イチオシ海外マンガ―小野耕世さん

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海外マンガ好きにおすすめの海外マンガを聞く「イチオシ海外マンガ」。今回おすすめしてくれるのは、翻訳家・評論家としてさまざまなフィールドで活躍され、このComic Streetでも海外マンガのレビューをしてくださっている小野耕世(おの・こうせい)さんです。


以下は、海外マンガの邦訳史上、重要な意味をもつ3冊で、入手困難のものもあるかもしれませんが、ぜひ読んでほしい作品です。

ポール・オースター原作、デビッド・マッズケリ画『シティ・オブ・グラス』(森田由美子訳、講談社、1995年)

ポール・オースター原作、デビッド・マッズケリ画『シティ・オブ・グラス』(森田由美子訳、講談社、1995年)

アート・スピーゲルマンの『RAW』に続いて独自の前衛コミック誌を刊行していたアメリカのアーティストの作画による白黒印刷の効果が美しいハンディなペイパーバックによるポール・オースターの日本でも著名な小説のコミック化である。この訳書では、作画者の名をマッズケリと表記しており、それでいいのかもしれないが、私はいつも本人をマッツケーリと呼んでいるので、私のこの原稿ではそう表記しておく。彼の作画は、冒頭から独自な展開を示し、このグラフィック・ノヴェルは、オースターの原作を超えていると考えてもいいのかもしれない―と私は感じた。日本でオースターを多く訳している翻訳家の柴田元幸氏は、この作品は『ガラスの街』と訳すべきで、『シティ・オブ・グラス』(原作小説をそう訳した人がいるのである)としてはいけないと述べている。マッツケーリは来日したことがあり、画家の林静一氏と私とマッツケーリ氏の三者でのトークは、雑誌『世界』(岩波書店)に収録されている(それが何年何月号だったか私は忘れているが、興味のあるかたは、お調べください。アメリカのスーパーヒーロー・コミックスの変換期について、彼はおもしろい意見を述べているので)。

なお、オースター氏は、アート・スピーゲルマンと親交があり、彼はオースターの小説のカバーの絵などを手がけている。オースター、スピーゲルマン、マッツケーリたちは、みなニューヨーク在住である。

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アラン・ムーア作、デイブ・ギボンズ画『ウォッチメン』(石川裕人、秋友克也、沖恭一郎、海法紀光訳、小学館集英社プロダクション、2009年)

アラン・ムーア作、デイブ・ギボンズ画『ウォッチメン』(石川裕人、秋友克也、沖恭一郎、海法紀光訳、小学館集英社プロダクション、2009年)

日本でも多くの読者(というよりも信奉者)を持っているこの長編コミックスが、1986‐87年にかけて、まずアメリカでコミックブック形式で分冊刊行が始まったとき、「すごい新しいコミックスがイギリスからやってきたぞ。この第1分冊の表紙がすばらしい」と、興奮したおももちで私に示したのは、アート・スピーゲルマンだった。私は彼からその第1分冊をもらって読みふけり、帰国してからこの新しい時代のグラフィック・ノヴェルについてどこかで書いたし、人にも話した。

つまり、イギリスから、すごいアーティストがアメリカのコミックブックの分野にのりこんできて、話題をさらったのである。いわば『ウォッチメン』は、アメリカの現代史を、スーパーヒーローたちが市民たちに混入して生きていた―という視点で、描き直してみせたのである。もうひとつのアメリカがここにはあり、顔の表情がどんどん変るロールシャッハという男や、科学実験の失敗から生まれたドクター・マンハッタンのように宇宙的な孤独をかかえ、火星のうえに現われたりする存在など、奇妙なキャラクターたちが読者をあっと言わせた。そこには、1950年代のB級SF映画の世界と、ポストモダンの時代精神とが重ねられていて、コミックブックが『バットマン:ダークナイト・リターンズ』の成功に続き、新しい時代にはいったことを明白に示した。『ウォッチメン』はハリウッドで映画化もされ、一般には好評だったが、アラン・ムーアは喜ばなかった。

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ジョー・サッコ『パレスチナ』(小野耕世訳、いそっぷ社、2007年)

ジョー・サッコ『パレスチナ』(小野耕世訳、いそっぷ社、2007年)

アート・スピーゲルマンによる『マウス』の成功にはげまされて、私は『パレスチナ』を描くことができたと作者のジョー・サッコは言う。ルポルタージュ・コミックスの作者としての彼の名を不動のものにした本作は、パレスチナに滞在取材して描きあげたもの。作中には当時の仲間だった日本人のカメラマンも登場する。本書の翻訳には、『マウス』の翻訳以上に苦労した。パレスチナ問題の専門家に会い、いろいろな関連書(思いがけない本が参考になったりした)を読み、英訳も、日本の読者にわかりやすいよう、いろいろな情報をおぎなって訳した。四方田犬彦氏がテルアビブの書店にこの本が積んであったのを買い、自分で翻訳しようと思ったと、あとで私に語ったものだ。サッコ氏には、2009年にアングレームでお会いした。ウンベルト・エーコ氏の解説も訳していて楽しかった。彼もアメリカのコミックブックと共に育ったという事実を知ったからである。

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About Author

小野 耕世

1939年生まれ。評論家、翻訳家。1960年代末以降、現在にいたるまで海外マンガを精力的に翻訳・紹介し続けている。主な著書に『バットマンになりたい―小野耕世のコミックス世界』(晶文社)、『長編マンガの先駆者たち―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店)、主な訳書にロバート・クラム『フリッツ・ザ・キャット コンプリート』(復刊ドットコム)、パコ・ロカ『家』(高木奈々との共訳、小学館集英社プロダクション)などがある。

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