アメリカの「オタク」たちの祭典「オタコン」(Otakon)に行ってきた(2)

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オタコンには、日本のポップカルチャーを楽しむだけでなく、アジアや日本の文化、歴史、伝統を学ぶというミッションがあり、前回レポートした現在形の「ポップカルチャー」だけでなく、伝統的な日本文化を紹介したり、日本社会や歴史、文化を考えたりするパネルや企画もいくつか見かけました。

ホテルの一室が古神道の神社に変貌

「神聖な場」だったので写真も外側からのみ

そのひとつは、オタコン会場にとつぜん現れた神道の神社。メリーランドを拠点としている着物の先生で神道の「神職」としても活躍する金輪久仁子さん。会場には金輪さんが祀った「古神道」の祭壇があり、賑やかな会場のなかで、ひときわ「静謐な空間」を作り上げていました。金輪さんによると、企画した「神道の基本講話」や「アニメにみる神道」といったパネルにも多くの人が集まったそうです。

 

日本の文化の理解を深める点で、オタコンのインパクトをさらに感じたのは、「手塚治虫と身体表象」についてのパネル。若い二人組のパネリストの企画で、手塚治虫の『ブラック・ジャック』を中心に、手塚の身体表象を分析したものでした。英語圏で出版されているポピュラー・カルチャーの学術雑誌『メカデミア』(Mechademia)の手塚特集号や、身体物語論の学術書を引用したなかなか本格的な発表でした。どこかの研究者か大学院生だろうかと思いパネル後に話しかけてみると、「いや、大学院かどこかで勉強していたらいいんだけど。単に興味があって・・・」との返答。こうした在野のファンの興味や研究、そして彼らの情熱に出会えるのもオタコンの魅力のひとつです。

在野の「批評家/研究者」たち

「身体物語論」を使った本格的なパネル

日本文化を学ぶ企画には、日本のマンガを北米に紹介した立役者のフレデリック・ショット氏と、『ジャパナメリカ―日本発ポップカルチャー革命』(2007年)の著者でジャーナリストのローランド・ケルツ氏が招待されていました。どちらも、複数のパネルに参加されていましたが、「どうやって日本について書くか(How to Write about Japan)」というパネルでは、お二人の経験に基づいた実践的なアドバイスが語られ、それを真剣に聞く聴衆の姿が印象的でした。この中から次世代のジャーナリストや両国の文化をつなぐプロフェッショナルがでてくるんじゃないか。そんな期待が持てるパネルでした。

フレデリック・ショット氏とケルツ氏のパネル

ヘンリー・木山義喬『漫画四人書生』(復刻版)の表紙

マンガ/コミックス的な興味から最も興味深かったのは、ショット氏が英訳した木山義喬(きやまよしたか)の『漫画四人書生』(英題:The Four Immigrants Manga : A Japanese Experience in San Francisco, 1904-1924)についてのパネルです。この作品は1931年に出版されましたが、長らくマンガ史からは忘れさられていました。それを1980年に発見したのがショット氏。さらには1998年にその英訳(上記)を出版し、忘却の淵から救い出しました。ショット氏の木山本人とその遺産に対する詳細なリサーチには、目を見張るものがあります。「黒沢医院」の子孫たちがサンフランシスコの旧日本人街を訪ねたというローカルなニュース記事から木山のマンガに現れる実存した人物「ドクター・黒沢」を特定したり、ミック・ストリップのコマの背景に描かれている場所を見つけたり、木山の子孫に会いに鳥取県まで出かけたりと、そのリサーチにかける情熱には脱帽です。

ヘンリー・木山のサンフランシスコでの写真

ショット氏としばし対話

『漫画四人書生』のオリジナルは、木山のカリフォルニアの生活を反映して「英語と日本語」が混ざった(ある意味で)バイリンガルなマンガとして出版されています。例えば、アメリカ人や主人公たちが英語を話す時は英語で、日本人同士が会話する時は日本語でと言った具合。さらには、マンガの形式もアメリカのコミック・ストリップと日本のマンガのハイブリッドとも言えます。例えば、出版された本は左開きで、コマも(アメリコミのように)左から右へと読み進め、フキダシの中の文字も「横書き」になっています。さらに、ショット氏によれば、いくつかのページでは、吹き出しの順番が「間違って」いるコマもあるとのこと。左から右へと読んでいくと、挨拶(「げんきですか」)に対する返答(「げんきですよ」)が先に読めてしまうページがある、とのこと。木山の『漫画四人書生』は、Wikipediaなどで「アメリカにおける最初期の日本漫画に属する」と書かれていますが、奥付には「発行所」としてサンフランシスコのサター通り(Sutter Street)が記載されており、アメリカのマンガ形式をなぞっているところも含めて、「日本」漫画と断定してもよいのでしょうか。むしろ、ショット氏が言うようにヘンリー・木山義隆のこのハイブリッドなマンガは、両国のマンガ/コミックスの文化・伝統の「橋渡し」をしている作品であり、同時に、国ごとに歴史化されてきたマンガ史/コミック史を考え直す契機を与えてくれる作品とも思えました。

日本語と英語が混ざった木山の漫画

もうひとつオタコンの教育・学術面への貢献として特筆すべきは、ミカエル・コウリコフ(Mikhail Koulikov)による「マンガ/アニメ・スタディーズ」のパネル。大学に所属する学者や研究者、大学院生が参加し、アメリカの高等教育機関でマンガやアニメの研究をすることについて、可能性と問題点も含め、アドバイスや情報提供をしていました。学術研究的な知とファンをつなぎながら、同時に次世代の研究者を育てる意図がうかがえます。

研究者・大学院生たちのパネル

こうした文化的・教育的・学術的な体験もできる「オタコン」は、アジア/日本発のポピュラー・カルチャーを消費して楽しむだけの場ではなく、そこから歴史や文化、伝統を学ぶ態度へ、そして教育・研究へといった知的なつながりを作り上げている点でとても重要だと思われました。もちろん、楽しみ方はひとそれぞれで構いませんが、多種多様なイベントや企画パネルを通して、国境や文化、民族を越えて、人と人、コミュニティとコミュニティをつなぐだけでなく、互いの文化や価値観(の違いと変化)が学べる場を提供していることは、とても貴重だと思います。

アメリカ各地で行われているコンベンションのチラシ

折しもオタコン開催中に、隣のヴァージニア州シャーロッツビルで「白人至上主義者」のグループと反対派が衝突する事件が起こりました。こうした対立と暴力は、アメリカ社会に今なおくすぶり続ける「人種」・民族的な軋轢と分断を顕在化させています。そこからほんの170kmほど離れたD.C.のオタコン会場では、国籍や民族や年齢の違いを超えた交流と対話がなされており、他国/他文化(日本)からのゲストや他国発の文化に対するレスペクトも含めて、全く対照的なコミュニティが作り上げられていました。21世紀の可能性は「シャーロッツビル」ではなく、オタコンのような「場」(サイト)にあると感じたのは私だけではないでしょう。


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About Author

CJ・スズキ

愛知県生まれ、現在アメリカのニューヨーク在住。メインストリームのアメコミ作家からオルタナ系のアーティストをはじめ、世界中からさまざまなジャンルやバックグラウンドのアーティストが集まる刺激的な都市、ニューヨークで、日本と北米のマンガを中心に研究しています。映像作家/大学講師であるジョージ・ツーリス(George Tsouris)とともに「Manga Research and Reading Network in NYC (MaRRN)」を主宰。

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