コミックブックの手法でラブレターを書くには…

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1.コミックブックで育った少年

アメリカ独自の出版形態であるコミックブックについてのお話の続き。スティーヴ・ハミルトン著、越前敏弥訳『解錠師』(原題:The Lock Artist)は、2010年にアメリカで刊行されると、たちまちアメリカ探偵作家クラブや英国推理作家協会の賞などミステリー分野の多くの賞を受賞している。

そして邦訳は、2011年にハヤカワ・ミステリの一冊として刊行されると、2012年に宝島社の〈このミステリーがすごい!〉と、週刊文春の〈ミステリーベスト10〉のそれぞれ海外作品部門で1位の評価を得ている。

だからこれは推理小説なのだが、私にはそれよりも、非常に優れた青春小説に思えてならない。私が手にしたのは、ハヤカワ・ミステリ文庫版である。

スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(越前敏弥訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2012年)

主人公のマイクルは、ある精神的ショックを受けたため、子どもの頃から口がきけなくなった少年。彼が、自己を語る形式で物語は展開する。彼は金庫などの錠を開ける方法を身につけてしまったため、17歳になったいま犯罪者たちに利用されるようになる。そして彼は、自分を庭仕事のために雇ってくれている男の美しい娘(少女)に恋をしてしまう。彼女へこっそり渡すラブレターのなかに、彼は思わず彼女の顔を描いてしまう。

「ぼくは子供のころからずっと漫画本が好きで、酒店の奥の部屋で過ごした長い日々にも夢中で読みふけっていた」(文庫本266ページ)と主人公が自分の過去を語る部分に出てくる〈漫画本〉とは、間違いなくcomic bookの訳だと、私はすぐにわかった。このコミックブックが、日本のいわゆる「漫画の本」(マンガの単行本のように見られてしまいそうだ)とは違うと思っていても、日本には存在しないアメリカのコミックブックとは何かを説明すると、非常にややこしくなるので、訳者としては漫画本と訳さざるを得なかったのだろうと、私は同情する。主人公の独白は続く……。

「このときはまだ、漫画がかっこいいものになっていたとは知らなかった。“グラフィックノベル”とやらを見たことがなかった。以前に美術クラスの同級生が漫画のようなものを描いたとき、マーティ先生がさんざんにけなしていたのを覚えている。たしか“低俗なくだらないエセ諷刺”とか言っていた。だから、漫画の道へ進もうともとから考えていたわけじゃない。これはたまたまの成り行きだった」。

さらに、次のような記述もある。

「そもそもの発端を思い出した。アメリアがはじめてぼくに話しかけたときのことを。アメリアはぼくの後ろに立っていて、少し上から見おろしていた。(中略)その場面を、すばやくおおまかに描く。さて、アメリアはなんと言っていた? (中略)“ひどい恰好。わかってるの?” そう、それだ。その台詞(セリフ)をアメリアの頭の上に描き、吹きだしで囲った。場面全体に大きな枠を描く。これが最初のコマだった」。

かくして主人公の少年は、アメリアと自分とのかかわりを、マンガのコマを増やしながら描いていき、それを封筒にいれ、こっそりアメリアの部屋に残しておくようになる。やがて彼女からの返事がこっそり届き、そこには彼の描いたコマの続きが、アメリアの手によって描かれていた……。

というふうに、マイクルとアメリアのあいだでのコミック形式の手紙のやりとりは、どんどんコマ数を増やしていくのである……。おそらくこれは、コミックブックに親しんで育った子どもたちならではの、コマ割りマンガによるラブレターの行き来が、アメリカのミステリー小説のなかに描かれた最初の例なのではないか。

もちろんミステリーなのだから、その流れにそった結末は用意されているが、私はこの小説全体を、コミックブックの効用を生かした、アメリカの新しい青春小説の登場だと感銘を受けた。そして、いっそうその内容を楽しんだのだった……。

2.『トムとジェリー』から『ルパン三世』へ

さきごろ、マンガ家のモンキー・パンチ氏が亡くなられた。彼とは1970年代末から90年代にかけて、サンディエゴのコミコンに、手塚治虫氏や、少女マンガ『キャンディ・キャンディ』の作者・いがらしゆみこ氏などといっしょに参加し、いろいろお世話になったことを、感謝とともに思いうかべる。モンキーさんほど、海外マンガの魅力を自分の作品に吸収して作品世界をひろげ、さまざまな面で進取の気性に優れた日本のマンガ家を、(手塚治虫大先生は別格として)多くは知らない。

その生前のインタビューのなかで、『ルパン三世』のルパンの仲間たちと銭形警部との追っかけは、実はアニメの『トムとジェリー』が大好きで、それがもとになっていると語っていたのを知り、私はびっくりした。

モンキー・パンチ『ルパン三世傑作集』(双葉社、2019年)

追っかけてくるネコのトムをからかうネズミのジェリーのアニメを、子どもの頃から私は笑いころげて見ていたし(その最高傑作は「The Cat Concerto(猫の演奏会)」と題して、ピアノを弾くトムを邪魔し続けるネズミのジェリーのふたりを描いた短編であるのは、言うまでもない。子どものころの父との短い思い出のなかに、まだテレビのない時代、映画館でこの「猫の演奏会」をいっしょに見に行ったときのことは、忘れられない。私の父はこのアニメを絶賛していた……。

「The Cat Concerto(猫の演奏会)」

そして先日、『ルパン三世』シリーズのアニメ『峰不二子の嘘』(前後編で計60分)を見た。すばらしかった。そこには、峰不二子を軸として、モンキー・パンチが創りあげたルパン三世という世界、その宇宙のエッセンスが、見事に詰めこまれていた……。

『峰不二子の嘘』

『トムとジェリー』は、短編アニメのほか、もちろんコミックブックのシリーズとしても、アメリカでは出版されていて、それも私は何冊か持っている。それにしても、『ルパン三世』が『トムとジェリー』から発想され、あれだけの世界にひろがったのか―と、私はモンキー・パンチという、心やさしいマンガ家の想像力の豊かさと自己向上の意識を常にきたえ続けた姿勢に、改めて敬意をはらうほかない。

日本のマンガを、世界のマンガへと発展させてきた人たちの突出したひとりとして、私はモンキー・パンチ氏を思う。『ルパン三世』は、自分の死後は、誰かが引き継いで描いてくれればいいんだよ―と語っていた彼のやさしさと、心の広さ。すばらしい人だった。私のコミックブックについての話は、おのずから『ルパン三世』の世界につながっていたのである。

〈追記〉

ところで、海外(とりわけヨーロッパ)のマンガを読んでいると、ちょっとしたことに気づいて楽しくなります。例えば、『ねこのミシェル』(ミシェル&レスリー・ブレ著、うのたかのり訳、DU BOOKS刊)を見ると、四角いメガネをかけたネコが登場して笑わせます。ところが、このネコにはヒゲがないのにびっくりしました。ネコといえば必ずヒゲだ―と、私は自分のいたずら描きのネコにも、必ずヒゲを描きます。ネコをひげなしで描く(『ミシェル』の作者だけなのかもしれませんが)マンガ家がこの世界に存在するとは思わなかったのです。ネコらしさを示すいちばんのよりどころは、そのヒゲにある―と思っていた私の常識はまちがいだったのですね。

ミシェル&レスリー・ブレ『ねこのミシェル』(うのたかのり訳、DU BOOKS、2019年)

また、自分が男性か女性かわからずに困っている子どもが主人公のヨーロッパのマンガがありますが、このテーマのコミックスは、日本にはとっくにあって、コミック誌での長編連載なので、ずっと詳しく、ストーリーも深く描かれています。そういう日本のマンガがあることを、海外(アメリカよりも欧州)のマンガ家たちは知らないのですかね。医学マンガについても、日本ほど世界で最も多様な作品がある国はないと思うのですが……。新聞もとりあげられる『コウノドリ』という産婦人科医のマンガは、もうずいぶん長く続いて、専門家のあいだでも絶賛されていますし。精神を病む患者を助ける女性が主人公の、味わい深いマンガも、もちろんあります。私は、ときどき思うのですが、海外マンガのファン、研究家たちは、逆に日本のマンガをあまり読んでいないのではないでしょうか。

私は、週刊や隔週刊、月刊、隔月刊などの多彩な日本のコミック誌を、翻訳される海外マンガと同様に、いつも読んでいます。例えば、最近完結し、単行本2冊が出た島田虎之介による超未来SF『ロボ・サピエンス前史』(講談社)などは、驚くべき秀作です。AIについて、これほど超未来への空想を伸ばしてみせたコミックスは、海外にもないでしょう。これとは正反対に、AIと人間の未来への悪夢を描くコミックスも、いま別の雑誌で始まったところです。そして私たちは、文学とマンガとが対等の時代を生きていることを、日本を含む世界マンガ作品に触れながら、日々感じとっているのです。


小野耕世さんイベント情報

知られざるユーモア大国キューバ―ハバナ国際マンガ大会に招待されて

日時:2019年9月12日(木)午後7時~午後8時30分(午後6時30分開場)
会場:日比谷図書文化館 4階スタジオプラス(小ホール)
定員:60名
参加費:1000円
※詳細は日比谷図書文化館のイベント情報ページを参照のこと


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About Author

小野 耕世

1939年生まれ。評論家、翻訳家。1960年代末以降、現在にいたるまで海外マンガを精力的に翻訳・紹介し続けている。主な著書に『バットマンになりたい―小野耕世のコミックス世界』(晶文社)、『長編マンガの先駆者たち―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店)、主な訳書にロバート・クラム『フリッツ・ザ・キャット コンプリート』(復刊ドットコム)、パコ・ロカ『家』(高木奈々との共訳、小学館集英社プロダクション)などがある。

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