バンド・デシネ入門 – 第3回 ざっくり振り返る邦訳バンド・デシネの歴史

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ここまで2回、特定の作家や作品にはほとんど触れずに、そもそもバンド・デシネって、という話をしてきた。でも、やっぱり、日本にいる以上、一番手に取りやすいのは邦訳バンド・デシネだろうし、バンド・デシネを翻訳している筆者としては、ぜひ邦訳でバンド・デシネを読んでほしい! ということで、ここらでちょっと邦訳バンド・デシネの話をしておきたい。まずはざっくり邦訳バンド・デシネの歴史を振り返る。

そもそもバンド・デシネが初めて日本で翻訳出版されたのはいつ頃なのだろう? 筆者が知る限り、1968年に出版された『タンタンの冒険』の最初の翻訳『ぼうけんタンタン』(全3巻、主婦の友社、1968年)、そして同年から翌年にかけて『プレイボーイCUSTOM』、『別冊プレイボーイCOMICS特集クレイジー』、『プレイボーイCOMICSクレイジー』(いずれも集英社)に掲載された一連の青年向け作品が、最初の邦訳バンド・デシネである。だが、別に徹底的に調べ上げたわけでもなく、この知識は、マンガ研究者の新美ぬゑさんが密かに蓄積しているリストを参照させてもらったり、自分自身、芋づる式にいろんな資料に当たってみたり、『翻訳図書目録』や『出版年鑑』をパラパラめくって手に入れたものだったりする。直接見たことはないが、バンド・デシネの文脈で語られることも少なくないドイツの作家ヴィルヘルム・ブッシュの『マックスとモーリッツ』が、『Wampaku monogatari』として、なんと1887年と1888年に全2巻(羅馬字会)で刊行されていたりもするそうだ。案外、1968年以前に、他にもバンド・デシネが翻訳されていないとも限らない。

『別冊プレイボーイCOMICS特集クレイジー』No.2(1968年6月)

同誌に掲載された「宇宙女ガ島 XAM星女サガ」

同誌に掲載された「BARBARELLA」

バンド・デシネの邦訳が仮に1968年に始まったとして、既にこの時点で、2つの方向性がはっきりしている気がする。つまり、絵本的な子供向けの読み物としてのバンド・デシネとテーマや絵に特徴のある大人向けの海外マンガとしてのバンド・デシネである。

主にこの2つの方向性に即して、その後、決して多くはないが、それでも少なからぬ数のさまざまなバンド・デシネが邦訳出版されていく。子供向けの方向では、双葉社が出版した『アステリックスの冒険』や『ラッキー・ルーク』(この2作が当時日本で実際に子供向けとして売り出されたかは要検討だが…)、福音館書店の『タンタンの冒険』、セーラー出版の『スマーフ物語』などなど。大人向けの方向では、グィド・クレパクスやメビウスなど。クレパクス(イタリアの作家だが、フランス語圏でも活躍していたからバンド・デシネ作家扱いさせてもらおう)は何度か邦訳単行本が出版されているが、メビウスの単行本となると1986年の『謎の生命体アンカル』(その後出版された『アンカル』の第1巻に相当)のみ。とはいえ、メビウスは、1970年代末~80年代半ばにかけて雑誌『スターログ』などで何度か紹介され、日本におけるバンド・デシネのイメージ形成に大きな役割を果たしている気がする。大友克洋や谷口ジロー、浦沢直樹、江口寿史といった日本のマンガ家たちの発言によれば、少なくとも一部の人に与えたインパクトも相当なものだったようだ。

上段:『ラッキー・ルーク』、『タンタンの冒険』、『スマーフ』
下段:『スターログ』のメビウス紹介ページ、グィド・クレパックス『ヴァレンティーナ』

その後も、バンド・デシネの翻訳紹介やバンド・デシネとマンガを近づける試みは、ゆるやかにではあるが、連綿と続いていった。エンキ・ビラルの邦訳、さまざまな雑誌における特集、雑誌『モーニング』におけるバンド・デシネ作家のオリジナル作品掲載(バルの『太陽高速』もそのうちのひとつ)、フレデリック・ボワレを中心とする「ヌーベルまんが」の活動、川崎市市民ミュージアムで「フランスコミック・アート」展開催……。特に1990年代末から2000年代半ばにかけて、バンド・デシネを日本に紹介するに際して、フレデリック・ボワレが果たした功績は、高く評価されるべきだろう。これらについてここでは詳述しないが、ご関心がある方は、『美術手帳』2016年8月増刊号「特集:「バンド・デシネ」のすべて」に掲載された「日本におけるバンド・デシネ」という年表(P96-99)をご覧いただきたい。完璧にはほど遠いが、今後来るべきより詳細な年表のたたき台くらいにはなっていると思う。

『美術手帳』2016年8月増刊号「特集:「バンド・デシネ」のすべて」

同誌の「日本におけるバンド・デシネ」年表

1968年以降、『タンタンの冒険』などのシリーズものを別にすれば、バンド・デシネの邦訳出版は、年にせいぜい数冊だった。10冊以上出版されることはまずなかったし、1冊も出ないなんてこともままあったはずだ。ところがここ数年は、毎年20冊前後のバンド・デシネが刊行されている。状況を変えるきっかけとなったのは、2008年に創刊されたバンド・デシネの専門誌『ユーロマンガ』の存在である。

『ユーロマンガ』vol.1(発行:ユーロマンガ、発売:飛鳥新社、2008年9月)

『ユーロマンガ』は、在日フランス大使館で書籍担当アシスタントを務めた経験もあるフレデリック・トゥルモンドが、自ら立ち上げた日本初のバンド・デシネ専門誌。発行ユーロマンガ合同会社、発売飛鳥新社で、当初年2回のペースで出版された。1号につきバンド・デシネ4作品を連載し、それぞれ単行本1巻分の半分を掲載。2号で各作品の単行本1巻分が読めることになる。創刊当時のラインナップは、それ以前に早川書房から単行本が2冊刊行されていたガルニド&カナレス『ブラックサッド』第3巻と、「フランスコミック・アート」展や雑誌『Slip』(飛鳥新社)でも紹介され、一部では既によく知られていたニコラ・ド・クレシーの『天空のビバンドム』、そして、カネパ&バルブッチ『スカイ・ドール』、マリーニ&デュフォー『ラパス』。それまであまり日本で紹介されていなかった新しい作品も収録されていて、とても新鮮だった。ちなみに筆者がバンド・デシネの翻訳者としてデビューしたのも、この『ユーロマンガ』においてである。『ユーロマンガ』は、少なくとも、2008年から数年間、日本におけるバンド・デシネの案内役を務め、さらに、それまで日本では知られていなかった新しい作家・作品を紹介し、ささやかではあったかもしれないが、新風を巻き起こした。その後は、邦訳単行本がさまざまな出版社から刊行されるにつれ、徐々に刊行ペースを落としていき、2013年刊の第8号を最後に、刊行が止まった状態である。会社としてのユーロマンガは、現在、さまざまな邦訳バンド・デシネ単行本を刊行している。

『ユーロマンガ』vol.1~8

偶然か必然か、『ユーロマンガ』創刊翌年の2009年には、メビウスが久しぶりの来日を果たし、京都と東京でさまざまなイベントが行われ、バンド・デシネに対する注目が高まった。当時、新刊で購入できるメビウスの邦訳単行本はなかったのだが、それでもイベントは盛況だった。当時のイベントの様子は、『ユリイカ』2009年7月号「特集:メビウスと日本マンガ」で確認できる。メビウスの来日から1カ月遅れで、メビウスの久々の邦訳単行本『B砂漠の40日間』(飛鳥新社)が刊行された。高価な本だったが、売れ行きは好調で、この作品もまた、その後のバンド・デシネ邦訳単行本の増加に一役買っているはずだ。

左:京都で行われたメビウスの講演・企画展「メビウスの世界」のチラシ
右:東京で行われたシンポジウム「メビウス∞描線がつなぐヨーロッパと日本」のチラシ

個人的には、その頃、アメリカン・コミックスの邦訳が再び活況を呈し始めたことも無関係ではないと思っている。『ウォッチメン』『DARK NIGHT バットマン:ダークナイト』(ともに小学館集英社プロダクション、2009年)が好調という背景もあって、ホドロフスキー&メビウスの『アンカル』が、2010年、同じ小学館集英社プロダクションから出版されたのだ。

ShoPro版『アンカル』(現在は2015年刊のパイインターナショナル版が流通)が発売されたのは、2010年12月だったが、その時期、バンド・デシネの邦訳単行本の出版が相次いだ。同年10月末に国書刊行会のBDコレクション第1弾パスカル・ラバテ『イビクス―ネヴローゾフの数奇な運命』が、11月には、飛鳥新社から、『ユーロマンガ』で連載されていたニコラ・ド・クレシー『天空のビバンドム』が、さらに、小学館集英社プロダクションから、同じド・クレシーの『氷河期』が、そして、12月には、BDコレクション第2弾クリストフ・シャブテの『ひとりぼっち』が、さらに年明けの1月には、その第3弾エマニュエル・ギベール『アランの戦争―アラン・イングラム・コープの回想録』が、続々と刊行されたのだ。

2010年後半にまとめて出版された邦訳バンド・デシネ

2011年以降、バンド・デシネの邦訳はさらに増えていき、数年を経て、近年におけるように年間20点近く刊行されるまでになった。アメリカン・コミックスはここ数年で、年間100点以上刊行されるまでになったから、それに比べたらはるかに少ないが、それでも、以前とは比較にならないほど多くのバンド・デシネが読めるようになった。ペネロープ・バジューの『ジョゼフィーヌ!―アラサーフレンチガールのさえない毎日』(DU BOOKS、2014年)やバラック、バスティアン・ヴィヴェス、ミカエル・サンラヴィル『ラストマン』(飛鳥新社、既刊4巻、2016年~)のように、フランス語圏の新しいバンド・デシネの傾向を反映した作品も翻訳されるようになってきている。ついでに言えば、トニー・ヴァレント『ラディアン』(飛鳥新社、既刊6巻、2015年~)のような、フランス人作家がフランス語圏で出版したマンガまで翻訳されるようになった。

バンド・デシネの新しい傾向を反映した邦訳作品

これもメビウスの来日以降顕著になった傾向だが、バンド・デシネ関連のイベントも以前に比べるとかなり多くなっている。海外マンガフェスタを中心に毎年のようにバンド・デシネ作家が来日し、さまざまな展覧会が行われている。小規模な展覧会はこれまでにも何度も行われているが、2016年7月から2017年9月にかけて、「ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~」という、日本の何カ所かを巡回する大規模な展覧会も行われた。

「ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~」カタログ

一方で、海外マンガの常として、せっかく出版された邦訳が数年で絶版になってしまうことも少なくない。多くの人に知られぬまま、容易には入手できなくなってしまう作品の中に名作や傑作が含まれているのは、残念なことだ。ここ数年でバンド・デシネが少しずつ浸透してきているのも事実だろうから、ゆるやかにではあれ、今後バンド・デシネの世界がより深く知られ、さらに多くの邦訳が出版されていくことを祈るばかりである。つーか、主にバンド・デシネの翻訳で生計を立てている筆者としては、これは死活問題なのである……。

次回はもう少し邦訳バンド・デシネの世界に踏み込んでみることにしよう。


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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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