北米グラフィック・ノヴェルの雄エイドリアン・トミネの新境地『キリング・アンド・ダイング』

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とにかく辛気臭い。それがエードリアン・トミーネ名義で出版された『SLEEPWALK AND OTHER STORIES』(YUJI YAMADA他訳、プレスポップギャラリー、2003年)の読後の印象だった。どの作品を読んでも、致死量のトミネ分―孤独感、疎外感、閉塞感、倦怠感、不安、不満、焦燥感、承認欲求、ニヒリズムとほんのちょっとの期待の複合体―にあてられかねない。絵にもどこかとげとげしさが感じられる。

エードリアン・トミーネ『SLEEPWALK AND OTHER STORIES』(YUJI YAMADA他訳、プレスポップギャラリー、2003年)

その次に出た『サマーブロンド』(長澤あかね訳、国書刊行会、2015年)はずっと洗練された印象だが、決してスカッと爽やかな作品ではない。相変わらず悶々とした気持ちにさせられる。ある種の爽快感がないわけではない。少量の甘みがコーヒーの苦みを引き立てるように、その爽快感が作品の辛気臭さを引き立てている。そして、コーヒーの苦味のように、エイドリアン・トミネの辛気臭さはやみつきになってしまうのだ。

エイドリアン・トミネ『サマーブロンド』(長澤あかね訳、国書刊行会、2015年)

今年5月、エイドリアン・トミネの3冊目の邦訳単行本『キリング・アンド・ダイング』(長澤あかね訳、国書刊行会)が刊行された。前2著と同様に短編集である。収録されているのは全6編。「「ホーティスカルプチャー」として知られるアートの短い歴史」、「アンバー・スウィート」、「それゆけアウルズ」、「日本から戻ってみたけれど…」、「キリング・アンド・ダイング」、「侵入者たち」。各作品はそれぞれ完全に独立しているが、「アンバー・スウィート」以外は、なんとなく“家族”というテーマが感じられる。タイトルは、収録短編のひとつ「キリング・アンド・ダイング」に由来している。相変わらずどの短編もすばらしい。しかし、『キリング・アンド・ダイング』は、多量のトミネ分を維持しつつも、今までのトミネ作品とは一味違う気もする。

エイドリアン・トミネ『キリング・アンド・ダイング』(長澤あかね訳、国書刊行会、2017年)

前2著と決定的に違うのは、本書『キリング・アンド・ダイング』には、カラー作品が収録されている点である。白黒作品もあるのだが(「侵入者たち」)、オールカラーもあれば(「アンバー・スウィート」、「日本から戻ってみたけれど…」、「キリング・アンド・ダイング」)、白黒とカラーが混在した作品(「「ホーティスカルプチャー」として知られるアートの短い歴史」)、一見白黒っぽく見えるがシークエンスごとに背景のトーンを変えるといった凝ったしかけの作品(「それゆけアウルズ」)もある。白黒以外の要素が前面に出ていることで、物語を語るに当たって、トミネが施しているさまざまな工夫が感じられて楽しい。白黒で読んでいたときに勝手にこちらで想像していたトミネ世界のカラーがあるわけだが、色がつくことで、それが上書きされる。スモーキーなけだるい雰囲気が心地いい。ひたすら暗いというわけでは決してない。案外ポップな色合いである。

もうひとつ目を引くのが、絵柄が総じて以前よりかわいくなっている点。かわいいと言うと語弊があるだろうか。そもそも絵柄は、短編ごとに若干異なっている気もする。ともあれ、絵が整理され、様式化された印象がある。とりわけ『SLEEPWALK AND OTHER STORIES』と比較すると、違いは歴然。『SLEEPWALK』は、何だか触るものみな傷つけんばかりである。『キリング・アンド・ダイング』は、作品によっては、同じくアメリカのコミック作家であるクリス・ウェアやダニエル・クロウズを連想させるし、何なら『タンタンの冒険』で知られるベルギーのバンド・デシネ作家エルジェを思わせると言っても、あながち間違いではないのかもしれない。

要するに、『キリング・アンド・ダイング』のトミネは、今までとは比較にならないほど、とっつきやすいのだ。例えば、冒頭に収められた「「ホーティスカルプチャー」として知られるアートの短い歴史」。イサム・ノグチに触発され、アートとしての植木「ホーティスカルプチャー」を発明した植木屋ハロルドの、数年にわたる期待と奮闘と失望の物語である。白黒の4コマが6回続いたあと、コマ数の多いカラーページが1つ置かれるという構成なのだが、これは白黒の新聞連載が6回続いて、日曜版が来るというコミック・ストリップ=新聞連載マンガのイメージだろうか。20ページ程度と決して長い作品ではない。だが、長い連載を通じて、ハロルドとつき合っているような気持ちになる。往年のコミック・ストリップを思わせる、軽快で滑稽なノリも欠けてはいない。そして、軽快で滑稽だからこそ、仕事に行き詰まり、苦悩が深まるにつれて、ハロルドの後頭部のハゲが進行していく様子が、一層いじましく感じられる。彼の後頭部から目が離せなくなる。彼と同様に、頭頂部が寂しくなりつつある中年読者としては、凋落へと向かうその姿に悲哀と共感を覚えざるをえないのだ。

本書の白眉は表題作の「キリング・アンド・ダイング」だが、これ以上無粋な説明はやめておこう。突如としてスタンダップ・コメディアンを目指し始めた主人公を娘に持つ父親の「クソ~~~~~ッ!」という悲痛かつ滑稽な叫びを、実際に聞いていただきたい。その他、「それゆけアウルズ」も捨てがたいし、「日本から戻ってみたけれど…」などは、”グラフィック・ノヴェル”という言葉がぴったりの、絵が言葉以上にものを言う美しい作品である。珠玉の短編が収められた本書『キリング・アンド・ダイング』は、「現代アメリカを代表するコミック/グラフィック・ノヴェル(Graphic Novel)作家のひとり」(『サマーブロンド』に寄せられた川﨑大助氏の解説より)を知るのに、まさにうってつけの作品と言っていいだろう。

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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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