ヴェトナムをめぐる家族の記憶を紡ぐ―ティー・ブイ『私たちにできる最高のこと』ほか

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ヴェトナムに由来するアメリカの表現者たちの作品が目立った動きを示している。

『わたしたちにできる最高のこと』(The Best that We Could Do: An Illustrated Memoir, 2017)は、ヴェトナム系アメリカ人女性作家ティー・ブイ(Thi Bui)によるデビュー作となるグラフィックメモワール。1975年サイゴン(現・ホーチミン)生まれの作者は「サイゴン陥落」後、難民としてボートで米国に渡っている。

大学院生時代にオーラル・ヒストリーをまとめる研究として構想され、その過程でコミックス表現がふさわしいと思い至ったという。独学でその表現方法を身につけ十年がかりで執筆された経緯からも米国コミックスの主流文化とも異なる筆致が特徴的である。大学院終了後は、様々な移民の背景を持つ生徒たちを主な対象にしたカリフォルニア州オークランドの公立オルタナティブ高校にて教育に携わっている。生徒たちとの交流を通して、自身の回想を移民の歴史と重ね合わせながら物語る手法に手ごたえを感じていったようだ。

ティー・ブイ『わたしたちにできる最高のこと』(Thi Bui, The Best that We Could Do: An Illustrated Memoir, 2017)

「グラフィックメモワール」とは、コミックス表現による回想記であり、グラフィックノベルの一ジャンル。日本ではコミックエッセイの方がなじみ深いであろうが、スーパー・ヒーローものに代表される男性中心であり続けてきた米国のコミックス文化の中で、女性の新たな表現を切り拓く可能性に期待が高まっている。その代表例として、ブロードウェイ舞台版がトニー賞を受賞し、2018年2月にシアタークリエにて日本初演がなされた、アリソン・ベクダル『ファン・ホーム―ある家族の悲喜劇』(椎名ゆかり訳、小学館集英社プロダクション)がある。共にセクシュアル・マイノリティでありながら、お互いにそのことについて語り合う機会をもたないまま亡くなった父を娘が追憶する自伝的回想記である。

視覚文化であるコミックスならではの表現により、自己を客体化することができるメディアの特性を活かし、個人的な物語でありながら同時に普遍的な物語として広がりを持たせることができる。こまごまとした日常の描写をスケッチのように紡ぎ合わせながら、個人的な物語が政治的にも歴史的にもなりうるその発展形を、グラフィックメモワールの新しい潮流に見ることができる。

G・B・トラン『ヴェトナメリカ―ある家族の旅路』(GB Tran, VIETNAMERICA – A Family’s Journey, 2010)

同じグラフィックメモワールの手法による『ヴェトナメリカ―ある家族の旅路』(2010、未訳)の著者、G・B・トランは、「サイゴン陥落」直前にアメリカに渡った両親のもと、1976年サウス・キャロライナにて出生している。G・Bは、ヴェトナムの由来を持つ名前が米国では通じにくいために簡略化された通称名。

『ヴェトナメリカ』は、「君の父親が今の君の年齢の時に何をしていたか知ってるかい?」の言葉とともに、30年ぶりに家族一行が祖国ヴェトナムに帰還し、親戚との再会をはたす場面からはじまる。作者自身が「父」になろうとする人生の節目に差しかかり、また、両親の老いを前にその失われゆく記憶・体験を継承すべく、激動の時代の中で祖国を離れ、新天地アメリカに拠点を求めた両親の胸中に想いを馳せる。個人と家族をめぐる回想は、必然的にヴェトナム系アメリカ人という自身のあり方を見つめ直す契機ともなり、さらに、戦争という歴史的暴力にも向き合わざるをえない。

アメリカ文化もまた、ヴェトナム戦争とは何であったのかを文学や映画など様々な物語を通じて現在なおも問い続けている。その中で、出生前後にヴェトナムから米国に渡った世代が今、自身の声によって物語りはじめている。

『わたしたちにできる最高のこと』中面

G・B・トランと同世代であるティー・ブイ『わたしたちにできる最高のこと』もまた、自らが「母になる」まさに瞬間から語り起こしている。過去と現在を平行して語る手法に試行錯誤しながら、最終的に視覚文化であるコミックス表現にたどり着いた経緯が示すように、自身と母親の人生を軸にしながらも、父、祖父母、姉妹兄弟へと多視点で展開される。両親の出生期にまで遡り、母として、女性として、歴史に翻弄されながらもたくましく生きた一人のヴェトナム系アメリカ人女性の生涯を再構築する。過去と現在が交錯し、複数の場所で展開される多視点の物語に加え、さらに平行してヴェトナムの歴史、世界史までもが重ね合わされる重層的な構成でありながら、実験的な印象を与えるものではないのもコミックス表現ならではであろう。映像や写真に比して、コミックス表現には生々しい描写を緩和させる効果もある。時折、挟み込まれる家族の写真や公的文書などにより、史実が生々しく迫真性をもって立ち現れる。

戦争の混乱期の中で青春時代を過ごした両親の人生、戦争という極限状況の中でのささやかな日常のありがたみなどが丁寧に描かれる。白眉となるのはやはり1975年4月30 日、「サイゴン陥落」の瞬間を一家がどのように迎えたか、そしてその後、祖国を離れる決断をいかに下し、どのような経緯で新天地を目指すに至ったのかをめぐる場面であろう。マレーシアの難民キャンプを経由し、亡命先としてフランスとアメリカとの選択に迷いながら、先に祖国を脱していた親戚を頼り一家はアメリカを目指す。さらに、冬の寒さが厳しい中西部から西海岸へと移り住む。ヴェトナム戦争に対する失意が渦巻く当時のアメリカにおいてヴェトナム人は歓迎される存在ではなかった。そんな彼らにとって「アメリカ人」として生きるとは、祖国とは、どういうことであったのか。

自らが母になることを契機に、母から娘へと記憶と体験が継承され、母の人生をも追体験した後に、さらにその子どもの未来へと一家の記憶は引き継がれていく。ヴェトナムに生まれ、アメリカで育った「私」がどのようにして生まれ、今ここに存在するのかをめぐる回想は、必然的に家族をめぐる物語、民族の歴史をめぐる物語となる。記憶を継承していくことこそがまさに「私たちにできる最高のこと」なのであろう。

ヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー』(上岡伸雄訳、早川書房、2015年)※文庫版もある

『私たちにできる最高のこと』に推薦文を寄せているヴィエト・タン・ウェンは、ティー・ブイと同世代となる1971年ヴェトナム、バンメトート生。南カリフォルニア大学英文科教授として主にエスニック文学研究に携わり、デビュー小説『シンパサイザー』(上岡伸雄訳、早川書房、2017年)が、ピューリッツァー賞、アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)受賞をはじめ高い評価を得ている。南ヴェトナムの秘密警察に入り込んだ北ヴェトナムのスパイという複数の文化の間に揺れる主人公の視点を通して、1975年の「サイゴン陥落」を重層的に捉え直す。ヴェトナム戦争を描く映画であってもヴェトナム系は自分たちを体現することすらできない(他の役者が演じる)現実についても強調されている。

『私たちにできる最高のこと』のティー・ブイの両親もまた、フランスに渡る選択肢をより現実的な案として捉えていたことからも、ヴェトナム、英語圏およびフランス語圏をも視野に入れることで、1975年の「サイゴン陥落」およびヴェトナム戦争とは何であったのかを捉え直す下地が今、整ってきた。

ハリウッド映画『プラトーン』(1986)やミュージカル『ミス・サイゴン』(1989)らに代表される従来の視点とも異なり、戦争を多面的に見る流れは、米国を含む世界各国での劇場公開が進行中のアニメ映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督)にも通じるものであろう。戦争に翻弄される人々の姿、そうした苦難の中でたくましく生きる姿を、とりわけ女性の視点を通して描くことにより、特定の戦争のみならず、広い視野で戦争という歴史的暴力について、人生について、多くを考えさせてくれる。

1975年「以後」のヴェトナムをめぐる人的・文化的移動とそれをめぐる言語、国境、メディアを超えたグラフィックメモワールの隆盛は、私たちを取りまく現在の世界のあり方を根本から考え直す契機をもたらしてくれる。

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『ファン・ホーム―ある家族の悲喜劇』
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『シンパサイザー』

About Author

中垣 恒太郎

1973年広島県生まれ。専修大学文学部教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究。大学では「思春期文化論研究ゼミ」を展開。米国と日本を軸にした女性のコミックス/マンガ表現をめぐる比較文化研究、さらに、欧米で注目されている「グラフィック・メディスン」の動向を踏まえた医療マンガの比較文化研究に関心を寄せています。日本マンガ学会海外マンガ交流部会(部会代表は小野耕世氏)ほか、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。

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