香港漫画入門 – 第3回 なぜ、ヒット漫画はいつも「薄装本」から?

Google+ Pinterest LinkedIn Tumblr +

一覧に移動する:香港漫画入門
前の記事を読む:香港漫画入門 – 第2回 10の「點解(でぃむかぁぁぁい)?」
次の記事を読む:香港漫画入門 – 第4回 なぜ、薄装本漫画はアクションものばかりなの?


香港独特の漫画刊行形態「薄装本」。B5判に近いワイドサイズながら30ページ程度と薄く、表紙も軟弱。一冊に一作のみ掲載、オールカラーで週刊~隔週刊刊行、アメコミの「リーフ」同様の読み捨てスタイルです。

香港漫画ここ50年の歴史を見渡すと、ストーリー漫画の爆発的ヒットはほぼこの「薄装本」から生まれてきました。香港漫画界のゴッドファーザー・黄玉郎〈ウォン・ユッロン〉の看板作「龍虎門」、続く「酔拳」、「天子傳奇」「神兵玄奇」シリーズ。人口550万の香港で20万部という史上最大のヒット漫画「中華英雄」、つづく馬榮成〈マー・ウィンシン〉のヒット作「風雲」。80年代末を席巻した劉定堅&馮志明〈ラウ・ディンギン&フォン・ジーメン〉「刀・劍・笑」……。

薄装本漫画「龍虎門」(黄玉郎=ウォン・ユッロン/著) 画像は1973年ごろ刊行分(2016年復刻)

薄装本漫画「風雲」(馬榮成=マー・ウィンシン/著) 初期刊行分 1989年 (当初は漫画雑誌「天下画集」の連載として発表された。以後も誌名だけは残したが、実際は「風雲」のみ掲載されていた)


薄装本漫画「刀・劍・笑」 (劉定堅=ラウ・ディンギン/脚本 馮志明=フォン・ジーメン/画) 初期刊行分 1988年

香港にも単行本、漫画雑誌、新聞連載など、日本に近い漫画発表形態もあるのですが、ブームの震源地はいつもこのペラッとした「薄装本」でした。なぜでしょう?

単行本漫画は日本作品の翻訳版が多数刊行され、質・量ともに地元作品では太刀打ちできなかったというのもありますが、それ以上の大きな理由があります。薄装本漫画が、香港庶民の「暮らしの一部」として定着していたからです。

香港漫画の歴史は、1940~50年代に上海から流入した「連環画」に始まります。豆本サイズで1ページにヨコ長の一枚絵。動きに乏しい絵を百数十ページ綴り、おもに路上の貸本屋で庶民に供していました。

ここに革命を起こしたのが1958年、許冠文〈ホイ・グンマン〉の「財叔」という作品です。抗日戦争もので、躍動感あふれる筆致が読者を大いにひきつけましたが、さらに刊行形態に大胆な新機軸を導入しました。ページ数をたった8pに減らしてサイズを倍にし、複数コマ描き込み、そして価格を十分の一に下げました。これまでの連環画が高くて買えず、貸本屋台の片隅で借りて読むしかなかった庶民に「買って家で読む」という喜びをもたらしたのです。そして新しい販路を開拓しました。新聞販売スタンド「書報攤」です。

露天新聞スタンド「書報攤」 (2004年ごろ、香港島・銅鑼灣周辺で撮影)

新聞の宅配制度がない香港では、路上やビルの片隅に店開きする「書報攤」は誰もが毎日訪れる身近な場所。タバコも買えますし、必需品「紙巾」=紙ナプキン風の厚手ティッシュも手に入ります(ハンカチをもつ習慣のない香港人は、汗や汚れをぬぐうにはもっぱらコレ)。ここで漫画が安価に買えるなら、とっても便利で楽しいですよね? 香港庶民は大喜びで飛びつきました。

こうして「財叔」は大ヒット。たくさんの模倣作品があふれるうちに、「漫画を書報攤で買って読む」という習慣がすっかり定着したようです。

これが現在の薄装本の原形になります。1971年、黄玉郎が「龍虎門」(開始当時タイトルは「小流氓」)を刊行、終生のライバル・上官小寶〈ショングン・シウポー〉の「李小龍」と壮絶な部数争いをするころには「相手の足を引っぱるために夜中の書報攤をまわってニセモノとすり替えた」という証言もしており、書報攤がすでに漫画の主戦場だったことがわかります。より読者を引きつけ、画面の迫力を出すために、判型も少しずつ変わっていきました。現在のサイズ・ページ数で定着したのは1970年代後半とみられます。

その後、黄玉郎が自分の株式会社から「酔拳」の刊行を始めたのが1982年。その巻末で「おまけ連載」として始まり、やがて独立して怪物級メガヒットとなる馬榮成「中華英雄」が世に現れるころには、薄装本漫画をまるめて持つ香港人の風景はもはや当たり前になっていました。

「中華英雄」(馬榮成=マー・ウィンシン/著) 1983年ごろ刊行分(画像は1998年復刻・リイシュー版)

薄装本漫画読者はおもにブルーカラーの少年~成年男性で、まさに香港経済発展期の原動力、マンパワーの源というべき層です(その後1990年代に格闘ゲームの薄装本漫画が登場、美少年ファイターの「King Of Fighters」ブームにより女性読者もかなり増えた)。

早朝の飲茶レストランに行くと、おじさん客が点心をつまみ、爪楊枝でシーハーいいながら薄装本漫画を読みふける姿をよく見かけました。また深夜のコンビニの前にたむろし、ヤンキー座りで薄装本漫画を読みふける若者も大勢いました。読み終わればポイと捨ててしまいます。朝、屋台街の清掃に出くわすと、路肩に寄せた紙ゴミの山に漫画の切れ端がたくさん混ざっていたものです。

地下鉄駅上の書報攤(香港島・灣仔駅 2008年ごろ撮影) ここで薄装本漫画を買い、レストランに持ち込んで食事しながら読む

パン屋の店先にも書報攤が店開き(香港島・銅鑼灣 2006年ごろ撮影) 若者たちが本を物色している

しかしそんな情景もスマートフォン・タブレットの登場で一変します。iPhone・iPadの出現以来、日本以上に普及が早かった香港。漫画も配信(公式、非公式入り乱れているが)で読むのが当たり前になり、紙の薄装本漫画はここ5~6年で急激に部数低下しました。おじさんたちが薄装本を読みふけったオールドスタイルの飲茶レストランも次々閉店し、漫画好きの若者は地下鉄の車内でタブレットの画面に見入っています。

薄装本漫画は每週30ページ、手の込んだ劇画をワイド画面のフルカラー原稿で仕上げなければなりません。彩色は昔は印刷所での色データ差し込み(「分色」という)、いまはCGで出来るし、その他の作画作業もデジタル化でだいぶ手間がかからなくなりましたが、それでもたいへんな人手と労力が必要な刊行形態です。紙の本の売上減=収入源は命取りで、すでに馬榮成経営の出版社「天下出版」ほか、いくつもの版元が薄装本の刊行を休止しています。

とはいえ香港、漫画そのものがすたれたわけではなく、今後は別形態からヒット作が出現することでしょう。ネットの普及によってマスから個へと趣味嗜好が細分化されたのは日本も香港も同じ。より時代に合致し、個人の感性を尊重した刊行形態によって、香港の漫画は今後も発展していくことでしょう。


次の記事を読む:香港漫画入門 – 第4回 なぜ、薄装本漫画はアクションものばかりなの?

About Author

てんしゅ松田

インターネット通販ショップ「香港漫画店」店主。東京外国語大学中国語学科卒業後、レコードメーカー等勤務を経て2003年にショップ開店、香港現地産コミックを輸入販売。近年は香港コミック・おたく事情の紹介活動にも力を入れており、ミニコミ誌「マンガ論争」寄稿、トークライブハウス「ネイキッドロフト」等出演も。共著「深く美しき香港漫画の世界」は、自費出版ながら中華書籍専門店「東方書店」(東京・神保町)月間ベストセラー第3位ランクイン。

Comments are closed.