テプフェールをめぐる記念碑的著作―森田直子『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』

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7月7日(日)に日本マンガ学会海外マンガ交流部会第12回例会公開研究会が行われる。「海外マンガ交流部会」と言うだけあって、毎年海外マンガ関連の講演や研究発表が行われるのだが、今年はふたつ行われる講演のひとつで、東北大学大学院情報科学研究科准教授で比較文学とフランス語圏文学を専攻する森田直子さんが、今年2月末に刊行された新著『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』を自ら紹介してくれることになった(その他のプログラムについては上記リンク先を参照のこと)。

森田直子『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』(萌書房、2019年)

「テプフェール」とは19世紀前半に活躍したスイスの作家ロドルフ・テプフェールのこと。自身は「版画文学」や「版画物語」という言葉を用いたが、私たちがよく知るバンド・デシネ/コミックス/マンガに近い作品を複数残し、さらにそれらの意義を論じた理論的な著作をいくつもものしている。森田さんの本のタイトルでも「ストーリー漫画の父」と謳われているが、とりわけフランス語圏のマンガ”バンド・デシネ”の始祖のひとりとして、20世紀後半になってから世界的に再評価が著しい。森田さんの著書は、そのテプフェールを論じた日本人の書き手としては初の本格的な書籍である。

テプフェールなんて初めて聞いたという人もいるかもしれないが、森田さんの講演はテプフェールについて何も知らない人にも安心して聞いてもらえる内容だそうだから、興味がある人はぜひ研究会(参加無料。学会員でなくても参加可)に足を運び、森田さんの講演を聞いていただきたい。

もちろんいきなり講演を聞いていただければいいのだが、事前にもうちょっと知っておきたいという人のために、 講演の直前ではあるが、 テプフェールについて、そしてこの本について、ここでちょっと簡単な整理をしておこう。

ちなみに同書については、他ならぬこのComic Streetで、既に小田切博さんがレビューをしてくださっている。森田さんのお仕事を高く評価しつつ、日本における既存のマンガ研究と接続しようとしたときにどうしても目についてしまうある種の齟齬について注意を喚起する論考である。特にマンガ研究に興味がある方には、ぜひ併せて読んでいただきたい。

小田切博「19世紀に「マンガ」は存在したのか?―『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』森田直子(萌書房、2019年)」

さて、ロドルフ・テプフェールについては、森田さんの著書以前に研究書が1冊邦訳出版されている。ティエリ・グルンステン、ブノワ・ペータース『テプフェール―マンガの発明』(古永真一、原正人、森田直子訳、法政大学出版局、2014年)である。

ティエリ・グルンステン、ブノワ・ペータース『テプフェール―マンガの発明』(古永真一、原正人、森田直子訳、法政大学出版局、2014年)

筆者も共訳者として名前を連ねているこの本は、もともと1994年にフランスで出版された。フランス語圏ではテプフェールの没後150周年に当たる1996年(この年は奇しくもアメリカのコミックスの起源のひとつに数えられるリチャード・アウトコールト「イエロー・キッド」の生誕100周年にも当たり、欧米ではマンガの起源をめぐってちょっとした議論になったのだとか)前後にテプフェール再評価の機運が高まったそうだが、それに先駆けて出版された本である。邦訳版が出版されたのは、それからきっかり20年後の2014年……。この作家に対する日本における認識の遅れが嫌でも目につこうというものだ。逆に2010年前後から海外マンガ事情(研究も含め)の紹介にしろ、 海外マンガそのものの翻訳にしろ、それまで以上に進んだ印象があり、そういったポジティブなグローバル化を喜ぶべきなのかもしれない。

同書の「訳者あとがき」の筆者担当箇所で触れているので詳しくはそちらを読んでいただきたいが、欧米ではバンド・デシネ/コミックス/マンガの起源として90年代から議論の的となっていたテプフェールが、日本でもその文脈で本格的に紹介され始めたのは2000年代後半に入ってからのこと(それ以外の文脈ではもう少し早く翻訳紹介がある)。そこで重要な役割を果たしたのが、他ならぬ森田直子さんである。森田さんは2006年に「ロドルフ・テプフェールの『版画文学』理論―コミックの本質としての描線と顔」という論考を『マンガ研究』vol.9に発表し、この作家の重要性を世に問うた。その後、2008年にテプフェールの作品『M.ヴィユ・ボワ』(佐々木果訳、オフィスヘリア、2008年)が自費出版されるなどして徐々に気運が高まり、同書の出版につながったわけである。

『テプフェール―マンガの発明』は、『線が顔になるとき―バンドデシネとグラフィックアート』(古永真一訳、人文書院、2008年)や『マンガのシステム コマはなぜ物語になるのか』(野田謙介訳、青土社、2009年)で知られるフランスのマンガ研究者ティエリ・グルンステンと、『闇の国々』(古永真一、関澄かおる、原正人訳、全4巻、小学館集英社プロダクション、2011~2013年)の原作者であり、マンガ研究者の顔も持つブノワ・ペータースの共著で、ブノワ・ペータースが「顔と線―テプフェール的ジグザグ」という論考を、ティエリ・グルンステンが「ある芸術の誕生」という論考を寄せている。ペータースの論考が、テプフェールの理論的な著作を手がかりに観相学からマンガの描線、写真まで縦横無尽に語り、テプフェールの思考や活動のアクチュアリティを称揚しているのに対し、ティエリ・グルンステンの論考は、テプフェールの業績をマンガ史に位置づけ、その意義を要領よくまとめている。さらに同書には「テプフェール自身の語るテプフェール」として、テプフェールが残した理論的な著作のうち、「ある実施要項に関する考察」、「『ジャボ氏の物語』への注記」、「『ジャボ氏の物語』海賊版に関する注記」、「『転写石板試作集』への注記」と、カムという作家との往復書簡が訳出されている。なお、この「テプフェール自身の語るテプフェール」の翻訳を、日本におけるテプフェール研究の第一人者として森田さんが担当している。

同書は今でもその価値を失っておらず、テプフェールに興味がある人なら必ず当たるべき本だと思うが、とはいえ、もともとフランス人の著者がフランス語圏の読者向けに、1994年という時期に出版した本でもある。テプフェールについてその後明らかになったことだってあるし、日本人ならではの関心だってあっても不思議はない。フランス語圏においても日本においても、同書が出版された1994年以降にマンガ研究がさらなる進展を示していて、その蓄積だってバカにならない。

前置きがずいぶん長くなったが、そこに満を持して出版されたのが、欧米のテプフェール研究の現在の動向を踏まえ、日本のマンガ研究にも目配りしつつ、現代の関心を盛り込んで書かれた森田直子さんの新著『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』なのだ。

本書は、序章と終章で4つの章を挟む全6章の構成になっている。付録がまた充実で、テプフェールが最初に出版した作品『ジャボ氏の物語』(1833年)の本邦初訳あり、詳細な年表あり、テプフェールの版画物語のあらすじあり……の椀飯振舞。テプフェールについて日本語で考えるためのツールがだいぶ増えた印象である。

『ジャボ氏の物語』の翻訳。 『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』 P247~303

ちなみにテプフェールが残した完成作品は全部で7つ。本書で森田さんが採用している表記に従うと、『ヴィユ・ボワ氏の恋』(のちに『ヴィユ・ボワ氏』)、『フェステュス博士』、『クリプトガム氏』、『ジャボ氏』、『ペンシル氏』、『クレパン氏』、『アルベール物語』である。このうち既に『ヴィユ・ボワ氏』が『M.ヴィユ・ボワ』として、『クレパン氏』が『クレパンさん』として邦訳されていて、ここに今回 『ジャボ氏』 (=『ジャボ氏の物語』)が加わったことになる。残すは4作品。テプフェールほどの作家の作品であれば、全部日本語で読めるようになってほしいものである。

上:『M.ヴィユ・ボワ』(佐々木果訳、オフィスヘリア、2008年)
下:『クレパンさん』(森田直子訳、ナラティヴ・メディア研究会、2017年)

具体的な内容については、本書を実際にひもといていただきたいが、テプフェールの作品をひとまず「絵物語」と呼ぶとして、森田さんはテプフェールの絵物語を、18~19世紀に生まれた「原始的(プロト)ストーリー漫画」と19世紀末~20世紀初頭に生まれた「現代的ストーリー漫画」を橋渡しするものと位置づけている。そうしたテプフェールの絵物語の特色を、彼が絵物語を発明したプロセスを通して明らかにしようというのが本書の狙いである。森田さんによれば、「テプフェールが絵物語を作り、刊行するに至った過程には、(1)笑いを基調とする新しい物語メディアの創造、(2)身体言語(特に顔としぐさ)を利用した物語の伝達、(3)こうした新様式の物語を本として構想すること、という3つの革新的要素があった」(P25)。本書はこの「3つの革新的要素」を具体的に詳述した著作であり、第1章と第2章で(1)を、第3章で(2)を、第4章で(3)を、それぞれ扱っている。

『テプフェール―マンガの発明』の、特にティエリ・グルンステン「ある芸術の誕生」で論じられていることを前提としつつ、そこで詳しく展開されなかったことをさらに詳しく展開し、テプフェールと演劇とのかかわりを始め、簡単な示唆にとどめられていたことを掘り下げ、テプフェール研究をグンとアップデートした、というのが読後の印象である。とりわけ、第2章の物語論(ナラトロジー)を導入した『ジャボ氏の物語』の分析は興味深い。ところどころ、テプフェールを理解する上で必要な文化史的背景(喜劇、修辞学、観相学、礼儀作法、決闘、カリカチュア……)も具体的な事例を交えてなされていて、非常に勉強になる。翻訳ものにありがちな記述のとっつきにくさもないし、これから日本でテプフェールのことを知りたいのであれば、まずはこの本から入るべき記念碑的著作と言っていいだろう。もっとも、当然のことながら、本書を読むことでテプフェールのすべてがわかるわけではない。そういう意味では今後のテプフェール研究のさらなる進展も期待したいところである。

本書の意義としてもうひとつ強調しておきたいのは、序章で一人間としてのテプフェールに迫っている点。これは今まで不思議と欠けていた情報だった。テプフェールがもともと画家を志望していて、眼疾のためにその夢を諦め、版画文学を始めたことはよく知られているが、正統的な美術に対して周縁的な位置に立つことになった彼が、ジュネーヴの地に生まれたため、フランスとの関係においても周縁的な存在だったことや、そのジュネーヴが1815年にスイスに加入したことで、スイス人というアイデンティティを抱くようになったことなどが詳述されている。テプフェールは晩年、ささやかながら、「周縁」と「中心」が入れ替わるダイナミズムに巻き込まれるのだが、それがまた面白い。

テプフェールが周縁的な存在であるなら、テプフェール研究もまた周縁的な存在なのかもしれない。本書の最後には「あとがき」が置かれていて、そこでは森田さんのテプフェールとの出会い、本書の執筆の経緯、本書を執筆するに当たって心がけたことがまとめられている。短い文章だが、海外マンガに関心がある人にとってはさまざまな示唆に富む文章なので、こちらも一読をおすすめしたい。

『「ストーリー漫画の父」テプフェール 笑いと物語を運ぶメディアの原点』は、 本文と付録を合わせて全360ページの、読むのにちょっと気合いが必要な堂々たる本だが、まずはそのきっかけとして、 日本マンガ学会海外マンガ交流部会第12回例会公開研究会 の森田さんご自身による講演を聞いてみてはいかがだろうか。既に読んだという方がいれば、テプフェールについてさらに知識を深めるためにぜひご参加いただきたい。


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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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