セクシュアル・アイデンティティ探究の物語―マイア・コバベ『ジェンダー・クイアー ある回想録』を中心に

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自分は周囲とは「違って」いるのではないか。アイデンティティの形成期となる思春期において、ある程度、誰しもが自分とは何かを模索するものであろうが、ジェンダー規範や異性愛中心主義の風潮に対する違和感、それでいて「同性愛者」などのレッテルで捉えられてしまうことに対してもどこかしっくりこない居心地の悪さを抱いてしまう。

マイア・コバベ『ジェンダー・クイアー ある回想録』(未訳:Maia Kobabe, Gender Queer: A Memoir, Oni Press, 2019)は、自分が自分であるためのアイデンティティ探究をめぐるグラフィック・メモワールである。成長の過程の中で体験してきた日常の一コマにまつわる、ちょっとした、しかしながら見過ごせない違和感を丁寧に辿っている。

Maia Kobabe, Gender Queer: A Memoir, Oni Press, 2019

作者にとってのデビュー長編作品となる『ジェンダー・クイアー ある回想録』は、主人公が芸術修士号(MFA)を取得するためにカリフォルニア美術大学大学院に進学するところからプロローグがはじまる。カリフォルニア美術大学はアニメーションやコミックス、イラストレーションなどの分野が強いことで知られる。大学院で最初に受講した演習授業にて、グラフィック・アーティスト、マリ・ナオミによる指導のもと、自伝を描くワークショップに参加する。マリ・ナオミは日系アメリカ人アーティストであり、自身の民族的ルーツを探る回想録『ターニング・ジャパニーズ/日本人になること ある回想録』(未訳:Mari Naomi, Turning Japanese: A Memoir, 2D Cloud, 2016)などを発表している。

このワークショップでは、秘密にしていることをリストアップするところからプロジェクトを起こす指導がなされるのだが、マイアはもともとストーリー作品を志向していたこともあり自分自身の内面に向き合う過程は相当に難儀なものであったようだ。ブレイン・ストーミングとして自分が苦手なものを列挙していくと、「女の子っぽい服」、「水着」、「泳ぐこと」など、ジェンダー意識にまつわる共通点がなんとなく見えてくる。そして、そこから幼少期、3歳頃の回想に繋がっていく。

マイアの家族は1990年代においても最小限の電気設備で、水洗トイレもない北カリフォルニアの自然の中での暮らしを選択していた。幼少期のマイアはいわゆる「女の子らしさ」とは無縁な環境で育ち、蛇が身近な遊び友だちであり、蛇のグッズをお気に入りにしていた。その後、6歳の頃、男の子たちとのごっこ遊びの中で女の子であるという理由から仲間外れにされてしまう経験や、小学校3年生の時の遠足(フィールド・トリップ)の際に他の男の子たちと一緒に上半身裸で川遊びをしていたら皆に笑われて気まずい思いをした経験などが思い起こされていく。

両親からはジェンダー規範を押しつけられることなく育つが、成長していくにつれて男の子たちの集まりからは仲間外れにされ、同級生の女の子たちの関心事である「女の子らしくあること」を共有できないことに悩み、女の子たちの集まりの中でも居場所を見出せないでいる。

女の子たちとの「プール・パーティ」(友だちの誕生日パーティで家に招かれた時の一コマ)で居心地の悪さを感じてしまう(26頁)。

漠然とながら「ジェンダー・ニュートラル」(中性的)な存在に憧れていたマイアにとって「自分らしさ」を存分に肯定させてくれた体験として、中学生の頃にデビット・ボウイの音楽の歌詞と出逢ったことが挙げられている。ボウイの歌詞を通じて、両性具有者に対する憧れを募らせていく。ジェンダーを入れ替える高橋留美子『らんま1/2』もマイアにとってお気に入りの作品だ。

「女の子にもなりたくないし、男の子にもなりたくない。ただ自分らしくありたいだけ」。

こうした思いを深めていく中で、ゲイ&レズビアン、トランスジェンダーの概念に触れ、高校卒業時には「性別指定としての女性」(Assigned Female at Birth)というジェンダー選択を宣言するに至る。自身のセクシュアル・アイデンティティのあり方を探っていく過程で様々な概念に触れていく様子が具体的なエピソードを交えながら丹念に綴られていく。

大学に進んで以降、恋愛事情に巻き込まれないように、周囲にはなんとなく「バイセクシュアル」であることを告げていると、マイアに好意を抱いている女子の恋愛の仲介をされてしまう。自分は恋愛自体に興味はないが相手を傷つけてしまわないようにどのようにふるまうべきであるか思い悩む。

14歳ぐらいから自分ははたして「無性愛者」である(asexual)のだろうかと思いはじめるが、友人や家族に相談してもしっくりくる答えに至らない。繊細な領域であり、導いてくれる相談相手もない中で、女性用アダルトグッズを紹介するエリカ・モーエンのウェブコミック『Oh Joy, Sex Toy』(未訳:Erika Moen, Oh Joy Sex Toy, Vol.1, Limerence Press, 2014)に出会い、自身のセクシュアル・アイデンティティに対する関心も深めていく。誰ともデートをしたいと思わない、結婚したいとも思わない、子どもを持ちたいとも思わない、そのように思うのははたして「おかしい」ことであるのか。

この回想録においても重要な役割を担う姉のフィービーが本作の彩色を担当しているのだが、自分らしくふるまうロール・モデルとして姉の存在も大きい。また、レズビアン・フェミニストである伯母との対話では、伯母はマイアのジェンダー・アイデンティティの選択を尊重した上で、女性嫌悪を内面化してしまっている可能性についても示唆を投げかけてくれる。知識を探求し、多様なジェンダーのあり方の実践者たちとの対話を重ねていったその先に、狭い道をくぐり抜けて広い平原に辿りついたような境地に至る。

「彼」および「彼女」の二元論に巻き込まれてしまう代名詞に対する違和感。婦人科の検診を受けることの居心地の悪さ、教育が「悪かった」のではないかと思い悩む母に対する気づかいなど繊細な心の機微が丁寧に綴られている。

回想録は、中学生の女子たち(「性別指定としての」)を対象にしたコミックスのワークショップ講師を担当した近況でしめくくられる。ワークショップに参加しているある生徒の母親から、女性が自己表現をする良きロール・モデルになってほしいと声をかけられる。アメリカの教育現場でコミックスに期待される主要な側面の一つである。長らく男性中心的であり続けてきたコミックスの領域において、確かにコミックス表現は女性の自己表現をめぐる有効な手段であり、これからもその役割はますます期待されるものだ。さらに、その先を見据えるならば、コミックスを通じての自己表現は、多様な「性」のあり方、多様な「自己」のあり方を探る有益な学びに繋がることだろう。

ジェンダーの固定観念から脱却することで狭い路地から広い平原に辿りついたような解放感を得る(178頁)

本書は両親に献辞が捧げられている。

「娘」であることに格闘しながらも「あなたたちの娘」でいることを嬉しく思う。

ジェンダーとセクシュアリティをめぐるアイデンティティをめぐる「グラフィック・メモワール」として、具体的なエピソードに根差していることからも、セクシュアル・マイノリティをめぐる様々な概念や心境が実感をもって伝わってくる。自分がどのような存在であるのかなんとかしてわかりたいという前向きな姿勢が胸を打つ。

デビット・ボウイに触れた際の両性具有に憧れる心象風景や、自分らしくあることを肯定できるようになった瞬間に広い平原に躍り出たかのような感覚、あるいは、周囲にうまくなじめない居心地の悪さから心を閉ざしてしまう内面描写などをめぐるヴィジュアル・ナラティヴとしての表現技法が読みどころとなっている。幼少期からのちょっとした、しかしながら忘れがたい違和感を巧みに織り交ぜていく構成など、セクシュアル・アイデンティティをめぐる領域からの関心はもとより、近年盛り上がりを示しているグラフィック・メモワールにおいても意欲作であり、幅広い読者に作品が開かれている。

本作でも参照されているアリソン・ベクダル『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』(原書2006、翻訳新装版2017)をはじめ、自身の半生をヴィジュアル・ナラティヴの手法により回想する「グラフィック・メモワール」の領域の中でも、ジェンダー、セクシュアリティの観点はまた新たな潮流をもたらしてきている。日本でも話題作となった、永田カビ『さびしすぎてレズ風俗にいきましたレポ』(イーストプレス、2016)の英語版も、そのタイトル(My Lesbian Experience with Loneliness. Seven Seas, 2016)が表しているように、セクシュアル・マイノリティが抱えてしまいがちな孤独の問題に焦点が当てられている点に対する注目から高い評価を得ている。マイア・コバベの『トランス・クイアー』はその中でもこの潮流を代表する作品となるだろう。


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About Author

中垣 恒太郎

1973年広島県生まれ。専修大学文学部教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究。大学では「思春期文化論研究ゼミ」を展開。米国と日本を軸にした女性のコミックス/マンガ表現をめぐる比較文化研究、さらに、欧米で注目されている「グラフィック・メディスン」の動向を踏まえた医療マンガの比較文化研究に関心を寄せています。日本マンガ学会海外マンガ交流部会(部会代表は小野耕世氏)ほか、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。

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