90年代日本で連載されたバンド・デシネ『太陽高速』は今でも面白いか?

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「日本のマンガ界が不況に見舞われたんだ。景気が後退し、『モーニング』の売り上げも落ちてしまった。大手出版社が軒並み、経費削減の必要性を感じ始めていた。『モーニング』もチームが入れ替わった。新しい管理者が最初にしたことは、外国人作家との協力関係を打ち切ることだった。当時、『モーニング』はフランスに向けて扉を広く開いてくれていた。バルやボードワンをはじめ、多くの作家が日本で仕事をしたんだ。作品はどれも素晴らしく、とても興味深いものだった。(中略)こうしたことがすべて、突然、乱暴に断ち切られてしまったんだ。」(メビウスの発言より。ヌマ・サドゥール『メビウス博士とジル氏―二人の漫画家が語る創作の秘密』原正人訳、小学館集英社プロダクション、2017年、P454)

ここで述べられているバル氏の「太陽高速」やボードワン氏の「旅」といった作品は、雑誌「モーニング」 (講談社)で連載された後、単行本化され、僕のお気に入りになった。フランスの作家が日本のメジャーな漫画雑誌で連載し、日本語で単行本になるということで、バンド・デシネ(BD)というものが日本の普通のマンガ好きにも身近に感じられる先駆けとなった時代だった。それが94年頃。彼らが、オリジナルのBDのスタイルで描いたか、より日本のマンガに寄せた形で作品を描いたかははっきりと分からないが(おそらく後者と推測される)、自分には新鮮かつ親しみ易い作風であった。

日本のマンガ雑誌とフランスのBDの短い蜜月であったけど、後に多くのBDが翻訳・出版される現代を先取りした、前者の「太陽高速」について簡単に紹介したい。

バル『太陽高速』(Takako Hasegawa訳、講談社、1995年)。左がカリム・ケマル、右がアレクサンドル・バルビエ。

『太陽高速』は、二人の主人公がいる。一人は、カリム・ケマル。麻薬密売と賭博を生業とし、そしてジゴロでもある25歳のアラブ系の伊達男。もう一人は、アレクサンドル ・バルビエ。イタリア移民の息子で、自分の容貌にコンプレックスを抱きつつ、カリムを崇拝し、慕っている。二人はフランスの地方の製鉄の町に住んでいるが、彼らの父が働く製鉄工場は不況のため冒頭で閉鎖されてしまう。時代は明言されていないが、現代、つまり連載当時の90年代頃のフランスが舞台だと推測される(なお主人公二人ともが、フランス社会のアウトサイダー側に属していることが分かる)。

作品冒頭。カリムとアレクサンドルの登場。

破壊される製鉄所の溶鉱炉。

そこに医師で地元の実力者かつ、フランス国民党(フランスの右翼政党で外国人排斥を訴える)の支持者のラウル・フォリシエ が登場し、主人公二人と関わることになる。カリムがフォリシエの妻を寝取り、それをきっかけにカリムとアレクサンドル二人がフォリシエに追われ、フランスを縦断しながら逃亡することになる。

最初は単純な追跡劇だったのが、途中様々な経緯を経て、フォリシエが徐々に狂気に駆られた追跡者に変貌し、二人は追い詰められていく。

追跡者フォリシエ。

逃亡中も様々な人たちに出会う。左翼崩れで無人の村に一人で住むフラワー、ヤクの売人の元締めJ・P(二人がヤクを奪ったと疑い追跡)、結果的に二人の逃亡を助ける裕福な営業マンのルネ・ロワゾウ、事件を追う刑事たち。ロードムービー、ノワール、絆を深めあうバディ物としての側面を持つ痛快な活劇である。

銃、女、車がそろえば映画はできると言った映画人がいたが、本作にはそのすべてがそろっており、BDにもこの法則が当てはまるのではと思わせる作品である(確かにヌーヴェル・ヴァーグっぽい雰囲気もある)。

やや荒っぽいタッチだが、確かな画力を感じる。豊かな表情の人物(強いデフォルメもあり)、アクションシーンの躍動感と素早い動き、見開き大ゴマの迫力、背景の緻密な書き込み、車の明快な個性の描き分けなど、アートそのものも魅力的。特に味のあるいい顔した男達がたくさん出てくるのが楽しい。

見開きのアクションシーン。

カリムは50年代ファッションで決めている。普段はゆったりしたスーツ上下だが、逃亡中には、映画『理由なき反抗』のジェームス・ディーンと同じリーゼント・赤いブルゾン・リーバイスのジーンズにブーツを身につける。アラブ系の彼が50年代スタイルにするのには皮肉を込めた意味があることが本人の口から語られる。「あの時代を俺はクソ嫌悪してるんだと思う」。

カリムが50年代スタイルで登場。

人待ちする二人 。

本作では、ファセル・ヴェガと呼ばれる、50年代フランスの希少なクラッシック・カーがルネの持ち物として登場する。何十年も動かなかったこの車を、昔修理工をしていたカリムがレストアして復活させる。なぜ修理工を辞めたのかという問いに「もうこういう車が造られなくなったから……」という答えに、堅気だった頃のカリムの顔を垣間見、また作者の車への偏愛を感じる。

名車ファセル・ヴェガ。

フォリシエは、最初単なる寝取られ男の復讐のための追跡であったが、次第に憎しみを募らせ、浮気した妻や浮浪者を射殺したあたりから狂気を深めていく。カリムの前に執拗かつ何度も現れ、いつでもおまえを殺せると脅し、自分自身も社会からはみ出していく。カリムも精神的に追い詰められる。

フォリシエの狂気の追跡。

エンターテインメント性の高い作品であるが、フランス社会での移民、特にイスラム系住民のフランス社会での葛藤や摩擦といった社会的背景について、この時代に知ることができたのは本作のおかげだった(同時代であれば、パリ郊外での移民に関係した暴動を背景にした映画『憎しみ』(95年、マチュー・カソヴィッツ監督作)がある)。テロの頻発する現代ヨーロッパの下地がこの頃にすでに描写されていたのかもしれない。

なお作者のバル氏は、本作で96年に「アングレーム国際漫画祭 最優秀作品賞」を受賞している。

カリムとアレクサンドルのつかの間の日常。

レビューを書くために、久々に本作を読み返したが、時代を経ても色あせない傑作であることを改めて認識した。自分にとって、BDへの入口となり、BDの幅広さを教えてくれた大事な作品である。95年発行なので古本になるが、ネットでは入手可能なので、興味を持たれた方は是非手にとってもらいたい。

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About Author

漫画狂人ホクサイ

74年山口県生まれ、日本の辺境に住む重度の漫画好き。大友克洋先生の『AKIRA』マーベル版の出版や、美術雑誌でメビウスらの記事に触発され、海外コミックに興味を抱く。最初に買った海外コミックは「HEAVY METAL」誌。バンド・デシネ、アメリカのオルタナティブ寄りの作品や、主流からやや外れた作品を好みます。週末には遠出して映画館か大型書店に出没中。Comic Streetでは、未知の海外作品やコミック好きの人たちと出会える機会を期待しています!

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