アメリカン・オリジナルとしてのコミックブックとはなにか

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1.サリンジャーも読んだコミックブック

『ナタンと呼んで―少女の身体で生まれた少年』(カトリーヌ・カストロ原作、カンタン・ズゥティオン作画、原正人翻訳、花伝社刊)を読み、フランスのBDはますます進化しつつある―と感嘆しつつ、しかし、そろそろ〈亡びゆく…〉かもしれないアメリカの生んだ独自のマンガ出版形態であるコミックブック(comic book)について記しておかないと、海外マンガ史のなかで埋もれ、忘れられてしまう恐れがある―と感じる。

まず手始めに、comic bookとは、どう和訳するか―という基本的な問題がある。

数年前、大阪で海外マンガの翻訳について、私の尊敬するその分野での大家と話をする機会があった。なにしろ彼は、東京で翻訳教室を主宰しており、彼のもとから優秀な若い翻訳家たち(女性が多いのも頼もしい)が、次々と育っているのだから、すばらしい。そのあとの食事の席で、私は、comic bookというのは、文字通り〈漫画本〉と訳すと、日本で出ているコミックスの単行本か、ページ数の多いコミック誌などと思われてしまいがちなので、やはりコミックブックと、そのまま訳すほかない―と話すと、彼もうなずき、私の言う意味を理解してくださったように思った。

その後、この翻訳家のある訳書を読んでいたら、ベトナム戦争の場面だったか、アメリカ兵がリュックサックから漫画本を出して読む―という意味が記された場面があった。あ、これは原書にはcomic bookとあったに間違いないと私は思った。しかし、コミックブックという用語は、日本では一般になじみがない―などと配慮されて、やはり漫画本とするしかないと訳者は判断したのだろうと、私は納得した。

さまざまなコミックブック

ことばで説明するとややこしくても、それが映画のなかに出てくれば、どんなものかひと目でわかる。サリンジャーについては、昨年2本の映画が日本でも公開されたが、そのひとつ『ライ麦畑の反逆児』を見て私が知ったのは、サリンジャーにも戦争体験があったという事実である。映画のなかで、従軍した彼がリュックサックから一冊のコミックブックをとり出して読む場面があった。それは流行のスーパーヒーローもののコミックブックではなく、ユーモラスなコミックス(「アーチー・シリーズ」の一冊かなにかだったと思う。もう一度見れば確認できるのだが)。

この映画で、サリンジャーにも戦争体験があり、となりにいた戦友が射たれて死んだショックなどから生涯逃れられないでいたことが、この映画を見てわかった。

サリンジャー同様、太平洋戦争を日本を相手に戦ったアメリカ兵たちは、みなほとんど、コミックブックは常に持っていたはずだ。日本に勝利した米兵たちを敗戦直後の日本に運ぶ輸送船には、コミックブックが山のように積まれていた。兵隊用に無料で出版社が刷ったコミックブックの表紙には、complimentary copy(無料)と、印刷されているのを、私はいまでも何冊か持っている。

アメリカからの日本占領軍は、日本では〈進駐軍〉と呼ばれ、彼らの駐留する立川その他の基地からは、読みすてられたコミックブックがくず屋に出され、それは東京を含む日本中の古書店に出まわった。まだ大阪の医大生だった若き日の手塚治虫はそれらを買い集めて参考にし、そのまま東京まで持ってきたことを、治虫氏の妹の美奈子さんが私に話してくれた。また、東京の手塚プロに案内されたとき、数十冊のコミックブックの古本が積んであるのも目にした。それらの多くは、私が東京の古書店で1冊10~20円で買ったものと重複していた。

2.すべてカラーで10セント

アメリカで出版されたほとんど最初のコミックブックの研究書『All in Color for a Dime(すべてカラーで10セント)』が刊行されたのは1960年代、そのことを知った私は著者のディック・リュポフ氏に手紙を書くと、親切にも彼は、カラー図版の多いそのりっぱなハードカバー版を送ってくれた(その後出たペイパーバック版も私は持っている)。

『All in Color for a Dime(すべてカラーで10セント)』のペーパーバック版。
Richard A. Lupoff, Richard A. Lupoff, All in Color for a Dime, Krause Pubns Inc, 1997

私は『スーパーマン』、『バットマン』、『ポパイ』、『ドナルドダック』など、〈すべてカラーで10セント〉時代のコミックブックを、いまでもかなり持っている。最も古いのは、1947年に出た「ドナルドダック」ストーリーを含む『ウォルト・ディズニー・コミックス』の7冊で、巻頭にはすべて私の大好きなカール・バークス作の「ドナルドダック」のマンガが載っている。

Walt Disney’s Comics and Storiesの1947年2月号

1983年、『マウス』の作者となるアート・スピーゲルマン夫妻が初来日したとき、会ってすぐ10分で私と旧知のような仲になったのは、私がカール・バークス作のドナルドダックのシリーズやW・マッケイの『リトル・ニモ』の話をしたからだ。スピーゲルマンと私とは、マンガの好みが一致していたのである。そして、1991年、カリフォルニアにカール・バークス氏を手塚治虫氏といっしょに訪ねたとき、私はその7冊のコミックブックに、すべてサインしてもらった。

バークス氏が2000年に亡くなったときは、彼はアメリカのコミックス史上の至宝のような存在として大きく報じられ、私は『読売新聞』に追悼の記事を書いた。なお、いまカール・バークスの世界で最も熱狂的な信奉者は、(実はアメリカ以上に)ドイツでグループを作っていることを、昨年私は知って驚いた。

なお、アメリカのコミックブックの誕生と、1940~50年代にかけてのその分野への弾圧運動については、私が翻訳したデヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅!―アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(岩波書店)に詳しいので、お読みいただければと思う。

デヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅!―アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(小野耕世、中山ゆかり訳、岩波書店、2012年)

その全盛期には(広告も含む)内容48ページでフルカラーで百万部単位で売れたコミックブックは、値あがりしページ数も減っていったが、マーベルの『X-メン』は、全盛期に400万部売ったことが記録されている。このときには、同じ内容を表紙をいくつか替えた版も同時に刊行され、いまではそのすべてを買うコレクターもいるのだった。

『X-メン』その他のコミックブックは、1冊10セントどころか、数ドルもの定価がつき、きちんと雑誌あつかいされ、つまり、コミック・マガジンとも呼ばれている。東京の神田神保町の古書店では、それらが百円から数百円で売られている。また驚くべきことに、その古書店では、1950年代の『ウォルト・ディズニー』のコミックブックなども売られている。店員が私の顔を知って、それが置いてある店の奥に案内するというのだが、見たら欲しくなるので、私はその誘いを断った。

しかし、すごいものだ。アメリカでは千ドルするかもしれない(もちろん保存状態によるが)古いコミックブックが、その店の奥では、数千円かそれくらいで売られているのだから、アメリカ人が買いにくるのも当然だろう。そう言えば、ずっと前に、別の神保町の古書店で、アメリカのコミックブック(保存状態はよくない)が20冊くらいまとめて三千円ほどだったので、すぐ買ったことがある。古くからそれを持っていた日本人が売ったようだった。

なお、最後に私自身ことを。

晶文社から私の訳で出ていたアート・スピーゲルマン作『マウス』および『マウスⅡ』は、晶文社が契約の更新を拒んだため、もう十数年も絶版状態にあり、古書価が非常に高くなっていた。アメリカでは、ⅠとⅡを合冊した『マウス』全1冊完全版が出ているが、それがようやくパン・ローリング社という『マウス』にほれこんだ出版社のおかげで、私の改訳によって出ることになった。しかし、スピーゲルマン側が細部のデザインなどにこだわるので、刊行は来年の1月になりそうだ。

旧版に手をいれながら、改めてスピーゲルマンの『マウス』は、おおげさに言えば、世界のマンガ史を変えた画期的な作品なのだったと、思い返している。その内容は、少しも古びていないどころか、なおも、人間とは、国家とは、歴史とはいったいなんだろうか―と、改めて思いおこすことになってしまう。出版社の編集担当の女性も「読み返して、驚きをますます深くしています」と、ゲラ刷りを読みながら感想を伝えてきた。いまでも世代を越えて読み継がれている作品なのは、まちがいない。彼が同時多発テロ体験を描いた『消えたタワーの影のなかで』(小野耕世訳、岩波書店)も、ひとつのアメリカ論といえよう。

アート・スピーゲルマン『消えたタワーの影のなかで』(小野耕世訳、岩波書店、2005年)

小野耕世さんイベント情報

知られざるユーモア大国キューバ―ハバナ国際マンガ大会に招待されて

日時:2019年9月12日(木)午後7時~午後8時30分(午後6時30分開場)
会場:日比谷図書文化館 4階スタジオプラス(小ホール)
定員:60名
参加費:1000円
※詳細は日比谷図書文化館のイベント情報ページを参照のこと


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About Author

小野 耕世

1939年生まれ。評論家、翻訳家。1960年代末以降、現在にいたるまで海外マンガを精力的に翻訳・紹介し続けている。主な著書に『バットマンになりたい―小野耕世のコミックス世界』(晶文社)、『長編マンガの先駆者たち―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店)、主な訳書にロバート・クラム『フリッツ・ザ・キャット コンプリート』(復刊ドットコム)、パコ・ロカ『家』(高木奈々との共訳、小学館集英社プロダクション)などがある。

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