香港漫画入門 – 第4回 なぜ、薄装本漫画はアクションものばかりなの?

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香港漫画界は薄装本漫画が牽引してきたわけですが、その薄装本で描かれるジャンルは「アクションもの」に極端に偏っています。99%以上がアクション漫画。歴史世界を背景にした武侠アクション、空想・未来世界のSFアクション、日本の格闘ゲームコミカライズ、拳闘などのスポーツアクション…かならず肉弾相打ち刀剣うなるバトルシーンがあります。ごくたまに学園もの恋愛漫画なども登場しますが、それでも必ず不良学生どうしのケンカバトルシーンがあったりします。

なぜこんなにアクションが氾濫するのでしょう?

確かに、派手な画面でパッと読者を引きつけやすい。そして「戦いのゆくえは……!?」てな具合に次号へ引っぱりやすい。でもそれはどこの国の漫画も同じですよね。なぜ香港はこんなにアクション漫画「だけ」が隆盛し、質・量ともに特異な進化をとげたのでしょうか。

「龍虎5世」 第12巻より(黄玉郎《ウォン・ユッロン》/著 1995年)

「香港」+「アクション」。この二つの言葉で、誰もが思い浮かべる人物がいますね。そうです。「あの人」が、実は香港のアクション漫画発展にも大きく関わっているのです。

もともと中華世界のエンタメ=「三国志演義」「水滸伝」「封神演義」など演義もの小説、京劇など伝統演劇には、見せ場として立ち回りのシーンが多数あります。伝統演劇の役者も殺陣や武術の訓練をひととおり受けます。エンターテインメントにおけるアクションの位置付けは他国文化より確実に重いといえましょう。香港漫画の礎となった1940~50年代の連環画(前回参照)も、題材のメインは演義もの小説だったそうです。

しかし世界の物資が集積するフリーポート・香港。欧米コミックやカートゥーン、日本の劇画漫画誌が豊富に流入し、多様なジャンル、多様な漫画文化を受容してきたはずなのです。伝統的な切った張ったの立ち回りばかりに固執する理由もありませんよね。

1971年。当時の大人気漫画家・上官小寶《ショングン・シウポー》は、映画館でブルース・リー主演「ドラゴン危機一発(原題『唐山大兄』)」を見ました。そして激しい衝撃を受けます。「すごい映画だ。アクションシーン描写はこうあるべきだ。このリズム感を、紙の上でも表現したい!」そして彼はこともあろうにブルース・リー=「李小龍」の名前を勝手にタイトルに拝借し、新連載をはじめてしまいます。

「李小龍」(上官小寶/著 画像は2000年刊行巻)

映画のコミカライズでもないし、ブルース・リー氏の伝記漫画でもない。単なるアクションコミックなのにこのタイトル。「当時は肖像権意識がゆるかったから気にしなかった」と作者は述懐しますが、漫画「李小龍」は大ヒット。それから40年近く連載が続きました。

上官小寳には終生のライバルがいました。当連載でもすっかりおなじみ、「龍虎門」の黄玉郎《ウォン・ユッロン》です。「龍虎門」の前身「小流氓」は、ちょうど「李小龍」と同時期に連載開始しています。どちらも街のやんちゃ者が派手なバトルを繰り広げるアクションコミックです。

「小流氓」(『龍虎門』初期刊行タイトル 黄玉郎/著)

両者は激しい部数争いを繰り広げました。お互いの海賊版を勝手に作って売店に卸したり、相手のアシスタントをごっそり引き抜いて執筆不能に追い込んだり、醜い足の引っぱりあいも多数おこないましたが、一方でアクション表現を競いあい、互いの良い表現を盗みあい、改良を加え、高めあう間柄でもあったのです。

飛ぶようなキックはどんな動線で表現すればよいのか? 三節棍(ヌンチャク)の動きと殺傷力はどう描けば伝わるのか? キックの脚を立体的に見せるにはどんなパースをとればよいのか? 胸や腕の筋肉はどう影をつければ隆々に見えるのか? 上官小寶と黄玉郎は常に新しい表現を試しました。相手の表現が良いと思ったら遠慮なくパクりました。そして自分なりの改良を加えました。そうするとまた相手が「それいいね!」とパクります。

「龍虎門」スピンオフ漫画
「石黒龍傳」(2012年)
ヌンチャクの軌跡と連続的な打撃力、両方を表現するために、本当は2本しかない節棍を軌跡にそって連続的に描き込んでいる。香港漫画独特の描画表現で、70年代初期からみられる。

こうしてアクション表現「だけ」が突出して磨かれていきました。上官小寳と黄玉郎、ふたりは現在に至るまで香港薄装本劇画の「父」的存在です。ここ数十年、薄装本で活躍する漫画家はほぼ全員どちらかの弟子筋になります。香港薄装本漫画がアクションに偏重するのも「むべなるかな」といった感じです。

「龍虎門」(黄玉郎 1973年ごろ刊行分 復刻版)
上半身の筋肉と胸毛の描写に注目。

「龍虎門」(黄玉郎 1973年ごろ刊行分 復刻版)
かなり独特かつ発展途上の表現だが、技をかけるシーンでまがりなりにも筋肉の構造は読者に伝わる。

香港漫画の巨匠たちをここまで奮起させたブルース・リー映画。もちろん香港にとどまらず、日本を含む世界中の人々を魅了し、1973年の夭折後も人々に語り継がれていますね。

ブルース・リーは若き日に、中華武術の流派「詠春拳」の伝説的師匠・葉問に師事して武術を学んでいます。葉問=イップ・マン。近年、ドニー・イェン主演で伝記映画が制作されて大ヒットしたので御存知の方も多いでしょう。戦前戦後の華南で無敵の武術達人として鳴らした師匠です。つまりブルース・リーがスクリーンで披露した武術は、本物中の本物なのです。

これはすごいことです。俳優は「お芝居」をする職業です。つまり映画やドラマの中で「ほんとうにやる」わけではなく、「まねっこ」をやってそれを美しく、ほんとうらしく見せる商売です。「ほんとうにできる」必要なんてないのです。むしろ本物の格闘技選手の闘いは絵にならず、撮ってもアクション映画としては成立しにくいと上述ドニー・イェン氏も自著「ドニー・イェン・アクション・ブック」で主張しています。

ところがブルース・リーの武術アクションは闘って強く、見せて美しい。本来は両立し得ないものを両立し、映画館につめかける庶民たちにポンと提供したのです。上官小寶が激しい衝撃を受けたのは当然ですね。香港でなんらかの表現に従事する人たちを強くインスパイアしたのはこれ、ごく自然なことでしょう。あとに続いた香港のアクション・スターたち=ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キン・ポー、ユン・ピョウ、そしてドニー・イェンも、厳しい武術修練ののちに世に出ています。エンタメだろうと武術は本物を見せる、という流れが確実にできているのです。

「我是中國人 李小龍」(胡紹權=ウー・シウキュン/著 
2014年)
チャック・ノリスほか、カポエイラ達人や日本剣道達人「三倍晋安」とも対戦。

さて上官小寶「李小龍」はそういったわけでブルース・リーと何の関係もない内容なのですが、香港では最近に至るまでブルース・リーをテーマにした漫画がしばしば刊行され、人気が衰えないことを証明しています。生涯を追った伝記漫画、主演映画の忠実なコミカライズをはじめ、映画のフィクションと実人生をごちゃまぜにした作品(俳優チャック・ノリスとガチで戦ったりする!)、大胆な仮説で「死の真相」を描いた作品、「実は生きていた!」として後世の武術少年と交流するハートウォーミングな作品まで…香港人の想像力のたくましさには驚かされます。生身のアクション俳優という存在を超え、伝説上の英雄と化しているのでしょうね。

「拳道」(司徒劍僑=アンディ・セト/著 2013年)
ブルース・リー没後6年の香港が舞台。武術狂の少年が、いるはずのない「その人」と不思議な邂逅を果たし、死の謎を解いてゆく。

「BRUCE’S ART 精武門」(崔成安=ツイ・センオン/画 2016年)
映画「精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)」のスチルを淡彩で忠実に再現した「シネマ絵本」。


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About Author

てんしゅ松田

インターネット通販ショップ「香港漫画店」店主。東京外国語大学中国語学科卒業後、レコードメーカー等勤務を経て2003年にショップ開店、香港現地産コミックを輸入販売。近年は香港コミック・おたく事情の紹介活動にも力を入れており、ミニコミ誌「マンガ論争」寄稿、トークライブハウス「ネイキッドロフト」等出演も。共著「深く美しき香港漫画の世界」は、自費出版ながら中華書籍専門店「東方書店」(東京・神保町)月間ベストセラー第3位ランクイン。

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