の構造理論を簡単にくつがえすミラクルパワーで、そのため武術各流派に取り込まれたり翻弄されたり波乱の人生を送る。時に美女に騙され、時に肉親に裏切られ助けられ、師匠や兄弟分に愛され恨まれつつ、成長し、最後は自分が見つけた正義のために命がけで戦う。

もうお気づきですね。漫画化すれば盛り上がる要素だらけなのです。日本の剣豪小説(池波正太郎など)にもそういう要素が多々ありますが、武術のミラクル度、人間離れしたキャラクターの濃さ、ロマンスなど、絵にして色をつけ、動線をふんだんに描き加え、派手に描けば描くほど熱く盛り上がるのが中華武侠なのです。

漫画「神鵰侠侶」第19巻(2000年 玉皇朝出版公司)より。秘訣「降龍十八掌」を使った、二大達人・欧陽鋒vs洪七公の名勝負シーン

というわけで香港では1950年代=連環画の時代から、金庸・古龍・梁羽生作品のコミカライズがさかんに行われてきました。初期はもちろん無許諾です。制作側も「西遊記」や「水滸伝」などの古典演義小説と同じ感覚で、題材として拝借してきていたようです(現在は、原作小説の版権はご遺族やご家族が作った会社がきっちり管理しています。)

1970年代、武侠小説は香港で飛ぶように売れたそうです。軽工業の発展が印刷・出版業の活況につながり、書籍が庶民に豊富に行き渡る時代を迎えたのです。しかし一方、コミカライズは70年代~80年代初頭にいったん下火になった印象を受けます。この時代の漫画出版はタブロイド判新聞や雑誌がメインでした。1975年に「不良刊行物取締条例」が発布され、漫画本が出しにくくなったと判断した制作出版陣は一斉に新聞・雑誌へと刊行形態を変えたのです。こういった読み捨て前提の薄い刊行物では、長い武侠小説のコミック化は難しかったのでしょう。

そうです。武侠小説もうひとつの特徴、それは「ガッツリ長い」。

徳間書店刊の金庸和訳小説も「天龍八部」が文庫全8巻、「鹿鼎記」も全8巻。もっとも有名な「射鵰英雄傳」が全5巻。それでも読み通せてしまう面白さがあるのですが、その後1980年代後期から香港漫画でも全篇一気のコミカライズが盛んになり、例えば

金庸「射鵰英雄傳」  薄装本全100巻  (2006-08年 玉皇朝出版)
金庸「神鵰侠侶」  薄装本全86巻  (1999-2001年 玉皇朝出版)
金庸「天龍八部」  薄装本全100巻 (1997-99年 玉皇朝出版)
金庸「倚天屠龍記」 薄装本全100巻 (1998-2001年 天下出版)
古龍「絶代双驕」 薄装本全177巻 (第1部。1997-2001年 文化傳信)

という物凄いボリュームで刊行されたのでありました。

漫画「射鵰英雄傳」第100巻(2008年 玉皇朝出版)

漫画「倚天屠龍記」第100巻(2001年 天下出版)

漫画「絶代双驕」第175巻 (2001年 文化傳信)

先の連載で記したとおり、薄装本はオールカラーで1冊約30ページ。つまり「射鵰英雄傳」なら全3000ページのカラー原稿を、漫画家は描き、版元は編集し、読者は最後まで読み通しました。つくるほうも読むほうも猛烈な労力が必要ですが、それに対応する制作力やシナリオ構成力、最後まで出しとおす出版社の体力とそれに見合う売上が、80年代以降の香港漫画界には備わっていたのです。そして、そこまでやり遂げさせる原作の魅力も。

実際に上記の漫画群を原作小説と読み比べてみると、意外に忠実にコミカライズしているので感心させられます。いや、原作があまりに漫画との親和性が高いだけなのか…?

武侠小説界は上記三大始祖のあとにも、温瑞安・黄易などの新進作家が育ち、その作品もまた盛んにコミカライズされています。変わったところでは最近映画監督としても人気を博す台湾の現代小説家ギデンズ・コー(九把刀)も武侠小説を書いたり、珍しい試みとして「異世界としての武侠世界」を題材に「功夫」という作品を発表したりしていますが、これも邱福龍=ヤウ・フッロンによって漫画化されています。

香港では小説コミカライズばかりでなく、既存小説の武術秘義や武門流派などディテールだけを流用したオリジナル武侠漫画が多数制作されています。また原作ものでも、もとの小説のネタが尽きても独自でストーリーを付け足して連載を続けた漫画まであります。前述「四大名捕」は、温瑞安の原作小説に忠実だったのははじめの20巻前後まで。その後90巻ごろまで、原作の悪役一味「唐門」との戦いに大幅なアレンジを加えて連載が続き、さらにそこから先はほぼオリジナルでダラダラと、なんと371巻まで続いてしまいました。ネタが尽きると他の温瑞安作品の登場人物まで出張させていました。また「絶代双驕」も、こんなに長かったのにさらにオリジナルで話を付け足した「第2部」を百数巻にわたり刊行しています。

漫画「四大名捕」第1巻(2003年 玉皇朝出版)

漫画「四大名捕」最終巻(2010年 玉皇朝出版)。
作画者まで交代し、初期とまったく違うタッチになってなお続いた

もちろん売上が良いからそういうことをするのですが、ここまでくると逆に「止めどきを見失ってしまう」のだそうです。「四大名捕」の刊行中、筆者は他版元の編集者さんと会ってお話をしたことがあります。この方は九把刀原作で「少林寺第8銅人」という武侠コミカライズを手がけていました。「うちは原作の終わりが来たら漫画もスパッと完結させる。難しいことだけどね」とおっしゃっていました。そして宣言どおりに同作を60巻で完結させました。有言実行ぶりに感心したのですが、その後すぐに「外伝」と称したオリジナル続編を開始、十数巻も刊行を続けていました。

漫画「少林寺第8銅人」(2010年 福龍動漫畫有限公司)

すぐに始まった続編。
「少林寺第8銅人 外傳」(2010年 福龍動漫畫有限公司)


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About Author

てんしゅ松田

インターネット通販ショップ「香港漫画店」店主。東京外国語大学中国語学科卒業後、レコードメーカー等勤務を経て2003年にショップ開店、香港現地産コミックを輸入販売。近年は香港コミック・おたく事情の紹介活動にも力を入れており、ミニコミ誌「マンガ論争」寄稿、トークライブハウス「ネイキッドロフト」等出演も。共著「深く美しき香港漫画の世界」は、自費出版ながら中華書籍専門店「東方書店」(東京・神保町)月間ベストセラー第3位ランクイン。

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