テルアビブの親愛なる隣人―アサフ・ハヌカ『ザ・リアリスト』

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『ザ・リアリスト』(The Realist, Archaia, 2015)は、イスラエル人イラストレーター/コミックアーティストであるアサフ・ハヌカ(1974~)が自身の生活と意見を描いた作品集だ。

アサフ・ハヌカ『ザ・リアリスト』(Asaf Hanuka, The Realist, Archaia, 2015)

主題となるのは、幼い息子をもつ夫(途中で娘も産まれる)であり、フリーランスの表現者であり、テルアビブに暮らすユダヤ人男性であるハヌカにとっての「リアル」だ。彼はある種の諦念とユーモアと詩的な跳躍力をもってそれと向き合ったり、向き合わなかったりする。

1話1頁というフォーマットのなかで、1コマ漫画から9コマの掌篇にいたる多彩なアプローチをとっているのが面白い。身辺雑詠の趣がある。

そんな本作を代表する一篇として、”Warning Light”を挙げたい。

いつもの朝。ハヌカは息子を学校へ送ろうとしている。数日前から給油ランプが点いている。息子を届けてからガソリンスタンドに寄ろう。それまでもつだろうか。本当にガス欠になる直前にランプが消える仕組みだったらいいのに、とハヌカは思う。ラジオはティーンエイジャーが誘拐された事件を報じている。テロと関係があるかもしれないとかなんとか。妻は近頃まともに口を聞いてくれない。トイレの電球交換を頼まれていたが、やりそびれている。赤信号になり、一時停車をする。ラジオではまだ誘拐事件の話をしていて、コメンテーターがこれは何かの前触れだと言う。何か取り返しのつかないことが起きる前に誰かが教えてくれたらいいのに、とハヌカは思う。

3×3のコマ割で各段中央に「警告灯(Warning Light)」――給油ランプ、切れた電球、赤信号――を配置するテンポ感や、そのくせ赤信号に関してだけはテキストで触れないといった外しの妙にもグッときますね。

このエピソードはいささかシリアスだけれど、1日の業務を淡々とこなす自身の様をターミネーターに見立てたり、娘の世話に四苦八苦したり、フェイスブックの「いいね!」に一喜一憂するなどといった、コミカルな話も少なくない。私のお気に入りは”Of Course I’m Listening”という1コマ作品だ。

形式、内容ともに振り幅の広い本作を成り立たせているのは、ハヌカの卓越した画力である。時に自虐的、時にシュールに日常を描く作風から、バックカバーではロバート・クラムやダニエル・クロウズといった名前が挙げられているが、絵柄で言うならメビウスほうがずっと近いんじゃなかろうか(”Angoulême”ではメビウスにサインをもらうくだりがある)。

そして、とぼけた語り口の巧みさは、現代イスラエルを代表する作家エトガル・ケレットを彷彿させる。本作と同時期に刊行され、同様の主題をスケッチしたケレットの『あの素晴らしき七年』(新潮社)と読み比べるのも一興だ。ハヌカはコミックアーティストとしてのデビュー当時から何度かケレットと共作をしているようだし、本作でもケレットへの憧れを描いている(”Reserved Table”)くらいだから、その影響は決して小さくないはず。いや、ことによるとケレットだってハヌカの影響を受けているのかも……

アサフ・ハヌカは、ガイマンファンとしてだけでなく、ガイブンファンとしても甚だ気になる存在なのである。

そんなアサフ・ハヌカは、邦訳こそないけれど、双子のTomer Hanuka(トーメル・ハヌカ)と合作したThe Divine(First Second, 2015)が外務省の第9回国際漫画賞で最優秀賞を受賞したほか、大友克洋をリスペクトする世界の作家によるトリビュート画集『TRIBUTE TO OTOMO』(講談社、2017)や、アメコミの作家による『進撃の巨人』トリビュートコミックスAttack on Titan Anthology(Kodansha Comics, 2016)に寄稿するなど、マンガ界とのつながりが少なくない作家である。

ちなみに、トーメルと共作した『進撃の巨人』トリビュート短篇”Memory Maze”はこちらでまるっと公開されているのでチェックされたい。

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About Author

しげる

1990年生まれ。趣味は本を買うこと。始めて海外マンガを買ったのは地元のセブンイレブン。バンブーコミックス版の麻宮騎亜『BATMAN CHILD OF DREAMS』(竹書房、2005)でした。好きな作家はニール・ゲイマン。『サンドマン』(インターブックス、1998~1999)の邦訳が途絶えていたため、原書を読むようになりました。海外マンガに関するブログ「鳥なき島より」を放置しています。

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