知られざるマンガの王様チャーリー・チャン・ホック・チャイが語るシンガポールの歴史

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久々に英語のマンガを買った。ソニー・リュウ『チャーリー・チャン・ホック・チャイの芸術』(Sonny Liew, The Art of Charlie Chan Hock Chye, Epigram Books, 2015)、英語と言っても、シンガポールのマンガである。

Sonny Liew, The Art of Charlie Chan Hock Chye, Epigram Books, 2015

シンガポール出身のマンガ家フー・スウィ・チン(FSc)さんが日本で活躍していることは知っているが、それを除けば、筆者はシンガポールのマンガのことなんてまるで知らない。じゃあ、何で買ったのかというと、本書『チャーリー・チャン・ホック・チャイの芸術』にはフランス語版があって、世界マンガに詳しいフランス人の友人が、たまたま教えてくれたのだった。最初はよくわからず、とりあえずフランス語版を買ったのだが、クレジットを見ると、シンガポールで出版されたと書いてある。それならと、オリジナルの英語版も買ってみることにした。英語の本を買うときはアマゾンを使うことが多いのだが、アマゾンにはアメリカで出ているパンテオン社版しか見当たらない。いろいろ調べた挙句、紀伊國屋書店のシンガポール店でネット通販できることがわかって、やっとお取り寄せできた。英語の本だからといって、そのままシンガポール版が流通しているわけじゃないんだなあ……。

フランス語版(左)と英語版(右)。フランス語版はハードカバーの豪華本。紀伊國屋書店シンガポール店オリジナルのトートバッグも売ってたから買ってみた。

シンガポールといえば……? う~ん……。かつてイギリスの植民地だったこと、第二次世界大戦中は日本が占領していたことくらいは知ってる。ガムを街中で捨てたら(そもそも持ち込んだら?)罰金なんだっけ? あとは、ラッフルズ・ホテルにマーライオンにシンガポール・チキンライス(=海南鶏飯)……。今日日中学生だってもうちょっと知っていそうである。ちょっと前に『タレンタイム~優しい歌』(ヤスミン・アフマド監督)というステキな映画を観たが、あれはシンガポールのお隣のマレーシアだった。ラットの名作マンガ『カンポンボーイ』と『タウンボーイ』(ともに東京外国語大学出版会。リンクがうまく貼れないので、既刊案内から探してください)もマレーシア。改めて考えてみると、シンガポールのことは、映画も文学も音楽もマンガも、何も知らない。

とにかくページを開いてみる。椅子に座った老人が語りかける。「”マレーシア”の”シ”は、”シンガポール”の”シ”だって知ってたかね?」。ほえー、そうだったのか……。老人の名はチャーリー・チャン・ホック・チャイ。2010年時点で72歳。職業マンガ家。タイトルに名前が出てる本人である。そう、これはシンガポールのマンガ家チャーリー・チャン・ホック・チャイについてのマンガなのだ。

チャーリー・チャン・ホック・チャイ。職業マンガ家。72歳(2010年時点)。

チャーリー・チャン・ホック・チャイが生まれたのは1938年。まだ太平洋戦争も始まっていないし、シンガポールという国も誕生していない。だが、その年、イギリスでビーノウ(The Beano)が、アメリカではスーパーマンが誕生した。いわば世界マンガ史上の記念すべき年。つまり、チャーリー・チャン・ホック・チャイは、生まれながらに、シンガポールで最も偉大なマンガ家になることを運命づけられていたのだ……とは本人の弁である。

ビーノウ(左)とスーパーマン(右)はともに1938年に生まれた。

デビューは1954年。若干16歳にして、『前進』(Forward)誌に『アーハットの巨大ロボ』(Ah Huat’s Giant Robot)というマンガを掲載する。手塚治虫の『新宝島』に多大な影響を受けたというそのデビュー作は、まるで『鉄人28号』(横山光輝作)を彷彿とさせる、リモコンで動く巨大ロボの物語だった。

チャーリー・チャン・ホック・チャイのデビュー作『アーハットの巨大ロボ』(Ah Huat’s Giant Robot)

『アーハットの巨大ロボ』には既に、チャーリー・チャン・ホック・チャイの作家的資質が表れている。“1954年5月13日事件”や“ホック・リー・バス事件”といった現実の事件を取り込みつつ、あくまでフィクションとして、シンガポールの社会が抱えている、しばしば民族の分裂に由来する問題(シンガポールは華人、マレー人、インド人などから構成される多民族国家である)に迫る。例えば、アーハットが見つけた巨大ロボは、中国語で語りかけないと、リモコン操作できない。それは、英語という支配者の言語を話す特権的な人々と、人口の上では圧倒的に多いが、マンダリン(北京官話)と中国語方言しか解さない中国語話者の間に当時あった分裂を象徴しているのだ。

中国語で語りかけられ目を覚ます巨大ロボ。

1950年代後半以降、シンガポールは目まぐるしい動乱の時代を迎える(あまりに無知だから勉強したぜ。岩崎育夫『物語 シンガポールの歴史―エリート開発主義国家の200年』中公新書。名著)。イギリスからの独立の機運が高まり、人民行動党が結成され(独立後、シンガポールでは、この政党の一党支配体制が現在まで続く)、イギリスからの独立を前提とした立法議会選挙が行われ、イギリス植民地から連邦内自治州となり、人民行動党から共産主義勢力が離脱して社会主義戦線を結成し、その共産主義勢力の排除が行われ、イギリスから独立してマレーシアの一員になり(1963年)、マレーシアから追放され単独国家になり(1965年)、東南アジア諸国との関係が緊迫し、驚異的な経済発展を遂げ……。やがてシンガポールは、アジアでも有数の富裕国となる。

まさにこの激動の時代に、シンガポール国民としてこれらの出来事の数々に遭遇したチャーリー・チャン・ホック・チャイは、見たこと、感じたことをさまざまなマンガに綴っていく。『136部隊』(FORCE 136)、『侵略』(INVASION!)、『ローチマン』(ROACHMAN)、『ブキット・チャパラン』(BUKIT CHAPALANG)、『文房具のシンカポール・インクス』(SINKAPOR INKS)、『8月の日々』(DAYS OF AUGUST)……。本書には、これらの作品がふんだんに引用されている。だが、これだけ旺盛に仕事をしても、チャーリー・チャン・ホック・チャイは、決して国民的な大マンガ家ではなかった。これらの作品には、世に出たものもあれば、ひきだしにしまわれたままになったものもある。そもそもその時代、シンガポールでは、マンガなんて、アメリカや日本、香港、台湾の二番煎じだと考えられていたのだ。大学に進学せずに、アルバイト同然の仕事で生計を立てながら、マンガを描き続けた彼は、社会的には敗者だった。

シンガポールの歴史は、1965年の建国から1990年に至るまで首相を務めたリー・クアンユーの存在を抜きでは語れない(彼は実質2011年までシンガポールの政治に影響を及ぼす)。経済発展を至上命題に、辣腕をふるってシンガポールを世界でも有数の富裕国にした彼は、本書にも濃い影を落としている。一時そのリー・クアンユーからも一目置かれ、将来を嘱望された政治家に、社会主義戦線のリム・チンシオンがいる。彼はイギリスからの独立直前に失脚し、政治家の立場を剥奪され、忘却の淵に沈むのだが、チャーリーは、民衆のために身を粉にして働いたこの偉大な政治家を、シンガポールを別の方向へと導きえたであろう人物として、自分のマンガの中に何度も登場させている。リム・チンシオンは、本書『チャーリー・チャン・ホック・チャイの芸術』のもうひとりの主人公とさえ言えるだろう。本書は、あるマンガ家の生涯を通じてシンガポールの歴史を語った本であると同時に、シンガポールが発展の過程で切り捨ててきたものに、再びスポットライトを当てた本でもあるのだ。

一貫して庶民の立場に立ちつつ、建国以前から2014年に至るまでシンガポールを観察し、描き続けるマンガ家チャーリー・チャン・ホック・チャイ。なかなか気骨のあるマンガ家がいるじゃないかと、ググってみたところで、本書の紹介以外に彼に関する情報など出てきはしない。実は、チャーリー・チャン・ホック・チャイは、1974年生まれの作者ソニー・リュウによる完全なる創作なのだ。社会問題を盛り込みながらシンガポール社会を活写していくばかりか、時代に寄り添うように絵柄まで変えていくチャーリーの膨大な仕事は、すべて作者の綿密な計算に基づいて作られている。これだけでも十二分に知的な作品だが、心憎いことに作者は、ここにさらに世界のマンガ史をオーバーラップさせていく。手塚治虫の『新宝島』に影響を受け少年マンガを描いたチャーリー・チャン・ホック・チャイは、その後、イギリスの雑誌『イーグル』(Eagle)に掲載された『ダン・デア、未来のパイロット』(Dan Dare, Pilot of the Future)に倣ってリアルなスタイルを模索したかと思えば、日本の劇画に触発され、『ローチマン』というダーティーなスーパーヒーローを生み出す。ちなみにゴキブリに噛まれて超人的な力を身につけるヒーロー”ローチマン”の登場は、『スパイダーマン』に先駆けているという設定だ。その他、どんな世界マンガが参照されているのか、探してみるのも一興だろう。細部へのこだわりがまたすごい。本書のいたるところに、原画や古い雑誌が引用されているのだが、汚れやメモ書き、ヤケやヤブレといったものまで、いかにもそれらしく再現されているのである。一体どうやって作ったんだ!?

いかにもなセロテープの跡や欄外のメモ書き

冒頭で、筆者はシンガポールの文化をまるで知らないと述べたが、実際、経済発展にかまけるあまり、シンガポールには文化が育たなかったという見方があるらしい。だが、それも今は昔の話だと思わざるをえない。何しろ、世界中の傑作マンガと並べてみても勝るとも劣らない、これだけ知的で面白いマンガが、シンガポールで生まれたのだ。本書『チャーリー・チャン・ホック・チャイの芸術』は、アメリカではいち早く評価され、先ごろ発表された2017年度のアイズナー賞では3部門に輝いている(Best U.S. Edition of International Material—Asia、Best Writer/Artist、Best Publication Design)。日本でも絶対に読まれる価値のある作品だと思うのだが、はたしていつか本書が邦訳される日は来るのだろうか?

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About Author

原 正人

1974年静岡県生まれ。フランスのマンガ“バンド・デシネ”の翻訳者。訳書にバスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン&ケラスコエット『かわいい闇』(河出書房新社)など。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。「世界のマンガについてゆるーく考える会」主宰。もちろん日本のマンガも大好き。

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